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第69話 アオの献身

「わ、私たちの中に、2体の魔物が憑りついているかもってこと?」

『さあ! どうじゃろうのお! ワシはお前らの言葉から推理したまで!!! くくくく。決定的な言葉でなければ話せるということか』


 アキミの言葉に嫌らしく笑うエンコウ。アキミは悔しそうだが、エンコウは嬉しそうに笑うのだった。


『ほれ。分かったらワシの拘束を解け。貴様ら下等種族にいいようにされるのは我慢ならんわい。貴様らはワシの言うとおりにするのだ』


 自信満々でそんなことを言い出した、その時だった。エンコウの両手がいきなり拘束される。まるで手錠でも賭けられたように手を拘束されたエンコウは、すさまじい形相でそれを成した女――サナを睨んだ。


『貴様! 無礼な! このワシになんたることを!』

「ああ。腕だけじゃ不十分か。ついでに足も拘束しておきましょう」


 サナが指さすと、エンコウの足が何かに拘束されていく。


 氷の手錠と鎖だった。サナは一瞬にして手錠と鎖を作り出し、エンコウの自由を奪ったのだ。


『貴様! だが! この程度で!』


 エンコウは怒鳴るとともに、息を止めて目を見開いた。


 何かしようとしたエンコウに、警戒するアオたち。だけど、5秒、10秒と時が過ぎても何も起こらない。


『な、なぜだ! なぜこの体は消えぬ! そのガキは、せいぜいで5分ほどしか体を維持できんはずなのに!』

「中途半端、なのかもしれませんね。確かに今のリクくんにはあなたを維持する力はないけど、あなたには魔力でできた体を維持できるんでしょう? あなたがその体を乗っ取ったせいで、それを維持する力はあなたのが使われた。だから、時間になっても魔力が霧散することはないとか?」


 ケイに指摘されたエンコウは歯を食いしばりながら睨みつけた。しかしケイは冷静に指摘し続けてくれた。


「人間が『死のう』と思っただけでは死ねないように、あなたたちも考えただけでは死ねないようになっているのかもしれませんね。少なくとも、リクくんがそうと望まない限りにはその体を壊すことなんてできない。あなたはその体を乗っ取ったつもりかもしれませんが、本当は逆にその体に自ら囚われたということです」

『おのれ! スネグーラチカの力をここまで再現するとは! たかが猿真似しかできぬ下等種族のくせに!」


 猿のエンコウに猿真似とか言われ、微妙な顔になったアオだった。


「うひひ。あんたはもう檻の中ってやつよ。覚悟なさい。きっちり尋問してあげる。拷問だって思いのままなんだから」


 ぐふふと笑うアキミに、エンコウは悔しそうな顔になった。


「サナ姉。サトシ。このお猿さんの口を割らせるよ」

『な、なにを!ワシに何かあればその小僧が無事とは限らんぞ!』


 エンコウが言うが、アキミの表情を崩すことはできなかった。


「えー。でも、その体が消えてもリクには何の影響もなかったよね? 修行で空気に溶けるように消えてったの、何回も見ているし。問題ないっしょ?」

『それはワシがこの体に入っておらん時の話だろう! ワシを傷つければその小僧が無事とは限らんぞ!』


 必死で言うエンコウに、不安そうな顔になるリクだった。アキミは眉を顰めて嫌そうな顔を捨て溜息を吐いた。


「アキミ。痛めつけるのはまた今度で。今日のところは尋問だけしてしまおう」

「ちぇ。残念。いろいろ試したかったのに。じゃあリクは、何かあったときのために待機してほしい。まだ夜は長い。じっくりと、いろんなことをうたってもらうわ。あ、みんなは少し休んでていいからね」


 全然安心していない様子のエンコウだった。サナとサトシも心得たようで、エンコウへの包囲網を狭めていく。


「アキミがやりすぎないようにしなきゃいけないからちょっと面倒よね。あ、シュウさん。コロさんに夜食お願いしてくれる?」

「そうですね。効率的に吐かせないと」


 魔線組の3人はやる気になっている。


 エンコウから情報を引き出す必要はあるけど、どうにも不安だった。


「リク。大丈夫か?」

「だ、大丈夫。俺がしでかしたことだし、最後までちゃんと見ていないと。アキラは先に休んでいてくれ」


 真剣な顔でエンコウを見つめるリクに、アキラは心配そうに話しかけた。名残惜しそうにリクを見ていたが、あきらめたように階段に向かっていく。


「シュウさん」


 部屋に戻ろうとするアオの耳に涼やかな声が聞こえてきた。ケイがシュウを呼び止めたのだ。


「お? 珍しいな。あんたから話しかけてくるなんてよ」

「ちょっと確認したいことがあるんです。少し、お時間をいただけますか? パメラも悪いけど付き合ってほしい」

「へ? 私? いいけど」


 驚くパメラに、ケイは笑顔を向けてきた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだ。アシェリはこの機会にアオくんに聞きたいことがあるんじゃない? 先に戻っててくれる?」

「え? あ、ああ。いいわ。アオくん。戻ろうか。ちょっと相談したいことがあるんだ。なんか、私のハルバードが当たらない気がしてね。イゾウさんに聞けばいいかもだけど、今いないからさぁ。アキラくんも話を聞くのは得意でしょう? ちょっと相談させて?」


 そう言って、アオの背中を押していくアシェリ。アキラも続いたのを見て、アオは後ろ髪を引かれるような思いで地下室を後にしたのだった。



◆◆◆◆



「それで、なんの話だ? 俺はあんたほど頭もよくないし、あんまりいい答えはできねえぞ」


 シュウは頭を掻いて困ったような顔になってしまう。


 アオがケイのことを気にしているのは明らかだった。ケイの背中を切り裂いた罪悪感からかもしれないが、ことあるごとにケイの顔色を窺っていることはシュウから見ればバレバレだった。


「アオくんのことで聞きたいことがあったんです。パーティーでのアオくんの様子とか、ちょっと知りたくて」

「おっ! あんたもアオのことが気になるってか?」

「勉強ばっかりだったケイにもついに春が来た? 最近は年下も悪くないよね! アオくんもイゾウ様ほどじゃないにしろいい男だし!」


 盛り上がる2人に対し、ケイは悲壮な顔をしていた。


「さっき、あのエンコウと言う魔物に襲われた際、アオくんが私をかばってくれたんですけど、そのやり方が気になったんです。あれは。パメラが私たちをかばうのとは全然違った。まるで自分を顧みないで私を助けてくれたようで」

「え? 私と違う? 私、結構適当に動いているからなぁ。イゾウ様から教わるまでタンクの役割とかしか意識したことなかったし」

「俺から見てもいつも通りのアオって感じだったな。ま、相手がケイだったことでちょっと気をつかってためんはあるけどよ」


 ケイは黙って首を振った。


「パメラとアオくんは全然違ったの。パメラは確かに私を守ってくれるけど、それだって無理にかばおうとか、傷つこうとかしないじゃない? 相手の攻撃をはじいたり、受け止めることがあっても自分がダメージを受けるようなことはしなかった」

「それは、まあそうかも? 私も痛い思いをしたいわけじゃないし。盾や剣で敵を止めるのは大前提だよ。アオくんも、牙や爪で受け止めてるんじゃないの?」


 パメラが聞き返すが、ここに来てやっとシュウも気づいた。


「そうか。そう言う、ことか。確かにアオは盾を使っているわけじゃない。人間より硬いからと言って、鎧を着ているわけでもないんだよな。今回みたいに相手が強いと傷ついちまう」

「ええ。そうなんです。パメラのように防御技術があるわけではない。鎧も盾も装備しているわけじゃない。それなのに、私をかばった。まるで、私のかわりに傷つくのが当然というように。彼はいつでもああなのですか? それとも私だけ?」


 シュウは逐次たる思いで振り返っていた。


 アオは、ケイと会う前からもそうだった。仲間が襲われそうになったときは身を挺して盾になった。まるで仲間より自分が傷つくのは当然というように、ためらいもなく前に出ていたのだ。


「アオが、俺たちをかばおうとするのはいつもだ。俺やアキミを自分の身を使って守ってくれていた。サナもだったかな? 虎の耐久力を過信しているとも見えるが・・・」

「ええ。いくら虎の防御力があるとはいえ痛いのは当然でしょう。それなのに、彼にはためらいが全然見えなかった。エンコウの爪で引き裂かれたのに、それに対して気にも止めなかった。私が傷つかなかったことに安堵していたようにも思うんです」

「その気持ちはわからないでもないけど・・・。護衛対象を守れたのは私にとっても誇りだし。でも、かわりに斬られちゃうのはちょっと困るわよね」


 ケイは悲壮な顔をした。


「彼は、もしかしたら自分に何の価値もないと思い込んでいるのかもしれない。前に第1形態の人から相談されたことがあったんです。『魔物の姿になった自分は何の価値もなくなってしまった』『誰もかれもが自分を気味悪く思っているのだろう』とね。彼は自分が虎になったことで同じように思っているかもしれない」

「お、俺はそんなつもりはねえよ! 虎の姿でもアオが大切なのはちげえねえ! 俺にとってアオは、大事な相棒で仲間なんだ!」

「そ、そうよ! アオくんがいい子だってことは私でも分かるよ! あの子が魔物だなんて、そんなことはありえない!」


 必死でアオをかばう2人に、ケイは頷いた。


「私も同意です。アオくんはいつもみんなを気に掛ける、心の優しい子だと思います。でも本人はそう思っていないかもしれない。まるで自分が仲間をかばうことが、自分の価値を証明する唯一の道だと思っているのかも。だから、私たちは彼に伝えないといけない。そんなことをしなくても、アオくんは私たちの大切な仲間だとね」


 暗い表情になるシュウにケイは優しく微笑んだ。


「もちろん、この先には私たちが思いもよらないほどの魔物がいるかもしれない。でも、今のように無理にかばうようでは、結果的にアオくんだけでなくパーティー全体が負けてしまうことにもなりかねない。だからパーティーメンバーのシュウさんには伝えておこうと思ったんです。私も、できうる限りのことはしてみます。彼だけ傷つくのは私にとっても痛い問題ですしね」

「そう・・だな。俺もちゃんと伝えねえとな。言葉だけじゃなく、行動で示してやんねえと。アオは俺の相棒で、俺たちの大切な友人だってな」


 ぎこちなく笑うシュウに、ケイは改めて微笑んだのだった。

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