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第75話 アシェリ

 アオたちが魔線組と会合しているとき、アパートでは残ったメンバーは修行を続けていた。みんなひたすらに自分のオリジンを鍛えていたが、一心不乱に技を鍛える者も存在した。


 元正同命会3人娘の一人、アシェリだ。彼女は一心不乱にレイピアの素振りをしている。


「アシェリ。クッキーを焼いたんだけど食べない?」

「うん。もうちょっとやったら行くわ」


 そう言って、アシェリは素振りを続け出した。そんなアシェリをケイは優しいまなざしで見つめていた。


 20分ほど過ぎたころだろうか。修行がひと段落したアシェリは、汗を拭きながらケイの元へと歩いてきた。


 アシェリはケイからクッキーを受け取ると、静かに食べ始めた。


「ああ。ケイのお菓子って本当においしい。生き返るわ」

「ふふ。ありがとう。そう言ってくれるのはアシェリとパメラだけよ。でも、ずいぶん張り切ってたね。久しぶりに見たよ。アシェリがそれを振り回してるの」


 アシェリは手に取った刺突剣を見つめ、照れたように笑った。


「まあね。遅いかもしれないけど、またやってみようと思ってね。中学のころから続けてきたことだからさ。よし、じゃあ今度はオリジンだ」


 そう言うと、今度は地面に座り込んで魔力を練りだした。忙しく動く友人を微笑ましく見ながら、ケイは気になったことを聞くことにした。


「アシェリ。ハルバードはもういいの?」


 すぐに返答はなかった。アシェリは黙ったまま、魔力を展開し続けている。


 そして視線を手元に残したまま話しだした。


「私さ。中学校からフェンシングを習い始めたじゃない? 高校でも続けてて。で、フェンシング部に入部して。大会じゃあ3回戦どまりだったけど、それでも楽しかった。キャプテンに選ばれたときはうれしくてはしゃいじゃって。パメラにまでたしなめられちゃうほどだった」

「うん。そうだったね」


 相づちを討つケイに微笑みながら、アシェリは思い出話を続けた。手元が少し光っていたがアシェリもケイも指摘しなかった。


「で、大学でもフェンシングやって。卒業してOLになって、なんだか知らないうちにこっちに来て。ここってファンタジーの世界みたいじゃない? 剣があって魔法があって、家族に会えないことはさみしかったけど、チャンスだと思った。ここなら私が今までやってきたフェンシングを活かせる。今までやってきたことは無駄じゃなかったって思えたの」

「うん」


 思い出話を語るアシェリの顔は、いつの間にか泣きそうになっていた。


「でもね。頑張って鍛えて、さらに上を目指すために『刺突剣術1』ってスキルを取ったとき、ショックだったんだ。だって、レベル1だよ? 最初に取れるスキルで、必要ポイントだって低かった。それなのに!」

「うん」


 アシェリは顔を赤くしていた。そんな彼女の言葉を、ケイは静かに聞いていた。


「レベル1の刺突剣術は、私のどんな一撃より、すっとずっと鋭かった! 私のいろんな問題点を簡単にクリアした突きを、スキルを発動させるだけで簡単に放つことができたんだ!」

「うん」


 いつしか叫び出したアシェリの言葉を、ケイは静かに聞いていた。輝きだしたアシェリの手のひらを指摘することも忘れて聞き入っていた。


「おかしいよね? 私は10年間、必死でフェンシングに打ち込んできた! 朝も夜も、授業の時もお休みの日も、みんなで遊んでいた時も! 頭のどっかで考えてきた! どうやったらもっと鋭い突きが打てるか、どうやったら相手より先んじられるかとかね! でも!」

「うん」


 ついには悔し涙を流したアシェリの背中を、ケイは優しくなで続けた。


 言葉に詰まったアシェリは、それでもやっとのことで、言葉を紡ぎ出した。


「私の10年間は、青春のすべてを掛けた訓練の日々は、レベル1のスキルの足元にも届かなかった・・・」


 ケイは何も言えなかった。泣き出したアシェリの背中を、静かに撫で続けることしかできなかった。


 しばらく嗚咽だけが響いた。泣き出したアシェリを心配そうに見つめながら、それでもケイは背中を撫でるのを止めなかった。


 アシェリは鼻をすすった。そして泣き笑いのまま、無理に笑顔を作って話を続けた。


「それからは、やっぱりきつくて。レイピアを握るたびに自分の才能のなさを思い知らされるような気がして。初心者だった人たちが、高レベルのスキルを取っただけで追い越していくのもきつかった。だから、あきらめたんだ。ハルバードを振り回せるほうがみんなの役に立てるって、言い訳をして」


 ケイは思い出した。あの頃のアシェリの、あきらめたような、それでもあきらめられないような顔を。ハルバードを手にした後も、ずっと未練があったのだろう。得意気に刺突剣をうるう仲間を、どこか寂しそうに見ていたのが印象的だった。


「でも、アシェリは選んでくれたんでしょう? 自分だけの道を追求しようって」


 アシェリは一瞬だけ言葉を止めると、泣きながら噴き出した。


「やっぱりさぁ。オリンピックとかで試合を見たらすごいって思ったし、私もああなりたいって想像した。こないださ、アオくんに話したんだ。何を話せばいいかわかんなかったから、気づいたら言っちゃってた。実は私、昔フェンシングをやってたって」

「うん」


 そこで言葉を止めると、アシェリは思い出し笑いをしながら語った。


「あの子ね。がうがうしか言えなかったけど、聞き上手なの。相づち打ったり身振り手振りで質問したりして。真剣に聞いてくれたのが分かった。言いながら思ったんだ。私、いろいろやってきたなあって。で、もう一度振り返ったんだ。フェンシングのこと。やっぱ私は好きなんだよ。だからもう一度剣を取ろうと思って。弱くても情けなくても、私だけの剣を作り上げてみせようって」

「うん!」


 泣き顔のまま顔を上げたアシェリに頷きかけるケイだった。


 だけど、次の瞬間だった。


「アシェリ~~~~~!」


 飛び掛かってきた影に、アシェリは思いっきり突き飛ばされた。


 黒い影はパメラだった。パメラは感極まったように泣きながら大声で語りだした。


「ちょっ! パメラ!? なんなの?」

「アシェリはずっと友達だよ! みんながなんか言ってきても、私とケイだけはずっと友達だからね! アシェリを否定する奴がいたら、私がぶんなぐってやる!!」


 そう言うと、パメラはアシェリの胸に顔をうずめて泣き出した。アシェリはケイと目を合わせると、困ったように笑ってしまった。


『そうですわ!! あなたの努力は誰にも否定できません! ワタクシが、この偉大なる天族のエスタリスが、認めます! あなたをけなす奴らがいたら、このワタクシが直々にぶんなぐってやりますわ!』


 声が聞こえ、ケイたちは反射的にそちらを見た。


 そこには、1羽のハトがいた。白いハトが涙をぬぐいながら力強くそう宣言していた。



◆◆◆◆



『思い出しますわ! クリケットに真剣に取り組んだ日々のことを! ワタクシも、友人たちと一緒に毎日いっぱい練習したものです。試合で負けちゃうこともあった。ワタクシのミスが原因で落としてしまった試合もあった。責任を押し付け合ったこともありましたわ。でも熱中したあの日々は誰にも否定されたくない! あの日々があったから今のワタクシがあるのです!』


 いきなり現れたハトを、ケイたちは茫然と見つめてしまった。ハトは涙を流しながらそんなことを語りだしたのだ。


 無言で歩き出したのはパメラだった。パメラはハトに近づくと・・・。


「えい」


 むんずとハトの足を掴んだ。


『ちょ!! 何をしますの! 離しなさい! これだから翼もない下等な種族は! ワタクシの足を掴むなんて、そんな失礼なことが許されると思いますの!』

「ケイ。なんか変なのがいるけどどうする? 鍋にする? でも寄生虫とか怖いよね?」


 怖いことを言い出すパメラにハトは顔を青ざめさせた。


『ちょ、ちょっと! 離しなさい! ワタクシは偉大なる天族! 食べてもきっとおいしくないですわ!』

「食べられたくないやつはみんなそう言うんだよね。結構いい肉取れそうだし、いい具合に太ってる。私、鶏むね肉って好きなのよね。ささみとかもステーキにするとおいしいし。バターを引いてつぶして焼いたら・・・。たまんないわ」

「パメラ。ちょっと落ち着こう? コロさんに聞けばいろいろわかると思うし。料理人のあの人ならおいしく食べる方法も知っていると思う」


 ケイまで食べることが前提なことを言い出して、ハトは激しく身をよじった。だがパメラはびくともしない。にやりと笑いながら舌なめずりしている。


『この! 離して! 離しなさい!』


 ハトが言うのと同時だった。脚から電撃のようなものが走り、パメラは反射的に手を放してしまう。その隙に逃げたハトは、体育館の隅に止まってケイたちを睨んでいた。


『まったく! これだから下等な生き物は! 尊き者への敬意も知らない!』


 ハトは憤慨したように言うが、ケイたちはそれどころではなかった。


「今のは!?」

「雷魔法!? こいつ! 魔法を使ったの?」

「スキルの!? そう言えば、私は雷魔法の必要ポイントが少なかった。つまり!」


 3人は同時にハトを指さした。


「「「私たちにいる、もう一体の魔物!?」」」


 同時に叫んだ3人を、ハトは丸い目で睨んでいるようだった。


『人の話を聞きなさい! このワタクシが話しているのですよ! まったく! どんな教育を受けてきたのか』


 ハトが叫びながら憤慨している。


「ねえ。あのハトって」

「ええ。私が作り出そうとしたのと同じよ。私、マジシャンが出すハトみたいなのを作り出そうとしてたから」

「そうか。じゃああれが、アシェリに憑りついた第2の魔物なんだ」


 ひそひそと話す3人を、ハトは力いっぱい見下している。


 3人はうなずき合うと、ケイが一歩足を踏み出した。おそらく彼女が3人を代表して話をするつもりだろう。


「えっと、あなたはアシェリの中にいる魔物なの? それが、アシェリのオリジンを乗っ取って顕現したということね」

『乗っ取ったとは失礼な。ワタクシはそんな下品なことはしませんわ。それにこの魔力はワタクシのものと言っても過言ではありませんの。アシェリが作り出すすべてのものはワタクシのものですから』


 怖いことを言い出すハトに、ケイは背筋が寒くなった。


「すべては自分のものだなんて、そんな・・・」

『あら? そうではなくて? ワタクシたちの意志がどうあれ、もう事はなされてしまった。ワタクシたちは、この体以外では生きていけない。あなたたちの魂の支えなしにもね。この現実を受け入れるほかはないでしょうね』


 あきらめたように言うハトにケイとアシェリは絶句してしまう。パメラだけが訳が分からないような顔をしていた。


 ハトは飛び上がった。警戒するケイたちを尻目に、ゆっくりと宿主の元に・・・。アシェリの肩に着地した。


「うわ! あ、あなた!」

『ワタクシをあの愚かな生き物と一緒にしないでくださいましね。あなたとワタクシはもう一心同体。危害を加えるなんてしませんわ。知りたいことはどんなことでも教えてあげますからね』


 微笑むハトの顔が、アシェリには悪魔のように映ったのだった。

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