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第88話 報酬と交換日記

「終わったか。無事にオリジンに目覚めたようだな」

「あ、植草先生。お仕事、お疲れ様です」


 巡回から帰ってきたイゾウに、ウェヌスが深々と頭を下げた。アオがパメラの夢に入っている間に和解したらしく、イゾウを師と仰いでいるらしい。


「おかげさまで無事にオリジンを授かりました。あとはこれを鍛えるだけです。あの時のアオさんみたいになれればもっと強くなれるでしょうしね」

「道は遠いぞ。ケルベロスの技は人知を超えておる。ワシも足下に及ばぬ。まあそう言われてもあきらめる気はないのだがの」


 2人は笑い合っている。当のミツはもう引っ込んでここにはいない。いつの間にか、主導権はアオに戻っていた。


「それにしても5人か。全員に教えられたらよかったのだがの」

「ええ。スズはどうも、オリジンを信じられないみたいで。申し訳ない。皆さんの拠点とかには興味があるみたいですけど。正同命会に属している私たちは、拠点がどこにあるか知らないほうがいいでしょうし」


 ウェヌスの言葉通り、オリジンの付与を断ったメンバーもいたのだ。彼女は一人離れてパーティーメンバーがオリジンを習得するのを見ていた。オリジンを怪しむ気持ちは分かるし、こればっかりはしょうがないと思うアオだったけど。


「よし。そんなお主にプレゼントだ。いい物をドロップしたが、あいにくとワシらに使える者はおらん。お主が使ってもいいし、お主が信頼する者に渡してもよい」

「こ、これは! あのミノタウロスが使っていた大斧じゃないですか! こんな貴重なものを・・・」


 ウェヌスは信じられないような顔で大斧とイゾウを交互に見た。イゾウは優しく笑っている。


「なに。年若いお主が頑張っているのだ。ワシも何かしたくてな。ワシもコロも魔物からのドロップ品を使っておるが、なかなかの性能ぞ。刀もいいし、脇差もすさまじい。コロの大剣も相当だしの。しかも! その大斧には風魔法が込められておる」

「おお・・・。自前でも使えるし、オリジンでこの武器の魔法をコピーすることもできるんですね!」


 ウェヌスは感動している。


 聞くところによると、ウェヌスは大柄だが日本での年齢は13歳だったとのことだ。孫の様な年齢のウェヌスに、イゾウはどうしても甘くなるのかもしれない。


「確認させてください。オリジンと言うのは」

「うむ。オリジンと言うのはな」


 ウェヌスとイゾウは話し込んでいる。分からないことはすぐに聞く。そう言うところが年上に気に入られているのかもしれない。ウェヌスと同じ年ごろと言えばアゲハだが、こういうところはだいぶ違うと思う。アゲハは、なんかずぼらなところが垣間見える。


「アオくん」


 呼ばれて振り向くと、ケイが佇んでいた。


「が、がう?」

「うん。やっぱりしゃべれないんだね。パメラの世界で見た時とはずいぶん印象は違うね」


 ケイは姿勢を正すと、真剣な顔でアオに話しかけた。


「少し、話そうか。ちょっとやってほしいことがあるんだ」


 アオはごくりと喉をならしながら、ケイの言葉に頷くのだった。



◆◆◆◆



「人にはね。いろんなタイプがあると思うの」


 2人きりになってすぐ、ケイはおもむろに話し始めた。


「話せないって言うのはかなりのハンディだけど、その意味は人によって違うわ。確かに人と何日も話さなくても平気な人もね。でも、アオくんは違うよね?」

「が、がう」


 アオはつられるように頷いた。


「パメラの世界での君を見て思ったんだ。君は話すことでいろんな人の役に立ってきた人だって。スクトゥム君を説得したときもそうだし、パメラが自分を取り戻すきっかけになったのも君の言葉だった。君は話すことが得意なんじゃないかと思ったんだ。話すことでいろんなストレスを発散してきた人なんじゃないかなと」


 アオはうつむいた。


 仕事を始めて以降、いろんな人と会話してきた。アオが勤めていたのはガソリンスタンドだ。車のメンテナンスを請け負うガソリンスタンドは、いわば接客業だ。お客様の要望に沿った商品をご提案しないと、あっという間に「押し売りされた」と言われてしまう。だからアオはお客様の話を注意深く聞いて、要望に沿った商品をご提案してきたのだけど・・・。


 口がきけなくなった今、話しができないのは苦痛だった。


「アキミちゃんとは話せるみたいだけど、彼女とだけ話すのは不便でしょう? 他の子も優しいけど、細かいことは伝えられない。だから、君に必要なのはこれだと思う」


 そう言って、ケイが渡してくれたのは一冊のノートだった。


「しゃべれないなら、それ以外に自分の考えを伝える手段が必要だと思う。これに、君のことを書いてほしい。内容はなんでもいい。好きなものでもやりたいことでもなんでも。私も書くわ。私の日記を見て、それに返事をしてほしい」


 アオは照れ臭くなってしまう。これはまるで、交換日記のようではないか。


「あ、こんな日記なんて子供っぽいと思ったでしょう? でもね。必要なのは誰にでもコミュニケーションを取れる手段だと思うの。私と日記を交換して、しゃげらなくても意思疎通することに慣れなきゃいけないんじゃないかな。それに私も、アオくんのことをもっと知りたい。お互いに日記を見せ合って、理解を深めることが必要だと思う」


 照れもせず、真剣な顔で言う彼女にアオは頷き返すことしかない。


「うん。手間がかかるだろうけど頑張ろうね。これができるようになれば、もっと君の意志を伝えられるようになると思うから」


 そう言って笑うケイのことが、やっぱりきれいだなとアオは思うのだった。



◆◆◆◆



「みんな。迷惑かけてごめんなさい。そしてありがとう。おかげで、何とか自分を取り戻せたよ」


 照れながら言うパメラにみんな笑顔で応じていた。


 パメラがも戻った今、再び食堂に全員が集められたのだ。そこで前回の続きとばかりにイゾウが話すことになっていたが、その前にパメラがお礼を言った。口笛を吹く者、拍手をする者と反応は様々だが、彼女の帰還をみんなが喜んでいるようだった。


「さて。これからのことを相談したい。我々が天族によって合成された可能性が高い今、どうすべきかをな」

「そりゃあ・・・。今まで見たいに塔を攻略しようなんて思わないけどさ。何をしたらいいかわかんねえな」


 エイタはぼりぼりと頭を掻いた。


「そうだな。いきなり言われても戸惑ってしまうわな。先に、ワシの考えを伝えておこう。やるべきことは2つ。まず、今まで通り塔を攻略すること」

「ま、待ってください! 天族の思惑に、乗ってしまうということですか!」


 思わずと言った具合に言い募るサトシを落ち着かせるように、イゾウはその理由を話した。


「例えば、だ。我々全員が塔の攻略をやめたとなるとどうなると思う? 奴らは食料の供給を止めてしまうやもしれぬ。一番恐ろしいのはそれだ。いかに強くなろうとも、何も食えんようでは戦えぬ」


 イゾウの懸念に全員が沈黙した。だけどみんな悔し気だった。このまま唯々諾々と天族に従うのは不満なのだろう。


「だが、このままというわけにはいかぬ。我々は自活の道を探るべきだと思う」

「自活、ですか?」


 期待に満ちたみんなに、イゾウは話を続けた。


「そうだ。連中の食糧がなくてもやっていけるように、我々の力を高めるのだ。魔線組はあれでも先見の明がある。商人以外にも食糧確保を探っておるのさ。それと同じように、我らも動くべきだと思う。幸いにしてワシらには料理人のコロがおる。医者であるケイもな」

「なるほど。料理人としての知識を動員して、食べられるものを探るんですね」

「そして万一お腹を壊したときのために私がと」


 頷くイゾウは、再びみんなを見渡した。


「もちろん、これはただの杞憂かもしれぬ。だが、魔線組の取り組みはある程度は信頼できるが、それだけでは足りまい。食糧を自力で得られる方法が必要なのだ。みんながこの先を生きるためには、今から準備しておくことが肝心だ」


 そう説明するイゾウだった。


「あ~あ。せっかく異世界転生したのに、やることはサバイバルか。もっとこう・・・。違うことを想像していたのによ」

「塔の攻略は続けるのなら、冒険のだいご味はかわらぬよ」

「やはり、イゾウさんは塔の攻略を続けるべきだと思うのですね。帰れないと分かった今も」


 アオはこのまま天族の思惑に乗ることに不満だったが、イゾウの意見は違うようだった。


「くやしいことにの。効率的なのよ。塔で実戦経験を積むことはの。これからのことを考えるにな。もう一つの可能性だ。ワシらは接触するかもしれぬのよ。この世界の本当の住民とな」


 イゾウの言葉に全員がどよめいた。


「天族が力を求めた理由を考えてみた。奴らはこう考えたのだと思う。この世界の住民と戦う可能性が高い。侵略のために力を使える身体を用意する必要があるとな。接触した異世界人が友好とは限らぬ。そうしたときに支えになるのは力と経験だ。ワシらはワシらの力を高めるために塔を攻略すべきだと思うのだ。ワシの考えは以上だ。みんな、少し考えてみてくれ」


 そう言ってイゾウは立ち去った。


 みんな、席を立つことはない。誰もが今後のことを考えているようだった。


 そしてアオは・・・。


 決意を込めた目で、前を睨むのだった。

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