第76話 エンコウとエスタリス
「きしゃああああああ!」
「ほうっ! ほおぉー!」
帰ってくるなり耳に入ったのは動物の鳴き声だった。
魔線組の構成員や町の人たちにオリジンを授けた後、アオたちは挨拶もそこそこにアジトに帰ってきたのだけど、地下からけたたましい鳴き声が聞こえてきた。
「が、がう?」
「そうだな。シュウたちなら大丈夫だとは思うが、万が一と言うこともある」
アオはイゾウと頷き合った。そして、地下の道場に向かって下ていく。
地下の扉を開けたアオたちは、2匹の獣が走り回る姿を目の当たりにした。
『では教えて差し当てますわ! この猿はあたかも自分が有利なようなことを言っていますが、主導権はあくまで体を作った人にあります! 目を閉じて、一心不乱に念じてごらんなさい! 創造主なら、今の状態でもワタクシたちを思い通りに動かすことだって可能ですわ! その証に、この体は宿主から一定以上は離れることはできませんの!』
『こ、このくそどりがぁぁぁ! ワシの、ワシらの秘密を何の代償もなく!』
猿は怒り狂って手を伸ばすがハトは余裕を持って躱していく。地面を素早く駆け回るが、ハトは上空を得意げな顔で飛び回っている。
『うふふふ! ねえお猿さん。その程度なの? 自分で偉大と言っておきながらその程度?』
『この! 害鳥の分際で! 雷鳴とか呼ばれて調子に乗りおって!!』
猿が大きく息を吸い込んだ。それを見たハトは急上昇するが、何かに気づいたように急に人のいない所へ進路を変えていく。
『このくそ鳥があああああ!!』
息とともに吐きだしたのは、大量の炎! レンジにも劣らない大量の火炎は、しかしハトには当たらない。縫うように滑らかに飛び回り、かすりもせずに避けていく。
『うふふ! あなたごときがワタクシを捕らえられるとは思わないことよ! うふふ! 高貴を自称しているくせにこの程度!』
『貴様こそ! 事の元凶のくせに守護者気取りか!! 天族を名乗るくせに、邪なることこの上ない!」
2匹の戦いはし烈を極めている。強大なスキルとアビリティのぶつかり合いに、誰もが手を出すことができない。
駆けまわる2匹の獣にあっけにとられていると、リクがこちらを振り返った。
「あ、イゾウさんにアオ。おかえりなさい」
「ああリク。今戻った。これは何の騒ぎだ?」
イゾウは2匹をあきれた様子で見ていた。エンコウの攻撃はハトには当たらないものの、かなり凶悪だった。おそらく、これがアビリティとスキルの本当の姿で、すさまじいことこの上ない。ここを使えないばかりか、彼らを止めることも難しいだろう。
「えっと。アイカちゃんとアシェリさんもオリジンの構築に成功したんですけど、アシェリさんの作ったハトが魔物に乗っ取られたみたいで。いろいろ話してくれているんですけど、いきなり僕のエンコウが攻撃し出して」
「あのハト、エスタリスって名前らしいけどよ。めちゃくちゃ協力的でな。いろいろ説明してくれそうなんだけど。どうやらエンコウにとって知られたくない話もしてくれてるようで、口を塞ごうと躍起になっているのさ。情けないが、俺たちもどうしたもんかと思ってな。下手に手を出すとやっちまいそうな感じもするしよ」
困惑顔で言うシュウに、申し訳なさそうに頭を下げるアシェリだった。イゾウは溜息を吐くと、ずんずんと両者の間に進んでいく。そしてエンコウの後ろに立つと、ひょいとその襟首をつかんだ。
『な、何をする! この! 離せ!』
「お主が暴れまわると話が進まん。どうやらそこのハトは、いろいろ話してくれるみたいだからの」
拘束を外そうともがくエンコウだが、イゾウの拘束は解けない。一緒王懸命に腕を振り回すエンコウは、なんだか少しかわいらしいと思うアオだった。
『やれやれ。やっと落ち着けるようになりましたのね』
エスタリスは溜息を吐くと、天井際をゆっくりと旋回し、アシェリの上空でスピードを落として彼女の肩にとまった。アシェリは驚きながらも、そっとエスタリスを受け入れた。
『さて。やっと落ち着いてご挨拶できるようになりましたわね。ワタクシはエスタリスと申します。今はこんな姿ですが、これでも本来は天族の士官の一人だったんですのよ』
「ほう。天族とな」
イゾウの目が光った気がした。猿はますます暴れ出すが、イゾウの拘束は解けない。単純に首を掴んだだけにしか見えないのに、猿は魔法もアビリティも使えなくなっているようだった。
「天族とは初めて聞くの。お主は何者なのだ」
『そうですわね。こうしてあなたたちと話すのは初めてですわね。ワタクシとしたことが、少しはしゃいでしまいましたわ。この体はあなた達と判定されるようで、スペシャルが使いたい放題でしたもの。まあ威力は、改善の余地がありますけれど』
イゾウはピクリと反応した。
「ほう。判定される、とな。誰にだ?」
『この世界に、ですわ。うふふ。もう気づいていらっしゃるのでしょう? あなたの考えている通りなのよ。あなたたちにとっては噴飯ものでしょうけれど』
どこか自嘲気味に言うエスタリスだが、すぐに説明を続けていく。
『あなた方にはワタクシたちのような存在はなじみのないものかもしれませんわね。ワタクシたちはあなた方の暮らす世界とは別の世界から来たものですから。そこで最も繫栄しているのが、ワタクシたち天族なのですわ』
胸を張るエスタリスに、エンコウが噛みついた。
『もっとも繁栄しているだと!? この裏切り者が! 何を傲慢なことを! 貴様らなど、単に数が多いだけではないか!』
『数が多いというのはまさに繁栄を表しているではないですか。ワタクシたちはあなたたち魔族を何人も捕らえることに成功ている。現に、魔王と言われた存在ですら、手中に収めているのですよ』
魔王と聞いて、アオの中で何かがうごめいた気がした。
『きさまは! きさまごときが! 世界の半分も手に入れておらんのに! あさましくも支配者気取りか!』
『そう! もう半分に手が届く! 我々の支配地域は今も確実に増えている! ただでさえ有利なのに、この世界さえ手に入れれば勝利は完全なものとなる! その手段は、本当に忌々しいものだけど!』
エンコウに負けじと言い返すエスタリスだったが、その口調は自嘲するように聞こえた。ハトの姿なのに、その表情は悔しくて悔しくてたまらないように、アオには思えたのだ。
『はは! 口惜しゅうて溜まらんか! そうだの! 貴様は誇り高い天族を自称しておるが、今はそんなものよ! ふん! 群れで行動する愚か者たちはこれだから! 上がずべて自分の利しか考えぬようではたまらんな! 哀れなものよ!』
『だ、黙りなさい! ワタクシたちのすべてが自分のことしか考えないわけではない! すべてはあのセクハラくそ野郎が! ※※※※のやつ・・・』
唐突な変化だった。エスタリスが何者かの名前を口にしようとした瞬間に、急に口ごもり、くちばしをパクパクと開け閉めし出した。彼女は地面に落ちそうになるが、アシェリが間一髪で彼女を抱きとめた。
それまでの流暢な言葉も見る影はない。苦しそうに荒い息を吐くと・・・。
『がはっっ!!』
口から赤い血を吐き出した。
「エス子! 大丈夫!?」
『おっ? ふは! ふはははははは! そうか! お前と奴らは同族! その言葉を塞ぐことなど簡単というわけか! これはいい!』
苦しみだしたエスタリスに、エンコウは嘲笑の言葉を掛けている。アシェリが慌てて介抱するが、エスタリスは苦し気に息を吐きだしている。
「アシェリ! ハトは無事か!?」
「わかりません! でも苦しそうで! ケイを呼んできます!」
アシェリは泣きながら階段を駆け上がった。その後姿に、エンコウが嘲笑の言葉を吐き捨ててきた。
『奴らにとってはお前らはどこまで行っても駒というわけだ! 面白いの! 愉快だの! ふん! 偉そうなことを言ってもお前も我らと同じではないか!! しかたないか! あのエスタリスというハトは裏切り者だからの! ※※※にとっては・・・』
エンコウがそう言った時だった。エスタリスと同様に、エンコウも言葉を途切れさせ、急に口をパクパクと動かし出すと・・・。
『がはああああああ!』
大量に吐血した。
「苦しそうだの。言葉を封じただけではない。言葉をしようとした瞬間に制裁を加えるとはな。リク、お前は無事か?」
「え、ええ。俺のほうは何とも・・・」
しどろもどろになりながら答えたリクに、ほっとするように息を吐いたイゾウだった。
「お前に影響がないようで何よりだ」
「ちょっとだけ何かが失われたような感覚はありましたけど、結構無事です。あ、でも、このまま攻撃を受け続けるとやばい気はしたかな」
リクが答えると、一瞬だけイゾウの顔がこわばったような気がした。だけどすぐに何でもないような笑顔になった。
「やれやれ。帰ってくるなりこれか。ちょっとはゆっくりとしたいところだがの。だが、アシェリのおかげで天族とやらと話をできるということだな」
「そうですよね。エンコウの奴、急に叫び出すんだから。エスタリスが来た瞬間に暴れ出すから大変でしたよ」
頷くととともに、イゾウは何かを考えこんだ。
「えっと、あの。その・・・」
「ああ。リク。お前が悪いわけではない。少し考えることがあっての。シュウ。1時間後に全員を集めて話がしたい。厨房に行ったコロも、魔線組の連中も全員だ。頼めるか?」
イゾウの目は妙に真剣で、アオは思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。
「あ、ああ。それは大丈夫だがよ。疲れている奴もいると思うが、爺さんが話があるっていやあ、みんな来てくれると思うぜ。でも、改まってどうしたんだよ」
「すまんな。誰かが余計なことを話す前に、ワシの予測を話しておこうと思ってな」
緊張感のあるイゾウの目に、アオは嫌な予感が走るのを押さえられない。
「なんだよ、予測って」
「エンコウが余計な策略を練る前にと思ったのだ。エンコウとエスタリスが現れた今、あまり時間はないかもしれないからの」
そう答えたイゾウの目は、どこか疲れたように感じた。
「がう?」
「いやなに。ちょっと可能性を示しておこうと思ったまでさ。ワシらがこの世界に転移することになった、その理由というヤツをな」
イゾウの言葉に、全員に緊張感が走ったのだった。




