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第78話 3つの世界と3つの魂

 それは、偶然に起きた事件だった。


 対魔物討伐の演習を行っていた第4師団は、新たな魔法を試運転する中、突如として異世界に転移させられた。既に存在を認知されていた、無魔の世界とは別の異世界に飛ばされてしまったのだ。


 戸惑いながらも、元の世界に帰ろうとした彼らだったが、その道のりは平坦なものではなかった。幸いなことに食糧はそこそこにあり、天族の中でも選りすぐりの精鋭部隊だったが、それでも旅路は困難を極めた。


 天族が天族たるゆえんのスペシャルが、この世界ではほとんど使えなかったからである。


 この世界には天族たちの世界以上に魔力が満ちている。魔法もより強力なものになるはずだが、熟練の戦士であってもたびたび暴走を引き起こし、仲間さえも傷つけてしまっていた。そんな制限は日を追うごとに強くなり、簡単な魔法を使うのにも命がけになっていった。そして、天族として存在することすらも許されなくなり、消滅してしまう仲間まで現れたのだ。


 強ければ強いほど世界から弾かれてしまう。そんな絶望の状況の中、それでも彼らはあきらめなかった。仲間と物資を失いながらも戦い続け、自分たちの世界に帰還する方法を探り当てた。


 そして、彼らは生還した。指揮を執った代第4師団長の命を賭した秘術によって、生き残ったわずかな天族は、この世界の魔石と情報を持ち帰ることができたのだ。



◆◆◆◆



『彼らが持ち帰った魔石を調べた結果、恐るべき事実が判明したわ。ただ偶然に拾ったはずのその魔石から、ワタクシたちの世界でも作り出せないくらい、高レベルの魔力が込められていたのよ』


 静かに語り続けるエスタリスに、誰も何も言えなかった。


『その魔石は、文字通り戦況を一転させた。それまで手も足も出計った魔王を、魔石から作り出した魔道具によって倒すことに成功したのよ。当時の天族は確信したのね。もっとこの世界から魔力を運ぶことができれば、天族が世界のすべてを支配することも可能ではないか、と』

『ふん。何とも不愉快な話よ。もとより害鳥どもはそれほど強い種族ではなかった。こ奴らの王族とやらはまれに厄介な者も現れたが、所詮は突然変異というやつだ。魂立に達しないものがほとんどだった。数が多いだけのたかが害鳥だったのにな』


 吐き捨てたエンコウの声は、忌々しさがまるで隠せていなかった。


「そして、それは今に続くわけね。天族という種族は覇権を取るためにこの世界を目指した。そしてこの世界と、この世界で自在に力を発揮できる方法を探った。それが、私たちがここに呼び出された理由?」

『・・・ええ。そういうこと、よ。あなたたち人間と塔を転移させたのも、塔で魔物と戦うように仕向けているのも、すべては計画のため。この世界で、ワタクシたちが力を発揮するためのね』


 絞り出すように説明するエスタリスは苦しそうだった。だけどアオたちは聞かなければならなかった。アオたちがこの世界に連れてこられた理由が、当事者から語られているのだから。


「もう一度問おう。ワシらが塔を攻略するのが、お前たちの計画の一部だということなのだな」

『そう。この世界で自由に動ける体を作るために。中途半端な状態で体を乗っ取っても魔法を使うことができないばかりか世界に攻撃されてしまう。強ければ強いほど否定されてしまうの。そうならないために専用の体を作り、その上で2つの世界の魔力にしっかり馴染ませる必要があった』


 エスタリスの言葉に、思わずアオは顔を上げた。


『うまいことを考えたものよ。わずかにでも我らの魔力になじんでおれば、この世界に魂ごと弾かれる。だが、魔力というものがない世界の魂だったら? 弾かれず、この世界でも生きていけるわけだ』

『そして、少しずつ時間を掛けて魔力を馴染ませていけば、この世界でもスペシャルを使える身体を完成させることができる。そうしてから乗っ取ることで、私たちはこの世界でも戦える存在になれるのよ』


 アオは理解してしまう。探索者たちにアビリティとスキルという2つの力が授けられたわけを。あれは、魔力のない人間の体に、天族たちの魔力を少しずつなじませるために与えられたものなのだ。


「俺たちは実験動物じゃない! そんなの、許されるかよ! だ、第一、うまく魔法が使えるかなんてわかんねえじゃねえか!」

『ふん。残念ながら実績があるのよ。お主らの魂を使えばこの世界でも力を発揮できる体を作れるとな。ルシファーの奴が、それを証明してしまった』


 激高するヤマジに、エンコウは鼻を鳴らした。目を見開くエスタリス。エンコウ自身も、一瞬だけまずいという顔をしたが、何も起こらないことに気づくとにんまりと笑ってみせた。


『名前が、言えた? そうか! つまり天族は!! クククク。仲間割れとは! 天族とやらも本当に愚かよな』

『くっ! 黙りなさい! 天族そのものを悪しざまに言って!!』


 エスタリスは反論したが、ニンマリと嗤うエンコウに唇を引き結んだ。イゾウはエンコウを一瞥すると、エスタリスに厳しい目を向けた。


「貴様らは魂をいじったと言ったな。それはどういうことだ?」

『・・・・! そ、そうですわね。専門家の前で言うのは恐縮ですが、説明させていただきます。例えば一つの体に2つの魂があった場合、ちょっとした接触で弱い魂はどんどん弱っていきます。無意識に攻撃され、消耗していくわけですね。これが進み、天族だけの魂になったら世界から攻撃されて消滅してしまいます。これを防ぐには、異なる魂を追加することがカギになる。いわゆる3すくみの状態になり、一方的に攻撃されることは少なくなるのですわ。この状態を維持するために少し魂をいじっているというわけです』


 3つの魂――エスタリスら天族の魂と、エンコウたち魔族の魂、そして探索者の、人間の魂。探索者の体の中では3種類の魂がひしめき合っているのかもしれない。


「わけ、わかんねえな。天族のこととか魔族のこととか、世界が3つあるとか、正直頭がこんがらがってきたぜ。てか、短期間にいろいろありすぎだろ? この世界を見つけて、俺たちの魂から新しい体を作る? いや、無理だろ! 実験に検証だけでどれだけ時間が掛かるってんだ!」

「そ、そうよね? 展開が速すぎる! エス子の話だと、天族が私たちの魂を奪いだしたのは120年ほど前って話よね? 時期、合わなくない? だって、初めてアメリカで大失踪が起こったのって、私たちが日本にいたころの5年ほど前のことだよね?」


 異世界の場所とそれにあった体の作成、そしてスキルやアビリティが本当に使えるかの検証――これらすべてのことをやってのけるには1年や2年では足りないように思う。


 次の瞬間、発言したアシェリの顔が白くなる。他にも、顔色を変えた人を何人も見かけた。アオ自身も、自分が呆然と目を見開いていることが分かった。


「つまりはそれだけの時が経っておるということよ。天族が魂を回収したのははるか昔の話で、ここに我らが召喚された時期とは違う」


 そう結論付けるイゾウの顔は苦渋に満ちていた。


「我らが日本で生きた時代は、はるか昔の出来事と言うわけだ。この世界でも活動でき、しかも魔力を使える身体を作るのだ。相当の時間が必要なのかもな」

「そんな! うそようそ! そんなわけはないじゃない! 塔をクリアすれば、私たちは帰れるんじゃなかったの?」


 パメラが取り乱している。普段はほんわかした彼女が、今はなりふり構わずに噛みつき続けている。


「そう、だよな。明言はされていなかったけど、景品って聞いて日本に帰ることを考えたやつは多いんじゃないかな。俺もその口だ。俺も、塔さえクリアすれば日本に帰れるんだって思ってた」

「俺もだよ。あ! そうだ! 仮に100年以上だったとしても帰る方法はあるんじゃねえか!? だってこの世界には魔法があるんだぜ? 魔法を使って時間を戻せば!」


 エイタとタクミが明るい話題を探していた。


『はっはっはっはっはっは!』


 話を遮ったのは笑い声だ。エンコウが大口を開けて笑い狂っている。


「な、何がおかしいんだよ!」

『いやいや、100年もお前たちのために時間を戻そうとはな。無謀で大それたことを言うもんだと思ってな。くくくく。ワシらの世界で最も優れた男ですらも、時間を緩めるのがやっとだというに』


 エンコウの言葉に、2人は顔を赤くして黙り込んだ。


『魔法は、すべてにおいて万能と言うわけではありませんわ。できることとできないことは依然としてある。時間を操るなんて、本当に限られた天族にしか実現できない技術です。まして、100年も時を戻すなんて、さすがに誰も成し遂げられない』


 それからは、誰も何も言わなかった。みんな悲痛な顔で、何かを考えこんでいる。


「イゾウさん。すみません。イゾウさんの話は衝撃的で、簡単に受け入れられることではない。すこし、考える時間が欲しい。僕自身も、いろいろ考えたいんです」

「そうさ、の。考える時間は必要か。エスタリスやエンコウが反応してくれたからと言ってそれが正しいとは限らんしの。よし、今日はこれまでとする。詳しい話はまた後日ということにしようか」


 イゾウの言葉に、その場は解散ということになったのだった。

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