第84話 天族のスクトゥム2
スクトゥムは深呼吸をした。
『やっぱり話すのは久しぶりだな。でも、ここでちゃんと教えないと、僕の進退がかかっているし。宿主のパメラさん、アビリティばっかりであんまりスキルを全然使ってくれなかったからなぁ』
思わぬ情報が拾えそうで、アオは色めきだった。
「やっぱりスキルを使えば使うほど、君たち天族は力を増すってことか」
『え? そんなことまで!? そだよ。他の塔は別だけど、ここ〈暴食〉においてはそうなんだ。他の塔ではね。君たち宿主はアビリティって言われる魔族の能力しか使えない設定だったんだ。アビリティを何度も使わせて、君たちの体になじませて、その上で時を見て僕たち天族が乗っ取る。そうすることでこの世界で活動でき、しかも魔族の能力まで使える身体を手に入れられるって寸法なんだけど』
なんかすさまじく邪悪なたくらみを言い出したスクトゥムに、アオは圧倒されてしまう。
『〈高慢〉ではうまくいったんだ。あの塔に行った人は飛び切り高貴で有能な人だったからね。本人もその部下の人たちもうまく人間の魂と手を結んだらしく、悠々とこの世界に降り立ったそうだ。でも、その後がね』
「そのあとって・・・。えっと、その〈高慢の塔〉を足掛かりにこの世界を攻略するとかじゃないの?」
思わず聞き返したアオに、スクトゥムは首を振った。
『〈高慢の塔〉からこの世界を侵略するには課題があったんだ。まず、新しい体と融合したら僕らの世界に戻ってこられないこと。魔力のない君たちの世界と違い、なんかすごく反発するみたいで、せっかくの体が粉々になるようなんだ。いったん帰って改めて挑戦ってことはできなかったらしい。情報とか魔石とかは送れるんだけどね』
「え、ああ。魔石、ねえ」
なんとか調子を合わせるアオに、スクトゥムはうなずいた。
『〈高慢の塔〉に新しい人員を送っているんだけど全然間に合っていない。一度作った回路を使おうとすると負荷がすごいらしくてかなり時間を置く必要があるみたいなんだ。それに派閥争いとかがあるからこれ以上あの塔に増援は送れない。と言うわけで、違う場所に2つ目の〈憤怒の塔〉を送ることになったんだけど・・・』
「派閥争いかぁ。どこでもそう言うのはあるんだね」
相づちを打つアオに、スクトゥムは真剣な顔になった。
『〈憤怒の塔〉での出来事さ。〈高慢〉と同じようにしたんだけど事故が起きた。体を乗っ取ろうとした天族が中にいた悪魔に返り討ちに合ってさー。逆に、この世界で動き回れる魔族が誕生しちゃったんだ』
「え? 失敗したの?」
溜息を吐くスクトゥムは哀れだけど、かなりの情報だ。アオは自然と姿勢を正した。
『そ。相性がいい相手を選んだはずだけど、合成した魔物に負けちゃったらしいんだよね。その結果、身体の主導権すべてを握られることになった。どうやら君たち人間の魂と魔物の魂が結託しちゃったらしくてね。それからは将棋倒しさ。〈憤怒の塔〉には、うちらの世界でも危険とされる魔物であふれかえることになった』
「うわぁ。それ、結構やばくない?」
エンコウを見ればわかる。合成された魔族は殺戮と支配を好むやばいやつだ。そんなやつらが自由に動ける体を手に入れたら危険なことになると思う。
『実際、〈憤怒の塔〉の周りは大変なことになっているらしいよ。なんでも、魔物たちはこの世界で国を作ったらしく、現地の人たちに好き放題しているとか。適切な身体さえ手に入れれば、この世界でスペシャルも魔法も使い放題だし。魔力資源も多い。この世界を支配して戦力を集めて、僕たちの世界に逆侵攻なんてこともあり得るかもしれない。接続を切ったり魔族たちを始末しようとしたけど全然効果がなかったらしいからね。あいつらは僕らの世界にわたる方法を見つける必要があるけど、それも時間の問題でしょう?』
それが本当なら、天族と言うのもピンチなのかもしれない。この世界を侵攻するために計画したことがかえって自分たちの首を絞めたなんて笑えない話だ。
『3番目に動いた〈嫉妬の塔〉では君たちの餌になるはずの魔物が強化されすぎてこの世界に馴染んじゃった。本当ならね。魔族は塔から離れたら生きていけないはずなんだけどそれを克服しちゃった個体もいるらしく。探索者では手も足も出ないほどにね。4番目の〈強欲の塔〉では君たち探索者同士で争いが始まったらしくてね。攻略どころじゃないんだ。〈色欲〉なんかは逆に探索者同士が仲良くなりすぎちゃったり、〈怠惰〉は文字通り探索者のやる気がなくなってうまくいっていない』
「うわぁ」
アオは何と言っていいかわからなかった。うまく行ったのは最初の〈高慢〉だけで、それ以外は散々なことになっているらしい。
『もう上のほうは破れかぶれさ。ここ〈暴食〉を担当した一人はうちの隊長なんだけど、あんまり期待されていなくて。うちの隊長は出来損ないを集めてこの世界に顕現し、サタンを止めろなんてまた無茶振りされちゃった。うちの隊長は任務には失敗したし責任を押し付けられちゃったりしたし、あの人の身内らしいけどそれほど仲が良いとは聞かない。挙句メインの魔物は、他の派閥の人にとられちゃったりで散々なんだ』
「メインの、魔物?」
いやな予感がして、アオは聞き返した。
『ああ。言っていなかったっけ。7つの塔の名前は、そこに送られた魔物の名前からとられているんだ、まあ、〈高慢〉だけはうちら天族で自力でこの世界に転移するという規格外のことをやったみたいだけど。〈高慢〉のルシファー様、〈憤怒〉の裏切り者、サタン、〈嫉妬〉のレヴィアタン、〈怠惰〉のベルフェゴール、〈強欲〉のマモン、(色欲〉はアスモデウスだったかな』
「お、おう」
アオでも知っているような名前が出てきて、思わず一歩引いてしまう。
『〈暴食の塔〉を代表する魔物は、ケルベロス。君たちの世界では地獄の番犬なんて言われるけど、とんでもない。3つの頭と能力を持ち、すさまじい魔力を操る姿は番犬なんて可愛いもんじゃないさ。僕らの世界で最も恐れられた魔王の一体だったんだよ」
最後にその名前を聞いて、アオは茫然としてしまうのだった。
◆◆◆◆
「ケルベロスが、暴食を代表するような魔物・・・」
アオは口を開けたままになってしまう。
エスタリスの言葉から何となく察していた。ミツは、おそらくケルベロスだ。つまりミツはこの塔を代表するような魔物と言うことか。そういうことなら、アオが他の人とは違うのも、アンノウンと言われるのも分かる気がしたけど。
どこか釈然としない思いをしたアオだった。アパートでなし崩しのように飼うことになった2匹の犬も、きっと彼女の一部なのだろうが、アオは納得しかねる思いがした。
一方で頭を抱えていたのはスクトゥムだった。情報提供の代わりとばかりに差し支えのない程度に知ってることを言った結果、彼の悩みは深まってしまった。
『大体予想はついていたけど、彼らに3つの魂があるって知られてるの、最悪じゃないか。いきなり体の主導権を奪えば僕でもチャンスはあったのに・・・。しかも、スキルやアビリティを使わず戦う方法が見つかったって? それじゃあ、浸食すらもままならない』
スクトゥムはうつろな目をしながらつぶやいた。
『情報提供者の気持ち、ちょっとわかった。確かにスキルやアビリティを使わなかったら僕らにチャンスはないよな。アビリティやスキルを使わせなければ、身体を乗っ取ることはできないし』
「へ? そうなの?」
アオの疑問に、スクトゥムは放心したまま頷いた。
『体を乗っ取るには足掛かりってやつが必要なんだよ。僕たち天族か、他の魔族の魔力を体に馴染ませないと、こっちの術で身体を奪うことなんてできない。だからある程度までスキルやアビリティで体を侵食させておくことが必要なんだけど・・・。ある時期からパメラさんの浸食度がピクリとも上がんなくなったんだよなぁ。君たちの手段がどんなものか知らないけど、このままだと僕らが体を乗っ取る足場なんて作れそうにない』
「えっと・・・。やっぱり今のままだと何もできないの?」
慰めついでに質問を投げかけると、スクトゥムは放心したまま頷いた。
『ほとんど、なにも。遠見の魔法で外の情報を見るので精いっぱいさ。1日30分ほどしか見られないし。僕だけの力でできることはせいぜいその程度さ』
「そっか。目も見えないし、ここで籠ることしかできないんだね。だから躍起になって体を乗っ取ろうとするのか。でも、体を乗っ取ったらパメラさんがここに閉じ込められるんだろ? 女の子をこんなところに閉じ込めようなんて、さすがに許せないんだけど」
アオが非難がましくいうと、スクトゥムは焦りだした。
『か、体を乗っ取ったってそんなことしないさ! 持ち主が許可を与えればある程度は自由に過ごせるし! 遠見の魔法を使えば少しは外の様子を見せることができるんだ。この檻から出られればの話だけど』
「それが一番大変かもしれないけど」
スクトゥムは必死で頷いている。
『檻さえ出ればここで大体できるようになる! 許可さえ得られればスキルだってここでは使えるし、戦闘のサポートだってできる。魔道具だって使えたりする』
「じゃあ、体を乗っ取らなくてもパメラさんの許可さえあれば、ある程度は快適に過ごせるってこと?」
指摘すると、スクトゥムは目を見開いた。
「えっと・・・。パメラさんはスマホを持っているようだけど。と言うか、俺以外はみんな持っているんだけど」
『ちょ、ちょっと待って! スマホってあれだろ? 遠くの人と会話したり、短い文章を送ったりできるやつ。えっと、画像を送って会話できたりもするよな? 辞書みたいな機能もついている、あの?』
恐る恐る聞いてきたスクトゥムに、アオはこくりと頷いた。
「まあそんな感じ? 他にもスキルを取ったり荷物を格納したりできるらしいよ。俺のはこわれているけど」
『リブラリの接続に加えて空間魔法による格納まで! もしかしたら親機とか子機とかあったり? すごい! 最新型じゃないか!』
興奮し出したスクトゥムに、アオは頬を掻いてごまかした。
『もし子機とかあったら僕もその恩恵に預かれるかも? そうじゃなくてもちょっとだけ使わせてもらえれば、ゲームをダウンロードすればいいわけだし。こっちでもいろいろできるようになる。パメラさんと仲良くすれば、十年後くらいに僕はここで快適に過ごすことができる?』
「ま、まあ、少なくともリビングメイルに主導権を握られるよりも快適なんじゃない? この部屋からは出られないかもしれないけど」
指摘しても、スクトゥムはすごい笑顔で首を振った。
『問題ない! 僕、根っからのインドア派だから! 軍に入ったのも両親や親戚にうるさく言われたからだし! 部屋でゲーム三昧の生活を送れるならそれ以上のことはないさ!』
スクトゥムはアゲハのようなことを言うと、真剣な顔でこちらに向かってきた。
『アオさん! 頼む! 知っていることは何でも伝えるから、あの2人に伝えてくれないか! 僕はどんなことでも協力するって! 僕が協力すれば、リビングメイルなんて敵じゃないからな!』
「え? あ、うん。伝えるだけ伝えてみるね」
釈然としない気分になりながら、アオは仕方なしにそう答えるのだった。




