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こちらギルドの調査員 ~冒険者じゃない俺の方がよっぽど大変なんだが?~  作者: 月城 葵
ギルドの調査員? はい、地味です。

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第1話   面倒ごとは勝手にやってくる


 翌朝。

 はい、今日も元気にお勤めです。……いや、元気なのは街の方で、俺じゃないけどな。


 ……また、ひどい顔だ。


 鏡の中で、眠れぬ夜を引きずった目がこちらを睨み返していた。

 黒い髪も乱れ放題。

 どう見ても、「仕事ができる人間」には見えないね。



 支度を済ませて宿舎を出ると、すでに通りは人でごった返していた。

 パン屋の小僧が火魔法で窯に火をつけ、大工は風魔法で木屑をぶっ飛ばしている。

 向かいの主婦は水魔法で桶に水を張りながら、隣と世間話。

 戦場じゃ殺し合いに使われる力も、ここじゃ炊事洗濯の延長。便利だよなぁ。

 俺の世界にも欲しかったよ。


 で、石畳を抜けてギルドへ。

 朝っぱらから大扉全開、冒険者たちの笑い声が耳に突き刺さる。

 あれを「活気」と呼ぶか「騒音」と呼ぶかは人による。少なくとも俺は後者だ。


 カウンターにはカエデ。笑顔満点で「おはようございます、アルさん」ときた。

 はいはい、おはようございます。

 

 ……相変わらず営業スマイルが完璧だな。


 けど、俺に向けるときだけちょっと柔らかくなるのは、気のせいじゃないはずだ。


「昨日の件、報告されていますよ」

「魔道具の残骸のことか」

「はい。今、ウィザーズギルドで確認中だそうです」


 ……あぁやっぱり。うちじゃ手に負えなかったんだな。


 魔術師ギルドに鑑定を依頼する事態。つまり、面倒事確定ってことだ。


 奥から俺を呼ぶ声がする。


「お~い、アル! ちょっと来い」


 丸眼鏡のマルセル課長が、机の上の依頼書を手に呼んでいる。

 いつもは、のほほんとしてるのに、こういう時の声だけはやけに通るんだよな。


「南の集落から調査依頼が来ている。家畜が繰り返し襲われているらしい」

「……魔物か、獣か」

「そこを確かめてきてくれ。お前ひとりでいい」


 はい出ました、おひとり様確定。まぁ気楽でもある。


「了解。じゃ、行ってきますよ」


 依頼書を受け取って肩をすくめる。


 ……いってきま~す。



 ◇ ◆ ◇



 まずは腹ごしらえより先に準備だろ、ってことで道具屋へ。

 カウンターの奥からタマ婆さんが「いらっしゃい」と顔も上げずに声をかけてくる。

 ここの挨拶は、半分罵声みたいなもんだ。


「上薬草、まだ残ってるか?」

「あんたも運が悪いねぇ。昨日どっかの阿呆が、しこたま買い込んでったよ」


 チッ、やっぱりか。

 ちなみに上薬草ってのは、要するに高級湿布だ。冷やして貼れば痛みが和らぐし、腫れも引く。

 だが、冒険者が使うなら、普通の薬草を煎じて飲むか塗る方がよっぽど効く。

 つまり、上薬草に大枚はたくのは金の余ってるバカか、新米冒険者の見栄張りだ。


「で、他に買うもんは?」

「粘着玉と、匂い消すやつ」

「あいよ、毎度あり」


 奥の棚から、がさごそと取り出して袋に突っ込む婆さん。

 粘着玉は投げつければ敵の足を縛れる便利アイテム。匂い消しは森での必需品。

 俺は狩人じゃないが、調査員は足跡と臭いで仕事することも多いんでね。


 代金を置いて、次はテッタの食堂へ。

 店先でテッタが「おー! アル兄ちゃん、今日は一人か!」と声を張り上げている。

 小さい体なのに、声のデカさで言えば街一番。


「弁当、一人前。肉多めで。あと、軽く食えるやつ」

「まいど! 元気出して行けよぉ!」


 弁当を受け取って腰の袋に突っ込み、深呼吸を一つ。

 さて、仕事に出発しますかね。


 腹も道具袋も揃ったところで、南の門へ。

 石造りの城門の下には、今日も相変わらず気の抜けた門番が二人。

 槍を抱えて突っ立ってるが、こいつらが真面目に検問してるのを見たことがない。


「おう、アル。調査か?」

「そんなとこだ。……で、門番やってるフリは順調か?」

「余計なお世話だ」


 軽口を返しつつ通り抜ける。まぁ彼らの怠慢っぷりも、平和の証ってやつだろう。

 俺はありがたく通らせてもらう。


 城壁を抜ければ、南に延びる街道。石畳はしばらく続くが、すぐに土の道に変わる。

 左右には畑が広がり、農民がせっせと鍬を振るっている。

 家畜の鳴き声、麦の匂い、遠くで鳴く犬。ペテルの喧噪とは別の、のどかな生活音だ。


 ……もっとも、のどかなら俺の出番なんてないんだけどな。


 空は晴れ、風も穏やか。歩くには申し分ない日和。

 だが、依頼書に記された「家畜被害の集落」は、この道を二時間ほど。

 どうせただの野犬か、せいぜい狼あたりだろう。……そう思いたいが、俺の勘は大体外れてほしい時ほどよく当たる。


 南へ歩くことしばし、見えてきたのは小さな集落。

 家が十軒そこら、寄り添うように建っている。煙突からは白い煙がのぼり、子どもが追いかけっこをしている。……のどかに見えるが、依頼書の被害報告はここのことだ。


「お~い、ギルドの人かい?」


 声をかけてきたのは腰の曲がった農夫。顔色が冴えない。

 俺が頷くと、村人が集まってきて口々に説明を始めた。


「最初は豚だ。一昨日の晩にやられた」

「うちじゃ、翌日に山羊がやられてな。」


 ……死骸がないな。やっちまったか?


「死骸はどうしました?」

「血まみれで……いや、もう死骸は片付けちまった」


 はい、現場検証する前に証拠隠滅完了。ありがちだ。

 まぁ、村人にしてみれば当然か。放っておけば腐るし、匂いも獣を呼ぶ。

 こっちとしては「せめて骨くらい残しておいてくれ」と言いたいところだが。


「柵も壊されちまって……」


 案内された家畜小屋をのぞく。

 なるほど、木の柵が横倒しになっている。釘はまだ新しいのに、根元からへし折られているな。


 俺はしゃがみ込み、折れ口を指でなぞる。

 刃物じゃない。噛み跡もない。

 力で押し倒した感じか……。


 つまり、何かデカいものが通ったってことだ。

 さて、面倒ごとの匂いがしてきたぞ。


 まずは血痕。


 ……おっと、やっぱり残ってるな。


 地面にこびりついた赤黒い染みを指先でこすってみる。乾いてはいるが、まだ数日は経っていない。


 その近くに、毛が数本落ちていた。

 山羊の毛より固くて短い。色も違う。

 狼にしては短すぎる。犬でもない。


 じゃあ何だって話だ。


 視線を落として、柵の外の地面を確認。

 山羊の小さな蹄跡に混じって、別の足跡がある。

 幅広で、爪痕が深い。


「……野犬じゃねぇな。狼でもない」


 この辺りでよく出る獣といえば大猪。

 けどあいつら、家畜なんざ襲わない。草木や畑を荒らすのが専門だ。山羊も豚も食う習性はない。


 となると……。


 溜息をひとつ。


「ワイルドボア、かよ」


 猪に似た魔物だ。体格は馬並みで、突進力は洒落にならない。

 大猪と違って雑食、時には人間さえ襲う厄介者。


 村人たちに向き直って、仮説を告げる。


「結論から言うと、ワイルドボアの可能性が高いです」


 俺がそう告げると、集まっていた村人たちの顔色が一斉に曇った。

 そりゃそうだ。普通の猪でも畑荒らしで厄介なのに、こっちは人も襲う魔物だ。


「柵の周りに大きな杭でも仕掛けておいてください。突進を止めるしかないんでね」


 一拍の沈黙のあと、誰かが小さくつぶやいた。


「ワイルドボアか……」


 次の瞬間には「おい、みんなやるぞ!」と声が上がり、男衆が一斉に動き出す。

 斧を担ぐ者、杭を運ぶ者、縄を引きずってくる者。

 農民の切り替えは早い。生き延びるためなら当たり前か。


 俺はその光景を眺めながら、肩をすくめた。


「じゃ、ちょっと森の方へ見に行ってきます。夜までには完成させてください。あいつ、夜行性なんで」


 村人たちが無言で頷くのを確認し、俺は腰の袋を締め直した。



 ◇ ◆ ◇



 森に入ると、空気がひんやり変わった。

 まだ昼前で陽は高いのに、枝葉が重なり合って光を遮っている。

 木漏れ日が斑に揺れて、なんだか犯人探しにぴったりの舞台装置ってやつだ。


 足元にはさっきの蹄跡。土が柔らかいせいで、くっきりと残っている。

 だがそれも長くは続かない。奥に進むにつれ、草木がやたらと生い茂ってきた。

 足跡そのものは見えなくなったが──代わりに、踏み倒された草の方向が目印になっている。


 葉が擦れた痕、枝が折れた角度。でかい獣が突っ切った通り道ってのは、素人でもわかるほど派手だ。

 俺は枝をかき分けながら、苦笑する。


「……まるで自分で『こっちです』って案内してるみたいだな」


 ありがたいっちゃありがたいが、追いやすい獲物ってのは大抵、追った先でろくでもない目に遭うんだよな。


 進んでいくと、はい出ました。デカい糞。

 新鮮じゃない、乾きかけてる。つまり数時間前に通ったってことだな。


 ……ってことは、もう縄張り圏内に足突っ込んでるわけだ。


 俺は腰袋から小瓶を取り出す。タマ婆さんの店で買った匂い消し。

 蓋を開けると、鼻が曲がりそうな刺激臭が広がった。

 婆さん曰く「獣には効くけど人間には不評」らしい。全くもってその通り。


 仕方なく自分に振りかける。背中、腕、足元。ついでに服も少々。

 うん、最悪だ。これで森の中で遭難しても、誰も助けに来てくれないだろうな。


「さて……馬鹿猪はどこだ」


 呟きながら、俺は足跡の先へと視線を向けた。

 風の流れが重くなる。枝のざわめきが止まる。

 どうやら、ここから先が本番らしい。


 耳を澄ます。鼻も利かせる。


 ……お、来たな。かすかに地面を踏む音。


 ただの足音じゃない。ドス、ドス、と重たい衝撃が混じってる。

 俺は息を整えて、魔力を巡らせる。身体強化。聴覚をちょっと底上げ。


 地面を伝って響く震えが、はっきりと耳に届く。


 ……おかしいな。数が多い。


「おいおい、ワイルドボアは群れねぇだろ」


 馬鹿猪どもは基本単独行動だ。繁殖期ならつがいになることもあるが、せいぜい二匹。

 今は春。アイツらの繁殖期は冬だったはずだ。


 つまり──計算が合わない。


 奥の茂みがガサリと揺れた。

 出てきたのは、まごうことなき巨体。丸太みたいな胴体に、鋭く突き出した牙。

 うん、教科書に載せたいくらい典型的なワイルドボアです。……と言いたいところなんだが。


 ……あいつはなんだ?


 足が止まる。背筋に冷たい汗が伝った。

 一見ワイルドボアなんだけどな──目がおかしい。

 真っ赤に充血して、ぎらついた光を放っている。


 普通の魔物の目じゃない。

 理性も警戒心も吹っ飛んで、ただ獲物を噛み砕くことしか考えてない、そんな色だ。


 ……やれやれ。やっぱり面倒ごとじゃねぇか。


 ガサガサ……いやな予感しかしない音が続く。

 出てきたのは、さっきの一匹だけじゃなかった。やっぱり、いやがった二匹目、三匹目。

 合計三匹。はい拍手。


 どう考えても、ここで引き返したら村がヤバい。

 柵の補強はしてるだろうが、あんな突進三連発喰らったらひとたまりもない。


 頭の中で昨日の依頼書を思い返す。

 村で襲われた痕跡は──一匹分。

 なのにここには三匹揃ってお出迎え。


「……なんでここに集まってんだよ」


 ただの縄張り争いでもない。

 つまり──何かがおかしい。


 胃がきゅっと縮む音が、自分で聞こえた気がした。


 先頭の一匹が鼻を鳴らした瞬間、地面が揺れた。

 ドドドッと一直線、丸太みたいな胴体が突っ込んでくる。


「っとと!」


 身をひねって避ける。風圧で背中が熱くなった。

 柵どころか家一軒くらい簡単に持っていきそうな勢いだな、これ。


 振り返る間もなく、二匹目が蹄を掻き鳴らす。完全に突進モード。

 匂いじゃねぇ。こいつら、こっちを見て狙ってやがる。


「……夜行性じゃなかったのかよ」


 昼間からギラついた目で狙ってくるワイルドボアなんざ、教本に載せたら赤点食らうレベルのイレギュラーだ。


 二匹目の突進も、ギリギリで横へ飛んでかわす。足元の土がえぐれ、土煙が舞った。

 息をつく間もなく、三匹目と目が合った。

 真っ赤に充血した眼。その視線が、獲物を射抜くみたいに突き刺さる。


「……やべ」


 背筋が凍った。

 三匹目が吠えたかと思った瞬間、突進してきた。

 さっきより速い。やっぱり目がイカれてる分、加減を知らねぇ。


「っと、こっち来んな」


 避けざまに腰の袋から粘着玉をひとつ。

 カランと投げつけると、ベチャリと音を立てて割れ、前足が地面に張りついた。


「ふぅ……」


 攻撃が直線的なのは、変わらないか。


 ワイルドボアの倒し方、その一。

 突進を止める。

 ああ、間違っても正面から止めるなよ。パワーは馬鹿になんねぇ。

 岩やでかい木なんかを背にして、避けちまえばいい。


 最初の一匹目が再び、鼻息荒く突進してきた。


「そらよっと」


 ドゴォンッ! という大音量とともに木に激突。

 な? 簡単だろ。


 が、喜んでる暇はなかった。

 避けた先で、もう一匹が前足を振り上げて待ち構えていた。


 でだ、ワイルドボアの倒し方、その二。

 背後に回り込む。

 出来ればでいいぞ。無理して狙うな。

 基本は一を繰り返せばいいんだが……。


「めんどくせぇ!」


 潰される寸前、身を低くして股下をくぐり抜ける。

 俺は体制を立て直し、ワイルドボアを正面に捉える。


「こいこい……」


 振り向いたワイルドボアが、怒り狂って突っ込んでくる。


「ご苦労さん」


 それをさらりと避ける。

 と、次の瞬間──。


 ドガァンッ!


 背後で鈍い衝撃音。

 突っ込んできた奴と、木に衝突してふらついていた奴が見事に激突していた。


「……馬鹿猪め」


 勝手に潰し合ってくれるのは助かるけどな。


 ……ぶっ飛ばされたやつは? ……よし、起きてこねぇな。


 こめかみから血を流して伸びてる。しばらくは、お休みだろう。

 ぶちかました方の猪は、頭を振って土を蹴っている。


 ……おいおい、こっちを探してんのか? 目が完全にイッてやがる。


 横では、粘着玉に絡まったやつが必死に暴れていた。

 縄みたいに足にまとわりついて、地面を掘り返している。

 くっそ、こっちは止まらねぇか。


 なら優先順位は決まりだ。


「まずは──背中見せてるお前からだ」


 ワイルドボアの倒し方、その三。

 一を繰り返し、隙ができたら、背に飛び乗り弱点を突く。


 駆け込んで背を跳ね上がり、そのまま馬乗りに飛び乗る。

 腰の剣を抜き、狙うは頚椎。


 ドスッ。

 鈍い手応えと共に、野太いうめき声。

 巨体がぐらりと揺れ、そのままどさりと沈んだ。


「こんなもんだろ」


 剣を引き抜き、息を整える。

 残るは一匹。充血した目をギラつかせ、俺を睨んでいた。


「さぁて……あとはお前だぜ、ぎらつき野郎」


 巨体はふらつきながらも、まだ突進してきた。

 よろけてるくせに速度だけは落ちていない。完全にブレーキがぶっ壊れた車だ。


「っと、すれ違いざま──もらった!」


 刃を横に薙ぐ。

 確かに当たったはずなのに──。


「くっ!」


 手ごたえが石壁みたいに重い。剣が弾かれ、腕に痺れが走った。

 普通のワイルドボアなら肉を裂く感触があるはずなのに、こいつは鎧でも着込んでんのかってくらい硬い。


 土煙の中で向き直り、再び睨み合う。

 充血した真っ赤な目が、ギラつきながら俺を射抜いてくる。

 どうやら、ただの馬鹿猪じゃ済まなそうだ。


 ……考えてる暇はねぇ。


「──貫け!」


 即座に手を地面に叩きつけ魔力を流し込むと、地面がうねり、無数の土の槍が牙をむいて突き上がる。

 巨体の下から一斉に、串刺しにする勢いで伸び上がった。


 だが。


 ガキンッ! ガラガラッ!


 嫌な音とともに、槍は次々と折れていった。

 あの巨体、皮膚が鋼鉄かってくらい硬い。

 土の槍が弾かれて砕けるのを見て、俺の口から思わず声が漏れる。


「……マジかよ」


 直後、ワイルドボアが天を突くように咆哮した。

 鼓膜が震え、胸まで響く。

 圧が強すぎて、肺の奥がひゅっとすぼむ感覚すらある。


「腹下は弱点だろうが……」


 ため息まじりに呟くしかなかった。

 森の中で火なんざ使えねぇ。森ごと燃やしたら、依頼どころじゃなくなる。


 ……じゃあどうするか……って、くっそ!


 巨体が突進してくる。俺はギリギリで身を翻した──はずだった。


 ズザァッ!


 ワイルドボアが急停止。土煙を上げて、あり得ねぇ角度で方向転換しやがった。突っ込んでった先じゃなく、避けた俺の方へ。


「お前……頭いいじゃねぇかよ!」


 冗談じゃねぇ。馬鹿猪のくせに学習してんじゃねぇよ!


 とっさに腕をかざす。

 空気が圧縮され、目の前に半透明の壁を展開させる。

 ワイルドボアがぶつかった瞬間、衝撃が弾け、轟音とともに風圧が炸裂した。


 体ごと吹き飛ばされかけたが、なんとか受け流す。

 耳鳴りの中で息を荒げ、つぶやいた。


「……マジで、シャレになってねぇぞ」


 俺は足裏に魔力を込め、地面へと流し込んだ。

 狙うのは数歩先。


「……こいよ」


 睨み合ったまま挑発する。狙うは後ろ足だ。

 ワイルドボアが鼻息荒く突進してきた瞬間──。


「落ちろ、馬鹿が!」


 ズドンッ!

 地面が抜け、巨体の後ろ足が土に埋まる。

 バランスを崩し、そのまま仰向けにひっくり返った。

 腹が、がら空き。これ以上ないチャンスだ。


 俺は飛びかかり、胸の位置に手を押し当てる。

 一気に体内へ魔力の塊を叩き込む。


「おらよ!」


 ズン、と鈍い衝撃音。

 巨体が痙攣し、血を吐きながら絶命した。


 ……あ~、肩いてぇ。


 俺は肩で息をしながら、吐き捨てるように言った。


「……まったく、馬鹿猪で済んでりゃよかったんだがな」


 まだ息のあるやつが一匹。ぶっ飛んで気絶してるが、このまま放っときゃまた暴れ出すに決まってる。


「悪いな」


 剣を逆手に構え、胸を狙って一突き。

 鈍い抵抗のあと、巨体が大きく痙攣し──それきり動かなくなった。


 森の空気が重く静まり返る。


 ……終わったな。


 とはいえ、ここでのんびり感傷に浸ってる場合じゃない。

 獣の血の匂いは、別の魔物を呼び寄せる。

 俺は袋からタマ婆さん印の消臭粉を取り出し、死骸にばさばさと振りかけた。


「さてと。こいつらの宴会場になられても困るんでな」


 鼻にツンとくる独特の臭い。これでしばらくは持つはずだ。


 だが、こいつは一体なんだ?

 手袋越しに毛をつかむと、びくりとするほど固い。毛がまるで小さな棘の集合体みたいに硬いんだ。


 皮膚を押してみる。弾力は普通の獣のそれだ。外見はワイルドボア、だが何かが違う。


「次に会ったら殴り殺すしかねぇな、こいつは」


 半分自嘲で呟く。……そういう相手だ。斬って通じるか打撃で崩せるかの違い。


 血をチェックする。指先で取って匂いを嗅ぎ、色を確かめる。

 赤黒い。普通の獣の鮮血とは違う。目もまだ血走ったままだ。

 これじゃ、下級冒険者が相手にしてたら、返り討ちもあり得るな。中級クラスでも油断は禁物だ。


 証拠はあったほうがいい。小瓶を取り出して血を詰める。蓋をきっちり閉め、袋にしまう。

 ウィザーズギルドで精査してもらう材料だ。


 ……ふぅ、こっちは解決だな。


 最後に仕留めたワイルドボアに、視線を向ける。家畜を襲ったのはこいつだ。

 蹄の大きさと、ここまでの足跡が一致する。


「犯人はお前だ!」


 ……よし。


 あとはこいつを放置できるかって話だ。血と死骸の匂いは、他の獣を引き寄せる。

 集落のそばで、それは困るからな。


 手際よく周囲を見回し、簡単な結界を描く。地面に指で円を引き、魔力を流し込むだけの即席の拘束結界。飛び火や魔素の拡散を抑える程度のものだ。


 結界のラインが微かに光るのを確認してから、着火。拳大に丸めた乾いた枯葉と小枝を、火であおって炎を大きくする。

 森の火は危ないから、風魔法で炎の行き先を制御しつつ、結界の内側だけをじっくり炙る。


 火を点けたのはいいが、燃え尽きる前にちょっと確認だ。

 痕跡ってのはだいたい、煙と一緒に消えてなくなるからな。


 結界の外をぐるっと回ると──まず目に入ったのは木の幹に引っかかった毛。

 さっき触ったガチガチの毛と同じ。しかも妙に粘りがある。自然に抜けた毛じゃねぇな、これ。誰かが引き剥がしたみたいな痕跡だ。


 さらに進むと、地面から金属の欠片が顔を出していた。黒焦げでボロボロだが、表面に刻印っぽい線。魔術紋の残骸だろう。

 ウィザーズに見せれば鼻で笑われそうな代物だが、笑って済ませられるかどうかはこっちの問題じゃない。


 そして足跡。蹄じゃない、人間の靴底だ。

 しかも農夫の草履じゃなく、細身で爪先が尖ってる。獣道をなぞるみたいに続いてる。


 ……誰かさんが関わってるの確定だな。


「……ったく、ただの獣被害じゃなかったかよ」


 血走った目も、鉄みたいな毛も、偶然じゃなく何かの仕業ってことだ。

 あの血も合わせりゃ、異常三点セットだ。


 鼻を利かせると、焦げ臭に混じって油みたいな匂いがした。魔具か薬品か。タマ婆さんでも扱ってなさそうな代物だ。

 目、毛、血……さらに金属片と人らしき足跡。ここまで揃えば、偶然なんて笑えねぇ。


 俺は金属片を布に包み、血の瓶と一緒に袋へ突っ込む。

 残り火に土をかけ、消臭粉をもう一回ばらまいておく。


「よし。これで野生動物の宴会場にはならねぇだろ」


 森が昼のざわめきを取り戻していく。けど俺の気分は重くなる一方だ。

 村の杭なんざ一時しのぎだ。背後に人間が絡んでるなら、あれじゃ止まらねぇ。


 ほぼ灰になった死骸から、魔石を拾い上げる。

 ため息をついて肩を回し、村の方向へ足を向けた。


「……仕事増えるの確定だな」


 村に戻ると、杭打ちの真っ最中だった男衆が顔を上げた。


「どうだった、ギルドの兄ちゃん?」

「ワイルドボアでした。巣を壊して遠くに追い払ったんで、もう大丈夫だと思います」


 俺の言葉に、村人たちが「おお……」と胸を撫で下ろす。

 ただし俺は仕事人だ。タダで安心させるほどボランティア精神は高くない。


「もう、戻ってこないのか?」

「念のため、これ置いときますよ」


 袋からタマ婆さん印の匂い消しを取り出す。

 村人が目を丸くしてるうちに、値段をしれっと提示。


「これ使えば獣や魔物は寄ってこないんで。お買い上げありがとうございます」


 にこやかに売りつけたところで、肩をすくめる。


「じゃ、あとは頼みます」


 背を向け、村を後にする。


 静かな街道を歩きながら、心の中でぼやいた。

 敵が何者かは未確認。証拠だけ拾って、原因不明のまま処理。



 ……これ、冒険者の方がまだ気楽なんじゃねぇか?


「……まったく、ギルドの調査員ってのは割に合わねぇ仕事だな」


 昨日、拾った金属片と……あ~あ、考えたくもねぇな。


 嫌な偶然が続くときは、大抵ろくでもないことになる。冒険者時代も今も、それだけは変わらねぇ。









ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!


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