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第7話 入口の門

「なるほどな。今朝目覚めた探索者か。しかも俺たちとはだいぶん違うようだな」

「まあな。でも、こいつ、アオってんだが、すげえ気のいいやつなんだよ。面倒は俺が見るから、な?」


 考え込むオミを、シュウが必死で説得している。


 居心地が悪い。シュウはなんとか言いくるめよとしているが、それはどういうことだろうか。まあ、ちゃんと説得して襲われなくなるのは大事なことかもしれないが。


「えっと、アオっていうんだ。あたしはアキミっていうんだ。よろしくねー」


 シュウたちをよそに、アキミがアオに話しかけてきた。アキミは笑うと、無遠慮にアオの頭を掴んだ。そしてペタペタと頬や鼻を触りだした。瞼や口を伸ばしたり引っ張ったりしているが不思議と痛みは感じなかった。


「が、がお?」

「第1形態って言ってもあたしたちとあんま変わんないんだね。毛皮とかは本物みたいだけど」


 無遠慮に顔をいじられて困惑してしまう。痛みは感じないけど、なんだか嫌だ。身をよじって振りほどこうとするが、なぜかすぐに捕まってしまう。


 そうしながらもアオの頭に疑念が過った。彼女たちはどういう存在なのだろうか。


「あたしたちはねー。魔線組の精鋭部隊って感じかなぁ。あたしはともかく、オミさんたちはこの街で選りすぐりの部隊だからさー」


 アオの顔をいじりながら説明してくるアキミ。くすぐったいけど、なんだか大事な話をしているようで、気づけばアオはちゃんと耳を傾けていた。


 でも街か。どれくらいの人が転移したのだろう。


「街に転移したのはだいたい700人弱って感じらしいけど、みんなが戦いに適応できたわけじゃないんだ。アビリティとかスキルとかは全員に備わっていたけど、最初に戦いを経験してみて挫折する人も多くてね」


 まるで心を読んだかのようなアキミにドキリとする。


「うひひ。アオはさ、考えが読みやすいんだよ。顔をみれば一発でわかるからねー」


 反射的に顔をなぞってしまった。感触は、相変わらずの獣の顔だ。普通に考えて虎の顔なら考えていることは読みにくくなった気がするけど、実はそうではなかったりするのだろうか。


「この世界のスキルやオラムって、結構シビアでね? 単に戦いに参加しただけじゃ、魔物から報酬をゲットすることはできない。ちゃんと相手にダメージを与えないと、分け前が入らない仕組みになっているんだ。でも戦闘に使えないアビリティも多いし、スキルを得るにはポイントをゲットしなきゃいけない。最初の戦いでポイントをゲットできない人もいて。そういう人は街で地道に働いてオラムを得る必要があったりするんだ。まあ、あきらめてスラムで暮らす人とかもいるんだけど」


 戦いに向かない人がいるのは理解できる気がする。アオもそうだった。ゴブリンもどきたちに襲われたときも、最初は反撃するだなんて頭にも浮かばなかった。ただただあいつらが飽きるのを待っていた。


 あいつらを殺してしまったことを後悔したけど、もしあのままだったら、あのままキレたりしなかったのなら、殺されていたのはアオのほうかもしれない。


「稼げる人には、戦闘に向いたアビリティを持つ人が多いんだ。で、そういう戦える人が集まったのが魔線組ってわけ。集団っていうより個人主義者の集まりみたいなものだけど、一応はグループを作っている。そうした人が集まって、まあ、多少の料金はいただく代わりに戦えない人たちを守っているんだ」


 アオは顔をゆがめながらも納得した。この世界には警察も法律もないらしい。力のあるやつは暴力で相手を支配することもできる。そうならないために、魔線組と言う組織が存在しているということか。


 まあ、あくまで構成員のアキミの主張だからすべてを鵜呑みにするのは危険かもしれないけれど。


 アキミはアオの目を覗き込むと、無邪気に笑ってみせた。


「だからさ、アオもあたしたちを手伝ってくれたらうれしいな。戦える人はいくらでも必要だからね。アオが手伝ってくれたら、もっとたくさんの人を助けらえるとと思うんだ」

「おいおい。人の相棒を勝手に勧誘してんじゃねえよ。まだアオさんはこっちの事情がわかってないんだからな」


 アキミの勧誘をシュウが遮ってくれた。オミとの会話は終わったのか、こちらに横やりを入れてくれたのだ。正直、助かった。どうやって保留しようか悩んでいたところだったから。


 アオはさりげなくシュウの影に隠れたつもりだったが、アキミにはそれがわかったようだ。あからさまに頬を膨らませてシュウを睨んでいた。


「なにさ! あたしはただ魔線組のことを教えただけなんだけど!」

「そういうわりには魔線組の悪いところは全然伝えてねえじゃねえか。そんなんで公正な意見をいえているとはいえねえな。中立派や攻略組、正同命会のこともちゃんと教えとかないとな」


 アキミが魔線組のことをいいようにしか言っていないのは気づいていたけど、中立派に攻略組に、正同命会か。知らない名前が次々と出てきて、アオは混乱していた。


「中立派はともかく、冒険者気取りの攻略組がいいっての? それに正同命会なんて! あんな組織、最悪じゃない! いつの間にか宗教みたいになってるし! なんなのアレ!」

「そら、お前の偏見だろう! 攻略組に知り合いがいるが、あいつらはそんな悪い奴じゃねえよ! それに、確かに正同命会には頭の固いのもいるが、話せる奴は話せるぞ」


 アオは言うけど、アキミは憤懣やるかたないと言った感じで頬を膨らませた。


「アオ! 正同命会の言うことなんて間に受けちゃだめだからね! あいつらは探索者すべてを救うなんて耳障りのいいこと言ってるけど、耳を貸しちゃダメ! 洗脳とかされちゃった人もいるんだから!」


 それまでのホンワカした雰囲気とは明らかに違う、アキミの剣幕だった。その勢いに押され、アオは思わず2歩ほど下がってしまう。


「アキミ。やめろ。ここで強引に勧誘しても心から納得してくれるわけがないだろう。敵対しないってだけで今は十分だ。全部のことを説明してから判断をゆだねるっていうシュウの考えは最もだと思うぞ」


 仲裁してくれたのはオミだった。アキミは納得していない様子だったが、とりあえずは口を閉じてくれた。彼女だけでなく、あの強面の男やもう一人のチンピラのような男も不満そうに顔をゆがめている。


 オミは溜息を吐くとアオに軽く謝罪をした。


「すまねえな。ま、俺たち魔線組としては、アオにはぜひとも協力してほしいがな。シュウの説明を聞いても遅くはないだろう。まだすべてを聞いたわけじゃないんだろう?」

「ああ。アオさんはまだ街に言ったこともないようだからよ。あそこでこっちのことを説明できればと考えてんだ。実物を見ながらのほうが説得力があるだろうしな」


 シュウの説明に、アオは年甲斐もなくワクワクした。


 街があると聞いて、ぜひ行ってみたいと思っていたのだ。買い物ができる店も多いようだし、そこで暮らす人にも興味がある。情報を集めることもできるみたいだ。それに、いつまでも真っ裸なままだと、正直バツが悪い。タオルを巻き、毛皮に覆われた獣の姿をしているとはいえ、やはり服を着ていないと落ち着かない。


「それはいいな。一度街を見るのは悪いことではないと思う。行けば理解できるはずだ。俺たちが置かれている現状ってやつがな」



◆◆◆◆



 森の中を、8人の男女が歩いていた。


 メンバーはアオとシュウに加え、オミ達6人のメンバーだった。


 長身で細マッチョなオミをリーダーに、黒ギャルのアキミ。槍を持った眼鏡の優等生ふうのサトシに、手を獣の形に変えた強面のレンジ。そして、前回の戦闘に参加しなかったサナとテツオだった。サナは20代後半くらいのきれいな女性で、テツオはチンピラ風の若い男だ。彼ら6人は魔線組という組織に属しているらしく、アオが街へと行くのに同行してくれるのだ。


「ほらよ。この先の門から外に出られるんだ。まあ門つっても、そこに立つだけで強制的に転移されるんだけどな。外に出てから街まではすぐさ。とりあえず、街に着いたらいろいろ説明するからよ」

「がう!」


 説明してくれるテツオにアオは元気よく返事をした。結構気のいい若者だった。親切にいろいろ説明してくれる。外見はチンピラみたいでちょっと怖いけど。


「街の中心部にはいろんな店があってね。食堂やショップなんかも軒を連ねている。探索者がやっている飯屋なんかもあってさ。西側には俺たち魔線組のオフィスがあって、西側には正同命会の本部があったりする。北側は中立派が幅を利かせているかな。南は・・・」

「ああ! このメガネ! 俺が説明しようと思ったのに!!」


 仲が悪いのかどうなのか。テツオとサトシが競うように教えてくれた。


 彼らの説明を聞いてアオはワクワクしていた。どんな店があって、どんな人がいるのだろうか。住んでいる人にも興味がある。どんな感じだろう。シュウによると、アオと同じように獣の姿をした人もいるらしい。その人たちと話をすれば、もっといろいろなことが分かるはずだ。


「あそこだよ。あの門を越えれば、塔の外に出られるんだ」

「まったくよ。来たと思ったらすぐに帰るんだからよ。ほんと、たまんねえよな」


 あの、腕をトカゲに変えたレンジが文句を言った。アオは恐縮して縮こまったが、レンジはオミにぎろりと睨まれてしまう。


「レンジ。やめておけ。ほら、アオ。ここを越えればすぐに街へと行ける。ま、魔線組の活動に興味があったらすぐに連絡してくれ。問い合わせてくれればに教えてやる。お前にしかできないこともあるようだからな」


 オミがすぐに仲裁してくれた。なんか親しみやすそうな笑顔だけど、ちょっとだけ警戒心がもたげた。あとでシュウに詳しい話を聞いてみよう。


「シュウさんはどうすんの? 今いるグループの奴らに襲われちゃったんでしょう?」

「ま、話だけして抜けるわ。一応そこそこの腕があるつもりだし、魔線組にも正同命会にも中立派にだって知り合いもいる。アオさんにもこの世界のことを案内したいしな。あいつらと話をするのは面倒だけど、こういうのはちゃんとしないと。ウスハの奴にも話さないといけないからよ」


 シュウが億劫そうに言った。


 シュウは元パーティーメンバーに襲われたんだから、もう一度組むのには抵抗感があるだろう。元のメンバーには元彼女もいるみたいだし、ちょっと気まずいのかもしれないが。


「お前らだけだと不安だな。俺もついて行ってやるよ」

「なんか悪いな。すまんが頼むわ。街は衛兵がいるとはいえ、あいつらが何をしてくるかわからないからな。俺とアオさんだけだとあらぬ疑いを掛けられそうでな」


 言われてちょっとほっとしてしまう。


 アオは当然、シュウについていくつもりだったが、2人だけでシュウの元パーティーメンバーに会うのは不安だったのだ。彼らの関係はまだ分からないが、少なくともシュウはオミ達をある程度は信頼しているみたいだし、オミ達がついて来てくれるとなると正直心強い。


 まあ、魔線組への勧誘は断りづらくなるかもしれないけど。


 話をしながら歩いていると、大きな門が見えてきた。


 森の中でもすぐにわかるくらい、背の高い大きな門だった。10メートルくらいのそれはすごい存在感がある。扉は開いていて、出入りが自由になっている。


「ほら! あそこをくぐればワープできるんだ。あの門は飾りみたいな感じなんだけど、あそこを出れば街まではすぐだよ!」


 アキミがどこかはしゃいだように案内してくれた。そして門に向かって走り出すと、手前でこちらを振り返って笑顔を見せた。そのまま手を振ると、門の外へと踏み出していく。


「がっ!」


 アオは思わず叫んだ。門の外に踏み出したアキミが、光に包まれるとすぐに煙のように消えてしまったのだ。


 動揺するアオとは違い、シュウと他のメンバーは落ち着いている。


「まあ、こんな感じだな。あそこを越えれば自動的にワープできるんだよ。ほら。俺たちも行こうぜ」


 シュウに背中を押され、おっかなびっくりで歩いていくアオ。


 でも、門の前に差し掛かった時だった。透明な壁に当たったかと思うとすごい勢いで弾き飛ばされた。


「? ぐあお!」

「お、おい! アオさん!」


 シュウの叫び声を聞きながら意識が途切れそうになってしまう。尻もちをついて上を見上げると、門から数メートル後ろに座り込んでいた。


 アオはなぜか、門を潜ることができなかったのだ。


「が、がう?」

「お、おい。! まさか! アオさんは門をくぐれないってか?」


 シュウの声を、呆然として聞くことしかできないのだった。

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