第2話 面倒ごとは勝手にやってくる 後編
胃がきゅっと縮む音が、自分で聞こえた気がした。
先頭の一匹が鼻を鳴らした瞬間、地面が揺れた。
ドドドッと一直線、丸太みたいな胴体が突っ込んでくる。
「っとと!」
身をひねって避ける。風圧で背中が熱くなった。
柵どころか家一軒くらい簡単に持っていきそうな勢いだな、これ。
振り返る間もなく、二匹目が蹄を掻き鳴らす。完全に突進モード。
匂いじゃねぇ。こいつら、こっちを見て狙ってやがる。
「……夜行性じゃなかったのかよ」
昼間からギラついた目で狙ってくるワイルドボアなんざ、教本に載せたら赤点食らうレベルのイレギュラーだ。
二匹目の突進も、ギリギリで横へ飛んでかわす。足元の土がえぐれ、土煙が舞った。
息をつく間もなく、三匹目と目が合った。
真っ赤に充血した眼。その視線が、獲物を射抜くみたいに突き刺さる。
「……やべ」
背筋が凍った。
三匹目が吠えたかと思った瞬間、突進してきた。
さっきより速い。やっぱり目がイカれてる分、加減を知らねぇ。
「っと、こっち来んな」
避けざまに腰の袋から粘着玉をひとつ。
カランと投げつけると、ベチャリと音を立てて割れ、前足が地面に張りついた。
「ふぅ……」
攻撃が直線的なのは、変わらないか。
ワイルドボアの倒し方、その一。
突進を止める。
ああ、間違っても正面から止めるなよ。パワーは馬鹿になんねぇ。
岩やでかい木なんかを背にして、避けちまえばいい。
最初の一匹目が再び、鼻息荒く突進してきた。
「そらよっと」
ドゴォンッ! という大音量とともに木に激突。
な? 簡単だろ。
が、喜んでる暇はなかった。
避けた先で、もう一匹が前足を振り上げて待ち構えていた。
でだ、ワイルドボアの倒し方、その二。
背後に回り込む。
出来ればでいいぞ。無理して狙うな。
基本は一を繰り返せばいいんだが……。
「めんどくせぇ!」
潰される寸前、身を低くして股下をくぐり抜ける。
俺は体制を立て直し、ワイルドボアを正面に捉える。
「こいこい……」
振り向いたワイルドボアが、怒り狂って突っ込んでくる。
「ご苦労さん」
それをさらりと避ける。
と、次の瞬間──。
ドガァンッ!
背後で鈍い衝撃音。
突っ込んできた奴と、木に衝突してふらついていた奴が見事に激突していた。
「……馬鹿猪め」
勝手に潰し合ってくれるのは助かるけどな。
……ぶっ飛ばされたやつは? ……よし、起きてこねぇな。
こめかみから血を流して伸びてる。しばらくは、お休みだろう。
ぶちかました方の猪は、頭を振って土を蹴っている。
……おいおい、こっちを探してんのか? 目が完全にイッてやがる。
横では、粘着玉に絡まったやつが必死に暴れていた。
縄みたいに足にまとわりついて、地面を掘り返している。
くっそ、こっちは止まらねぇか。
なら優先順位は決まりだ。
「まずは──背中見せてるお前からだ」
ワイルドボアの倒し方、その三。
一を繰り返し、隙ができたら、背に飛び乗り弱点を突く。
駆け込んで背を跳ね上がり、そのまま馬乗りに飛び乗る。
腰の剣を抜き、狙うは頚椎。
ドスッ。
鈍い手応えと共に、野太いうめき声。
巨体がぐらりと揺れ、そのままどさりと沈んだ。
「こんなもんだろ」
剣を引き抜き、息を整える。
残るは一匹。充血した目をギラつかせ、俺を睨んでいた。
「さぁて……あとはお前だぜ、ぎらつき野郎」
巨体はふらつきながらも、まだ突進してきた。
よろけてるくせに速度だけは落ちていない。完全にブレーキがぶっ壊れた車だ。
「っと、すれ違いざま──もらった!」
刃を横に薙ぐ。
確かに当たったはずなのに──。
「くっ!」
手ごたえが石壁みたいに重い。剣が弾かれ、腕に痺れが走った。
普通のワイルドボアなら肉を裂く感触があるはずなのに、こいつは鎧でも着込んでんのかってくらい硬い。
土煙の中で向き直り、再び睨み合う。
充血した真っ赤な目が、ギラつきながら俺を射抜いてくる。
どうやら、ただの馬鹿猪じゃ済まなそうだ。
……考えてる暇はねぇ。
「──貫け!」
即座に手を地面に叩きつけ魔力を流し込むと、地面がうねり、無数の土の槍が牙をむいて突き上がる。
巨体の下から一斉に、串刺しにする勢いで伸び上がった。
だが。
ガキンッ! ガラガラッ!
嫌な音とともに、槍は次々と折れていった。
あの巨体、皮膚が鋼鉄かってくらい硬い。
土の槍が弾かれて砕けるのを見て、俺の口から思わず声が漏れる。
「……マジかよ」
直後、ワイルドボアが天を突くように咆哮した。
鼓膜が震え、胸まで響く。
圧が強すぎて、肺の奥がひゅっとすぼむ感覚すらある。
「腹下は弱点だろうが……」
ため息まじりに呟くしかなかった。
森の中で火なんざ使えねぇ。森ごと燃やしたら、依頼どころじゃなくなる。
……じゃあどうするか……って、くっそ!
巨体が突進してくる。俺はギリギリで身を翻した──はずだった。
ズザァッ!
ワイルドボアが急停止。土煙を上げて、あり得ねぇ角度で方向転換しやがった。突っ込んでった先じゃなく、避けた俺の方へ。
「お前……頭いいじゃねぇかよ!」
冗談じゃねぇ。馬鹿猪のくせに学習してんじゃねぇよ!
とっさに腕をかざす。
空気が圧縮され、目の前に半透明の壁を展開させる。
ワイルドボアがぶつかった瞬間、衝撃が弾け、轟音とともに風圧が炸裂した。
体ごと吹き飛ばされかけたが、なんとか受け流す。
耳鳴りの中で息を荒げ、つぶやいた。
「……マジで、シャレになってねぇぞ」
俺は足裏に魔力を込め、地面へと流し込んだ。
狙うのは数歩先。
「……こいよ」
睨み合ったまま挑発する。狙うは後ろ足だ。
ワイルドボアが鼻息荒く突進してきた瞬間──。
「落ちろ、馬鹿が!」
ズドンッ!
地面が抜け、巨体の後ろ足が土に埋まる。
バランスを崩し、そのまま仰向けにひっくり返った。
腹が、がら空き。これ以上ないチャンスだ。
俺は飛びかかり、胸の位置に手を押し当てる。
一気に体内へ魔力の塊を叩き込む。
「おらよ!」
ズン、と鈍い衝撃音。
巨体が痙攣し、血を吐きながら絶命した。
……あ~、肩いてぇ。
俺は肩で息をしながら、吐き捨てるように言った。
「……まったく、馬鹿猪で済んでりゃよかったんだがな」
まだ息のあるやつが一匹。ぶっ飛んで気絶してるが、このまま放っときゃまた暴れ出すに決まってる。
「悪いな」
剣を逆手に構え、胸を狙って一突き。
鈍い抵抗のあと、巨体が大きく痙攣し──それきり動かなくなった。
森の空気が重く静まり返る。
……終わったな。
とはいえ、ここでのんびり感傷に浸ってる場合じゃない。
獣の血の匂いは、別の魔物を呼び寄せる。
俺は袋からタマ婆さん印の消臭粉を取り出し、死骸にばさばさと振りかけた。
「さてと。こいつらの宴会場になられても困るんでな」
鼻にツンとくる独特の臭い。これでしばらくは持つはずだ。
だが、こいつは一体なんだ?
手袋越しに毛をつかむと、びくりとするほど固い。毛がまるで小さな棘の集合体みたいに硬いんだ。
皮膚を押してみる。弾力は普通の獣のそれだ。外見はワイルドボア、だが何かが違う。
「次に会ったら殴り殺すしかねぇな、こいつは」
半分自嘲で呟く。……そういう相手だ。斬って通じるか打撃で崩せるかの違い。
血をチェックする。指先で取って匂いを嗅ぎ、色を確かめる。
赤黒い。普通の獣の鮮血とは違う。目もまだ血走ったままだ。
これじゃ、下級冒険者が相手にしてたら、返り討ちもあり得るな。中級クラスでも油断は禁物だ。
証拠はあったほうがいい。小瓶を取り出して血を詰める。蓋をきっちり閉め、袋にしまう。
ウィザーズギルドで精査してもらう材料だ。
……ふぅ、こっちは解決だな。
最後に仕留めたワイルドボアに、視線を向ける。家畜を襲ったのはこいつだ。
蹄の大きさと、ここまでの足跡が一致する。
「犯人はお前だ!」
……よし。
あとはこいつを放置できるかって話だ。血と死骸の匂いは、他の獣を引き寄せる。
集落のそばで、それは困るからな。
手際よく周囲を見回し、簡単な結界を描く。地面に指で円を引き、魔力を流し込むだけの即席の拘束結界。飛び火や魔素の拡散を抑える程度のものだ。
結界のラインが微かに光るのを確認してから、着火。拳大に丸めた乾いた枯葉と小枝を、火であおって炎を大きくする。
森の火は危ないから、風魔法で炎の行き先を制御しつつ、結界の内側だけをじっくり炙る。
火を点けたのはいいが、燃え尽きる前にちょっと確認だ。
痕跡ってのはだいたい、煙と一緒に消えてなくなるからな。
結界の外をぐるっと回ると──まず目に入ったのは木の幹に引っかかった毛。
さっき触ったガチガチの毛と同じ。しかも妙に粘りがある。自然に抜けた毛じゃねぇな、これ。誰かが引き剥がしたみたいな痕跡だ。
さらに進むと、地面から金属の欠片が顔を出していた。黒焦げでボロボロだが、表面に刻印っぽい線。魔術紋の残骸だろう。
ウィザーズに見せれば鼻で笑われそうな代物だが、笑って済ませられるかどうかはこっちの問題じゃない。
そして足跡。蹄じゃない、人間の靴底だ。
しかも農夫の草履じゃなく、細身で爪先が尖ってる。獣道をなぞるみたいに続いてる。
……誰かさんが関わってるの確定だな。
「……ったく、ただの獣被害じゃなかったかよ」
血走った目も、鉄みたいな毛も、偶然じゃなく何かの仕業ってことだ。
あの血も合わせりゃ、異常三点セットだ。
鼻を利かせると、焦げ臭に混じって油みたいな匂いがした。魔具か薬品か。タマ婆さんでも扱ってなさそうな代物だ。
目、毛、血……さらに金属片と人らしき足跡。ここまで揃えば、偶然なんて笑えねぇ。
俺は金属片を布に包み、血の瓶と一緒に袋へ突っ込む。
残り火に土をかけ、消臭粉をもう一回ばらまいておく。
「よし。これで野生動物の宴会場にはならねぇだろ」
森が昼のざわめきを取り戻していく。けど俺の気分は重くなる一方だ。
村の杭なんざ一時しのぎだ。背後に人間が絡んでるなら、あれじゃ止まらねぇ。
ほぼ灰になった死骸から、魔石を拾い上げる。
ため息をついて肩を回し、村の方向へ足を向けた。
「……仕事増えるの確定だな」
村に戻ると、杭打ちの真っ最中だった男衆が顔を上げた。
「どうだった、ギルドの兄ちゃん?」
「ワイルドボアでした。巣を壊して遠くに追い払ったんで、もう大丈夫だと思います」
俺の言葉に、村人たちが「おお……」と胸を撫で下ろす。
ただし俺は仕事人だ。タダで安心させるほどボランティア精神は高くない。
「もう、戻ってこないのか?」
「念のため、これ置いときますよ」
袋からタマ婆さん印の匂い消しを取り出す。
村人が目を丸くしてるうちに、値段をしれっと提示。
「これ使えば獣や魔物は寄ってこないんで。お買い上げありがとうございます」
にこやかに売りつけたところで、肩をすくめる。
「じゃ、あとは頼みます」
背を向け、村を後にする。
静かな街道を歩きながら、心の中でぼやいた。
敵が何者かは未確認。証拠だけ拾って、原因不明のまま処理。
……これ、冒険者の方がまだ気楽なんじゃねぇか?
「……まったく、ギルドの調査員ってのは割に合わねぇ仕事だな」
昨日、拾った金属片と……あ~あ、考えたくもねぇな。
嫌な偶然が続くときは、大抵ろくでもないことになる。冒険者時代も今も、それだけは変わらねぇ。
ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!
「面白かったなぁ」
「続きはどうなるんだろう?」
「次も読みたい」
「つまらない」
と思いましたら
下部の☆☆☆☆☆から、作品への応援、評価をお願いいたします。
面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。
参考にし、作品に生かそうと思っております。
ブックマークで応援いただけると励みになります。




