異世界転生なう
私の名前は、シエル・ジュリエール。このマズリメイク王国の宰相である父を持つ十歳の侯爵令嬢。
そして前の私は祭花詩重瑠。十九歳という若さで日本を代表する天才マジシャン。
メイドに呼ばれたお医者様が部屋に飛び込んでくる一瞬前に全てを理解した。どうやら私は死んで生まれ変わったらしい。
いわゆる転生ってやつだ。しかも文頭には「異世界」が付く。マジかよおい。
お池にドボンして異世界転生とか、なんとテンプレなことだろうか。おいこら神様なに余計なことしてくれとんじゃい。
私は転生とか別にいらなかったんですけど? しかもよりによって異世界とか舐めてんの? あ? 小説ならともかく現実でそんなことが起こったら発狂もんですわ。しなかったけど。
「……というわけで、お嬢様に異常は特にありません。ですが用心は必要ですし、一週間ほどは安静にしていた方がいいでしょう」
「そうか、本当によかった……!」
やたらと優しげなお医者様と話し込んでた両親がほっと息をつく。
部屋にいるメイドたちも涙ぐんで「よかった、生きてた……」みたいな雰囲気になってる。もしかして私が起きるまでお通夜状態だった? マジごめん。
内心反省している私に、お父様がポンっと頭を撫でて、今日は安静にと優しく微笑む。
「池に落ちたんだ。ちゃんと身体を休めないと、心身を壊してしまう」
「はい、ありがとうございます。お父様、お母様。おやすみなさい」
「おやすみシエル」
「しっかり眠るのよ」
お父様たちが出て行って、すぐにメイドたちも一緒に出て行く。残されたのは私ただ一人。
……まあ、この状況でぐっすりおねんねとか無理だよね!
とりあえず、私の前世について整理してみようか。
前世での名前は、祭花詩重瑠。
両親はいたって普通の庶民で、芸能人だったとかっていうのはない。
小さい頃から人の驚く顔が好きで、マジックにハマったのも、観客の驚く顔が見たかったからだったと思う。
中学校入学の時点で既にプロレベルの技術を持っていて、高校を卒業と同時にプロデビュー。
一年で日本最高のマジシャンとしての地位を確立していた。
が、十九歳の誕生日の舞台で、上から降ってきた照明器具に押し潰されて死亡……と。
……嘘でしょ? 齢十九歳で死去って悲しすぎる。しかもステージの上でって、一番嫌だったんだけど。
というか気のせいじゃなかったら、潰される直前に、照明器具のそばに人影があったよね? もしかして私、故意的に殺されちゃったの?
(どこかで恨みでも買ってたのかな……)
全然気づかなかったや。人間関係って難しいね。
ふぅっと息を吐いて、ぽすんと枕に頭を落とす。ふっかふかのいかにも最高級な柔らかさ。一体これはおいくらで……いや考えるのはよそう。うん。
(でも、そっか……私、やっぱり死んじゃったんだ)
とっくに受け入れはしたけど、改めて考えると虚しくなってくる。
あー……読みかけのミステリー小説、結末知りたかったなぁ。育ててた薔薇も気になるし、溜めてたアニメやドラマも観たかった。
悔いはない、とかそんなかっこいいことは言えない。
むしろ悔いしかない。オファーが来てた映画は出たかったし、仲の良かった友達とカフェに行く約束も果たせてないもの。
――なによりも。
あの日。私が死んだ舞台を観に来てくれていたお客さんたちに、すごくすごく申し訳ないんだ。
だって私は、マジシャンで。
マジシャンの仕事は、お客さんたちに不思議と感動を与えることで。
でもあの舞台で私がみんなに与えたのは、悲劇と恐怖。
(…………マジシャン失格ね)
ずん、と今更にのしかかってきた後悔と罪悪感に自嘲が浮かぶ。
目を閉じて思い出す。
あの日、私が最期に見た光景は――――――
「……もう一回、なろうかな」
ぽつりと言葉が溢れる。
ふっと頭に浮かんだことだったが、一度考えたら、なんだかそれ以外考えられなくなってきた。そもそもマジシャンじゃない私なんて、私じゃないもの。
いいんじゃない? 私はこの世界でもう一度、マジシャンになる。
世界中の人を驚かせて、彼女はすごいんだって、世界一なんだって、そう言わせるのは、すごく気分がいい。
なによりも。
それで、あの日の償いができるのであれば。
彼ら彼女らの恐怖を、感動に塗り替えることができるのなら。
――――――悪魔に魂を売ってでも、私はマジシャンになってみせる。
………………あれ、もしかして私って重いのかな?
なんだか自分のせいで死んじゃった最愛の人を自分の魂を悪魔に売って生き返らせようとするヤンデレみたいな思考になってる気が………………いや、うん。
それだけマジックに対する情熱が大きいってことだよね? そうだよねっ!? 無機物ですらないよなものに恋しちゃったとかないよねっ!?
その答えは、私にもわからなかった……。
「……まあ、ともかく。やることは決まったわね」
『シエル』の記憶を探ってみると、この世界に魔法はないらしい。魔獣とかもナイ。魔法の類は異世界の定番だったから、ちょっと残念。
でもつまり、マジックの需要があるはず。……なければ作るけど。
私なら、この世界最高のマジシャンになって、世界中を翻弄することだってできるはずだ。
だって。
あの日、あの時の光景を見て――
期待と興奮が入り混じった数多の表情を見て、死ぬかもしれない恐怖よりも喜びを感じた私は――――骨の髄まで魔術師なのだろうから。
転生した元天才マジシャン
異世界転生果たして唖然。でもすぐに切り替えた。意外と図太くて順応性が高い。この後すぐに異世界生活に慣れる。つおい。




