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第96話 第3階層の初探索

 第3階層に入ってすぐのことだった。


「おおう。やっぱり暑いな。まるでサウナじゃねえか。帰ったら水風呂にでも入りたい気分だぜ」

「もうシュウさんったら。相変わらずなんだから」


 汗をかくシュウに、アキミがあきれたように話していた。


「はいは~い。無駄話はいいけど警戒はとかないでね。いちおうここは第3階層なんだから。仲が良いからって気を緩めちゃだめよ」

「こいつとはそんなんじゃねえよ。俺はもうおっさんなんだからあんまりからかうなよ」


 慌ててたしなめるシュウに、アキミは不満顔だった。


「えっと、草むらには気を付けて。蛇の魔物、ファイアスネークが潜んでいる可能性があるから」

「私たちは噛まれたことはないけど、毒があって大変らしいよ。会の子が、ケイに慌てて言ってきたから覚えている。そう言えばあの子、ケイにお礼もしなかったよね。マルスのほうが恐縮してたくらいだし」


 アシェリのほうが憮然としていて、彼女をケイがなだめるという奇妙な光景だった。


「この階層から出てくるのは、ファイアスネークにレッドスライム、サラマンダーにフレイムオルカって感じかな。あ、フレイムオルカは川を泳ぐシャチみたいな魔物よ。オーガはレアモンスターだから遭遇の機会は低いかもね」

「川もあんのかよ! 本当に山道っつーか、そんな感じだな。確か、こういう水場は第1階層にもあったはず。田舎に言った時のことを思い出すぜ」


 疑問を口にするシュウに、パメラがスマホに地図を出して見せてくれた。画面をのぞき込んていたアキミはふんふんと頷いていた。


「こっちには、あのフェイルーンも出るから厄介なのよね。階をまたいでまで現れるってどういうことよ」

「あいつら本当に迷惑だよね。ふむふむ。こんな感じか。川があるのはあっちのほうだよね?」


 アキミが指したほうを見てシュウはげんなりした。


「確か爺さんたちが向かったほうだよな?」

「そう! 麗しのイゾウ様が探索している場所よ! 次こそは私もイゾウ様と行くんだから! 私たちは3人でイゾウ様たちは2人! チャンスはきっと!」

「待った!」


 アキミがパメラのセリフを遮った。それだけだった。それだけで、さっきまではしゃうでいたパメラの顔つきが変わった。


「お、おい! なにが・・・」

「ケイ! アシェリ!」

「うん!」

「分かってる!」


 動揺するシュウとは対照的だった。パメラが一行を守るように動き、アシェリがレイピアを抜き放つ。ケイは矢をつがえていた。


「ぎょしゃああああああああ!!!」


 物陰から飛び出してきたのは、大きな3つの影。人間より3回りほど大きなそれは、全身が緑のうろこに覆われていた。大きな錨のようなものを振りかぶり、まさにケイに襲い掛からんとしていたが――。


「残念でした! 私がいるよっ!」


 一瞬にして移動したパメラが、ケイを守るように立ちふさがった。振り下ろされた錨を盾で弾き、続く2匹目が攻撃する前に剣で斬りつけた。


 そして3匹目はーー。


「甘い!!」


 横合いから来たアシェリに、首を貫かれてしまう。


 一瞬の攻防だった。襲い掛かってきた3匹の魔物は、パメラとアシェリにあっさりと倒された。


「さ、さすが! 第3階層の魔物があっという間に!」

「まだです!!」


 アキミが感嘆の声を上げるのと同時だった。


 銃声が、響いた。同時にケイが矢を放つ。その先に居るのは、先ほどのトカゲのような魔物だった。ケイの矢はその首を捕らえたようで、膝をついて倒れ込んでいく。


「うおっ! まじかよ! あいつ、こっちを狙っていたのか。ケイが居なかったらやばかった」

「いえ。彼らを倒したのは私ではありません。私の矢は後から当たったに過ぎない」


 ケイの言うとおりだった。


 倒した魔物が粒子へと変わり、それぞれのスマホへと吸い込まれていく。パメラを倒した2体はパメラへ、アシェリが貫いた魔物はアシェリへと。


 しかし、ケイが狙撃した魔物は、ケイのスマホに流れていくのではなく、道の先へと向かっていった。


「出てきなさい。そこにいるのは分かっているわ」

「これは失礼を。援護と思ったのですが、余計なお世話でしたね」


 出てきたのは、坊主刈りの身長の高い男たちだった。妙に彫の深い顔と筋肉質な体格は、おそらく日本人ではない。6人いる彼らの先頭の男は、いかつい顔を無理に笑わせながら近づいてくる。


「止まりなさい。それ以上近づくと攻撃してくるとみなす」

「これは失礼を。ふふふ。勇ましいお嬢さんだ」


 パメラが厳しい声で警告する。いつものほんわかした声とは違い、かなり厳しく問い詰めていた。にもかかわらず、相手の男の態度は崩れない。どこか馬鹿にしたような顔ながら、それでも仕方なしに手を上げた。


「お前ら。見たことのないやつらだと思ったら嫉妬の連中か。なんで、こんなところに」

「いえいえ。我々も皆さんのお役に立ちたいと思っていたんですよ。魔線組の東雲さんの許可を得て、この塔を探索しに来たんです」


 ニヤつきながら弁明する男を、しかしパメラは警戒心を解かない。厳しい顔のまま、自然な足取りでケイを守るように移動する。


「警戒しないでください。私たちは敵対する意思などない」

「そんなものを持っている相手に安心なんてできるわけがないでしょう? 苦情は魔線組にする。私たちは私たちでやる。あなたたちはとっとと去りなさい」


 アシェリも取り付く島もなかった。男はさらに言い訳しようとしたが、やがてあきらめたように歩き出す。どうやら塔を出るようで、出口に向かうつもりらしい。


 パメラたちは、彼らの姿が見えなくなるまで警戒を解かなかった。彼らが去った後もしばらく警戒していたが、何かがアシェリのそばへと降り立ったのを見て、やっと構えを解いた。


 アシェリに降り立ったのは、ハトのエスタリスだった。


『連中、戻っていったみたいね。魔力反応で確認しているから間違いないと思う。戻ってこようものならすぐに黒焦げにしてあげましたのに』

「おおう。いきなり物騒だな。連中はたぶん嫉妬のやつらだぜ? そこまで警戒する必要はなかったんじゃないか」


 シュウはそう言うが、意外なことに反論したのはアキミだった。


「ううん。多分ケイたちの警戒は正しいよ。あいつら、あからさまに怪しかったし。なんかしてくるんじゃないかってひやひやした。シュウさんだって警戒してたくせに。そのカラスを飛ばしてたじゃん」

「いや、俺の場合は念のためっつーか。こいつを上げても大したことはできねえがな」


 そう言って手を伸ばすと、シュウの腕に一匹のカラスが下りてきた。その様子を、ハトのエスタリスが気まずそうに見つめていた。


「あいつら、もう第3階層に来られるんだな」

「向こうで頑張ってたらしいからね。見た感じ、あんまり油断できそうな相手じゃないね。なんせ武器が銃だよ! すっかりFPSみたいになっちゃって」


 アキミがそんな感想をもらした。勘のいい彼女の感想に、アオは思わず彼らが行ったほうを見つめてしまう。


「それにしてもあいつらはこんなところで何をしていたんだろうな。ボスエリアからは遠いんだろう?」

「わかんない。でも、もしかしたらあいつらはここに何かを確かめに来たのかもしれない」


 去っていったほうを見ていたケイたちは、アキミを先頭に進んでいく。だがアオは・・・・。いつまでも嫉妬のパーティーが去っていた方向を見つめていた。体が動かないのだ。アオの中のミツが、その場を動こうとしないのだから。


「が、がう?」

『そうだな。ああ、私が気にしているのか。もしかしたら。もしかしたら奴とここで出会えるかもしれんと思ってな』


 ミツの言葉があおの中で響いた。同時に体に自由が戻ってくる。やっと体を動かせるようになったアオは、首をかしげながらアキミを追うのだった。



◆◆◆◆



 警戒しながら、山道を奥へ奥へと進んでいく。


「なあ、ここ」

「多分この辺りよ。あいつらが、何かやっていたのは。足跡を見れば何かやってたのは分かるから」


 アキミはそう言っていたが、アオの目には違いは分からなかった。山道を外れたところにちょっとした茂みと木があるようにしかみえなかった。


「が、がう?」


 不意に、アオの鼻が何かを嗅ぎ取った。


 経験したことがある匂いだった。これは、あのアパートと同じものだった。


「が、がう! がう! がう!」

「へ? ここ? おかしなところは、なにも」


 そこまで言ったにもかかわらずアキミは表情を鋭くした。そして茂みをかきわけると、地面に座り込んだ。そのまま這うように移動し、ついに動きを止めて地面を覗き込んだ。


「あった。これ、隠し部屋だ」


 アキミが地面を叩くと、地面いっぱいに魔法陣が輝きだしたのだった。

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