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第80話 四正天のウェヌス

「パメラ~。どこにいるの~」

「お腹すいたでしょう? コロさんの料理が待ってるよ~。カイトくんとフジノちゃんだって、最近はおいしい料理を作れるようになったんだからね~」


 アシェリとケイが声を掛けながら歩いている。呼びかけながら迷宮を歩いているが、返事をする人はいなかった。


「アオよ。何かわかるか?」

「が、がう・・・」


 アオも鼻を活かしてパメラのにおいを追っているが、行方は全く分からなかった。イゾウの問いに、アオはただ首を振るだけだった。


「パメラがすみません。その、いつもは周りに迷惑をかけるような子じゃないんですけど」

「パメラ嬢がいい子なのは分かっておるよ。文句も何も言わずにケイについて来てくれる、心根の優しい子だ。今回の件は、あの子のせいではないかもしれぬ。ワシの・・・、失策だ」


 そう言ってイゾウは深々と頭を下げた。


「い、イゾウさん! そんな! 頭を上げてください!」

「ワシが余計なことを言ったせいだ。すまぬ。皆の心をもっとおもんばかるべきだった。エンコウとエスタリスの出現に、少しばかり焦ったようだ」


 イゾウは頭を起こすと、そっと溜息を吐いた。


「日本に帰れんことが明らかになったとき、パメラ嬢は明らかに動揺しておった。その心の隙を、魔物に突かれたのやもしれん。ワシらには、少なくとも2体の魔物がいるはずだからの」

「あ! そ、そうか! 私たちの中にいる魔物が、悪さをした可能性があるのか!」


 アシェリははっとしたようだった。


『あのパメラと言う子にいる天族が悪さをするとは思えないんですけどねぇ。ワタクシと違ってそれほど戦闘に優れたタイプではないですし』

「へ? エス子はなんか知ってんの?」


 アシェリは目を見開いた。


 ちなみにエス子と言うのはエスタリスのことを言う。なぜか本人もその名を気に入っていた。むしろ自分から『ワタクシのこと、エス子と呼んでもよくってよ!』とかいう始末だった。


『一応、ワタクシの部下でしたから。パメラと言う子の中にいるのは、スクトゥムよ。守りに特化した子で、本人もおとなしい性格をしていたわ。あの子が、人間とはいえ弱った女性に干渉することはないはずよ』

「とすると悪さをしていたのはもう1体の魔物か。そちらのほうは分かるか」


 イゾウの言葉に、エスタリスは羽をはばたかせた。


『さすがに魔族の名前までは。有名な個体なら別ですが、どの魔物までかは把握していませんもの。でも、アビリティから大体の予想は付きます。あれはたぶん、リビングメイルよ』

「リビングメイル・・・。動く鎧ですね」


 コロの言葉にエスタリスはうなずいた。


『ワタクシの世界のリビングメイルはガス生命体よ。鎧の中をガスで満たし、まるで生きているかのように動かすの。まあ動きは単調だし、技術もへったくれもないんだけど、ワタクシの世界には特殊な武器もあったからね。それを装備したリビングメイルはちょっと厄介でしたわ』

「確か、パメラのアビリティは、鎧とかの強化だったよね? そうか。ガスなら下手に具現化せずに顕現できるってことか・・・。パメラの身体を鎧のように操れば、かりそめの自由を得ることだって!」


 顔を青ざめさせるアシェリに、エスタリスは説明を続けた。


『ちなみに、リビングメイルには気味の悪い特性を持っていますわ。鎧の中に潜むことができるの。宝箱の中にある鎧に潜んで、そして対象が鎧を装着したら、そのまま対象を操るのよ』

「なるほどな。鎧自体が罠になるわけだ。だが対処法としては、先ほど言っていたようにすればいいというわけか?」


 テンポよく会話する2人に口をはさむことはできない。


『ええ。洗脳というと魂まで操れなくて魔法を使えなくなりますが、リビングメイルのそれは特殊ですからねぇ。本体は魔法を使えば倒すこともできますし、予定通り凍らせれば問題はありませんわ。でも、心の奥深くまで憑りつかれている場合は・・・』

「がう!」


 エスタリスを止めたのはアオだった。アオの鼻は、この先にいる6人の探索者を捕らえていた。


 わずか漂ってくるにおいは、あの聖戦士風の鎧のものだった。


 エスタリスが飛び出してそのまま勢いよく突き進んだ。そして何か魔法を使った後、すぐに戻ってくると、そのままアシェリの前に浮いて羽ばたいた。


『この先に、6人組の探索者が待ち構えていますわ。前にアシェリがまとっていたような鎧を着た戦士たちです。立ち位置からして、リーダーはあの牛みたいな角を生やした橙色の髪の女の子ですわね。年は、かなり若い? 年の割に体格のいい子ですわ』


 報告してくれたエスタリスに、アオは目を見開いてしまう。


「おおう、さすがだな。鳥は暗いところでは目が見えぬと聞くが、お主はその限りではないのだな」

『見えづらいのは確かですわね。でも、ワタクシにはスキルがあります。あの距離なら敵の数を数えることなど造作もありませんわ』

 

 暗がりの中でも役に立つことを証明したエスタリスだった。


「橙の髪の、大柄な女の子? それってウェヌスさん?」

「ウェヌスちゃんかぁ。あの子なら、一応お話はできるかな?」


 ケイはほっとしたように言った。アシェリすらも構えを解いている。


 正同命会の一人がこちらに走り寄ってきた。どうやらエスタリスを追ってきたようで、その女戦士はアオたちを見て後ろの味方に呼び掛けた。


「ウェヌス! 植草よ! 植草が、こんなところに! 上良もいる! 間違いない!」

「なにぃ! こんなところにいたのか! 速くアイツを確保しないと! あいのせいで私たちは!」


 女戦士の呼びかけにどたどたと走る足音が聞こえてきた。


 近寄ってきたのは赤銅色の肌をしてウシの様な角を生やした体格のいい若い少女だった。例の聖騎士風の鎧を着て、その右手には青龍刀のような武器を握っている。ちょっといかつい顔の彼女は、アオたちを―――ケイを見て目を見開いた。


「ウェヌス! 植草で・・・」

「ああ! ケイさんじゃないですか! 探したんですよ! お前! 報告は正確にしないとダメだろう! ケイさんがいらっしゃるじゃないか!」


 ウェヌスは女戦士を一喝すると、妙に優しい声でしゃべりだした。


「本当にもう。この子といい、うちの男どもと言い・・・。最近新しく塔を探索するようになった人も全然いうことを聞いてくれないんすよ。でも私が来たからにはもう大丈夫です。本部にもどりましょう! あいつらは私がなんとかしますから」

「ありがとう。ウェヌスさん。パメラを見なかった? こっちに言ったと思うんだけど・・・」


 ウェヌスは考え込むような顔になった。


「私たちは第3階層から帰ってくる途中ですが、パメラ姉さんは見ませんでしたよ。あ! でも、この先はふたまただから、そっちのほうに行ったかも? 案内しますよ! あの先は噴水があるから、そっちに行ったのかもしれませんし」


 そう言って奥へと走りだすウェヌスだった。敵対するかと思いきや、あまりに友好的な態度にあっけにとられてしまう。ウェヌスのその態度に、彼女のパーティーメンバーも戸惑っているようだ。


「が、がう?」

「ウェヌスさんはね。正同命会っていうよりも、ケイに懐いているのよ。魔物との戦いで彼女の顔が傷つけられた時、真っ先に動いたのがケイでね。あっという間に回復して、そこでの会話で感動したとかで、それからは私たちの前でも話すようになって。まだ中学生くらいで小さいけどいい子なの。私たちの前ではしゃべってくれるし」


 私たちの前で、と繰り返すところにウェヌスの人見知りな性格が見えた気がする。

 

「あ、でも気を付けてくださいね! ここにはなんか、ハトのような魔物が潜んでいるみたいですし。そいつ、かなり高度な魔法を使うらしくて。小さいけどかなりやばい魔物らしいです」

「それってこの子のことかな?」


 アシェリが腕を上げ、腕にとまっているエスタリスを見せた。


「なななな! アシェリ姉さん! 離れて! そいつ、かなりやばいんです!」

「大丈夫よ。この子、私の魔力で作り出した子だから」


 アシェリが説明すると、ウェヌスは目を丸くしたのだった。

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