第2話 調査員の胃は休まらない
街道をトボトボ歩きながら、片手にテッタの弁当。
仕事帰りに食うメシってのは、やっぱ格別だな。
まずはおにぎりをひと口。
「……うまいな」
塩気がちょうどいい。噛むたびに米の甘さが広がって、胃袋がやっと人間に戻った気がする。
お次は唐揚げ。
「……これもうまいな」
衣はカリっと、中はジューシー。テッタの飯は裏切らない。
戦いの後のご褒美ってやつだ。しかも、前回よりも美味くなってる。
冒険者たちの胃袋を、掴んで離さないのもうなずける。
だが、弁当を食い終わる前にふと視線が袋へ向く。
中には南の森で拾った、あの黒焦げの金属片。
見なきゃよかった。どうせ気になるに決まってんだから。
「……しゃーねぇ、ゼットの店に寄ってくか」
腹は満たされても、頭の中はモヤモヤしたまま。
嫌な予感は、大抵当たるんだよな。
南門をくぐると、いつも通りの門番二人。槍を肩にのっけて暇そうに立っている。
「おう、アル。散歩は終わったのか?」
皮肉返しかよ。俺が森で汗かいてた間、お前らは門で立ちんぼか。まあ仕事だから仕方ねぇが。
「ああ、散歩の後のテッタの弁当は最高だったぜ。あの唐揚げ、もう売り切れてるかもな」
にやりと告げると、門番たちの顔が微妙に引きつる。
昼飯前の兵士にテッタの唐揚げの話題は、最悪の嫌がらせだ。
あの悔しそうな顔、すぐにも走って買いに行きたいのが丸出しだな。
まあ、俺のせいじゃない。早いもん勝ちってやつだ。
さてと……ゼットは店にいるだろうか。
◇ ◆ ◇
街の裏通りにある小さな店。扉を開けると、いつも通りの陰気な顔がこっちを迎えた。
いいやつなんだけどな、顔で損してる典型だ。
「ゼット、これ見てくれ」
俺が声をかけると、ゼットは手のひらを突き出して制した。
「……鑑定か? それとも私見か?」
こいつの私見はいつも「魔道具っぽいかどうか」しか言わない。つまり実質ノーサービスだ。
「鑑定だ」
頷いたゼットが短く返す。
「見せろ」
布から金属片を取り出すと、彼は指先で軽く弾き、じっと眺める。
「……魔道具の残骸だな」
「似たようなの見たことあるか? そうだな……昨日とか?」
ゼットがふっと笑った。陰気な顔に似合わず、こういうときだけ妙に楽しそうに見える。
「ウィザーズから持ち込まれた物に、似ているな。……ほぼ同系統で、同じ金属が使われている」
「どんな効果かわかるか?」
「いや、こいつからはわからん」
ここでちょろりと財布から銀貨を追加。ゼットは渋い顔をしつつも受け取る。
「昨日の物と同様だと考えると……精神作用があるように思える」
「……やっぱりな」
思った通りだ。血走った目とおかしな行動。説明はつく。
「あんがとよ。こいつもそのうち、またここに持ち込まれるかもな」
金属片を布にくるんで仕舞うと、ゼットはすっと手元の金を半分押し返してきた。
「では、そちらからも取るとしよう」
「サンキュー」
ほらな。ゼットって、ああ見えていい奴なんだよ。
用も済んだし、帰ろうかと思ったんだが、ゼットが急に「ちょっと待て」と声をかけてきた。
「……なんだ?」
机の引き出しをガサゴソ探ると、ビー玉みたいに小さな石を取り出してきた。
「これを持っていけ」
掌に乗せられたそれを、しげしげと眺める。
「なんだこりゃ?」
「精神作用を妨害する……全く使えない魔道具だ。すぐ壊れる」
ふむ。つまり役に立たないってことか。
……いや、逆に言えば壊れたら誰かが仕掛けを使ったって証拠になるわけだ。
「なるほど。壊れたら犯人が近くにいるってことか」
ゼットは小さく頷いた。
「……」
「ありがたく貰って行くぜ」
石を懐にしまいこみながら、俺は苦笑する。
ほらな、ゼットってああ見えてイケメンだろ?
◇ ◆ ◇
ギルドの扉を開けると、相変わらずの雑多な喧騒。冒険者どもは昼間から酒をあおり、受付嬢はげんなりした顔で相手をしている。……まあ、平常運転だ。
奥の部屋に入ると、マルセル課長が書類とにらめっこしていた。目の下のクマも健在。
「戻りました」
「どうだった?」
「ワイルドボア三体、処理済みです。……ただし、いくつか異常がありました」
課長のペンが止まる。俺は指を折りながら淡々と報告した。
「一つ、集団行動していた。二つ、夜行性のはずが昼間に活発だった。三つ、そのうち一体は明らかな異常個体」
机に小瓶を置く。中には赤黒い血と、布に包んだ金属片。
「証拠はこれです」
課長が瓶を手に取り、眉をひそめた。
「……またか」
「昨日も似たような残骸が出てたでしょう? おそらく同系統です」
沈黙。課長の口元がわずかに歪む。
「あとでウィザーズに回しておく」
課長がそう言って瓶を机の端に置く。
……ん? なんか朝より顔が疲れてねぇか? 気のせいか?
「課長、さっき、またって言いましたよね?」
「ん? ……ああ」
課長がペンをトントンと机に叩きながら答える。
「さっきナックがすっ飛んで帰ってきてな。西の森でゴブリンが見つかったってな」
「ゴブリン? まあ珍しくもないけど」
「偵察で六体だ」
「……ふ~ん」
俺は鼻で笑った。偵察で六体ってことは──普段の倍。つまり本隊は、ほぼ確定で三十体はいる。
「頭が痛くなる数字ですねぇ……で、依頼は?」
「ああ、もう掲示板に出してある」
「じゃ、あとは冒険者のお仕事ですね」
しっかり駆除を頼むぜ。
そう言って引き下がろうとしたところで──。
「アル……」
……うわ、出た。課長のその声色は大体ろくでもない。嫌な予感しかしねぇ。
「……なんでしょう。これから遅くなった昼飯なんですが」
さっき唐揚げ弁当食ったばっかりだけどな。
課長はこめかみを揉みながら、ため息まじりに言った。
「戦闘は避けて、ゴブリンの部隊を見てきてくれんか?」
……やっぱりな。調査員の頭がまた痛くなるお仕事の時間だ。
「課長は……魔道具が絡んでると見てるんですか?」
「こうも立て続けだとな。もしそうだとしたら──」
課長が眉間にしわを寄せる。
「それを、冒険者が証拠として持って帰ってくるとは思えん」
「……つまり、あったら回収せよと?」
課長が無言で頷いた。
腹の下あたりがきゅうっと重くなる。
戦闘回避で偵察、加えて証拠回収。
……調査員って、つくづく命知らずな商売だよな。
「いってきま~す」
軽く手を振ってギルドを出ようとしたが、その前に受付の脇を通る。
横目でチラリと掲示板をのぞけば、討伐クエストに名を連ねているのは七、八等級の下級パーティーが二つ。
七、八等級って言えば聞こえはいいが、実際はまだ駆け出し。
経験も浅いし、ちょっと無茶すりゃすぐ転ぶレベルだ。まあ、囲まれなきゃ十分ってところか。
……まぁ、七等級パーティーもいるし、洞窟じゃないから大丈夫だろ。
ゴブリンってのは一匹一匹なら雑魚だが、群れると厄介だ。
しかも、たまに頭の回る個体が混ざってやがる。
洞窟なんかで遭遇した日には、危険度は二つは跳ね上がるだろうな。
まあ今回は浅い森だし、俺の仕事は見てくるだけ。頭が痛くなるのは確定だが、死ぬほどじゃない……と信じたい。
ギルドを出て真っ先に向かったのは道具屋。
扉を開けると、相変わらず渋い声が飛んできた。
「また来たのかい」
「まあな。ちょっと追加でな。で、匂い消しと痺れ草、あるか?」
「あるよ。……なんだ、ゴブリンか?」
さすがタマ婆。伊達に年季は食ってねぇ。
俺の買う道具を見りゃ、相手が何かだいたい察してしまう。
この街でそういう芸当ができるのは、この婆さんくらいだろう。
代金を置くと、タマ婆が小さく鼻を鳴らした。
「どうせまた無茶すんだろうが、まあ気ぃつけな」
「わかってるさ。俺の胃袋が先にやられる」
軽口を返して店を出る。
次の寄り道はテッタの食堂だ。
夜には戻りたいが、保証はない。だったら今のうちに弁当を調達しとくしかない。
「弁当一つ、頼む」
カウンター越しに受け取って、つい口が滑る。
「唐揚げ、美味くなってたぞ」
テッタがにやりと笑った。
「でしょ!」
その一言を聞きつけた客から「俺も!」「唐揚げ追加!」と注文が飛ぶ。
……こりゃ売り切れだな。
「じゃあね、アル兄! 毎度あり~!」
厨房の奥から飛んできた声に、手を振って返す。
……さて……行きますか。
◇ ◆ ◇
昼下がり、西門をくぐる。
門番に軽く手を上げて、そのまま街道を西へ。
川に架かる石橋を渡ると、遠くの地平線にうっすらと緑の塊が見えてきた。
あれが報告のあった西の森。
街道を進むたびに、森の輪郭が少しずつ濃くなる。
西の森──浅い森だが、油断はできない。
平地に毛が生えた程度の雑木林って思うかもしれないが、実際はあれこれ隠れるにはちょうどいいって代物だ。
獣も魔物も人間も、みんな考えることは同じ。見つかりにくい場所に集まるんだよな。
しかもこの森、妙に湿っぽい。
川が近いせいで霧が出やすいし、その霧が音を反響させ方向感覚を狂わせる。
ゴブリンが群れるには悪くない環境だ。まったく、住み心地のいい場所を見つけやがる。
「面倒な所に住み着くよなぁ……」
ぼやいてみても、足は止まらない。
ようやく西の森の入口に到着。
地面を見れば、もう先行していた冒険者たちの足跡がずらり。
「……ったく、あっちに向かったのか?」
踏み荒らされた土に深いため息。
これじゃ、肝心のゴブリンどもの足跡が台無しだ。
おいおい、俺の仕事は偵察だぞ。
冒険者の足跡観察じゃねぇんだ。
「……こうなると、追うしかないな」
耳を澄ませてみても、異常な音はしない。森はやけに静かだ。
仕方なく足跡を追って奥へ進む。
やがて冒険者たちの足跡に変化が出てきた。
踏み込みが深くて乱れている。
……急いでる? それとも追いかけてるのか?
辺りを見回すと、木を削って作ったような粗末な槍が落ちていた。
間違いなくゴブリンの武器だ。
けど──肝心のゴブリンの死体は、どこにもない。
「血の跡もない……おかしいな」
足跡の乱れが気になって、耳を澄ませる。
かすかに……声がする。
身体強化で聴覚を引き上げると、断片的に拾えた。
「……あっちに……い……その……奥だ……!」
なるほど、追ってるのか。
だが周囲に戦闘痕はなし。血も死体もない。
つまり、ゴブリンの方が戦わずに逃げてるってことだ。
「……おいおい」
口の端が引きつる。
「あいつら、誘い込まれてんじゃねぇか、馬鹿野郎ども!」
もう、溜息しかでねぇ。
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面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。
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