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「てことはつまり、フォウくんはそのとき、妖怪の色仕掛けなどものともしなかったということよね?」


 物理部の二年生が歓声を上げた。


「すごいじゃない、フォウくん!」


「かっこいい!」


 男子学生は教室の反対側で別の話し合いをしているので、こちら側に陣取っているのは女学生たちばかりだ。

 その華やかな会話の中心で、いやあと照れてフォウは頭をかいた。


 珊瑚の高校の、物理実験室。

 放課後である。


 今日も今日とてフォウと和彦は、町に出なければ完成しない仕事を氷浦教授からおおせつかり、ジープではるばるやってきていた。

 その途中で村にも寄ってみたところ、九条先生が珍しく自分から、そういうことなら珊瑚を乗せて帰ってくれないか、と言ってきたのである。

 娘が和彦にホの字なことが気にいらなくてしかたのない九条先生だ。普段なら絶対に自分から、和彦と珊瑚が狭い車内で小一時間も一緒になる機会を許したりはしない。

 しかし今日はフォウもいることと、珊瑚が今日はどうしても部活に出たいと言い張って登校していったことが決め手となった。


「部活を終えてからだと、乗れるバスが最終のになるから心配なんだだと九条先生は言ってたよ」


 聞いたとおりのことを珊瑚に伝えると、しかし珊瑚はぷんと頬をふくらませた。


「とかなんとか言っちゃって。本当は、今晩診療所に木村さんとことのおばさんが来るんで、自分が対応したくないからなのよ」


「木村さんのおばさんが? なんで?」


「お父さんにお見合いはどうか、ですって」


 フォウと和彦は顔を見合わせ、それからプッと噴き出した。


「えええー、九条先生が?」


「なんでそんな話になったんだい?」


「それがねえ」


 珊瑚が肩をすくめた。


「木村さんのおばさんの親戚に、バツ一だか二だかの女の人がいて、その人は美人で魅力的なんだけど、逆にそのせいで落ち着かなくて、あっちこっちで浮気やら不倫やらの騒動を巻き起こしまくってるんですって」


「そんな女の人を、なんで九条先生に?」


「旦那がよほど強面の厳しい人なら、その人も落ち着くんじゃないのかっていうのよ、おばさんは」


「いやそんな、暴れ馬を調教師に任せるってのとは違うんだから……」


 フォウも呆れた。


 しかしフォウも村上さんの勢いは知っている。

 その勢いがよい方向に出れば過疎村のささやかなイベントを盛り上げる功労者にもなるが、そのパワーではた迷惑なことに突進していけば、被害は甚大である。


「何度断ってもあきらめないのよね、おばさん。今晩はその人の動画を持ってきて見せるっていうの。ベリーダンスをやっててプロ級の腕前だから、ぜひ見てほしいって」


「ボインボインの美女がベリーダンスかあ。普通の男だったら釘付けになっちゃうかもしれないけど、相手は九条先生だからなあ」


 などという話から、男はみんな豊満な美女が好きなのかという議論になり、その議論に女子部員たちも加わってきて、なんとなく居心地の悪くなった男子生徒は退散してしまった。

 そうして、気が付けばフォウが昔の妖怪退治話を女性陣に語って聞かせることになったのである。


「ほうら! 男の子にだって、色っぽい女に耐性がある人はいるってことじゃない」


「いやあ、それはどうかなあ」


 フォウが肩をすくめた。


「単にあの頃は、自分がまだ子供だったから、妖怪の色仕掛けがよく理解できなかったという、それだけかもしれないけど」


「だったら、今また同じような攻撃を受けたら、今度は危ないってこと?」


「いや、そんなことないよ。今は今で、世の中のことがもういろいろわかっちゃってるからね」


 そう言いつつ、フォウは苦笑した。


「俺は世間の基準でいうハンサムじゃないし、そんな俺になんの理由もなく美女がしなだれかかってきたら、それはもうなんか目的があるってわかるしさ」


「それはちょっと謙遜しすぎ」


「フォウくんってそりゃ確かにハンサムっていうカテゴリには入らないかもしれないけど、それなりに愛嬌があっていい顔してると思うわよ、私は」


「私も賛成!」


「うちの親が言ってたけど、男の顔ってのは造作じゃなくて、重ねてきた人生が透けて見えるところに値打ちがあるんだって」


 女学生たちから口々に弁護されて、フォウも苦笑した。


「ありがたいけど、君たちにそうやって言われれば言われるほど、自分が惨めになってきちゃうなあ」


 なにしろ同じ場に外側も中身も文句なしのいい男がいるからなあ、といってフォウは和彦の脇腹を小突いた。

 話半分で呑気にやり取りを聞いていたら、いきなり皆の視線が自分に向かってきて、和彦は面食らった。


「いや、僕はフォウくんの見かけになんの不満もないよ」


「やだなあ、和彦さん。それだとまるで、俺の中身には不満があるみたいに聞こえるぜ」


「違うったら」


 和彦は慌てて抗弁した。


「フォウくんはもちろん、中身も外側も素晴らしい男さ。それも、僕なんかよりもずっと素晴らしい。そんなことは自明の理だから、わざわざ言葉にする必要もないじゃないか。だから僕は普段は特に何も言わないけれど、フォウくんの人となりについては常々感心していて……いや、感心してばかりもいられないときはあるけれど。ケンカっ早いところとか、猪突猛進で言い出したらきかないところとか……」


「うわあ、かんべんしてくれよ」


 フォウは頭を抱えた。


「和彦さんったら、どっからそんな話になっちゃうんだよ? 結果的に俺の欠点をあげ連ねてるんじゃねえか」


「そ、そうだろうか」


「そうだよ!」


 二人の言い争いに、女学生たちは大喜び。

 あまりに笑いすぎて、腹を抱えてひーひー呻く者まで出てくるありさまだ。二人のこういったトンチンカンなやり取りに慣れているはずの珊瑚まで、椅子の背をつかんでげほげほとむせている。

 それが心外だといってフォウが怒るから、笑いはさらに大きくなった。

 何事かと部屋の向こうの男学生ばかりか、物理の教師までが準備室から顔をのぞかせた。


 なんとか全員が息をできるくらい落ち着いてから、その顧問教師がおもむろに言い渡した。


「なんだなんだ、お前たち。今度の連休を使ったフィールドワークについての相談をするからというから、教室を開放してやってるんだぞ。笑ってるうちに下校時間になってしまうんじゃないのか」


「はーい、すいません」


 珊瑚を迎えに来る部外者の二人組には、教師もすでに慣れている。

 子供たちと一緒に頭を下げたフォウと和彦に苦笑を投げかけて、再び自室に戻っていった。


「まあ、ということはさ」


 一人が話をまとめた。


「少なくともこの話によって判明したのは、珊瑚がどんなに色っぽく迫ってみても、フォウくんには効かないだろう、という事実だよね」


「ばかっ」


 珊瑚が頬を染めてその部員を叩いた。


「そこでなんで急に私の話になるのよ?」


「だってこの部活というか、この学校でピカ一の美人ときたら珊瑚で決まりだし、そのうえ体つきまでグラマーな女が現れたところで、フォウくんはなびかないってことなんだし」


「待って待って。でもそれは、相手が妖怪だからでしょ? 妖怪じゃなかったらフォウくんだって心が動くんじゃない?」


「だから! なんで私がフォウくんの心を動かさなきゃなんないのよ!」


「そりゃあ珊瑚は和彦さんのほうを動かしたいだろうけどさ」


「違うったら!」


 とうとう珊瑚は耳まで真っ赤になって、椅子の後ろに縮こまってしまった。


 今回もいきなり自分の話になって、和彦はわけがわからずおろおろしている。元より女学生の恋バナなどにはなんの免疫もないので、話の跳びようにまったくついていけていない。


「というか、珊瑚ちゃんの魅力はそういうとこじゃないから」


 フォウが笑ってとりなした。


「あら、じゃあどんなとこ?」


「そうだなあ。頭が切れるとことか、意外に行動派なところとか、わがまま気ままな親父さんの面倒を辛抱強く見てるところとか、料理が上手なところとか」


 そこまで言ったらフォウの腹が大きく鳴って、一同はまた笑い崩れてしまった。


「もう、フォウくんてば!」


「だってよう。今日は村にうっかり立ち寄ったせいで、朝昼抜きでずっと放牧柵の修理をして回らされたんだぜ。お迎えのかわりに珊瑚ちゃんがご馳走してくれるっていう夕ご飯だけが楽しみだったんだから」


「それも君が昼過ぎにようやく起きてくるからじゃないか」


「あっ和彦さん。いきなりそんなことを暴露するなんてひでえや。俺だって寝坊したくて寝坊したわけじゃないのに」


「どう見ても寝坊は、したくてしてたように見えたけど」


「和彦さんっ!」


 笑いさざめく学生たちの中で、フォウは恨めし気に和彦へ訴えた。

 和彦もまた、楽し気に笑っている。

 滅多にないあけっぴろげな笑顔は相変らずハッとするほどの美男子で、フォウはよけいに腐ってしまった。


 これほどのハンサムで、しかも朴念仁で。

 きっとこの人は、美女が目の前で裸踊りしたとしても、なぜそんな寒そうな恰好をしているんですか、というだけだろう。

 そんな人にホの字の珊瑚も難儀なものだ。


「どうしたんだい、フォウくん。そんなにおなかが空いてるんなら、帰る前に商店街で惣菜でも買っておくかい」


「ええい、もう! 俺がむくれてたらいつだってすきっ腹のせいだと思ってるだろ、和彦さん」


「だってさっき君自身がそう言ったじゃないか」


「まあまあ、二人とも」


 結局、二人をまとめるのは珊瑚である。


「出来合いの惣菜なんか買わなくても、うちにはちゃんと和彦さんとフォウくんが食べるくらいの食材はありますから。ほら、みんなもだべってないで、早くフイールドワークの計画を立ててしまいましょ」


「そうね。フォウくんが飢え死にしちゃう前にね」


「ひでえなあ、みんな」


 フォウがむくれる中、学生たちは笑いながらも作業に戻った。

 和彦も笑いの余韻を口端に残したまま、教室の端の椅子に腰掛けて、フォウを手招きした。


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