第68話 エンコウ
「きえっ! きええええ! きしゃああああ!」
猿がすさまじい顔でアオたちを睨んだ。その勢いのまま動こうとするが、足を縫い留められて飛び掛かることができない。矢を両手で引き抜こうとするが、両手から白煙が出てすぐに手を放してしまう。
「ケイ。上手く行ったみたいね」
「ええ。サナさんのご指導のおかげで、何とか光魔法を再現できました」
ケイが猿から視線を離さずにお礼を言った。
「てか、こいつなんだろね? 漂っていた幽霊とかがリクの魔力に取りついたとか?」
「浮遊霊みたいな? お前、そう言うのもわかんのか」
シュウの問いかけに歯を出して「にしし」と笑うアキミだったが、サナがあきれたように溜息を吐いた。
「アキミ。前に言ってたじゃない。幽霊とか信じない派だって」
「ばれたか。あたし、幽霊とかは見たことないから」
舌を出して再び猿を見つめたのだった。
「浮遊霊がいるかどうかは知りませんが、それに憑りつかれたと言うのは薄いでしょうね。私はオリジンで体の一部を代用させることができますが、ただ体の代わりを作るだけでは結合させることはできません。しっかり相手の体に触れ、細胞と魔力を読み取り、それを元に大気中の魔力と合わせないと、傷を癒すことなんてできない」
そしてケイはちらりとリクを盗み見た。
「魔力を出した本人か、それに近い者ではないと、作った対象を動かすことなんてできない」
「ま、待ってください! ぼ、僕は何もしてない! ただそれを作り出しただけで」
リクは焦ったように否定した。
「ちょっと落ち着けよ。大前提としてだがよ。ここにいる誰もが、お前がこんなことをしでかしたとは思ってねえよ。そこは安心しろ」
「え・・・。あ、ああ。うん」
シュウに宥められてリクは少しだけ正気を取り戻したようだ。
「でも、現にお前が作った動物が勝手に動き出した。しかもアオやケイを攻撃までしたんだ。その理由を検証しようってんだ。まずはそこだ。そこから、どうやればお前が戦えるようになるかは考えるからよ。アキラも気を収めてくれ」
アオはそこで始めて気づいた。リクの仲間のアキラが、厳しい目でみんなを睨んでいたことに。アキラは杖を握り締め、今にも殴りかかりそうな態勢だった。
「友達が責められて黙っていられるわけないだろう。リクはこんなことしでかす奴じゃない」
「それは分かってるって。俺にもケイにもリクを責めるつもりなんてねえよ」
「すみませんでした。私にもリクくんを責めるつもりはなかったんです。でもちゃんと原因を掴まないと、せっかくのオリジンが危険だって言われてしまいますから」
アキラの目は険しいままだったが、とりあえずは武器を握った手を緩めてくれたようだった。
「なあケイ。やっぱり見ず知らずの奴が魔力で作った動物を作るのは無理があるのか?」
「ええ。体を操るにはかなり細かい条件をクリアする必要があると思います。おそらく、本人かそれに近いかなり似通った人じゃないとそれはできない。仮に浮遊霊のようなものがいるとして、それでもいきなり体を乗っ取るなんてできないんじゃないかと」
「ああ。臓器を移植するようなもんか。あれって相当に相性が合わないと難しいんだよね?」
アキミが砕いたように説明すると、みんな納得したような顔になった。ただ、ケイの顔だけは依然として愁いを帯びていたのがアオには気になった。
「で、でも! 僕は、本当に、何もしていない!」
「だから大丈夫だって。誰もお前を疑ってねえから」
シュウが苦笑いしながらたしなめると、すぐにまじめな顔になった。
「なあ。お前らも聞いたことがあるだろう? アビリティやスキルについて、『何かに憑りつかれたようだ』とか言って使わないやつがいるのを。あれ、事実じゃねえか? アビリティやスキルって、要は憑りついてきた何かの力を借りているに過ぎねえんじゃねえか?」
アシェリがごくりと喉を鳴らした。
「シュウさんは、リクくんの作った猿を操ったのが憑りついている魔物だというのですね?」
「ああ。魔物の力を使えるほどに近いのなら、作り出した魔力の体に憑依することも難しくないんじゃないかと思ってな。ま、本来なら黙ったままいるほうがいい気がするけどよ。その猿、ちょっと頭が悪そうだし」
シュウが解説した時だった。
『誰が頭が悪いだと!? この下等種族が!』
リクが作り出した猿が、指をさして怒鳴り込んだのだった。
◆◆◆◆
「しゃべったよね? そいつ・・・」
沈黙を破ったのはやはりというかアキミだった。
猿は一瞬「しまった!」と言うような顔をして慌てて手で口を押さえた。
「いやもう遅いから。え? なに? あんたしゃべれんの? 私たちをだますためにだんまり決め込んでいたわけ?」
「うけ? うきき?」
とぼけるように言う猿だったが、当然ながらパメラの追及をかわすことができなかった。慌てて顔を反らすが、パメラは腰に手を当てて覗き込んだ。
「確か備品に大きなたらいみたいのがあったわね。あれにお湯を入れてゆでちゃおっか。この猿が正直に歌いたくなるように。温まれば自然と口も軽くなるでしょう」
「そうですね。コンロとかもあったかと。準備してきますね」
魔線組の二人が恐ろしいことを相談している。アオはあっけにとられていたが、慌てたのはアオだけではなかった。
『ば、ばか! やめろ! ワシはこの体から離れられんのだぞ!』
「お? やっとしゃべったな? さあ、あんたが何者か、吐いてもらいましょうか」
アキミがにやりと笑うが、猿は憎々し気に睨んだまま、口を閉ざした。
「あ、そう言うつもりなんだ。ならこっちにも考えがあるよ。アオ! こいつ、食べていいよ」
「がう?」
驚いて目を見開くが、慌てたのはアオだけではなかった。
『ば、ばか! それはシャレにならんじゃう! 言う! 言うから、そのバケモンをワシに近づかせるな!』
猿にまで化け物呼ばわりされて落ち込みそうになるが、アキミはそんなアオを気にせずに尋問を続けた。
「じゃあ、軽くジャブと行こうか。あんたの名前は? てか、あんたはなんなの?」
往生際悪く猿はとぼけようとするが、アオが「がう!」と軽く脅しつけると、あきらめたように話し出した。
『ワシは、エンコウと言う偉大なる魔物じゃ。貴様ら下等種族になど、本来は触れられんくらい偉大な種なのだぞ。短期間でお前らの言葉を理解するほどの賢くも尊き一族に対し、なんたる無礼か』
「あ~。そう言うのいいから。てか、あんたなんなの? 何でリクの魔力で作り出した動物を操れんのさ」
猿――エンコウは往生際悪くとぼけようとするが、パメラが剣のつばを握ると慌てて話し出した。
『わしらは※※※※によってお前たちと※※※※された一族じゃよ。貴様らごとき下等種族と一緒にされるのは腹立たしい。我らの異能すらも勝手に使われる始末だからの。だが敗れたワシらには逆らうことなどできん。ましてや、お前たちと※※※※されてしもうた後ではな。お前らは理想の形からはどんどん離れて行ってしまったからの。その小僧がこの体を作り出したときは最後のチャンスかと思うたが』
勝手にしゃべりだしたエンコウは、アキミの質問にきちんと答えているとは言えない。しかも、エンコウの言葉に聞き取れない単語が混じっていた。
「え? なに? この期に及んで伏字? 聞き取れない単語があんだけど?」
『かー! 忌々しい! ここは暴食の結界の中と言うに、いまだに我を縛るか!』
叫び声を上げたエンコウだが、次の瞬間にはにやりと笑った。
『いやあ、仕方がないのぉ。ワシは話したいが、どうやら奴らに言葉を制限されているようで。ワシはしゃべりたいんじゃがのぅ』
なぜか嬉しそうに笑ったのだ。
リクやアキラが唖然とする中で、アシェリがしゃべりだした。
「なるほど。あなたは私たちに憑りついた魔物と言うわけね。そしてアビリティとは、あなたたちの力のことか。憑りついたアンタらの力を私たちは使っちゃってたのね。じゃあ、スキルは? スキルは何の力を借りているの?」
理路整然と話すアシェリにエンコウは一瞬だけにやりと笑い、口を歪めながらしゃべり出した。
『憑りつく。と言ったか。くくく! そうかもしれんの。では教えてやろう。貴様らとともにおる種族は、ワシらだけではないということよ。つまり、貴様らがスキルと言う能力を使う一族も、お前たちに憑りついているということじゃ』
そう言って、エンコウは心底楽しそうに笑ったのだった。




