第8話 門の手前で待ちぼうけ
呆然としてしまった。
街に行けるかと思ったら、塔の中に引き戻された。座り込んだアオは呆然とすることしかできなかった。
「アオさん! 大丈夫かよ!」
慌てて駆け寄ってきたシュウに、放心したまま頷いた。
「おいおい! 大丈夫かよ。くくっ。お前、まさかふっとんじまうとはな」
「レンジ!」
レンジやオミが言い争っていたが、アオはそれにも反応することができない。
正直、ショックだった。アオにとって街に行くのは楽しみなイベントだった。なのに、思わぬ理由で足止めされてしまった。まさか、門に弾かれてしまうなんて思わなかった。
「みんなどったの? 遅くない?」
戻ってきたアキミにも、アオは言葉を返すことができない。
「いや・・。その、アオさんが戻されちまってな。街に行こうとしたら吹き飛ばされちまった」
「なにそれ。意味わかんないんだけど。オミさんやサナ姉はなんか知ってる? アオと同じようになった人、見たことある?」
オミは首を振った。サナも困ったように首をかしげている。
「だが聞いたことはある。なんでも魔物に追われた探索者が門に逃げ込んだことがあったそうだ。そんときは探索者は転移したが魔物はそれっきりで、どうやら魔物は塔から出られないらしい」
「魔物が追ってこられなかったのは、さっきの彼みたいに弾かれてしまったのかもしれないわね」
ぎょっとしてしまう。
もしかしたら、と思ってしまう。もしかしたらアオは、探索者ではなく魔物に転生したのかもしれない。それならば、オミや、シュウにとってアオは!
「てめえ! 魔物が化けてやがったか!」
「レンジやめろ! テツオもだ!」
オミがいきり立つレンジを、そして剣を抜こうとしたテツオを止めてくれた。アオはおろおろすることしかできなかった。
「ま、待てよ! アオさんが元日本人なのは確かなんだ! 魔物なんかじゃない! ちゃんと話せる相手なんだ!」
「だが現にこいつは門に弾かれた。この塔がこいつを魔物と認識したってことだ! つまりこいつは!」
テツオが剣を抜いた。アオは涙目になってしまう。今日会ったばかりだけど、彼らは友好的な相手だったはずだ。襲われても、反撃しようなんてアオは思いもしなかった。
オミは溜息を吐くと、シュウのほうを見た。
「テツオ、やめろ。シュウ。こいつは本当に日本人なんだな? 俺たちと同じようにここに転移した一人なんだな?」
「ああ。それは間違いない。食べ方も日本人だったし、こっちの言葉もわかっているようだ。日本語で文章を書いたこともあった。少なくとも、アオさんには日本で生きてきた記憶がある。スマホが壊れているから、そのせいでエラーが起きてるのかもしれねえ」
シュウが冷静に答えると、オミは何か考え込んだ様子だった。
「オミ!」
「俺たちは半年前にわけもわからず転移した。あのふもとの街でどうすればいいかわからず戸惑ったのを今でも思い出すよ。あのメールを見てふざけんなって思ったこともな。でも、こいつは違う。こいつだけは、今日いきなり現れて、でも俺たちのような能力はない」
「ああ! だから!」
食い下がるレンジをオミは手で制した。
「こいつはスパイかもしれねえだろ! なんで止めんだよ!」
「スパイ? なんのだ? 確かにこいつは俺たちとは違う。でもこいつを殺すほうがまずいことになるかもしれない。そうだろ? シュウ」
シュウは安心したようにほっと息を吐いた。
「ま、そういうことだな」
レンジは意味が分からないような顔をした。オミが説明を続けてくれた。
「こっちでの生活に慣れてきたとはいえ、結局のところは俺たちに何が起こっているかは一つも分かってねえんだ。気づいたらこの島に閉じ込められていて、帰れなくなった。『大失踪』のせいだとかいうヤツもいたけどよ。いきなりアビリティだのスキルだのが発現して、そんで魔物を倒せば金を稼げて、塔を攻略する羽目になった」
「だから!」
食って掛かるレンジを見て、シュウが説明を引き継いだ。
「生活サイクルが落ち着いたからって、分からないことだらけのままなんだ。俺たちはよ。そんなときに、アオさんが現れてくれた。俺たちと同じだけど、全然違う。アオさんといれば、いろんな謎も分かるんじゃないかと思ってな」
どうやらシュウはそんなことを考えていたようだ。でも構わない。何も知らないアオに、シュウは手を差し伸べてくれた。その恩を返すのに迷うことがあろうはずはなかった。
「がう!」
「おお! アオさんも気になるだろう? 詳しい事情を知ればいろいろ気になることも出てくると思うぜ。しかしどうすっかな。アオさんがここから出られないとなろと・・・」
「あたし! 見ててあげようか?」
アキミが話に入ってきた。
「シュウさんは、なんにしろ一回帰んなきゃいけないでしょう? 前のパーティーと話さなきゃなんないし。食糧だってあんまりない。アオの服も買わなきゃいけないしね」
「そうだな。あー。どうすっかな」
アオはシュウと行くつもりだった。見てくれだけはいかついアオがいればある程度の抑止力にはなるはずだ。でも、アオが街に行けないとなると・・・。
シュウは困ったような顔でアオを見た。
「アオさんのスマホ、壊れているだろう? ここで別れたら連絡が取れないからアキミがいてくれると助かるけど、でもなぁ」
どうやらシュウはアオのことを心配してくれているようだ。アオがどこかアキミを苦手としていることを察したのかもしれない。アキミはアオを勧誘しようとした前科もある。
でも、シュウの足を引っ張ることにアオは我慢ならなかった。
「がう! がう!」
アオは自分とアキミを指さした。ここに残ることを示したつもりだが、シュウは眉を顰めたままだった。シュウにとってもアオとアケミだけ残すのは不安なのだろう。
「しょうがねえな。おい、サナ。頼めるか?」
「分かったわ。確かにアキミだけ残すのは不安だし」
そう言うと、オミはシュウを見つめた。
「アキミだけじゃ、あれだしな。ウチからサナもつける。こう見えて、サナは腕っぷしも強いし頭も切れる。こいつがいりゃあシュウも安心だろう?」
「俺も残るぜ。今から街に戻るなんてたりぃからよ」
レンジが首を押さえながらそんなことを言った。オミとサナが無言でレンジを睨んでいる。一見まとまっていそうに見えるこの人たちもなんかいろいろありそうだ。
「僕も残りますよ。万が一虎君が暴走したら、受け止める前衛が要るでしょうし」
「!!! ちぃ! このメガネが! 俺だけで十分だろうに」
遮るように言ったサトシを、レンジが睨んでいた。オミは溜息を吐くと取り繕うように説明してくれた。
「シュウはあんまり街に長居するつもりはないんだろう? ウスハたちと話して、買い出しをして、ここに戻ってくる。お前がアオをそのままにしておくつもりはないだろうからな。その間くらいなら面倒は見てやるよ。ま、乗り掛かった舟というヤツだ」
「がう!がう!」
オミ達の言葉に同意するかのように、アオは吠えた。シュウは溜息を吐くと、上目遣いでアオを見た。
「なんか済まねえな。すぐに戻ってくるからよ。それまで少しだけ、ここで待っていてくれや」




