婚約っ!?
「明後日の公爵家の長男の誕生日パーティーにお呼ばれしたわ。シエルも一緒に行くわよ」
「…………はい?」
ベッド生活ともオサラバし、貴族の令嬢としての勉強に明け暮れていた今日この頃。
勉強を開始するまでは、淑女に必要な勉強って、せいぜい刺繍とかダンスとかそういう感じだと思ってた。
しかし私は甘かった。
実際にやったのは、礼儀作法、歌、ダンス、刺繍、歴史学、語学、文学、哲学、法学、乗馬、護身術、弓術、指揮訓練、チェス、政治学、経済学、外交術、軍略・戦術、帝王学。以上19科全てである。
……おかしくない? なんでこんなに多いの?
淑女に必要なのって絶対最初の三つ四つくらいだよね? え、帝王学とか戦術とかいるの??
いやまあやりますけどね、ちゃんと。できることが増えるのは素晴らしきことなので。
と思っていた私はやはりまだまだ甘かった。
いざやってみると、中身19歳の私じゃなかったら初日でぶっ倒れているようなスケジュールだった。
いやアホか。コレ絶対十歳児に教えるようなことじゃないだろ。特に戦術。時は戦国ってか??
胸ぐら掴んで揺らしつつ、お父様は娘に一体なにを期待していらっしゃるの?? と小一時間ほど聴き込みたい。
まあなんでこんなアホみたいなお勉強を詰め込まれたかはわかっている。推測だけど。
それは父が宰相であると同時に、王国騎士団の最高指揮官兼騎士長であるからだろう。
父は若かりし頃に国王を救ったことがあるらしく、結婚後も今代最強の騎士、国の英雄として知られている。
だから戦術関連とかあるんだろうけど……そういうのは息子に任せましょうよお父様。なんでそれを可愛い娘に叩き込むんだ脳筋か??
おかげで娘は毎回クタクタですよ。即急に授業変更を志願する。
しかしそれでも根性で淑女らしい姿勢を保っていた。なぜなら若き頃は淑女の鑑と呼ばれていた母がいるから。
昔から美人な母は、若い頃から王国中の令息たちの注目の的だったらしい。
ふわふわの水色髪に綺麗に整った顔立ち。淑女らしいお淑やかな仕草。
まさしく社交界の華。そりゃあモテるよね、って話だ。
今でもその美貌に陰りはなく、二十代といっても通じそうな若々しさを保っている。
おかげで今でも後夫には困らないだろう人気ぶりだ。まあ手を出そうとしている輩は漏れなく全員父に心を折られているらしいので、後夫はないかな。
宰相で侯爵家当主で超ダンディなイケメンパパに勝てる人なんて、そうそういないだろう。
……国の英雄と社交界の華……うん、改めてうちの親はすごいと思う。だいしゅき。
そしてそんな両親の遺伝子を継いだ私はもっとすごい。愛してるぜ私よ。
この手の話はよく母が嬉々として話してくれるので私はとても詳しい。
そしてその度に思う。お母様マジ若すぎ、と。
肉体的な意味だけではなく、なんというか、乙女心を忘れていないというか。
話の合間合間に父の惚気を挟んではきゃいきゃいはしゃぐ様は、今をときめく恋する乙女そのもの。
おっかしいな、実年齢は見た目より二十ほど上なのに……いやこの話題はよそう。なんか背筋が寒さを訴えている。私の危機感知センサーが最大警報を発してる。
人生、命あってこそだもんね!
そんな母が夕食の席で放った言葉が信じられず、思わずガチッと固まってしまう。
手から滑り落ちたフォークが皿にぶつかる……直前でメルルの手によって掬い上げられた。ありがとう圧倒的感謝。でもお礼はもうちょい待ってて。
「向こうの公爵夫人とは学生時代からの友人でね、ぜひにって招待してくださったのよ〜」
「でも、それでどうして私も行くことに……」
「実は、あなたとあちらの長男との婚約を打診されているのよね」
「はあっ!?」
思わず淑女にあるまじき大声をあげてしまった。
直後に母が笑ってない目でうふふと笑う。
「あらシエル、大声なんて出して、はしたなくってよ」
「申し訳ありませんお母様。以後気をつけます」
鋭い視線にすぐさま謝罪する。こういうのは早めに謝っておくが吉だ。
お母様は礼儀作法にとても厳しい。
一度廊下を走った時なんて烈火の如く怒られ、もう二度と走るまいと誓ったものだ。
その時の母は般若も泣き出す形相だった。もう二度と見たくないね。
しかしこればかりは仕方ないと思う。だって婚約って。
え、婚約って、あの婚約ですか? 男女の将来の結婚の約束デスカ? 私まだ10歳ですけどっ!?
というか子供の知らぬところで勝手に将来の伴侶を決めないで欲しい。前世彼氏いない歴=年齢だった私にはあまりにも衝撃的な事実です。
「婚約といっても、会話の間にちょっと出た程度よ? だからあんまり気取らずに臨むといいわ」
「……はぁ」
なんだ、そうか。その程度か。
というか狼狽えてしまったが、この世界で10歳で婚約なんて普通なんだった。
この世界の成人は18歳で、二十歳を超えると行き遅れの女性と見られてしまう。そのため幼い頃から婚約しておいて、成人したらすぐさま結婚……なんてザラなのだ。
正直私、同じ年代の少年たちを異性としてみれないんだよね。
こちとら前世も合わせて精神年齢29歳よ? まだ10歳かそこらのひよっ子をそういう目で見れないというか。
ぶっちゃけ前世の年齢超えてからじゃないと、まともな恋愛なんてできない気がする。流石にそこまで行ったら行き遅れになっちゃうからどうにかしなきゃだけど。
まあ家の繁栄を考えたら、今回の公爵令息との婚姻なんてとってもオイシイお話だ。権力欲しさに、どれだけのご令嬢が婚約の打診をすることだろうか。
しかし我が父と母はあまりそういうことに興味がない。
父は宰相だし、公爵家と同等の権力は持っているからね。それで満足しているから、これ以上はいらないんだそう。
つまり私はただパーティーで挨拶回りをしたら、あとは美味しい料理を頂きつつ壁の花にでもなっていればオッケーというわけだ。なんて楽な立ち回りなんだろう。
「わかりました、お母様。私も一緒に参ります」
「よかったわ。じゃあ明日は仕立て屋を呼んだから、一緒にドレスを選びましょうね」
「…………ハイ」
ウキウキなお母様とは裏腹に、若干げんなりしながら答えた。
貴族のドレスのお買い物って、採寸からデザインを考えてって、時間はかかるし大変なんだよね……胃が痛い……。
キリキリし出した胃をそっと摩ると、メルルが私の好物であるミルフィーユをくれた。
うちのメイド、出来すぎでは?
そしてすでに仕立て屋を呼んでいる母は、娘の性格をよくよく把握していらっしゃる。はい、大人しく着せ替え人形に徹させていただきます。
翌日、様々なアイディアとドレスを持ってやって来た仕立て屋さんに「あまり華美でないものがいいです」と最低限の要望を伝えて、採寸を行なった。
買ったのは、ミントグリーンを基調にしたドレスだ。フリルやリボンが控えめなデザインで、代わりに刺繍された繊細な金色の模様が気品を感じさせる一着。回った時にふわりと広がる裾が軽やかで、細かな装飾が綺麗に舞う。
一目見てビビッときたね。これ以外はありえない、と。
決め手は少し広がった袖口。そこの部分だけ他より少しだけ広がっていて、透けた素材の布が重なっている。
この広さなら色々仕込めるからね! コインとかトランプとか薔薇とか色々と。
流石に口に出しはしなかったけども。
他にも色々勧めてくれる母や仕立て屋さんを前にガンとしても譲らず一時間。粘りに粘って掴んだ勝利の一着だった。
それから一緒に身に付けるアクセサリーも選んだ。金色のチェーンが美しいくてカッコイイ髪飾りを買って、ようやくパーティーコーデが決まり終わった。
さらにその日はいつも以上に厳しく礼儀作法とダンスを教え込まれた。
翌日はパーティーだということで、家庭教師にも力が入っていたのだ。
「いいですかシエル様。淑女たる者、男性のリードにしっかり乗るのは当然のこと。ですが何もかもを任せていてはいけません。注意事項は把握しておりますか?」
「もちろんですわ、ミス・マクレリア。ダンス中は殿方に任せきりではなく、リードしやすい動き方を心がけます。そして人気のない場所に連れ込まれそうになったら足を踏みにじってすぐさま離れます」
「よろしいです。立派な社交界デビューを期待しておりますよ」
厳格な家庭教師にお墨付きをもらえる程度の礼儀作法を身につけた頃にはもうぐったりだ。
この一日で半年分の知識を詰め込まれた。頭パンクしそうだったけどなんとか覚えた。よくやった私、偉い偉い。
しばらくは勉強と聞くだけで頭痛がしそうである。
自室に戻ってベッドにぐったりする。最高級の毛布が私を優しく包み込むぅー……。
あーパーティー、行きたくないなー。でも行かなきゃなー。
……美味しいケーキあるといいなー。できればミルフィーユ。
ダンス大丈夫かな? まあ踊らないって手もあるけど、せっかく覚えたんだしね。
いろんなことがポンポン浮かんではすぐ消える。まるでマジックだ。
(はあああぁぁ……緊張するぅぅぅ……)
社交界とか死ぬほど緊張する。
前世でだってこんなに緊張したことはなかったよ。なんなら本番前にお菓子食べる余裕すらあったよ。
なのに今は何か食べたら全てリバースしそうだ。
それだけ重い侯爵家の名とプレッシャーを背負ってるってことだけどさ。
ベッドに寝転がって右にコロリ。
しっくりこなくて左にコロリ。
やっぱり違うと右へコロリ。
最終的に仰向けに落ち着いた。頑張れ、明日の私。
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