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こちらギルドの調査員 ~冒険者じゃない俺の方がよっぽど大変なんだが?~  作者: 月城 葵
冒険者じゃない俺の方がよっぽど大変なんだが?

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第14話  徹夜一直線


 鐘が鳴り響いた瞬間、街は一変した。

 ついさっきまで屋台で串焼きがどうだの、宿屋で昼寝がどうだの言ってた平和な空気はどこへやら。


 通りには冒険者たちが慌てて飛び出してきて、装備を抱えて叫び合う。


「剣はどこだ!」

「俺の盾知らねぇか!」


 ……知らねぇよ。


 市民たちは悲鳴を上げて家に駆け込み、母親に抱きついた子供が泣き叫ぶ。


 怒鳴り声、泣き声、鍋を落とす音。

 街全体が、でっかい蜂の巣を棒で突っついたみたいな騒ぎだ。


 ……はいはい、予定通り大混乱っと。


 魔物が来る前にこっちが自滅するんじゃねぇか? ってレベルだ。


 戦闘態勢に入れって話だったのに、現状はただの避難訓練失敗例だな。


 武器を落として拾う音に怒鳴り声。

 それに混じって子供の泣き声とか――カオスそのもの。


 まだ戦ってもいねぇのに、すでに残業感が漂ってる。

 ほんと勘弁してくれよ。


 警備隊はさすがに鍛えられてるだけあって、無駄口も叩かず南門へ走っていく。


 盾を鳴らしながら列を組む姿は、まあ一応頼りになる部類だ。

 マルマルの顔を思い出すまではな。あれが混ざってる時点で信頼度は五割減。


 一方の傭兵団はといえば、「金は弾むんだろうな!」とか「前払いしろ!」とか口論しながら街路を押さえてる。やる気があるんだかないんだか。


 冒険者たちは相変わらずバラバラで、鎧の紐を締め忘れて慌ててるやつとか、逆にテンション上がって酒瓶片手に突っ走ってるバカとか。


 ……お前ら、本当に戦えるのか?


 まとまって動けてるのは警備隊ぐらいだが、それですら穴がある。


 いやはや、前途多難ってやつだ。


「アル!」


 ギルドの玄関口から、マルセル課長の怒鳴り声。

 振り向けば、腕を組んで仁王立ち。顔は相変わらず雷雲みたいに暗い。


「お前は南門に回れ!」


 短い指示に込められた圧がすげぇ。

 言葉数は少ないのに、「逃げたら殺す」までセットで伝わってくるのはどういう仕組みだ。


「了解!」


 返事だけは威勢よく。まあ、ここで逆らったら残業どころか終業になるのは目に見えてる。


 俺はギルドを飛び出し、再び南門へと走った。




 ◇ ◆ ◇




 南門へ向かう途中、街中はもう大騒ぎだ。


「魔物除け、焚いとけ!」


 タマ婆さんの怒声が路地裏から響く。

 あの婆さん、腰が曲がってても声量だけは健在だな。



「今日は店仕舞いだ! 飯は用意しとくからなんとかしろよな!」


 テッタの店からは威勢のいい声。


 ……非常事態だからな。飯を用意してくれるだけ、有難い。


「西門にも、ゴブリンの群れを確認!」


 冒険者の叫びが飛ぶ。

 おいおい、南だけじゃなく西からも? こりゃただの残業じゃ済まねぇな。


 怒声、叫び、泣き声、鍋を投げ出す音。

 ペテルの街全体が、戦場に変わろうとしていた。


 南門に駆け込むと、すでに門番と衛兵たちが慌ただしく動き回っていた。


 額に汗を浮かべた若い衛兵が、縄をぎこちなく引きながら小型のバリスタを巻き上げている。木の軋む音と一緒に、縄がぎしぎしと悲鳴を上げる。


「もっと力入れろ!」

「矢はどこだ、矢は!」


 怒鳴り合う声が飛び交い、兵士たちの顔には緊張と焦りが混ざっていた。


 槍を構えた門番は歯を食いしばって空を睨んでいるが、手の震えは隠せていない。


 その頭上――黒い影が、少しずつ大きくなって迫ってくる。


 城壁に駆け上がって、南の空を直視した瞬間――思わず息を呑んだ。


 数が多すぎる。

 群れが群れを成して、さらに群れがその上に覆いかぶさってる、そんな感じだ。


 黒い羽の塊が空を埋め尽くし、こっちに押し寄せてくる。


 ……多すぎだろ、冗談抜きで。


 振り向けば、街のあちこちから煙が立ちのぼっていた。

 魔物除けの香を焚いてるんだろう。タマ婆さんの声がまだ耳に残ってる。


 ……だけどなぁ。


 果たして、悪魔相手に効果があるのかは、正直わからん。

 効けば儲けもん、効かなきゃそれまで。

 今のペテルは、そんな綱渡りの状況だ。


「くるぞ!」


 兵士の叫びと同時に、城壁上のバリスタが唸りを上げて矢を放った。

 巨大な鉄の矢が空を裂き、群れのど真ん中に突き刺さる。


 ――直撃。間違いなく命中した。


 けど。


 ……当たったよな?


 バサリと黒い羽が散っただけで、悪魔どもは編隊を崩すこともなく、悠然とこちらに迫ってくる。


「あれを食らって、無傷……だと?」


 兵士が絶句する横で、二射目の矢が放たれた。

 再び群れを撃ち抜くが、結果は同じ。

 効いてる様子なんざ、これっぽっちもない。


 城壁に駆け上がってきた冒険者どもが、慌てて弓を構えた。

 冒険者の斉射の合図とともに、一斉に矢の雨が空へと舞う。


 次の瞬間、黒い群れのあちこちで悪魔が羽をもがれ、悲鳴を上げて墜ちていった。


 ……効いてる。今度は、はっきりと。


 おいおい。さっきのバリスタは何だったんだよ。

 鉄塊ぶち込んでもピンピンしてたくせに、弓矢であっさり落ちるとか、どういう理屈だ?


 胸の奥に、じわりと違和感が広がった。


 ……今のは、なんだ?


 城壁の外へ目をやると、矢に撃ち落とされた影が地面に転がっていた。

 黒い羽根を散らし、ぐったり動かない。


 だが――それは、悪魔なんかじゃなかった。


 そこにあったのは、ただの大蝙蝠の死骸。


「……ッ!」


 思わず息が詰まる。

 目の前で見せつけられた答えはひとつ。



「悪魔の群れは幻術だ!」


 声が自分でも驚くくらい大きく響いた。

 兵士も冒険者も、一斉にこちらを見る。


「相手はもっと小さい! 大蝙蝠だ! 標的を絞るな、範囲で狙え!」


 叫びながら、胸の奥に冷たい戦慄が走った。

 悪魔じゃなくても、群れの数は脅威。しかも幻術で数倍に見せかけていた。


 ……やってくれるじゃねぇか。


 兵士たちも状況を悟ったのか、慌てて槍を捨て、弓に持ち替えた。


 合図もなく一斉射撃。

 矢の雨が大蝙蝠を次々に射抜き、悲鳴が重なって空からぽとぽとと死骸が落ちていく。


 そこへ、ローブ姿の一団が駆け込んできた。

 ウィザーズギルドの連中だ。


 数人で素早く陣形を取り、大きな魔法陣を描き始める。


 空気がびりびり震え、光の網が広がった。


「――砕けろッ!」


 詠唱の声と同時に、群れを覆っていた幻術が一気に剥がれ落ちた。

 悪魔の群れだと思っていた黒い影は、みるみる数を減らしていく。残ったのは無数の大蝙蝠。


 それでも。


 まだ油断できる数じゃない。

 空を埋め尽くすには十分な量が、なおも蠢いていた。


 黒い影の群れが、ついに城壁に到達した。

 バサッ、と羽音が頭上をかすめ、牙を剥いた大蝙蝠が兵士に飛びかかる。


「くそっ!」


 兵士が槍を突き出し、羽根を貫く。

 血飛沫が石壁に飛び散り、蝙蝠は悲鳴を上げて地面に転がった。


 すぐ横では、冒険者が剣を振り回し、無理やり一匹を叩き落としている。

 奴らは武器の扱いは荒いが、とにかく勢いだけはある。


 別の場所では、弓を構えた兵士や魔法使いたちが、ひたすら空を狙って矢と魔法を撃ち込んでいた。

 火球が空を焼き、矢が唸りを上げて飛ぶたびに、大蝙蝠の死骸が次々と墜ちていく。


 だが数が減った実感は、まだない。

 押し寄せる羽音は止む気配を見せなかった。


 俺も剣を抜き、大蝙蝠を斬り払いながら周囲を観察する。

 牙をかわして一閃、羽根を裂いてもう一撃。

 血飛沫を浴びつつ、空を睨む。


 そこで見えた。


 群れの中に混じる、一際デカい黒い影。

 羽音も重く、存在感が桁違いだ。


「……ありゃ、正真正銘の悪魔だな」


 そう呟いた直後、城門が大きく揺れた。

 ドンッ! と石壁に響く衝撃。悪魔が突進してきた。


 門を打ち付ける音が重なり、兵士や冒険者たちの顔に一瞬で動揺が走る。

 ざわつく空気が広がり、足が止まる者まで出てきた。


 その時――。


 親分ことロットン・ガーが、城壁を越えて飛び出した。

 巨体とは思えぬ跳躍で敵陣に飛び込み、悪魔の前に立ちはだかる。


「そのまま、上空の敵に対処しろ!」


 怒鳴り声が響いた瞬間、動揺していた兵士たちに再び力が戻る。

 流石、親分。

 場をひっくり返すのは、あの人しかいねぇ。


 数えた限り、残りの悪魔は三匹。

 城門前の一体は親分に任せるとして、俺は視線を上へと切り替えた。


 夜空に浮かぶ二つの巨大な影。羽ばたくたびに空気が震える。


「魔術師隊、狙え!」


 指揮の声と同時に、魔術師たちが詠唱を重ねる。

 火球、雷光、氷槍――色とりどりの光が魔法陣から迸り、一斉に空を撃ち抜いた。


 耳をつんざく轟音。

 眩しい閃光。


 一匹の悪魔が直撃を受け、断末魔の叫びを上げながら墜ちていった。

 城壁の下に叩きつけられ、土煙がもうもうと立ちのぼる。


 ……集中砲火ってのは、こういうのを言うんだな。


 だが、魔術師たちの第二射は――間に合わない。

 残った悪魔の一体が、翼を大きく広げ、城壁めがけて突進してきた。


「やべぇ、来るぞ!」


 誰かの叫びと同時に、数人の冒険者が慌てて詠唱を合わせる。

 互いに風の魔法を重ね、城壁前に半透明の防壁を展開した。


 ――ドガァンッ!


 衝撃が城壁全体を揺らす。思わず足を踏ん張った。

 だが、防壁はぎりぎりで持ちこたえ、悪魔の巨体を弾き返す。


「……おいおい。やるじゃん」


 思わず口から漏れた。

 普段はドジばっかの連中も、やる時はやるんだな。


 ……もっとも、次も耐えられる保証はないけどな。


 弾き返された悪魔が、ぐるりと大きく旋回し、再突撃の構えを取った。

 翼を広げて、影がさらに濃くなる。


 ……来る。


 そう身構えた瞬間、下から鋭い閃光が突き抜けた。

 地上から放たれた巨大な槍が、悪魔の胸を一撃で貫く。


 凄まじい咆哮を上げ、そいつは空中でもんどりうって墜落した。


「……親分かよ」


 視線を落とせば、城門前に仁王立ちするロットン・ガーの姿。槍を肩に担ぎ、まるで「次は誰だ」とでも言いたげだ。


 ……もう一匹片付けちまったのかよ。


 そう思って下を見ると――城門前で暴れていた悪魔は、とっくに息絶えて転がっていた。


 ……流石、親分。化け物には化け物をぶつけろってか。


「悪魔は片付いた! あとは大蝙蝠だけだ、踏ん張れ!」


 親分の咆哮が城壁に響く。

 兵士も冒険者も、その声に鼓舞されて一斉に武器を振るった。


 その時、息を切らせた兵士が駆け込んできた。

 顔は真っ青、鎧は泥だらけ。


「西門が……大至急、応援を!」


 ……あっちもこっちも激戦だな。おい。


 ペテル全域が残業モード突入ってわけだ。


「アル! 西門へ行け! ここはもう大丈夫だ!」


 親分が槍を掲げ、俺に向かって怒鳴った。


「了解!」


 返事をすると同時に、俺は踵を返して西門へ走り出した。


 ……こっちの残業、まだまだ終わりそうにねぇな。



 西門へ走りながら、頭の中で整理する。


 ……西門って、確かゴブリンの群れじゃなかったか?


 城壁がある以上、大した脅威じゃねぇはずだ。

 矢で追い払って終わり、そういう定番コース。


 ……のはずだったんだが。どういうこった?


 教会を過ぎたあたりで、嫌な気配に気付いた。

 耳に届くのは鐘じゃなく、金属のぶつかる音と、怒号。


「……おいおい」


 視界が開けた瞬間、心の中で悪態をついた。


 もう破られてるじゃねぇか。


 街中を我が物顔で走り回るゴブリンども。

 中にはワイルドボアにまたがって、暴れまわる奴らまでいる。


 鼻息荒く突進するたびに屋台が吹き飛ぶ。


 ……傭兵団、何してたんだよ。


 見渡せば、ナックが粘着玉をありったけ投げつけ、暴れるゴブリンの足を次々と絡め取っていた。


 ドスッと地面に叩きつけられたゴブリンが、ジタバタと必死に暴れる。


「おう! アル!」


 血と埃にまみれながらも、ナックは笑って片手を上げてきた。

 余裕ぶってる場合かよ。


 ……ほんと、お前。アンデッド以外には強いな。


「ナック、状況は?」

「市民はみんな退避済み……なんだけど、こいつらを何とかしねぇと収拾つかねぇ!」


 俺も「邪魔だ」と剣を振るって、ゴブリンを捌きながら息を吐く。


「おい、傭兵団はどこいった?」


 ナックもゴブリンを突き飛ばしながら、苦笑いを浮かべて答えた。


「なんか、議会の連中が連れてったぞ……『本部守れ』だってよ」


 ……ほんと、クソッタレどもめ。


 街中が炎上寸前だってのに、守るのは自分らの椅子かよ。


 二人でゴブリンどもを蹴散らしていると、課長が汗だくで駆け込んできた。


 顔色はいつもの鉛色だが、目だけが鋭く光ってる。

 見ただけで「今日は帰れないな」と確信できる顔だ。


「東は片付いた。警備隊も間もなく合流する」


 ちょっとした朗報に胸の中で小さくガッツポーズしたのを、誰にも見られなくてよかった。見られたら多分呆れられる。


「課長! 傭兵団が使えねぇ!」


 ナックが噛みつくと、課長の眉がピクリ。

 沈黙の秒針が一本増えた瞬間だ。


「そんなもん知るかっ! あとで叩き殺してやる」


 発言が直球すぎて、周辺の空気が一瞬フリーズした。

 冗談に見えなくて困る。

 あの顔はマジだ。冗談で済む顔じゃねぇ。


「……アル、ナック。西門の要所を固めろ。ワイルドボアに乗ってる連中が中心だ。こいつらを分断して潰せ」


 指示は短く、手際は的確だ。

 課長が本気で殺す気になるとこうなる。


 遅れて来た周りの連中が、ぞろぞろと動き出す。


「おう、任せとけ!」


 ナックが拳を振り上げる。

 顔はいつものヘラヘラ笑いだが、目は真剣だ。

 頼りになるな。ある意味で。


 俺は深呼吸一つして、ナックと並び、突進してくるゴブリン群へ斬り込んだ。


 ワイルドボアの巨体が屋台ごと突っ込んでくる。

 泥と木屑が舞い、店の看板が舞う。ガチャンッとうるさい環境音だ。


 ナックが粘着玉を投げつけ、足を絡める。

 こんだけ敵がいりゃ、数撃ちゃ当たるだ!

 多少のノーコンでも役に立つ時がある。


 課長の低い声が背後を貫いた。


「アル、あの首魁を潰せっ!」


 転がったゴブリンに止めを刺し、視線を上げると、一匹だけ色の違う奴がいる。


 ……流石、課長。判断がはえぇ。


 ワイルドボアの上でやたら耳障りに指示を飛ばしてるやつ。

 頭飾りデカすぎ。見た目で指揮官確定だ。


「そいつだ! アル、行くぜ!」


 ナックの掛け声に合わせる。

 俺は踏み込んで、ワイルドボアの腿へ、一撃加えてすかさず退避。


 獣の皮が裂け、騎乗者が吹っ飛ぶ。

 地面に転がるのを押さえつけて顔を覗くと、案の定、ゴブリンの中でも一回りデカくて狡猾な目をした奴。


 指揮してたのはこいつだ。


「くたばれ!」


 胸に剣を突き立て止めを刺す。

 剣を引き抜き、息を切らしながら周囲を見回す。


 指揮官は潰したが、西門の戦況はまだ収束してない。


 ナックが肩越しにこっちを見て、息を整えながらニヤリと笑う。


「アル、これで飯にありつけるか?」

「飯? ああ、テッタが飯用意してくれてるはずだ。生きて帰れたらな」


 ゴブリンの群れを必死に押し返す。

 西門前の瓦礫の山を越えた先で、こっちは完全に凍りついた。


 門の脇に、二回りはでかいワイルドボアが転がっている。


 いや、転がってるって表現じゃ生温い。

 体中に槍が突き刺さり、まるでトゲトゲのハリネズミだ。

 胸は血に浸ってゆっくり上下するだけ。生々しすぎる演出だ、勘弁してくれ。


「こいつが……城門ぶっ壊したのか?」


 思わず声が出た。

 ナックも息を切らしながら、口が半開きになってる。

 答えを聞くまでもなく、状況が全部物語ってた。あの巨体が突っ込めば、石も木も粉々だ。


 よく見れば、胸のあたりに見覚えのある金属片が刺さっているのが目に入った。


 ……こいつもか。


 そう考えると、よく持ちこたえたなと思う。


 城壁を見上げれば、息も絶え絶えの冒険者たちが肩で息をしていた。

 矢筒はもう空っぽ寸前、魔力も底をつきかけてるのが見て取れる。


 それでも、西門は――押し返した。

 崩れた城門の前には、ゴブリンと大蝙蝠の死骸が山を成し、血と煙の臭いが漂っていた。


 ……息を吸うのも嫌になるな。


 結論から言えば、南の悪魔は幻術を使った陽動。

 本体は――最初から西門だったようだ。


 ……ったく、わざわざ南に走らせておいて、こっちが本隊かよ。


 瓦礫と死骸を踏み越えて、まずは被害の確認だ。


 耳を澄ませば、泣き声や悲鳴はもう聞こえない。

 市民の姿も見当たらない。――避難は完了してる。少なくとも、一般人にほぼ被害は出ちゃいないはずだ。


 一方で、城壁の上や門前には倒れた冒険者や衛兵の姿があった。治療班が駆けつけ、血まみれの奴らを担ぎ出している。


 呻き声が混じるのは、まぁ……戦いのあとだ、当然の光景だろう。


 死傷者は確かにいる。

 とはいえ、この規模の戦いにしちゃ少なかった方だ。

 全滅を覚悟してた俺からすりゃ、むしろ奇跡に近い結果だ。



「アル、すぐに南の部隊に通達しろ。魔物の死体を焼け」


 課長の声は低く、命令は無慈悲だった。

 そこに一滴の躊躇も混じってない。

 聞き間違いかと思って二度見したが、残念ながら現実だった。


 ……こっちは、休ませてくんねぇか。



 ナックが地面にどっかり座り込み、額の汗を拭いながらこっちを見た。

 顔はヘラヘラしてるが、声は真面目だった。


「課長、焼くんすか? この量を?」


 課長は答える前に、じっとナックを見据えた。

 この静けさは、笑い話を一発で殺す力を持ってる。



「そうだ。焼け。あいつらのやりそうなことは何だ? 倉庫街、廃村。忘れたのか?」


 言葉がそこまで来た瞬間、周りの空気がさらに重くなる。


 死体を山のまま放置すれば――敵は必ず利用する。

 蘇らせ、操り、また街を襲わせる。課長の目がそれを確信している目だった。マジで。


 俺は唇を噛んで小さく息を吐いた。

 休めるのはいつになるやら。



「仲間の遺体には、聖水でも丁重にぶっかけておけ」

「了解」


 短い返事を投げると、俺は無言で動き出した。

 背中越しに、課長の視線が刺さる。怠ける余地は、微塵も残されていなかった。


 さすがに、この量をアンデッドにされちゃ、マズイからな。

 それくらいは、俺にでもわかるさ。



 ……こりゃ、夜も長そうだ。









ここまで拙い文を読んでいただきありがとうございます!


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