第74話 オリジンを選ぶ者たち
叫び出すゲンイチロウとは対照的に、明るく声を掛けてきたのはヨースケだった。
「さて、っと。うるさいのがっといなくなったな。じゃあ、さっそく俺にオリジンってやつを習得させてくれや。もちろん、礼は後日にしてやっからよ」
「お前は本当にマイペースだな。あの男に思うところはないのか?」
イゾウがあきれたように、でも真面目にヨースケに問い返していた。
「あいつ、俺の疑問に答えなかった。気づいてんだろうよ。銃だけじゃ、全部の魔物を倒すことはできないってな。それでもオリジンの習得を邪魔してきたのはなんでだ? 親父の影響力を少しでもなくそうとしたんだろうさ。そんな相手に思うことがないわけじゃねえ」
「だが、住民がすぐに戦えるような力を求めているのは確かだ。ここで東雲さんを拒んでもかえって反発されるのがおちってわけだな」
ヨースケの言葉をオミが補足した。2人は普通にしているようだが、内心は怒り狂っているのかもしれない。
「あ、あの!」
テツオが急に話しかけてきた。イゾウはいぶかしげな眼でテツオを見ていたが、ヨースケだけはすごく笑顔だった。
「おお。おめえか。さっきのはいい啖呵だったぜ。見たかよ。お前に断られた狸親父のあの顔! 傑作だったぜ!」
「ヨースケさん。あ、ありがとうございます。い、いえ、そうじゃなくて」
テツオはしどろもどろになりながら、後ろに佇む人を指示した。年配の、第3世代の人が多いだろうか。おそらくゲンイチロウについてきた探索者の一部だ。みんな不安そうな顔でゲンイチロウを見つめている。
彼らを代表して、50代くらいの男が話しかけてきた。
「済まねえな。せっかくゲンさんが骨を折ってくれたのに」
「いや・・・。こっちこそ、うちの問題が邪魔したようですまん。すぐに使える強力な武器があるなら飛びつくのも仕方ねえやな」
答えるゲンイチロウの言葉には力がなかった。年配の男は下を向いていたが、意を決したようにゲンイチロウに話しかけた。
「そ、それで。あのオリジンってやつを教わるのはまだ有効だよな?」
「え? あ、ああ! もちろんだとも! てか、いいのか? 東雲が銃を配るって言ってんだぞ?」
戸惑うゲンイチロウに、中年の男が首を振った。
「俺たちは、ゲンさんが言うからここに来たんだ。今さら銃なんかに頼ろうとは思わねえよ。それに、そのわけえやつが言うことももっともだしな。銃をもらっても、それが魔物に通じなかったらシャレにならん」
「オリジンってやつは習得するのに時間がかかるんだろう? なら、今からしっかり練習しねえとな。実はよ。年甲斐もなくワクワクしてんだ。どんな力を手にしようかってな」
「そうそう。最初に動物を作り出せるって聞いた時はそんなの何になるんだって思ったがよ。おもしれえじゃねえか。俺たちに憑りついた魔物と話せるようになるってのはよ。俺はそれを試してえ。話すだけなら一部さえ作れればできるんじゃねえか?」
楽しそうに展望を語る街の人たちだった。ゲンイチロウは一瞬ポカンとしていたが、満面の笑顔でアオを振り返った。
「アオさん! こいつら、オリジンに興味があるって言ってくれたぜ! 頼めるか!?」
「がう!!」
アオは即座に返事をし、残っていた面々の顔を見た。
年配の人も多いが、若い人もちらほらいるようだ。どこかで見たいような若い人もいて、アオを見ると申し訳なさそうに頭を下げていた。そしてヨースケとヤヨイもいて、皮肉気な笑みを浮かべている。
何より、テツオがいた。ずっと気になっていたのだ。彼がどうなったかを。
「テツオ」
「うっせえなメガネ。俺だっていろいろ考えてんだよ。チャカ頼りじゃこの先厳しいってこと、ちょっと考えりゃわかるだろ」
照れたような言葉に、目に涙を浮かべて頷くサトシだった。肩を叩いてくるサトシを身をよじって躱すテツオ。友人のようにじゃれ合う2人を、アオはちょっとうらやましくなって見てしまう。
テツオとは、街に行く途中で少し話した程度だった。第1形態のアオにも臆せず、街についていろいろ話してくれた。ちょっと不良っぽいけど、いいやつなのは分かっている。
「さて。もう一仕事頼むぜ。俺もちょっと楽しみなんだよな。俺はどういう能力を作ろうかな。ヨースケ。わりいが、情報を集めておいてくれ。どうすりゃオリジンを鍛えられるのかを知っておきたい」
「ここにはオリジンを鍛えている奴がいるからなぁ。どんなことができんのか、修行はどうしたらいいのか情報を集めときますわ。俺はどんな能力にするかは決めているが、悩んでいる奴も多いだろうしなぁ」
ヨースケは懐からボロボロの手帳とボールペンを取り出していた。同行してくれたコロやサナにいろいろ話を聞くようだった。
「うし! 気を取り直してやるか! あいつらにはあいつらの道があるが、俺たちにだって目指すものはある! きっちりやって、明日も生き抜こうじゃねえか!」
「がう!」
ゲンイチロウの言葉に、アオは力強くうなずくのだった。
◆◆◆◆
「いやあ。何とかなりましたね」
「そうですね。あの狸親父が来たときはどうなることかと思ったけど、うまく行ったようでほっとしました」
汗を拭きながらつぶやくコロにサナは微笑みかけた。
「自分の力だけで魔法を再現したいって人も多かったんじゃないですか? ずいぶんと質問されてたみたいですが」
「コロさんこそ。身体強化の使い方を聞かれてたじゃないですか。魔道具の使い方なんて、レアな質問があったりして。確か、スキルを使って魔道具を使うのはなんだか怖いって零していた人もいたようですが」
今回オリジンを聞きに来た探索者の中に、塔で魔道具を手に入れた人もいたのだ。その探索者は塔の1階で障壁を張れる杖を手に入れたらしい。塔の攻略に挫折していたという彼は、仲間の形見とあってその杖を手放すことができなかった。
「私なんかに真剣に質問してきましたね。生き残りがかかっているだけあって必死でしたわ」
「人徳ってのもあったと思いますよ。みんな、サナさんと話してみたいと思ったんじゃないですか?」
コロは微笑むが、サナは困ったように微笑んだ。そしてそっと頭を下げた。
「うちの東雲が、申し訳ないことをいたしました。第1形態を揶揄するなんて、あってはならないことです」
「頭を上げてください。大丈夫です。僕は気にしていませんから」
珍しく動揺するコロは、苦笑しながら話を続けた。
「第1形態が暴走しやすいのは確かなことなんですよね。僕も街で感情が抑えられなくなって暴走したことがある。頭に血が上ってアビリティを連発してしまったんです。情けない限りですが、先生が止めてくれなかったらどうなっていたことか」
「うわさだけは聞いたことがあります。普段のコロさんを見ていると信じられないことですが」
コロはうなずくと、去っていく人たちを見つめた。
「僕が今理性を保っていられるのは先生やみんなのおかげです。店の人なんか、商品にひどいことをしたのに僕のことを心配してくれる始末でした。今回来てくれた、あの人です。みんなが認めてくれるから、僕自身をしっかり自分を保とうと思った。サナさんが、人間扱いしてくれるおかげでね」
茶目っ気たっぷりに片目をつむったコロは、一転して愁いを帯びた顔になる。そしてちらりとアオを見た。
アオは疲れたように座り込んでいる。アキミとサトシとで会話しているようで安心だが、かなり神経を使ったようだ。
「今、一番心配なのはアオくんです。シユウさんの話だと暴走したこともあるようだし、本人も虎になってしまったことに引け目のようなものを感じているふしがあります。それに・・・。申し訳ないですが、サナさんも彼のことを見ててあげてください」
「ええ。もちろんですわ。アオくんはいい子ですし。それに、アキミにとっても大事な友人ですから。もっとも、私なんかに気にされてもあまり効果はないかもしれないけど」
謙遜するように言うサナに、コロは首を振った。
「サナさんのようなきれいな人に励まされると、男はそれだけで奮起するものです。僕だってサナさんが普通に接していることでほっとしているんですよ。普通でいいんです。普通が、一番うれしい」
「コロさん・・・」
コロの苦労を見たような気がして、サナは一瞬だけ口ごもった。
「さて。先生たちも戻るようですよ。僕たちも戻らないと。今日はお祝いです。いつもより腕によりをかけますよ」
すぐにいつも通りに戻ったコロを、サナは複雑な顔で見つめるのだった。




