第67話 憑依
「よしゃああああああ!」
リクが叫び声を上げた。また、魔力で猿を作り出すのに成功したのだ。
あの日から3日ほどが過ぎた。イゾウがいないにもかかわらずみんな真面目に修行している。目的意識が明確になったことに加え、リクが新たな力に目覚めたのも大きいだろう。
「ずいぶんと成功率が上がりましたね。1日1回はうまくいっているのではないですか?」
「はい! 食堂にある、ケイさんが作った人形がヒントでした! なんかコツをつかんだらしく、うまくやれるようになったんですよね。まあ、作った状態を維持することはまだできないんですけど」
ケイにおだてられ、リクははにかむように笑った。
「それだって時間の問題じゃねえか。どんどん時間が伸びている気がするぜ。俺たちも部分的には魔物を作り出せるが、なあ?」
「ええ。悔しいけどこれに関してはあなたたちのほうがうまくやれると思うわ。私の場合はハルバードを振り回しているほうが簡単に感じるし」
作成組の4人もずいぶんと打ち解け始めている。シュウもアシェリも魔物の作成がうまくなっていて、リクのように成功させるのも時間の問題かもしれない。
しかし、彼ら以上に順調な者もいたのだった。
「おし! できたぁーー! また成功だぁ!」
「アイカすごい! 黒猫じゃん!」
「こいつ、いつ見ても生意気だよなぁ」
リクに続いて動物を作り出したのは、シュウでもアシェリでもなくアイカだった。アイカは日本で猫を飼っていたらしくアオたちの組に属していながら猫を作り出すことに成功している。
「でもさ。作り出したけど本当にがわだけって感じなんだよね。何の動きもないし。こうやって私が指示しないとなんも動かないし」
アイカが手を上にあげると黒猫は立ち上がった。そして下げると伏せの形を取った。しばらく自在に操った後、アイカは溜息を吐いた。
「こんなふうに動かせるけど、なんか出来の悪いラジコンみたいで複雑な動きは無理なんだよね。これで戦うのは厳しいんじゃないかな」
「オリジンで生物を作るってそんな感じでしょ? 動き出したら逆に怖いわ」
笑いながら言うフウカに、アイカは頬を膨らませている。
アオは何ともなしにリクが作った猿を見つめていた。気のせいか、猿が動いているように思うのだ。すぐに消えてしまうのだけど、その前にこちらを嘲笑ったように感じたのは一度ではない。
「アオくん。どうしました?」
「が、がう!」
アオは慌ててしまう。ケイが不思議そうな顔でこちらを見ていたのだ。
「がう! がうがう!」
慌てて言いつくろうが。当然のことながら言葉が出てこない。醜態をさらさないのはいいことだが、コミュニケーションが取れないのはやっぱり不便だった。
「あー。うん。ま、アオの反応はともかく、あの猿って、確かにちょっとおかしいよね」
「アキミもか。アオも気になってるみたいだし、気のせいではないのかもな」
アキミとサトシが猿に注目している。焦ったのがリクで、あからさまに不安そうな顔をしている。
「いやね。こいつさ。なんか動いた気がしたんだよね。アオもそうなんでしょ?」
「が、がう」
アオが変事をすると、みんなの視線が猿に集まっていくのを感じだ。猿本人はなぜみられているかわからないようで小首をかしげている。
「ぼ、僕は別に・・・。ただオリジンでこいつを作り出しただけで」
「あ、ううん。リクが何かしたとは思ってないよ。そんな奴じゃないのはここでの暮らしを見てたら気づいたし。でもさ。オリジンで作り出した魔物は空っぽで操作するのも本人がコントロールする必要があるよね?」
「え、ええ。私の猫は全然動かせないし。ほら。もう消えちゃった」
消えゆく黒猫を見ることもなくアキミは頷いた。その視線が猿を睨んだままなのが彼女としては珍しいかもしれない。
「リク。念じてくれる? その魔物が、動かないように。封印することをイメージして」
「え? そんなのやったことないけど・・・。こ、こうかな?」
猿がびくりと震えた。そして周りをきょろきょろと見たかと思ったら・・・。
「きしゃぁぁぁあああ!」
凶悪な顔で睨みつけてきた!
「ひ、ひぃ!! ぼ、僕は何もしていないのに!」
「サナ姉! アキラ! 出口を押さえて! こいつ、敵だ!」
おろおろするリクに構わず、サナとアキラが入り口をふさぐように動き出した。
「リク! あんたの猿、何かに取りつかれたのかもしれない! 憑依ってやつ? 悪いけどやるよ」
「え? あ、ああ。う、うん」
アキミの顔は真剣だ。真剣な顔のまま猿を睨み続けている。
「きぇししししし!」
猿が動いた。狙いはケイだ。瞬時に動き出してケイに飛び掛かろうと素早く動き出した。
「がああああああ!」
アオは反射的に叫び声を上げて猿に突撃していた。一気に駆け寄ると右ストレートを放つ。しかし消えるような素早い動きであっさりと躱さてしまう。続く蹴りもひょいと避けられ、アオは悔し気に睨むことしかできない。
「ぎゃししししし!」
猿が笑った。まるで、アオたちを嘲笑しているかのようだった。
猿は腕を思いきり振りかぶった。攻撃を避けたせいでアオと猿には少し距離がある。当てられる間合いには入っていないはずだったが・・・。
「ぎょぎゃああああああああ!」
腕をこちらに振りかぶるにつれ、伸びていく猿の腕! それは離れたアオの顔にも十分に届く間合いだった。
「っがう!」
頬を殴られたアオは、すぐに猿を睨んだ。届くはずのない、間合いだった。でも猿は直前で腕を伸ばすことでアオの頬を引っ搔いて見せたのだ!
「!! ぐお!?」
殴られた跡に熱さを感じ、反射的に頬を押さえるアオ。あの猿の拳はアオの分厚い毛皮を打ち破ってダメージを与えたというのか!
「そんな! あれは、僕のアビリティ!?」
リクの叫びに、思わず猿を見つめてしまう。
「ぎゃははははは!」
猿は醜悪に笑っていた。想像以上の笑い声に、全員がぎょっとしてしまう。まるでのろまなアオを嘲笑っているかのようで、アオはいらいらと睨みつけてしまった。
「ぐき?」
猿が視線を巡らせた。そしてにやりと嫌な笑い方をした。
視線の先にいるのは、ケイ?
「!! そう。来るのですね」
ケイが腰を落とした。飛び掛からんとしている猿を迎え撃とうとするのだろうか。
「ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ!」
猿が足を踏みしめると、ばねのように伸ばしてケイに突進していく。ケイは落ち着いて、猿を撃退しようとするが――。
「があああああああああ!」
アオが素早く回り込んだ。そしてケイの前で両手を広げたのだ。
アオの背中に走る、鋭い痛み。アオはすんでのところでケイの盾になったのだ。
猿を振り返ろうとするが、鋭い痛みにアオは体を震わせた。猿の爪はアオの毛皮を引き裂き、その背に深い傷跡を残していた。
「アオ! そんな!」
泣きそうな顔のリクに、嬉しそうに醜悪な笑みを浮かべる猿。そして猿は、そのまま飛んで逃げようとするが・・・。
「逃がすかよ!」
シュウの棒だった。シュウが昆を振り下ろすと、その場に風が巻き起こった。突然の突風に、さすがの猿もバランスを崩してしまう。
「この人数から逃げられるわけないでしょう!」
突進したのはパメラだった。一瞬にして猿との間合いを縮めると、盾を突き出してその頬を殴りつけた。
「ぎゃっ! ぎょあああ!」
吹き飛ばされ、バウンドする猿、それでも態勢を持ち直した。驚愕したような顔になったのも一瞬だけで、次なる獲物に飛び掛かろうとするが――。
ズドン!
床に縫い留められてしまう。ケイが放った矢が、サルの右足と床を縫い留めたのだ。猿は逃げようともがくが、矢は抜けない。両手で矢を引き抜こうとした瞬間、矢は白い光を放ち、猿は思わず悲鳴を上げてしまう。
「セイクリッド アロー。光魔法を模したオリジンです。これで、あなたはもう動けない」
ケイが冷静に告げた。聖女の、光魔法のすさまじさにアオはごくりと喉を鳴らした。
「きえっ! きえっ! ききいぃぃぃぃぃぃい!」
猿の悔し気な叫びが、あたりに響いたのだった。




