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異世界転生の五文字を呪う

 さて。異世界に来てはや三日。

 異世界転生しちゃった系天才マジシャンこと私は、現在ベッドの上で優雅な怠惰生活を送っております。



 十歳の子供が池に落ちたのだから、トラウマや後遺症があってもおかしくない。しばらくはどうか安静にしていてくれ――というのが我が父の言葉である。



 いや、私精神年齢十九歳だから大丈夫だよ? なんなら今世の年齢足したら二十歳はたち越えです。そんなにご心配なさらなくても……とは口が裂けても言えないので、言いつけ通り大人しくしている。


 そんな私が周囲に違和感なく溶け込めているのは、やっぱり『シエル』の記憶のおかげだろう。

 知り合いの名前やら今まで蓄えられた知識経験やらが欠けることなく詰まっている。

 ぶちゃけこれがなかったら浮くどころじゃなかったよ。記憶喪失状態にでもなってたと思うので、本当にありがたい。感謝感激雨あられ。


 ……で、優雅な怠惰生活とは言ったけども。

 ネットもテレビもゲームもない異世界生活は、非常に退屈だった。

 アニメもドラマも電子書籍もない。まさに地獄。



(現代っ子にこれはキツい……)



 暇潰しにマジックで花やらトランプやらをポンポン出したり消したりするくらいには退屈だった。というかこの世界トランプあるのね。それでいいのか異世界。

 最初の頃は十歳の身体に慣れなくて上手くできなかったけど、三日も続けてたらかなり上達した。


 そこで知った子供の身体の柔軟性よ。

 長時間練習してても疲れないし、それゆえ疲労で精度が落ちることもない。その上学んだことはすぐに吸収する。

 おかげで練習がはかどる捗る。それに成果が目に見えるから楽しい。


 この調子なら、あと数日もあれば前世と同レベルのパフォーマンスができるようになると思う。子供の身体の脳の柔軟さ、パネェ。

 転生した直後は『異世界なんてイヤ! 神様マジ許さんっ!』って感じだったけど、よく考えたら結構いいんじゃない? これなら前世以上のマジシャンになることだって夢じゃないかも!


 改めて感動しつつメイドが淹れてくれた紅茶を飲む。砂糖マシマシですごく甘ったるい。美味しい。

 とその時、コンコンっとドアがノックされる音が。入ってきたのは私の専属侍女、メルル。

 その手には、こんもり抱えられたぬいぐるみやらアクセサリーやらが。



「失礼しますね、お嬢様。こちら、お見舞いの品です」

「……ありがとう……そこに置いておいて」



 若干げんなりしながら告げる。

 ちなみにこれ、私の知り合いから……とかではない。顔も名前も知らぬ誰かからの贈り物である。

 たぶんこれは、私を通して両親のご機嫌を取りたいんだと思う。私が心配でとかではなく、ご機嫌取りのいい口実って感じ。侯爵令嬢って大変だね。 


 正直いい迷惑というか、置く場所に困って邪魔というか。

 というか十歳の子供に宝石がたくさん付いたアクセサリーとか豪華なドレスとか送ってどうするの? 全然私の好みじゃないし、「豪華なの送っとけば喜ぶっしょ。ガキなんてちょろいちょろい(笑)」っていう考えが透けて見えてる。

 …………いらっ。捨てたい。


 燃えちゃえ禿げちゃえという怨念を込めてそれらを見ていると、ふと煌びやかなアクセサリー類の隙間から『マジック』の文字が目に入った。



「ん……? メルル、ちょっとそこの本を見せてくれる?」

「はい? こちらですか?」



 どうぞと渡された本の表紙を見ると、デカデカと『マジックの基本知識』の文字が。

 もしやと思ってメルルに探してもらうと、他にも『紳士淑女のマジック』『マズリメイク王国三大マジシャン』なる本が出てきた。



「〜〜〜〜〜〜っっ!!」



 顔も名前も知らぬ誰か様。シエルは大変感激しております。

 禿げちゃえと思って申し訳ございませんでした。あなた方を一生(あが)たてまつると誓いましょうこの世界の全てに感謝!!


 部屋からメルルを追い出して、いそいそとベッドに腰かけ直す。

 とりあえずまずは『マジックの基本知識』なる本を読むことにした。何事も勉強は大事だからね。『詩重瑠しえる』は社会苦手だったけども。

 緩む口元をそのままに、さっそくページを捲った。






 マズリメイク王国にとってマジックとは、紳士淑女の嗜みであり、社交界で生きる上での重要なスキル。そして平民の憧れの技術である。

 社交界においてマジックができない者はどんなに他の能力が優秀でも無能と言われ、逆に家柄や能力が低い者でも、マジックができるというだけで“見込みがある”と言われる。

 一見意味のわからない差別だが、これには理由がある。

 腹の探り合いが常な社交界では、相手を欺くスキルは重要課目。それができない者は、社交界で生きていけないのだ。


 また、貴族がマジックを得意とするマジシャンを雇うこともある。そういう場合、大抵は暇つぶし用か、もしくは自慢用。

 実力があれば平民でも貴族のお抱えになることができ、男爵や子爵と同等の生活を送ることができる。

 つまりマジシャンになれれば、将来安泰というわけだ。






「この世界、マジックの需要がすごく高いのね……」



 マジック関連の本がいくつもある時点でちょっと察してはいたけど、想像以上だった。

 しかも将来安泰、っていうくらいだし、絶対レベル高いよね。



(もしかして、私の知らないマジックもあったりして!)



 うきうきしながら今度は『紳士淑女のマジック』を開いた。

 まず目に入ってきたのは『紳士淑女が必ず得る必須マジック』の文字。

 きっとこれから私も習得しなければならないであろう高等マジックだ。暇なうちに覚えておこう。






 〜これがあれば人生安泰! 親指マジック〜



 1.片手の親指を折りたたみます。

 2.もう片手の親指も曲げて、残りの指で包み込み、指の先端だけを指の隙間から覗かせます。

 3.2をやった手を、反対の手の親指部分にピッタリくっつけます。

 4.それをくっつけたり離したりすれば完成です。



 このマジックを覚えれば、君も一流マジシャンだ!

 以上。ぜひお試しあれ。






「……………………………………………………………………………………………」



 しばらく絶句して、もう一度読み直す。読み間違いを願ったその行動を十回ほど繰り返して、ようやく事態が呑み込めた。



「…………え? これが必須マジック? 人生安泰って、これだけで……?」



 え、マジで?

 これができれば一流なの? 人生安泰なの? こんな幼稚園児でもできるようなマジックができるだけで、マジシャン名乗っちゃうの?

 違わなかったら、これって「あー、親指が取れちゃいましたー!」っていうやつでしょ? え、このくらいイマドキの(日本の)小学生でもできますけど!?


 待っって。ほんとに待って。


 もしかして、もしかしてだけども。考えたくもないことだけども。





「この世界のマジックって、すごくレベルが低い……?」





 やっぱり神様殴ろうかな。

 現実逃避気味にそんなことを考えつつ、異世界転生という名の運命を呪うのだった。

 衝撃の事実にお口ぽかーんなシエル

めちゃくちゃ期待してたのにレベル低すぎて半泣き。え、親指マジックができればプロってどういうこと???


 お見舞いの品を運んだメイドさん

まだ十八歳の若手メイド。このお屋敷に来た時にシエルに一目惚れして、必死に働いて見事専属メイドまで上り詰めた。おめでとう! 実は潜在的幼女趣味(ロリコン)。比較的安全な部類ではある。

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