第81話 仲間を傷つけないために
警戒して進んでいく一行は、なんとなく会話を続けることになった。
「オリジン・・・。そんな技術を街の住民が身に着けているなんて・・・。そう言えばマルスさんがアビリティやスキル以外にも特技がありそうだとか言っていたけど、実在するなんて思わなかった」
「情報が制限されているのかもな。もしかしたらウェヌスと言う子に入る情報が、何か加工されているやもしれぬ」
イゾウがそうつぶやくと、ウェヌスは頭を抱えた。
「ねえ。ウェヌスさん。スマホに何度か連絡したけど、届いてなかった? ウェヌスさんとトゥルスに連絡したけど、全然つながらなくて」
「来てないっす。もしかしたら、私からのメッセージも届いていなかったりしますか?」
ケイが頷くと、ウェヌスは茫然としたようだった。
「これはあれかな。あの噂が本当だってことですかね?」
「うわさ?」
コロが尋ね返すと、ウェヌスの隣の女子が眼鏡の位置をくいと戻した。
「うちの教会である話があったんです。送ったメッセージが届いていないとか、文面が変わっちゃってるとか。この話が外に出ないように箝口令が敷かれたたらしいけど、あれが本当だったらまずいですよね。正同命会に、スマホのメッセージに干渉できる存在がいるかもってことですから」
その子の発言に全員が青くなった。
「スマホは全員が持っているものだけど、日本でいる時とは原理が違う。だから、文面を操ったりすることもできるってこと?」
「やばいっす。メールやメッセージは私たちの大きな情報源で、それを元に方針とかも決まってますから。現に私たちはメールの情報をもとに植草さんを捕らえるように指示があったんっす。第3階層の情報が入ってこないのは植草さんが腹いせに妨害しているからって言われてるんすよ。第三階層の初討伐を逃したやっかみだって。だから植草さんを捕まえるように司令を下されていたんです。でもまさか、こんなことになっているなんて・・・」
ショックを受けたようなウェヌスを、アオたちは慰めることもできず戸惑ってしまう。
「情報が絞られているんですね。オリジンっていうのは・・・」
『待ちなさい。居たわ。あれってパメラって子よね? 夢遊病のようにふらついているけど、間違いないと思う』
エスタリスが指すほうを見ると、そこにはフラフラとした足取りで近寄ってくる一人の女戦士が見えた。うつむいているから顔はよく見えないが、盾と剣を抜いて歩いてくるあの女性は、パメラに違いなかった。
「パメラ姉さん! 私っす! ウェヌスっす! こんなところでなにをしているんっすか!」
ウェヌスが呼び掛けると、パメラはうつろな目を向けてきた。
「パメラ! 心配したのよ! もう! いきなり出ていくんだから!」
「アシェリ! 待って! 何かいる!」
ケイがアシェリを引き留めるのと同時だった。
「ぐるああああああああああああああ!」
パメラの後ろからすさまじい叫び声が聞こえてきた。
それは、まるで大きな壁が出現したかのようだった。身長は4メートルくらいだろうか。固い筋肉に覆われ、その手には大きな斧を持っている。その顔はまるで牛のようで、頭に二本の角が生えていた。
「ミノ、タウロス!? そんな! しかもこの階層のボスよりでかい!」
「ウェヌス! あれ、ヤバくない? この階層のボスより強そうなんだけど!」
いきなりの強敵出現に、ウェヌスたちは慌てて言葉を交わしている。
「ワシらを追ってきたのか? それともパメラ嬢を確保するつもりか? おもしろいの。どれっ!」
「あ! 植草さん! そいつ、見るからにやばいのに!」
ウェヌスの制止を無視するかのように、イゾウがミノタウロスに突撃していく。そして浴びせられた斬撃を、魔物は分厚い筋肉で防いでしまう。だけど、その攻防の結果、魔物とパメラは離れた。その時、アオはイゾウの目的がパメラと魔物を引き離すことにあったと理解した。
「先生!」
「デカブツはワシに任せろ! お前たちは、今のうちにパメラ嬢を! 気をつけよ! 魔物に操られておるかもしれぬ!」
イゾウが叫ぶと同時にケイとアシェリがパメラの元に駆け寄った。アオも慌てて近づくが、パメラはうつろな目をして剣と盾を握り締めるだけだった。
「植草先生があのミノタウロスを防いでいる間に!」
「ぐもおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ケイの言葉を遮るように、ミノタウロスは雄たけびを上げた。すかさずイゾウが斬りかかるが、分厚い筋肉で斬撃を防いでしまう。続く掌底でイゾウを下がらせると、両手斧の柄を地面に勢いよく叩きつけた。
「な、なにを!」
『魔力を地面にばらまいた? いえ、魔力だけじゃない! あれは!?』
エスタリスが厳しい目で地面を睨んだ。その地面が躍動する。地震が起こったように震え出したのだ。そしてミノタウロスの周りの地面から何かが生えてきた。
「が、がう?」
「あ、あれは! まさか!」
地面から生えてきたのは、白い骨だ。手の形をしたそれは肘を曲げて地面を掴むと、身体を持ち上げて這い出ようとしている。頭がい骨が顔を出すと、その全身が土から地上へと現した。
地面から這い出てきたのは、骸骨戦士――スケルトンだった。しかも、1体だけではない。周りの地面も盛り上がり、一瞬にして10体以上のスケルトンが現れた。しかも地面の盛り上がりは収まることなくスケルトンを産み出し続けている。
「あのミノタウロス! スケルトンを作り出したとでも言うの!」
「総員! 武器を構えろ! あの骸骨を仕留めるぞ!」
即座に指示を出したのはさすが正同命会の精鋭と言ったところか。ウェヌスが指さすと、彼女のパーティーメンバーが動き出す。迅速に態勢を整えた彼女たち一向に、アオは思わず舌を巻いた。
「ケイさん! パメラ姉さんは!」
「うん。ごめん。何かに操られているようなの」
悔しそうに言うケイに頷くと、ウェヌスは彼女のパーティーメンバーに素早く指示を出した。
「みんな! あのスケルトンを植草にもパメラ姉さんにも近づけるな! 倒すよりそっちを優先しろ!」
「ウェヌスちゃん!」
ウェヌスは笑顔でケイに頷きかけると、自身も素早く青龍刀を抜いた。
「ケイさんは、パメラ姉さんを押さえてください。あの骸骨は私たちがやります。もたもたしていると、全部私たちで倒しちゃいますからね!」
そう言うと、自身もスケルトンに向かって駆け出すのだった。
◆◆◆◆
「コロ! こいつはちと難しいな。後ろは任せたぞ!」
「はい! 先生!」
叫ぶと同時にコロが突進していく。スケルトンとの間合いを一瞬で地締めると・・。
「はあああああああああ!」
スケルトンを、斜めに斬りつけた。コロに斬られたスケルトンの上半身が斜めに崩れていく。スケルトンは鎧を着ていたのに、それをものともせずに切り裂く様は、さすがとしか言えない。
「スケルトンを、鎧ごと真っ二つ!? スキルを使った気配もなかったのに!」
叫ぶ仲間の言動を気にも止めず、ウェヌスはスケルトンに集中していた。彼女とそのパーティーメンバーは素早く連携してスケルトンがイゾウやケイに近づくのを防いでくれている。
「パメラ!」
ケイの泣きそうな声が響いた。フル装備のパメラはゆっくりとこちらに近づいてきている。まるでゾンビのようなおぼつかない足取りに、アオは思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
今のパメラを殴りつけるのは難しくはない。でもそれは、下手をすると彼女の命を奪うことにもなりかねない。フル装備なのに、それだけ彼女は無防備だった。
「パメラ! ごめんね!」
ケイが矢を放つ。それは狙いはたがわず、パメラの腕を貫くかと思ったが・・・。
かぁぁぁん
乾いた音が響いた。ケイが放った矢は、パメラの鎧にあっさりと弾かれたのだ。アオは矢が飛んだ右腕の鎧が、一瞬だけ巨大化したように見えた。
「そんな! 光魔法で強化した矢なのに!」
「鎧を強化している? 確かにパメラのアビリティはマジックアーマーだけど・・・。ケイの魔法の矢を防げるほどの効果はなかったはずよ」
アシェリが冷静に観察していた。
「そんな! パメラのアビリティ、いつもより強い? これがリビングメイルの本領発揮ってこと?」
無防備なはずなのに、簡単にダメージを与えられるはずなのに、パメラはケイの矢を簡単に防いでしまった。こちらが思っているよりもずっと、鎧を固く強化しているのだろう。
ゆらゆらと揺れながらゆっくりと歩いていたパメラが、次の瞬間にはいきなりスピードアップした。瞬時にケイの前に現れたパメラは、その脳天めがけて剣を振り下ろす!
「があああああああ!」
ぎりぎりのタイミングだった。アオはケイの服を強引に後ろに引っ張ると、左腕でガードしてパメラの剣を受け止めた。刃はアオの皮をあっさりと引き裂き、腕に食い込んでいく。
すごく、痛い。肉を切り裂いた斬撃は、アオの血を容赦なく奪っていく。だけど、下がるわけにはいかない。ここで下がったら、操られたパメラはケイを斬りつけるだろうから。
「がああああああああ!」
アオは思いっきり、右腕を振りぬいた。右ストレートは狙いたがわずパメラの右肩に直撃する。それでも殴りつけてきたパメラの盾を、アオは腕を勢いよく引くことで吹き飛ばした。
無防備になったパメラと目が合った。その目はうつろで、意識があるとは言えない。でもその左手が、腰に差した短剣にかかったのが見えた。
「があああああああああああ!」
「アオくん!」
分かっている! 無防備な彼女に攻撃したら、どうなるかくらい! こういう時のためにイゾウに武術を習ってきたのだ。虎の凶暴性に惑わされず、仲間を守りながら戦えるように!
アオはパメラの鎧の襟首をつかんだ。そして彼女を巻き込むように体を回転させていく。そして腰を密着させると、そのまま彼女を投げ飛ばした。
背中から落ちた彼女は息が止まったようだった。アオは素早く蹴りつけて、倒れ込んだ彼女の短剣を吹き飛ばした。
「パメラ!」
ケイは倒れた彼女に抱き着くと、素早く鎧を外してその心臓に耳を当てた。そして心臓の鼓動を確認して、そっと息を吐いた。
「ケイ。パメラは?」
「大丈夫。息はある」
泣きそうになりながら返事をするケイに、アオもほっと一息ついてしまう。どうやらアオは、パメラを傷つけずに抑えることに成功したようだ。
アオは荒い息を吐きながら周りの様子を確認した。
押し寄せるスケルトンたちは、コロとウェヌスたちが協力しながら倒している。そして、イゾウだった。彼が刀を振るうたびにミノタウロスは大きく出血していた。ミノタウロスはいつの間にか傷だらけになっていて、しかも出血は止まっていない。苦しそうにあえぐミノタウロスは、倒れるのも時間の問題に思えた。
『一息ついている場合ではないぞ。その女の命はまだ助かったわけではないのだからな』
安堵しそうになったアオたちの耳に、そんな声が聞こえてきた。アオだ。ほかならぬアオの口からそんな言葉が発せられたのだ。
「な、なに、いっているの? しゃ、しゃべってる? でもアオくん。そんな冗談を」
『冗談などではない。このままではその女はもう目覚めない。リビングメイルの罠に、魂を掴まれているのだからな』
急にしゃべりだしたアオに、ケイとアシェリが絶句していた。ハトのエスタリスがすさまじい笑みを浮かべているのが見えた。
『絶対にここにいると思ってた。信じてたの。アシェリたちといればきっと会えるって。これは運命ね。私のやろうとしていることを、天が導いているのだわ』
エスタリスは羽ばたきながらつぶやいた。決して大きくはない声だけど、不思議とアオの耳にはよく聞こえた。
『さあ、私を見なさい。きっと私はあなたの役に立つわ。その代わり、わかっているわよね。私の望みを叶えるにはあなたの力が必要なのよ。役者不足とはいわせないわ。ねえ。暴食の魔王、ケルベロス』




