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第99話 嫉妬の女王

『嫉妬の使者に会う方法を考えろ』

「いきなり何を言い出すんだお前は」


 夢の中の出来事だった。


 いつもの場所で目覚めるなりそう言われ、アオは困惑してしまった。アゲハはせんべいをかじり続けている。


『む、なんだ? 優先順位の高いものを選んだというのに、まさか文句があるとでもいうのか?』

「いや文句だらけだよ! あのわけわかんねえ部品を持ち出すのに狩り出されるわ。第3階層を何度も探索させられるわで、こっちはもうてんやわんやなんだけど!」


 アオは食って掛かるも、当のミツは何を言われているのか分からないといった具合だ。


『む。お前は仲間たちと塔を攻略したいのではなかったのか。我とともにイオフィルの奴を殴りつけたいと』

「へ? イオフィル? いや確かに大失踪の首謀者を止めたいとは言ったけど」


 困惑するアオに、ミツはやれやれと言った具合に肩をすくめた。


『いいか。相手は腐っても害鳥どもの元王族だ。あれを止めるには相応の力を付けねばならぬ。準備はかなり入念にする必要があるんだぞ』

「いや・・・。え? そうなの?」


 ミツは溜息を吐いた。ちなみにアゲハはどこまでも他人事のようでせんべいをかじり続けている。


『まあ、お前が暢気なのは仕方がないか。古代遺跡の探索や技術者の捜索などいろいろやらねばならぬことはあるが、まずはこれだ。第3階層で出会った嫉妬の連中から気になる気配がした。もしかしたら私が知っているやつかもしれない』

「ミツの知り合いって・・・。そもそもおまえに知り合いなんていんのかよ。お前、アゲハと張るぐらいボッチだったんじゃないのか」

「そこ! そんなふうに私の名前を出さない! 私がボッチなわけないじゃない! スラムで配給をもらうときにお姉さんと話すことも多いし! 今日だって、前を歩いた人に『おはよう』って心の中で思ったんだよ!」


 実際には言っていないのか、と思うアオに、ミツは怒ったように説明した。


『アゲハと一緒にするな! 私はこいつと違ってボッチじゃない! 知り合いって言うのはあれだ! レヴィアタンだ! あの嫉妬の探索者とやらからレヴィアタンの気配を感じたんだ!』

「レヴィアタン? レヴィアタンってあれだろ? 嫉妬を司る悪魔だよな? え? そんなやばいのがいんの?」


 アオが聞き返すと、ミツは偉そうに頷いた。


『そうだ。嫉妬の女王レヴィアタン。あいつもあの害鳥に捕らえられたと聞いている。私と同じように、お前たちの種と合成された可能性は高い』

「嫉妬のレヴィアタン・・・。〈嫉妬の塔〉の勢力を代表するような魔物よね。てっきりもう倒されたと思ってた」


 スクトゥムによると、〈嫉妬の塔〉の計画は魔物の氾濫のせいで失敗に終わったとのことだった。塔に出現する魔物は階層を上がるたびに強力になる。そう考えると、アオたちの手に負えないような魔物が現れるのかもしれないが・・・。


 正直、アオにはミツに匹敵するような魔物と聞いてもぴんと来なかった。


「そのレヴィアタンって、やっぱ強いの? 〈嫉妬の塔〉の攻略に失敗したって聞いているし、そんなにやばそうなイメージはないんだけど」

「レヴィアタン自身はかなり危険な能力を持っている。あいつが本領を発揮したとしたら、今までにあった魔物など相手にもならん。だが、あいつはお前たちの種と合成されているはずだ。本来の力を出すことが難しいのかもしれん」


 ミツは腕を組んで答えた。せんべいをつまみ続けているアゲハが茶々を入れてくる。


「まあ、私みたいな天才がどこにもいるとは限らないからね」

『そうだな。あれがついた人間が凡人ならばかなり苦労しているだろうな。我らとの相性とその者の戦闘能力にはそれほどの関係性はない。弱いやつと融合したら弱いままだ。ただ、奴らの計画を鑑みるに、それほど弱い体を選定することはないだろうがな』


 奴らの計画、と聞いてアオは暗い顔になる。アゲハも肯定されたのが意外だったのか、せんべいをつまむペースが落ちているようだ。


『魔物の強さだが、単純に我らの基準を当てはめることはできん。この世界は我らの世界以上に魔力に満ちている。環境が全然違うのだ。我らの世界では本領を発揮できなかった魔物がこの世界で花開く可能性は十分にある。この世界に弾かれない個体もいるかもしれん』

「つまり〈嫉妬の塔〉に現れた魔物の中に、この世界ですげえ強化された魔物がいるって話だな。やっぱこの塔ってやべえな」


 顔を引きつらせるアオに、ミツは静かに頷いた。


『情報収集は戦いの基本かつ最も大事なことだ。レヴィアタンがどれくらい力を使えるかも気になる。負けたとはいえ、奴も魔王と呼ばれた魔物の一体。その能力は侮れるものではない』

「うわあ。めんどくさそう」


 アゲハは顔を引きつらせている。


「それ以外にも、気になることがある。街に現れた外国人だ。嫉妬の連中ならまだましだが、もしかしたら・・・。あれからかなりの時間が経った。ひょっとしたらひょっとするかもしれんのだ」


 ミツは考え込んだようだった。


「で? 俺たちにレヴィアタンの情報を集めてほしいってか?」

「そうだ。お前たちがここで修行して半年以上が過ぎた。我らの力を再現できるようになった者も我らの身体を作り出せるようになった者もいる。基本の身体強化も多少はましになった。今の貴様たちが複数で行動したらレヴィアタンやあいつらに一方的にやられることはないだろうからな」


 ミツの言葉に顔を引きつらせるアオだった。


「レヴィアタンって、交渉もできない感じなの?」

『少なくともプライドは高かったな。こんな状態にされたことに憤りを感じているのは間違いない。私が知る奴なら、一人で抗おうといろいろ策を巡らせていると思うが』

「やっぱめんどくさっ!」


 反射的にアゲハが茶々を入れると、ミツはそっと視線を反らした。


『正直なところ、レヴィアタンがどういう行動をするかは読めん。奴は前の世界のあいつとこの世界の魔物、少なくとも2度の敗北を経験した。それが奴の精神にどのような変化を与えたかは分からんのだ』

「変わったって・・・。人の性格は、負けたくらいで変わらないんじゃないか?」


 疑問符を浮かべるアオに、ミツは静かに首を振った。


「その者の方針はな。我らが思ってもみないようなことで変わるものだ。私も最近そのことを実感した。まさか、あのエスタリスが私の軍門に下るとは思わなかった」

「エスタリスって、アシェリさんといるエス子のことだよな?」


 アオはアシェリのそばで飛び回るハトを想像した。


 パメラを助けた後、エスタリスは正式にアオに挨拶をしたのだ。その時、彼女がミツの軍門に下ることを誓ってくれた。情報は誓約の関係もあってあまり得られなかったが、それでもかなりのことを知れたと思う。


『私はあいつが友好的に接してくるとは思わなかったよ。あいつは天族でも有数の軍人の家系の者だ。脅し、拷問しようが絶対に屈しない。そう言う頭の固いやつだと思っていたからな』

「へえ・・・。そんな人がいるんだね」


 アゲハはどこまでも他人事だった。


『エスタリスから話を聞いて、あいつが心変わりした理由にも納得した。人の事情は、やはり話を聞いてみるまでは分からん。聞いても分からんこともあるかもしれんが、まずはと思ってな。私は先入観を持たず一度レヴィアタンと話してみたい』

「なるほどな。まあそう言うことなら協力したいんだが・・・。しかし、どうすっかな」


 ぼりぼりと頭を掻いた。


「いやね。俺は街に行けないからさ。どうやら嫉妬の連中がこの塔に来るのはレアで、そのほとんどがスラムで暮らしているそうなんだよ。どうしたもんかと思ってな」

『そうだな。買い出しに行く話があっただろう。そのタイミングで嫉妬の使者にコンタクトを取るというのはどうだ? コロと言う男に交渉用の人材を同行させるんだ。魔線組とかいう組織につてはあるんだろう?』


 こっちの事情を知っているミツはそんなことを提案してきた。


「そっか。コロさんがそろそろ街に食材を見に行きたいって言ってたっけ。この前もカイトとフジノに目利きの仕方を教えてるみたいなんだよね。その時についでに接触してもらえるように頼めばいいか」

「おお。意外と順調に話が決まった! がんばってね!」


 アゲハはどこまでも他人事のように言うが・・・。


『何を言っている。お前も行くんだよ。お前はずぼらでボッチでしょうもないやつだが、私自らが鍛えただけあって戦闘力だけは高いからな。お前を見れば思うことはあるだろうしな』

「え? 私は働かないよ! 働いたら負けじゃない!」


 アゲハが抗議するが、ミツの意志は変わらない。


『何しろ相手は嫉妬の魔王、レヴィアタンだ。容易な相手じゃない。アオの仲間もオリジンをかなり鍛えているが、さすがにあいつには苦戦するだろう。それに接触しようという相手がいるなら、かなりの実力者ということになる』


 そう言って、ミツはアゲハに指を突き付けた。


「お前は別だ。お前なら、たとえレヴィアタンとだってやり合える。何しろお前は、私が知る中で最も戦闘力に長けた探索者の一人だからな」

「い、嫌よ! おだてても絶対に働かないから! これでも忙しいんだよ! いろんな人にオリジンを教えなきゃだし! これ以上働けない! 働いたら負けなんです!」


 何を言われても、アゲハは断固として拒否するようだった。


『あの天ぷらとかいう料理、うまかったな』


 唐突にそんなことを言い出したミツに、アゲハはピクリと反応する。


『エビフライ、といったか? あのプリッとした身を油で揚げた料理もだ。あれもいい。この世界でアオの力を使えばある程度は再現できるが、さすがにあの味までは呼び出せん。アオがまたあれを食せる日を楽しみにしているんだ』

「ああ、あれ旨かったよな。てか俺と同化したミツは、味覚を共有したり食べたものを再現できんのか。まあ、今更プライバシーとかいうつもりはないけどよ」


 渋面になるアオをほおっておいて、ミツは続けた。


『アゲハが頼みを聞いてくれたら、コロと言う男に頼んで天ぷらを作ってもらえるかもしれんな。でも残念だな』

「そそそそんなこと言って私が動くわけないじゃない!」


 アゲハは言うが、あからさまに動揺している。


「しかし本当にうまかったな。ただの野菜も、奴の手にかかれば別物だった。エビ以外にもいろいろな食材があって、外はカリッとサクサクで」

「サクサクゥ!?」


 いきなり大声を上げたアゲハに、アオはどきりとしてしまう。


『コロたちにアゲハを紹介する機会になると思ったのに、本当に残念だ。じゃあ、今回はアゲハの参戦は見送ることにして・・・』

「しょうがないから手伝ってあげる!」


 アゲハが前言を翻した。


「ま、まあ私は探索者の中ですごく強いみたいだし? そのコロと言う料理人だけじゃ不安だってみっちゃんが言っているみたいだし。最近はあのうっとおしい女や茶髪のくそやろうたちとも話すようになったし。今回だけ! 今回だけは私が手伝ってあげるわよ!」


 こうして、食欲につられたアゲハの参戦が決定したのだった。

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