第11話 陰謀ってやつは俺を休ませない
――というわけで、無事ナックは救出された。
いや「無事」って言葉が似合うのかどうかは知らんが、とりあえず元気に馬鹿やってる。
縛られて、猿ぐつわされて、床下収納でぐーすか寝てたのを発見。
こいつにしかできない芸当だろうな。
「アル、腹減ったな。なんか食おうぜ」
ほらな。こっちは命がけで狂信者とやり合ってきたってのに、真っ先に口から出るのがそれかよ。
さすがナック、期待を裏切らない。
「なぁアル、漁村って魚うまいよな。焼いて食うか? 煮てもいいな」
……おい、勝手にメニュー考えるな。まだ任務の途中だろうが。
ナックの仕事だった街道の青白い光の調査は――まぁ、これで完了と言っていいだろう。
こいつが自力で何かしたわけじゃないけどな。
だが、俺の方の「各所で目撃される光の謎」は、未だに手つかずのまま山積みだ。
どう考えても、仕事量のバランスがおかしいと思うのは俺だけだろうか。
「ところでお前さ、相手の顔とか数は憶えてないのか?」
期待薄だが、眠らされる前のことを憶えてないか一応聞いてみた。
「ん? 腹減ったから魚釣って……アルが起こしてくれただろ」
ほらな。なんもねぇ。
こいつに情報を期待した俺が馬鹿だった。
廃村を監視していたのは、一人だけだったのか?
俺の勘だと、そんなわけねぇと告げている。
あいつらが、これで終わるはずがない。
「アル、きたぞ! こいつは大物か!」
見ろよ。案の定、全然関係ない方からナックが騒ぎ始めた。
◇ ◆ ◇
飯を食ったあと、俺たちはまずギルドへ報告に戻ることにした。
山道を戻り、廃村への小道を過ぎる辺りで、ナックが呟く。
「ここが、異端の村だったのか。……ってことは、聖王国へ行かずに、ペテル側に行くのもわかる気がするな」
「珍しくまともなこと言うじゃねぇか」
「だろ?」
わざわざ煽ったのに、まったく効いちゃいねぇ。
否定はしないんだな。お前は。
「聖王国へ行くぐらいなら、間違いなくペテルを選ぶよなぁ~」
……まぁ、理屈は通ってるな。
南は霧の森、東は聖王国。
異端者からしたら、西のペテル一択だろうな。
「もしかして、ペテル自体を壊すつもりか?」
はい出ました。こいつの余計な一言。
ただ、まったくの的外れってわけでもないのが腹立つんだよな。
可能性はなくはない。
ここまで被害が集中してりゃ、疑いたくもなるが……。
なぁ、ナック。
お前、こういう時だけ真顔になるのやめろ。
調子狂うだろうが。
そんな会話をしているうちに、ギルドに戻る頃には、辺りはすっかり日も暮れていた。
ここ二日、歩きっぱなし。
そろそろ横になって寝たい気分だ――って、調査員の俺がそんなこと口にしたら負けなんだろうけどな。
ともあれ、ようやく帰還。
ギルドの扉を押し開けると、中から冒険者たちの声と酒臭い空気がどっと溢れてきた。
だが、ギルドの様子が、いつもと少し違う。
冒険者たちの顔に、どこか疲れが滲んでいる。
「なんだ…… 妙に空気が重いな」
カウンターに頬杖をついて、黒髪の毛先で遊んでいるカエデに声をかけた。
「あ、二人ともお帰りなさい」
「カエデちゃ~ん、ただいまぁ~!」
…… お前、空気読め。
「何かあったのか?」
「えっとですね、皆さん総出で…… 倉庫街の荷を調べていたんです」
「積荷をか?」
……なんで積荷を?
「まぁ、そこは課長に聞くわ」
「あ~、課長は……」
カエデが眉を寄せ、言い淀んだ。
…… まぁいい。 課長に聞けば早いだろう。 どうせ報告に行くんだしな。
受付を通り過ぎ、課長の元へ向かう。
部屋の奥、机に突っ伏して倒れてる課長の背中が見えた。
……おいおい、死んじゃいないだろうな。
もし本当にそうだったら、今日の報告どころじゃなくなるんだが。
「課長、戻りました」
返事がない。
近付いてみると――生きてはいる。が、その顔は疲れを通り越して、もはや悟りでも開いたかのような境地に到達していた。
課長は、顔だけを上げてこちらを見た。
その姿は非常にだらしなく見えるが――まぁ、あの顔を見ていると、責める気にもならない。
「……アルか。どうだった?」
声にも疲労がにじんでいる。
俺は肩をすくめつつ、これまでの調査の報告を始めた。
◇ ◆ ◇
課長の深いため息が聞こえた。
そのまま机に、また倒れそうだな。
「……そうか。異教徒の村、ねぇ」
「課長、今までなんで摘発されなかったんです?」
「さぁな……住民が姿を消しちまったんだ。捕まえようにも、できないだろ?」
「まぁ、確かに」
なるほど。それもそうか。
「ところで、課長も冒険者連中も疲れてるみたいですけど?」
課長は文句を言いたそうな目で答えた。
「魔道具の詳細がわかったからだ」
なんだ。ウィザーズもたまには仕事してるじゃん。
「あれは、微弱な波動を出して、魔物をおびき寄せる代物だ」
「微弱?」
「そうだ。本来は繰り返しの使用に耐えるための設計なんだが……波動が弱すぎてな」
あぁ、だから売れなかったわけか。ジャンク扱いにもなるよな。
「それが犯人には好都合だったんだろうな。一回きりの使い捨て。出力を最大まで高めれば問題ない。壊れてしまえば証拠もなくなる」
課長は肩をすくめた。
大量に仕入れて、精神作用の細工をしたわけか。
……ご苦労なこった。
「で、課長。それで倉庫街ってことですか?」
「ああ、積荷からその魔道具が見つかったんだ」
……まじかよ。だから倉庫を掘り返してたのか。
「三つ見つかった……いずれも積荷の中に隠されていた。魔道具自体は壊れかけていてな。動作不良だろうな」
なるほど。そりゃ冒険者どもが疲れ果てるのも無理はない。お宝探しじゃなくて、ガラクタ探しだもんな。
課長が体を起こし、椅子に座り直す。
その顔が一気に真剣みを帯びた。
「……魔道具を仕入れた連中は、ウィザーズが洗い出してる最中だ。いいか、アル。敵の狙いはペテルだ」
……こういう時の課長の推測は外れねぇ。外れてほしいけどな。
「聖王国の式典で、中級、上級が出払ってる今が、奴らにとっては好機だ」
主力の冒険者がいない……。
そういうことかよ。タイミング狙いすぎだろ。
「式典が終わるのは三日後。必ずそれまでにデカいことが起きるはずだ」
三日か……。こっちの胃袋の限界と、どっちが先に来るかな。
「課長。デカいことってのが、倉庫街の大乱闘だった可能性は?」
「街の外でもあれだけやらかしてるんだ。終わると思うか?」
……終わらないな。はぁ、面倒すぎるぜ。
俺は首を嫌々横に振った。
「それとな、コレル神父が亡くなった」
「は?」
「遺体の状況から五日以上前だ」
おいおい、やめろよ。
二日前に見たばっかだぞ。
「課長! 三日前に見ましたよ。俺」
そうだよな。ナック。泣きついてたもんな。
「課長、遺体は本当に神父なんですか?」
「ああ、持ち物も登録していた魔力も照合した。いずれも本人のものだった」
……いやいや待てよ。
「二日前、俺、ナックを探してる時に会いましたけど。教会で」
……俺が会ったのも偽物か?
「ふむ……お前も、ナックも会ってるとなると……」
よく考えると、確かにおかしいよな。
あの日は、信者が祈りを捧げていた日だ。
普通なら聖堂にいるはずなのに、教会にいた。
……俺たちを誘導したのか?
「おい、ナック。お前、東の街道の噂は誰から聞いた?」
「あ~、食堂で噂になってて、調べに行って……途中で御者に会ったなぁ。荷馬車引いたやつ。そいつに廃村のこと聞いたんだ」
荷馬車引いた御者ねぇ……怪しさ満点だな。
「課長、昨日か今日、廃村の調査って依頼入ってます?」
「いや、お前の口から聞いたのが初だな」
あの野郎。依頼出しておくって言ったよな。
もう、真っ黒じゃねぇか。
あの神父が偽物だったとしたら……。
ナックの後を追わせて、東の街道に誘導したのか?
リースに、嗅ぎまわってる調査員を始末させようとしたってことか?
……わからないでもない。
だが、ナックも俺も始末できなかった……。
まぁ、辻褄は合うな。
だけど、なんで神父は殺されたんだ?
俺たちが教会に行く前には、すでに亡くなっていたとなると……。
「課長、神父の遺体はどこで?」
「北の倉庫街だ。魔道具の捜索中に見つかった」
……街の中かよ。勘弁してくれ。
「とりあえずだ。ナック、お前は御者を探せ。お前は奴を見ている」
「はい!」
「アル、引き続き光の調査と、神父の件を頼む」
課長の声には疲れが混じってたが、その目は冴えていた。
やれやれ、休ませる気ゼロかよ。
「いいか。敵の目的はわからん。ただ狙いはペテルだ。神父が殺され、偽物と思われる者が教会で何かを探していた……それが鍵だな」
「はい。わかりました」
やれやれ……結局、俺の胃袋には優しくねぇ話だ。
「課長はどうするんです?」
「議会に掛け合う。敵の狙いがペテルである以上、議会も動くしかないだろう」
……うん、俺たちも動かされる未来しか見えねぇ。
◇ ◆ ◇
課長の言葉で話は一区切りついた。
どうせ逃げられないのはわかってる。ならせめて――。
場所は変わって、夜の食堂。
腹が減ったんでな。腹が減っちゃ、頭も回らないってことだ。
夜の食堂には肉と酒の匂いが充満して、冒険者たちの笑い声が響いていた。
……さっきまでの陰鬱な話とのギャップで、胃が余計に痛ぇ。
ジョッキ片手に、ナックが口を開いた。
「なぁアル。俺思ったんだけどよ……」
「どうした?」
「調査員って、人員が少なすぎじゃね?」
「やっと気付いたのかよ」
そこはもっと早く気付いとけ。ほんとに。
「冒険者ギルド……いや、もうハンターズか。別れてから、十年は経つんだろ?」
「そうだな」
「冒険者もいい加減、ハンターって名乗ればいいのにな」
……そこかよ。人員の話はどこいった。
「でもよ、アル。俺たちって、調査ギルドのエースってことだよな? な?」
呆れて答えるしかねぇ。
「ああ、そうかもな」
課長とカエデ含めても、現場は十名もいないんだぞ。馬鹿め。
冒険者ギルド――いや、正確にはハンターズギルドだ。
あそこのギルマスには会ったことはないが、何を考えて調査員なんて作ったんだろうな。
明確に分野を分けたかったのか……まぁ、わからないでもないけどさ。
「あ~、テッタ。唐揚げ追加ねぇ~」
……お前、相当腹減ってたんだな。
「はいよ~。唐揚げ二つ追加~!」
おい、テッタ。俺は頼んでないぞ。
空いた皿をさげたテッタが、こっちにウインクを飛ばしてくる。
ちゃっかりしてんな、この看板娘。
◇ ◆ ◇
久しぶりによく寝た。
ここのところ、まともに寝てなかったからな。
さて、行くか。
朝の街は、いつも通り活気づいていた。
露店の呼び声、焼き立てのパンの匂い、荷馬車の軋む音。
……うん、特に変わった様子はない。
ギルドに着くと――ここもまた、いつもと変わらない。
表面上は、な。
「アルさん、おはようございます」
「おはよう、カエデ」
カエデは若干疲れが見えるが、それでもいつも通りの笑顔だ。
……ほんと、あの課長と同じ職場とは思えねぇ。
さてと、課長は――っと。
……いねぇな。議会って言ってたから、そっちか。
こっちはこっちで、始めますか。
「カエデ、調査行ってくるわ~」
「そうそう、アルさん。ナックさんから伝言です」
「ナックから?」
「はい。御者は手に火傷を負っていたと……これだけでわかるって……」
「おう。わかった。サンキュ~」
……ちゃんと見てたんじゃねぇか。
まぁ、俺がやった上薬草で治っちまったかもしれないがな。
掲示板は……大したクエストはないな。
あるのは倉庫街の見回り程度。ありがたみゼロ。
やる気のなさそうな冒険者たちを横目に、俺はギルドを出た。
さて、まずは神父だよな。
倉庫街の光関連は、もうだいたい予想がつく。
ありゃ、魔物を集めようとして失敗したんだろ。
もしくは途中で壊れたから、最後に作動してたあの倉庫に、あいつらがいたってことだ。
気付いたら足は食堂に向かっていた。
……ま、朝食でも食って考えるか。
パンを片手に考える。
神父は何かに気付いたから殺された。
神父の次の行動は――間違いなく聖王国への連絡だ。
そりゃ、あいつらも困るわな。
遺体があったのは倉庫街。
つまり、その場で殺された可能性が高い。
だけどなぁ……。
なんで放置してたんだ?
普通は隠すだろ。わざわざ偽装神父までやってんだから。
帝国や聖王国みたいに、大義やら理由なんて必要ないからな、あいつらは。
どんなに悪名があっても、めちゃくちゃにさえすれば勝ち。
その点を考えると……隠蔽工作が雑ってのも、わかる話だ。
だが、神父の件は別だ。
偽物まで用意したのに、すぐバレちゃ意味ねぇだろ。
神父に化けて、何しようとしてたんだ?
結局、教会か……。
あそこで何を探してたんだ?
殺した後に探すもの。
すぐ偽装とバレても問題ない……。
……わかんねぇ。
行くか。
……と思ったけど、こういう時はジョナスだな。
なんか困ったときは、俺も大概ジョナス頼りだ。
ナックのこと言えなくなってきたな。
食堂で会計を済ませ、酒場へ向かう。
ま、いつも通り準備中だが……関係ない。
「邪魔するぜ~」
「……アルか」
「準備中に悪いな」
「まったく思ってない台詞だな」
さすが鋭いな、この人。
「ジョナス、コレル神父のこと聞いてるか?」
グラスを磨く手は止めずに、ジョナスが答えた。
「ああ。亡くなったそうだな」
「倉庫街で、神父の遺体が見つかったんだ」
「あそこは人目につきにくい、補修用の建材がある倉庫だ」
「でもよ、俺二日前に会ってんだよ。たぶん偽物だけどな」
ジョナスは黙って頷いた。
「本人に偽装するには、波長が必要だ。姿、形だけなら、神父の持ち物から濃く魔力痕が残っていれば、可能だ」
「そうなんだけどよ。長くは持たないだろ? すぐバレるのに、本人に化ける意味ってあんのか?」
「……偽装は、本人になりすますだけとは限らん」
まて……それじゃ、死体を偽装したってことか?
じゃあ、教会にいたのは本物。
死んだ神父の方が偽物――ってことか。
「ジョナス……それは」
「それを調べるのが、お前じゃないのか?」
それもそうだ。これ以上聞くのは野暮ってもんだな。
「ありがとな、ジョナス。そのうち一杯奢るぜ」
「……酒は飲まん」
ったく、相変わらずだな。
俺は酒場を後にして、奴らの痕跡を追うため教会へ向かう。
街のざわめきは、いつもと変わらない。
けど頭の中は、ジョナスの言葉がぐるぐる回っていた。
あいつが語ったのは、あくまで可能性だ。
……だが、石橋は叩いてみねぇとな。
叩いたら案外、橋ごと崩れるかもしれないけど……。
まぁ、そんときゃ飛び移るまでだ。
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と思いましたら
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面白かったら星5つ。つまらなかったら星1つ。正直な気持ちでかまいません。
参考にし、作品に生かそうと思っております。
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