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第77話 異世界転移の理由

 アパートの会議室に全員が集まっていた。ホワイトボードの前にある教壇にはイゾウがおり、それに向かい合うようにアオたちが座っている。


「爺さん。全員を集めたけど、これでいいのか」

「ああ。シュウ。すまんな。コロも夕食の仕込みがあるのに、悪いな」

「いえ。最近はカイトくんとフジノさんも手伝ってくれるから、手間は減っているんですよ。それよりも、改まって話とは?」


 イゾウは静かに目をつむった。


 しばらく時間だけが過ぎていった。誰も何も言わない。イゾウが口を開くのを待っているのだ。


『くくくくく! 腹の座らんことよな。この期に及んで言い淀むとは。言えぬならワシが言うてやろう。お前たちは!』

「エンコウ。少し黙りなさい」


 サナが慌てて言うと。エンコウの口元が氷で覆われた。どうやらエンコウをしつけているのは作り手のリクよりもサナのようだった。


 そのやり取りにどこか吹っ切れたのか、イゾウは話し出した。


「お前たちは、どのように考えておる? ワシらがこの世界に集団転移したことを」


 イゾウの言葉にユートたちは顔を見合わせた。


「えっと、最初の頃は物語みたいだと思いました。アニメとかでよくあるんですよ。主人公が異世界に転生して、地球での知識をもとにいろいろ活躍するって。なあ」

「ああ。なんかマンガの主人公になったみたいだって思ったよな。家族と離されて拉致されたかもっと思って焦ったし、アビリティが使えなおいものだと知ったときはがっくり来たけどさ」


 アオもアニメで見たことがあった。確か、神様から能力をもらった主人公が異世界で無双するという内容だ。中にはアオのように魔物の姿に変わった主人公の話も、あったと思う。


「そうだな。俺は就職前で働き始める前だったから、うん。喜んだ面もあった。やっぱり社会人になるのが不安だったからさ。でもすぐにそんなに甘いもんじゃないって思い知ったよ。人が、簡単にいなくなっちまう状況になったし」

「私も今までの経験が生かされるかもって思ったけどね。そんな夢みたいな世界じゃないってすぐにわかったわ。まあ、頑張ったって言っても全国大会にも出ていないんだからしょうがないんだけど」


 どこか自嘲気味につぶやいたサトシとアシェリだった。2人はアオと目が合うと力なく笑っていた。


「私も異世界転生に喜んだ口だけど、もうこりごりかなって思ってる。イゾウ様に会えたのはうれしいけどね。そろそろお母さんたちやお姉ちゃんと会いたいし」

「そうですね。デスゲームみたいな環境はもうたくさんです。昨日まで元気だったはずの人が、帰ってこなくなるのは。いい人ほど、すぐにいなくなってしまいますから」


 パメラが言うと、カイトも同意するように続けた。イゾウは悔し気に口を結んだ。


「実は、ちょっとだけ期待しているんだ。塔をクリアした景品ってやつをさ。あたし。第5世代だけど日本にいたころとほとんど身体が一緒なんだよね。だから、例えこの姿のまま帰っても・・・。 ? イゾウ様?」


 表情の変化にやっと気づいたパメラはいぶかし気だった。イゾウは、彼にしては珍しいことに、ぎこちなく笑うと真剣な顔でアオたちを見回した。


「すまんな。これから話すことはあくまで最悪の予想だ。だが、エンコウやエスタリスの話を聞いての予測ではある。誰かに何かを吹き込まれる前に、皆に話しておきたかった」

「へ? い、いや、それは特に問題はないですけど?」


 イゾウがあまりに真剣に言うものだから、パメラも戸惑ったようだった。


「異世界転生が本当に成し遂げられたとして、それはどんな人物がワシらを転移させたと思う?」


 イゾウはどこか緊張感のある顔で尋ねてきた。


「そりゃあ・・・。神様かなんかだと思うけど・・・。どんなだろうな?」

「あれだよ! きっと退屈してんだ! そんで俺たちが活躍する姿を楽しそうに見ている! テレビやアニメでも見ているようにな!」

「あるいは笑っているかもしれない。ファンタジーみたいな恰好をして、必死で武器を振り回して。あいつら、よくやるよってね。デスゲームの主催者ってそんな感じだろ?」


 盛り上がるタクミとヤマジに冷や水を掛けるようなアキラだった。そんな話をする面々に、イゾウは深々と頭を下げた。いきなりの行動に度肝を抜かれたのはユートたちだけではない。アオやシュウだってそうだった。パメラなんて、本当に驚いた様子で目を剥いている。


「イ、イゾウさま! な、なにを?」

「すまぬ。ワシは今から不吉なことを言う。だが、エンコウやエスタリスの言葉を聞き、我らの現状を思い起こせばそう言う結論になってしまうのだ」


 ここにきて、彼らはイゾウが真剣な話をしていることが身にしみてわかったのだ。


「えっと・・・。植草先生は何か気づいたんですか? 俺たちがここに連れてこられたことに」

「正確なことは分からん。だが、単なる娯楽や余興ではない、もっと邪な企みだと思うておった。本格的過ぎるのよ。ワシらに起きた事象というヤツがな」


 アオはごくりとつばを飲んだ。イゾウが言っている意味が、分かったような気がしたのだ。


「そうだな。仮にこれがデスゲームかなんかだとしたら相当な金がかかってるよな。700人に近い人数を拉致監禁したことに加え、一人一人にスマホだろ? さらに、アビリティやスキルなんてわけわかんねえものも投与されている。しかも、俺たちが暮らす街や攻略する塔まであると来たもんだ。犯人は石油王かってくらい豪勢だよな」


 冗談めかしたように言うシュウだが、イゾウの表情は腫れない。絞り出すような声で説明を続けていった。


「ワシはの。ずっと感じておったのだ。ワシらをここに誘った者たちの悪意を言うヤツをな。単にワシらが苦しむのを見るためだけではない。明確な目的があって、ワシらをこの場所に誘ったのではないかと思うのだ。ワシらにしかできぬ何かをさせるためにな」

「俺たちにしかできない、なにかを・・・」


 オウム返しのように言ってしまたユートだった。


『よ、よせ! やめろ! おい裏切り者! いいのか! こ奴は、ワシらの秘密を暴くつもりなんだぞ! お前の裏切りも!』

『今さら焦るなど見苦しい。ワタクシのほうはとっくに覚悟はできている。暗いあの部屋の中で、考える時間は十分にあったのだから』


 堂々としたエスタリスにエンコウは言葉に詰まってしまう。イゾウはそっとうなずくと、真剣な目でアオたち一人一人の顔を見つめていった。


「今エンコウに会い、エスタリスと接触したことで明らかになりつつあることがある。我らについてだ。現状についてこういう予測があったな? 我らは集団でここに転移され、2体の魔物に憑依されたことで姿が変わったと。だが、憑依されただけで姿かたちが変わったなど、ワシは信じられなんだ。もっと根本的なことをされたのではと。その根拠が魔力だ」

「魔力、ですか?」


 首をかしげるパメラにイゾウはうなずいた。


「この世界が魔力と言う未知のものに満たされた世界なのは皆も実感しておろう。アビリティやスキルの源であり、これを使うことで炎や氷、身体の強化など様々なことができる。だがこの力はワシらの世界にはなかった。あったとしてもごくごく微量だったはずだ」

「そうですね。確かに日本では聞いたことがなかったですし、この世界に来るまで触れたことはなかった。つまり魔力をあやつるすべがあることが、植草先生が単純に転移したわけではないと思う根拠ですか?」


 ユートの言葉にイゾウは静かに頷いた。


「で、でもさ。それって憑依した魔物のおかげかもしんねえじゃん。憑依した魔物が魔力の使い方を知ってて、それで俺たちも魔力を使えるようになったとか?」

「アビリティやスキルが魔法のようなものだけならそうかもしれぬ。だが、剣術スキルのように身体を操って技を放つものまで存在するのだ。魔力を操るだけでそれが成し遂げられるとは思わぬ。それに」


 そう言うと、イゾウはそっと、視線をケイに向けた。うつむいていた彼女は、静かな口調で話し出した。


「私のオリジンは、傷ついた体の一部を魔力で再現し、結合させることであたかも傷を癒したようにするものです。術を掛ける前に対象の体を診断する必要があります。その時に気づいたのです。私たちの体の中に、日本での姿にはありえない器官が自然な形で備わっていると。魔力を操るための、器官だと思います。これは後天的につけられたものじゃない」

「なに・・・、それ。私たちは転移したときに根本的に変えられて、魔力を使えるようになったってこと?」


 アキミの言葉に、ケイが静かに頷いた。


「つまり、僕たちは作り替えられているってことですか? この世界に生きていけるように? 確かにショックなことですが、生きていけるようにしてくれたなら、そこまで目くじらを立てることでもないような?」

「違うよ。カイトくん。多分そこじゃない。私たちが魔力を使えるように作り替えられたとして、問題はどうやってそれを成したかと言うことだと思う。私たちの中には、2体の魔物がいるんだよね?」


 カイトははっとしたようにエンコウを見た。そして、アシェリの肩にとまっているエスタリスにも目を移す。エンコウは怒りをこらえるような表情でイゾウを睨み、エスタリスは静かな顔でうつむいていた。


「なに、それ・・・。私たちの身体は、私たちと他2つの魔物が、混ざり合ってできているってこと!?」


 フジノの悲痛な叫びがアオたちの思いを代弁していた。



◆◆◆◆



『叫びたいのはワシのほうだ! 高貴なワシの体が、お前たち下等生物と混ざり合うなどとはな! しかも、新たな体を動かすために魂までも制限を掛けるだと!? なんたる屈辱! 苦労して魂立まで成し遂げたのに、まさかそれを利用されようとは!』


 エンコウが叫んでいた。


「魂・・立?」

『ふん! 所詮は下等生物! 魂立すらも知らぬとは! 小憎らしいことにワシらも自分の世界では肉体を持って生まれ出でてくる! 本来なら肉体の消滅とともに消え去るはずだが、死ぬまでの間に魔力を鍛えることで肉体が滅んだ後も存在することができるのだ! 魂だけの姿になっても存在できるよう進化することを魂立ということよ!』


 あっけにとられた一同を無視してエンコウは説明し続けた。


『体など、魂が出来上がるまでのゆりかごに過ぎぬ! だが! この体というヤツは世界で動くための重要なものだ! 魂だけの姿ではながらくは生きられぬからの。元の体はワシら自らが手ずから作った貴重なものであるのに! それを! あの害鳥どもめ!』


 怒りに震える声がイゾウの言葉を肯定していた。


「ちょ、ちょっと待って! 私たちは、天族たちの体を作るために合成されたって言うの? キメラってやつ? なんで? なんでわざわざ私たちの体を使うの?」

「おそらく、必要だったのだろう。魔力すらも使えぬと下に見ていたワシらの魂こそが、この世界を攻略するためのカギだった」


 今度はエンコウが押し黙った。


『貴様・・・。何を知っておる』

「お前が言ったではないか。『この体ならば世界に弾かれずに力を使える』とな。リヴィアも言うておった。ここの魔物ははなれた場所まではいけない。すぐに崩れてしまうとな。つまり、単に天族や魔族の体を転移させただけではこの世界になじむことはできんかったわけだ」


 淡々と分析するイゾウを、エンコウは睨むことしかできない。


「だが不思議よな。この世界はお前たちの世界なのなら力が弾かれてしまうのは難儀なことよ。よほど世界に嫌われるような悪事を働いたか」


 イゾウは上目づかいでエンコウを睨んだ。


「あるいは、この世界ではお前たちも侵略者に過ぎないか」


 アオははっとした。てっきりエンコウたちはこの世界の住民で、アオたち地球の人間が召喚されたのだと思っていた。でも確かにアオたちはこの世界のことを何も知らない。エンコウたちがこの世界の住民だと知らしめるものも何もないのだ。


「じゃ、じゃあ! こいつらが私たちをこの世界に連れてきたのって!」

「ああ。強い体を作るためだけではない。この世界でも自由に力を使える身体を作り出すために、我らを利用したということだ。体どころか、魂すらも弄ってな」

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