第0話 石橋を叩いて壊す者
「あぁ~、胃が痛ぇ」
よりにもよって、朝っぱらからだ。
冒険者の英雄様が魔物をぶっ倒す裏で、誰が後始末してると思う?
そう、俺。ギルド所属の調査員だ。
冒険者に依頼を出したり、冒険者がやらかした後の尻拭いが俺の仕事。
ついこの間も、魔物の群れのボスを先に排除しちまうもんだから、雑魚は逃げる、逃げる。
近隣に被害が出る前に運動会よろしく、山の中を駆け回ってたところだ。
つまり――事件が片付くころ、俺の胃はだいたい死んでる。
もうちょい、考えて討伐してくれ……ほんとに。
なんで、そんなことしてるのかって?
話すと長いわりには、大したことないから手短にするぞ?
人生ってのは思ったよりも短い。
二度目の人生ともなれば、なおさらだ。
この世界に産まれ落ち、あっという間に二十年経った。
前世? まぁ社会人やって、気がついたらこっちの世界でガキになってた。
ありがちな話だろ。
しかも拾ってくれたのが霧の魔女。
世間じゃ恐れられてるらしいが、俺からすれば忘れっぽい母ちゃんだ。
……飯はまともに作れないし、古臭い口調でのじゃのじゃ言うし。
まともに母親かって聞かれると、返答に困るけど。
そんなこんなで育てられた俺は、気がつきゃ冒険者になって、最年少で中級までいって、怪我で引退したことになっている。
そんで、今はギルドの調査員。ようするに裏方だ。
冒険者に夢見てるやつらからしたら、地味で退屈に見えるかもしれない。
だが俺からすれば、これが案外ちょうどいい。
事件の裏側が、ちょいとばかし見える気がするしな。
……さて。今日も石橋を叩いて壊して、自分で架ける仕事の始まりだ
◇ ◆ ◇
自由都市ペテルの朝は、いつも騒がしい。
ギルドの大扉が開けば、酒臭い冒険者が二日酔いで転がり込み、その横で新米が「今日こそは!」と、張り切って受け付けに並んでる。
受付嬢のカエデは笑顔でさばいてるが、目だけは笑ってない。
あれが本当の営業スマイルってやつだ。
奥の掲示板にはクエスト用紙がぎっしり貼られていて、どれも「ゴブリン討伐」「魔物の巣駆除」「護衛依頼」……。毎度のことだ。
そんな喧騒を背に、俺は机で報告書をまとめている。
二十歳そこそこの若造が書き物してりゃ浮くのは当然だが、俺は調査員。
依頼の成否を判断するのが仕事だ。
……まぁ、俺自身、周りと同じノリをやる気もないけどな。
「あの、アルディン先輩……この依頼、危険度三でいいんですかね?」
隣の机に腰掛けたのは、入ったばかりの新米調査員だ。緊張で声が裏返ってる。
俺はちらりと用紙をのぞいて、首を振った。
「魔物の出没地点が街道沿いになってるだろ。通行人を襲うリスクを考えれば、最低でも五だ。金額も上乗せ」
「あ、そ、そうなんですか……!」
こいつら新米は、危険度を魔物の強さだけで決めようとする。
本当は地形や人の往来、季節の影響だって無視できない。
石橋を叩いて壊すくらいで、ちょうどいいんだよ。
「さすがっすね、アルディン先輩。やっぱり元冒険者だから、現場慣れしてるんですね」
……おい、その噂どこから漏れてんだ。
冒険者時代の話は、正直あまり触れられたくない。
冒険者は怪我で引退した──そういうことになっている。
本当の理由? それは、まぁ、胸の奥に仕舞っておくさ。
いちいち説明するのも面倒だし、知ったところで誰も得しない。
書類仕事を終えてギルドを出れば、そこはいつものペテルの街並みだ。
石畳の大通りには、屋台の匂いと人の声が入り乱れている。
通りの角では、赤毛のテッタが店先で大声を張り上げていた。
テッタは「今日もおまけつけとくよー!」なんて笑顔を振りまきながら、冒険者相手に鍋いっぱいのシチューを売りつけている。
元気なのは結構だが、あれは半分押し売りだろう。
向かいの酒場からは、ジョナスの渋い声が響いてくる。
胸元に蝶ネクタイなんか締めて、今日もダンディに立っているが──あの人、酒に弱い。
客のグラスを眺める顔が、ちょっと辛そうなのは内緒だ。
道端では洗濯物に風魔法をかけて乾かす主婦、子どもが光魔法で小さな明かり玉を飛ばして遊ぶ姿も目に入る。
魔法は戦いのためじゃなく、こうやって生活に溶け込んでいる。
……まぁ、その魔法をどう使うかで、人の生き死にが分かれるのも事実だけどな。
そうそう、調査員の仕事なんて、大抵は退屈なもんだ。
「近郊で魔物の目撃情報が増えているから、確認してこい」──今日の依頼もその程度。
森の外れを歩き回って、足跡と糞を調べて、「はい群れが増えてますね」で終わり。
……そう思ってたんだがな。
森の奥に入るにつれて、空気が妙に重くなった。
鼻にまとわりつくような、濃い魔素の匂い。
普通の魔物の群れじゃ、こうはならない。
さらに進むと、地面に黒焦げになった金属片が転がっていた。
拾い上げてみると、魔道具の残骸。
誰かが使い捨てたにしては、術式がぐちゃぐちゃに焼き切れている。
……暴走……か?
誰がどう使ったのかは知らないが、少なくとも自然に壊れたもんじゃない。
俺? もちろん持ち帰るさ。調査員ってのは、そういう泥臭い仕事がメインだ。
戦うより拾う。……いや、悲しいけどマジで。
「……ったく、面倒ごとの匂いしかしねぇ」
◇ ◆ ◇
ペテルに戻ると、街は夕暮れでちょうど賑わっていた。
通りを進めば、道具屋のタマ婆さんが新米冒険者を叱り飛ばしていた。
「その薬草はただの雑草だよ! 目ぇ節穴かい!」
あれでも世話焼きで、失敗したやつにはきっちり本物を握らせている。
魔道具屋のゼットの店先では、照明石がほのかに光っている。
小型の魔石を組み込んだ照明具。
街灯代わりにあちこちで使われているが、火と違って煙も出ないし、洞窟でも安全だ。
その代わり、魔石代がバカにならないから庶民には縁遠い。
おっと、道草してる場合じゃない。
ギルドの扉を開けると、例の喧騒が耳に飛び込んでくる。
冒険者は元気だねぇ。こっちは胃が痛くなってんのに。
「戻りました」
受付前で新人が揉めてる声を横目に、俺は机に報告書を置く。
机の奥に座ってたのは、丸眼鏡のマルセル課長。
見た目はただの温厚なおっさんだが、ああ見えて俺の報告はちゃんと読んでくれる。
ありがたい上司ってのは、どこの世界でもレアものだ。
「魔素が濃い、魔道具の残骸……なるほどな」
「ええ。たぶん誰かがヘマをしたか、わざと隠したか。そのどっちかでしょうね」
課長が真剣に顎を撫でてる横で、隣の席から軽口が飛んでくる。
「ははっ、アル、それってただの壊れかけの道具じゃねぇの? 大げさだなぁ」
ナック。
俺の同僚にして、陽気さで人の神経を逆なでする天才。
いや、悪い奴じゃないんだが……こいつの楽天家っぷりに、何度胃薬を増やされたことか。
「……石橋は叩いて壊して、自分で作るもんだろ」
俺がぼそっと返すと、ナックは「は?」って顔。
課長は逆に小さく笑って頷いた。
……ああ、やっぱりこの人、わかってる。
だけどまぁ、あんな焼き切れた魔道具なんて……。
……ったく、さっき「面倒ごとの匂いしかしねぇ」って言ったばかりだろ、俺。
本当に勘弁してほしい。
俺の脳裏に、あの魔女の言葉が甦る。
――どんな世界にも裏はある。
ほんと、その通りだよ、母ちゃん。
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