終わりと始まり
ざわめきが空間を満たしている。
薄暗い会場にいる十万もの人々が、みんな私の舞台を観に来てくれたのだと思うと、思わず口角が上がってしまう。
衣装の最終チェックを終えて、決められた位置に着く。私がここから登場したら、きっとみんな驚くだろうなぁ。
その時、ビーッと開演の合図が鳴り響いた。同時に僅かだった照明が完全に消えて、会場は闇に包まれる。
観客の期待と熱気がどんどん膨らんでいくのがわかる。この私が登場するのを、今か今かと待ち望んでいる。
ステージの端に、黒い仮面にタキシードを着込んだ男が歩み出る。照明が彼を明るく照らし、会場の視線を一身に集めた。
司会を務める男は、大袈裟な素振りで両手を広げた。マイクを通して、司会の声が響く。
『さあ、皆様! ご来場いただきありがとうございます。これより、祭花詩重瑠のマジックショー、開幕です!!』
高らかに宣言された言葉に、観客は手を叩き、歓声を上げて喜びを表す。
マジシャンが観客の心を掴む最大のチャンスは、登場のマジックだ。
予想だにしなかった場所から現れる。何もなかった場所から突然姿を見せる。観客は、そういう展開を期待している。
何が起こる? 前見たマジシャンは紙吹雪だったぞ。見たことのない方法で来てくれるんだろう? 期待外れになるなよ――そんな囁きが耳に届いて、私を煽る。
期待外れなのはむしろ私の方だ。紙吹雪? スモーク? そんなちゃちなものは必要ない。笑わせるな。私を誰だと思っている?
私は世界の不思議を操る女王――魔術師のシエルだ。
司会が移動して、ステージの中央に立つ。そして突然両手で顔を覆い、嘆くように背を丸める。
その姿に観客が不審を覚えるより一瞬早く、司会が顔を上げて仮面とタキシードを華麗に脱ぎ捨てた。
そこいたのは、黒と白を基調としたステージ衣装に身を包んだ少女――つまり、私だ。
観客席からどとめきが生まれる。誰一人としてこの登場を予想していなかったかのような反応。ああ、最高に気分がいい!
ぱっと片手を上げると、みんなが口を噤む。世界から音が消えたとさえ錯覚するような静寂に、誰もが音を出すことを恐れる。
自然と浮かんできた挑戦的な笑みをそのままに、いつもの口上を述べる。
『皆様におかれましては、ご機嫌麗しく。今宵の舞台を彩る、魔術師のシエルと申します』
キザったらしく名乗りを上げて、トンっと踵で床を叩く。
波紋が広がるように灰色だった舞台に色彩が宿り、華やかに色付いていく。
上げた片手を下ろして、反対の胸に添える。その指先にトランプを生み出して、これ見よがしに口元に当てた。
『これより始まるは祝福の時間。世界最高の摩訶不思議を、骨の髄まで刻み込んで差し上げましょう』
会場の期待値が一気に跳ね上がり、歓声となって轟く。
ああ、ただトランプを出しただけなのに、もうそんなに興奮しているんだ? 早すぎるよ、まだこんなものはほんの小手調べなのに。そんなんじゃステージが終わるまで、理性が壊れるほどの快楽に耐えられないんじゃない?
トランプを指先だけで飛ばして、私を強く照らしている照明に当てる。ガラスのようなものが砕ける音が響き渡る。
ああ、これで真っ暗だね。この間に何かするつもり? 策が見え見え?
ふふふ、大正解。でも不正解。言ったでしょう? 世界最高の摩訶不思議を、骨の髄まで刻み込むって。
予想がつくようなことを、私がするはずないでしょう?
どこからともなく、光り輝く水晶玉を取り出した。その表面をするりと撫でると、一層光が強くなり、私の姿を照らし出した。
『暗闇はステージに似合わないですね。この子は私の太陽。皆様を照らしたいと言っています。さあ、どうぞ行ってらっしゃい』
水晶玉を持った手を逆さにすると、水晶玉は床に叩きつけられることなく浮遊した。
宙を飛んで客席の真ん中まで行くと、私はわかりやすく小首を傾げる。
『うーん。どうやら、この子だけでは全員を照らすことはできないようですね。仕方がありません――この子はもう用済み。消えてもらいましょう』
パチンッと指を弾くと、全く同時に水晶玉が砕けた。
真下の客席から悲鳴が上がり、落ちてくるガラスの破片から身を守ろうとする。
でも違う。落ちてくるのは破片じゃない。光り輝く桜の花弁だ。
まるで光の粒。幻想的な光景に、誰もが見惚れる。
観客の誰かがゆっくりと舞い散るそれに触れると、じんわりと温かい熱を残して消えていく。再び訪れた暗闇は、しかしすぐに消え去った。
『私の太陽は生まれ変わり、今ここに現れました――さあ、しっかり働きなさい』
上に腕を伸ばす。そこに、強烈な光が生まれた。
天を指す指先に強い光を宿した私は、一度それを握って、もう一度指さす。
光は勢いよく天へと昇り、天井付近で止まった。
そして強く強く会場を照らし出し、昼間のような明るさをもたらした。
『ああ、今度はしっかり照らせましたね』
そう言って悠然と微笑むと、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
観客のほぼ全員が立ち上がり、朱に染まった頬が彼ら彼女らの心情を示していた。
そうか、もうなんだ。もう魅せられたんだね。まだ実力の半分も出していないというのに、みんな耐性なさすぎない?
次はもっともっと強烈で、鮮烈だよ。きっとあなたたちの脳じゃ、処理しきれない。どうか、まだ壊れないでね?
(最高に気持ちイイ不思議を、その眼窩の奥まで焼き付けてあげる!)
その時。
ガゴンッ。
音が鳴り響いた。
上を見上げる。照明だ。真上から、大きな照明装置が降ちてくる。
そばには人影。女だ。見覚えがあるような気がするけど思い出せない。あれ、なんか動きが妙にスロー?
観客は悲鳴を上げない。これもマジックだと思っている? 違う。こんな演出は予定にない。これはショーじゃない!
――あ、死ぬ。
グシャッ。
暗転。
『――次のニュースです。世界的天才マジシャン、祭花詩重瑠さんが、舞台中に照明装置が落下して下敷きになり、搬送された病院で死亡が確認されたそうです。警察は事件性はないと見て、原因を捜査しているとのことです――』
パチ、と目を開けた。
ずっと目を瞑っていたから、日の光が眩しく感じる。何度も瞬きを繰り返して、ようやく視界が鮮明になってきた。
クリアになった視界に最初に入ってきたのは、恐ろしい顔面偏差値の美男美女コンビ。
「シエル!? 目が覚めたのか!」
「ああ、本当によかったわ……神様、私たちの娘を助けてくださり、ありがとうございます……!」
(…………ううーん? 娘?)
ベッドの上でハテナと首を傾げる。あれれ、私の両親ってこんなに美形だったっけ……?
それにやけにベッドがふっかふかだ。あれ、おかしくない? 私のベッドはもっと硬かったはずなのに。
「シエル? どうしたんだ、首を傾げて……まさか、どこか不調がっ!?」
「きっとそうよ! 誰か、急いで医者を呼んできてちょうだい!」
おおぅ、なんだかすごく心配をかけてしまったようだ。メイドの一人がすごい速さで部屋を出ていくのを捉えてちょっと反省。
そりゃ池に落ちたお嬢様がやっとこさ目を覚ましたと思ったら『あれコレどういうこと??』とばかりに首を傾げてたら、そりゃあそうなるよね……。
………………………ん、あれ。
(池に落ちたって……なに?)
一瞬流しかけたけど、違和感ありまくりすぎるな? え、池? 落ちたの? 誰が? 私だ。え、私?
そうだ、私は池に落ちたんだ。だって記憶がある。家族でピクニックに行ったとき、足を滑らせて頭から……あれれ。
私ってなんだっけ。
途端に、パチンと頭の中で何かが弾けた。
膨大な量の情報が一気に流れてくる。入ってきては私を呑み込まんばかりに頭の中を掻き回し、前と今を融合させる。
「ぅ、あ、ぅ……っ」
ぐるぐるぐるぐる、目がまわる。
やばい、なにこれ。なにこれなにこれ。ああそうか記憶だ。なら、誰の記憶?
私だ。これは私の記憶なんだ。え、じゃあここにいる私は誰?
「シエル? どうしたの、気分が悪いの!?」
「大丈夫だぞシエル。パパとママがついてる! おい、医者はまだか!!」
あ、お父様とお母様に心配かけちゃった。二人とも優しいからなぁ。ごめんね、大丈夫だから心配しないで。
「だい、じょ、ぅ、れす……」
回り切らない呂律でどうにかそれだけ言った瞬間、私は意識を失った――――。
失った、よね?
じゃあなんで私は目を開けてるんだろう。目の前の両親が驚愕に目をガン開いてすんごいお顔になってる。せっかくの美形が台無し。
そして私も意味がわからない。意識失って数秒でおはようこんにちはなんてある??
あと死んだはずの私がなんで生きてんの? え、マジでどゆこと??
呼んでくださって、ありがとうございます!
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