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第71話 エンコウの姦計

 体育館の倉庫。様々な備品が用意された部屋に、その魔物はつながれていた。サナが作った氷の手錠で拘束されているのだ。イゾウたちに気づくと、猿はあきれたように顔を上げた。


『なんだ? 今度は拷問でも始めようってか? ワシは何もしゃべらんぞ』

「本当に猿だな。リクの奴、よくやったものだ。実物とほとんど変わらぬ猿を作り出すとはな」


 そう言うと、イゾウはアキラとアシェリを振り返った。


「すまぬな。もういいぞ。ワシは少し、こいつと話したいことがある」

「内緒話をしようたってそうはいきませんよ。俺はあなたがどんな話をするか興味津々ですから。まだ仲間には聞かせられない話をするんですよね?」


 イゾウは眉を顰めた。アキラを睨みつけるが、全く怯まない。冷や汗をかきながらも、イゾウの視線をなんとか受け止めている。アシェリも強い目でイゾウを見つめている。


 アキラには引くつもりなど微塵もないようだ。それを察し、イゾウは溜息を吐いた。


「やれやれ。話くらいはと思ったのだがな。アキラとアシェリなら問題はないかもしれんの。他言無用で頼むぞ」

「あいさー! 誰にもしゃべんないよ」

「わ、私も! 何を言われてもしゃべりません!」


 2人は緊張しながらもうなずいているようだった。


「あ、あの・・・。私もここにいていいのでしょうか」

「お主には聞いておいてほしいのだ。ワシ以上に頭の切れるお主なら、気づくことがあるかもしれぬからの」


 イゾウに言われて、ケイはごくりとつばを飲んだ。


『なんだ? 尋問するなら早くしろ。ま、ワシは何もしゃべらんがな。なんで偉大なワシが、お前らに一から情報を伝えねばならんの・・・』

「お前の望みはなんだ?」


 斬り込むような質問に、エンコウはにやりと笑った。


『懐柔しようってのか? 決まっておろう。自由よ。自由に暴れまわって自由に殺戮する。それが我らの・・・』

「お前、本来の体はどうした?」


 続けざまの言葉に、エンコウは押し黙った。


「い、イゾウさん。こいつに体があるとは・・・」

「こ奴のアビリティは伸椀。炎を生み出すでもなく雷を呼び出すわけでもない。完全に物理用の技だ。それを得意としていたということなら猿の体があったということだろう」


 エンコウはしゃべらない。だんまりを決めているようだった。


「なぜワシらはアビリティやスキルを、魔力を使えるのだ。たとえこの世界に魔力が満ちているとして、そこに転移したからと言ってこのように魔力を扱えるはずがない。人が海に落ちてもすぐにエラ呼吸できるようにはならんだろう? 転移しただけで魔法を扱えるようになるなど、本来ならありえないはずなのだ」


 アキラが身じろぎした。アシェリもはっとしたように口に手を当てている。エンコウは意外そうな顔をして、それでも愉快そうに笑みを浮かべた。


 エンコウはにやりと笑ったまま、押し黙った。ゆっくりとイゾウを、そしてケイとアシェリ、アキラの顔に視線をさまよわせ、イゾウに視線を戻した。


『お主らはどこまで理解しておる? 鈍い貴様らでも、お主らが変わったことは理解しておるのだろうな。一人一人にワシらのような高貴な魔物が憑いていることをな』

「ワシらの中に2体の魔物がいることは聞いた。アビリティを使う貴様らと、スキルを司る何者かがな」


 顎に手を当てていたエンコウは嫌らしく笑った。


『そうさの。ワシらとしてもお主らが今死ぬのは少々困る。教えておこうか。貴様らが持つアビリティはの。ワシらの力を強引に使っておるのだ。とはいえ、まだ表面を使っているに過ぎぬ。ワシらが扱えばもっと強力な技を扱える。お前たちも見ただろう? ワシの『伸椀』があのバケモノの固い毛皮を貫いたのを。リクの奴がアビリティを使ってもああはいくまい』

「そうさの。リクのやつはアビリティが使えんと嘆いておったがとんでもない。あのアオにダメージを与えたとすると、あれを使いこなせば第3階層以上の魔物にも通じるやもしれんの」


『第3階層以上だ』とエンコウは嬉しそうに笑った。


『使えぬというのはリクの先入観に過ぎぬ! 我の『伸椀』は鍛えれば鍛えるほど威力が上がる! 虎の毛皮だけでなく、強力な魔物の障壁を砕くことも夢ではないのだ! 使えぬと言ったのはあの小僧が未熟だからよ!』

「アビリティを使わなかったのはリクがうまく使えなかっただけじゃない! リクはああ見えて、注意力は俺たちの中でも随一だ! アビリティのやばさに気づいていたから使わなかったんだ!」


 アキラが反論するが、エンコウは音を立てて笑った。


『余裕だな! お前らは! 危険だからとためらっていてもいいのか? お前らの思っておる以上に時間はないのやもしれんぞ? 今にも塔から魔物が出んとは限らんのだぞ!』

「街に魔物が押し寄せてくる? なんであんたがそんなこと知っているのよ!」


 アシェリも口をはさんだ。


『くふふふ。まあ、これがワシの力と言ったところか。お前たちの事情くらい、この姿でも分かるわい。この街のほかに、お前の世界の人間が呼び出されていることもな。その者たちの狙いも大方の予想は付く』

「嫉妬の事情は別として、貴様は我らに起こった事情というヤツを知っているのだな?」


 エンコウが我が意を射たりと言うように大きく笑った。


『そうだ! お前たちが2体の魔物に憑りつかれていると思うておることも、我らの力をまるで引き出せておらんと言うこともな! 我らの力をお前たちごときに使われるのは口惜しくはあるが、見事ではある。その体ならば世界に弾かれずに力を使えるのだからの。表面だけを見て使えぬと判断するのは愚かなことよ! 使えば使うほど強力な技を使えるのはどの技も共通することだ! 何度も使い、レベルを上げよ! そうすれば、アビリティはもっといろんな顔を見せてくれるだろう! アビリティにはスキルを凌駕する可能性があるのだ! 半端なスキルや猿真似に過ぎぬオリジンとやらとは威力が全く違うからの!』

「なるほど。やはりお主は、我らにアビリティを使わせたいのだな」


 エンコウの笑いがぴたりと止まった。


「先ほどからしきりにアビリティの有用性を語っておるが、我が問いには断固として答えておらんの。まあいい。事情はこちらで察する。今の問いで、お前たちの狙いが少し読めたからの」

『き、貴様! 待て! お主やあのバケモノは強い! それは認めよう! だが、他の奴らはどうかな? 塔の第3階層を乗り越えた労苦は認めよう! わずか半年足らずで第4階層に至った技術は驚嘆に値する! だが、それは強力なアビリティがあってこそだろう! 第4階層からは魔物の強さも段違いだ! 弱いスキルやオリジンに見切りをつけ、アビリティを鍛えるのだ! でないと』


 エンコウは言葉を切ると、真剣な顔で上目づかいでイゾウを見つめた。


『弱いままで死んでしまうかもしれんぞ』

「そんな! 私たちは!」


 反論しようと下アシェリに、エンコウは笑いかけた。


『塔の第3階層までは手引きに過ぎぬ。罠も魔物もより強力になっていくだろう。アビリティはおろか、スキルにも及ばんオリジンとやらでは、この先の魔物には通じんよ。魔力の操作方法を覚えて何になる? 模倣したに過ぎぬ技で、本当にこの先通じると思っているのか? 獣の身体を作ってなんになる? ワシらに利用されるのが関の山よ。だからお前たちはアビリティを強化すべきだろう。一見弱そうに思えたアビリティも、レベルを上げさえすれば』

「アビリティのレベルを上げれば、それだけお主らが体を乗っ取るスキが生まれるのだな」


 引き継いだように言うイゾウの言葉に、エンコウは即座に反論した。


『体を乗っ取るだと? それが簡単にできるわけがあるまい! 魂と体は密接に結びついておる! たとえ憑りつけたとしても、常に体の主導権を握れるやつなど一握りよ! アビリティで体を慣らしたとしても』

「そうやもしれんの。一時的ではなく、常に体の主導権を握るのは大変なことやもしれぬ。だが、我らの身体がそのために作られたとしたら? 第3者が操りやすいように、根本から変えられているとしたら?」


 今度こそ、エンコウは押し黙った。悔しそうな顔のまま、イゾウを睨んでいる。


「戻るぞ。もう聞きたいことは聞けた。少し整理する時間が必要だろう」

「え? い、イゾウさん! どういうことだよ! そのために作られたって!」

「ケ、ケイも! 何でそんなに落ち着いているの? なに!? どういうこと?」


 去っていくイゾウとケイに、アキラとアシェリは慌ててついていく。


『くそが! 下等生物のくせに! お前たちは身代わりに過ぎんのだ!』


 悔し気なエンコウの叫びが、アキラの耳にいつまでも残ったのだった。



◆◆◆◆



「イゾウさん! ちょっと待ってください! 最後のあれは何なんですか! 俺たちが、あいつらの野望のために作られたって!」

「そ、そうですよ! それにケイも! 全然驚いていないじゃない!」


 イゾウたちは階段の踊り場でやっと足を止めた。


「アシェリ。あの・・・」

「ケイが何も言わなかったのは確証がなかったからだろう? ワシもそうよ。根拠のない推測は場を混乱させるだけだからの。だが、そうも言っておられぬようになりそうだな。じきにワシの考えは話す。少し時間をくれ。考えを整理したい」


 イゾウがぴしゃりと言った。その顔は何か苦悩にみちているようにみえて、アキラもアシェリも押し黙ってしまう。


「最悪の予想が当たったのやもしれぬ。だが、これが正しいとしても、オリジンを鍛えるという方針は間違っておらぬだろう。むしろ、唯一の道やもしれぬ」

「ええ。おそらく」


 イゾウの考えに、ケイも悲壮な顔で同意していた。


「さ、最悪? 私たちのこの現状が?」

「言葉足らずだったな。最悪ではない。ワシらはどうしようもなくなる前にアオに会えた。あのタイミングでオリジンを身につけられたのは僥倖と言っても過言ではないだろう」


 アシェリは唖然としてしまった。


「アオくん? いい子だとは思うけど?」

「ああ。あ奴だけがわしらとは違う。こうやって邪魔されずに話をできたのもすべてあ奴のおかげよ。本人は自覚しておらんだろうがな」


 溜息を吐いたイゾウは静かに天井を見つめた。


「しかし、もう少し確証が欲しいの。エンコウとは会えた。ワシらに憑りついていたとされるもう1体の魔物とコンタクトを取る方法はないものか・・・」


 つぶやくイゾウの様子を、きょとんとして見つめるアシェリとアキラだった。

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