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第66話 嫉妬からの使者

「負けた? おいおいそりゃあ、どういうこった? そもそも勝ちとか負けとかあんのかよ」

「そうね。最上階に言った人間には景品があるとか言ってたけど、ペナルティとかあるとは聞いていない」


 魔線組の2人の問いに、リヴィアは泣きそうになった。


「ワタシタチも、最初は知らされていなかっタ。家族に会えずやけになる人もいたけど、この世界に来たことを喜んでいる人も多かったんデス。まるでゲームみたいな世界で、アトラクションを楽しむように魔物と戦う人も多かっタ。ワタシタチにはスペシャルが備わっていましたカラ」

「スペシャル・・・。アビリティのこと?」


 カマをかけるようにヤヨイが言うと、リヴィアは頷いた。


「エエ。アナタタチにもあるのでショウ? 一人ヒトリに与えられた、奇跡を起こす力ヲ! それがあるからこそ、経験がない私たちでも、戦うことがデキル。神に哀れまれた私たちの、たった一つの希望・・・」


 ユートたちが目配せし合った。魔線組の面々も、そっと情報提供者たちを睥睨している。


「ま、あれに助けられているのは確かだな。はずれを取った奴には申し訳ないけどよ」

「ハズレ?」


 ヤヨイがそっと目を反らしながら説明した。


「あなたたちのところにもいるでしょう? 戦闘にほどんど役に立たない能力を持った人が。ちょっとだけ物を傷つける能力とか、手足を少しだけ伸ばす人とか。あと、枕を返すだけの人とか」

「そうだよな。そう言う能力の奴はしょうがねえよな。敵と戦おうにもどうにもなんねえもん。ま、そこはうまくフォローするしかねえんだけどよ」


 ゲンイチロウが調子を合わせると、リヴィアだけは悲しげな顔をしていたが、他の2人はあからさまに馬鹿にしたような顔になった。


「で、そのスペシャルを使って塔を攻略しようとしたが、お前たちは失敗したわけだ? だが、それで負けたってのはどういうことだ? 何で逃げるような事態になったんだ?」


 リヴィアが口を引き結んだ。でも決心したのか、虚空を睨んだまま説明してくれた。


「攻略を始めて3年目だったと思いマス。街の外に魔物が現れるようになったんデス。最初の一年は一つ目のフロアにいる弱い魔物で、街の住民でもなんとか対処できる程度デシタ。でも2年目からは第2フロアの魔物のが、4年目には第3フロアの魔物が現れだしたんデス。魔物は塔のそばにしか来なかったのですが、その距離も少しズツ長くナッテ」


 みんな、絶句してしまった。リヴィアの言うことが本当なら、時間とともに塔の外に強力な魔物が出現するということになってしまう。


「まじかよ・・・。連中、塔の外にも出られるようになるってか!」

「はじめのころは、塔の周りに現れるだけでシタ。あんまり塔から離れると崩れてしまう魔物もイテ・・・。でも、その距離がどんどん伸びて行って、ついには街に到達する奴らも現れダシテ」


 リヴィアの警告にユートが焦りだした。


「街には戦えないやつもいるんですよ! 衛兵頼りになってしまうってことですか?」

「ワタシタチの街の衛兵は、戦ってはくれませんデシタ。目の前で住民が襲われていても見ないふりをするダケ。自分が襲われた時はさすがに戦っていまシタガ」


 タクミが絶望的な顔になった。


「落ち着けよ。衛兵が頼りになんねえことは前回の時でも分かっただろう? 焦んなよ。心配ねえ。そのために俺たちがいるんじゃねえか」


 横から落ち着いた声を聞いて、一行は正気を取り戻した。ゲンイチロウが貫録を見せて全員の顔を見回した。ヨースケがにやりと笑ったのが印象的だった。


 でも、情報提供者たちの反応は違った。リヴィアですら、悲壮な顔になっている。


「スペシャルを持ち、塔の攻略を進めるあなたたちには自信があるかもしれませんネ。ワタシタチもそうでシタ。ワタシタチは1年もかからずに3フロア目までいけまシタ。デモ、違ったんデス。第4フロアからは魔物の強さが段違いにナル。それまで攻略を進めてイタ仲間たちからも死傷者が出るようにナッテ」

「!! 下がれ!」


 それまで静かにしていたイゾウが叫び出した。慌てて飛びずさる情報提供者の前に何かが通り過ぎた。


 通り過ぎたのは水のレーザーだった。いつの間にかサハギンが、情報提供者と魔線組の面々を引き離したのだ。


 サハギンが6体と、サハギンより二回りほど大きな単眼の筋骨隆々とした単眼の巨人が、ゲンイチロウたちを睨みつけていた。


 いきり立ったのがヨースケで、魔物より先にリヴィアたちを睨んだ。


「てめえら!、俺らをはめた・・・」

「ソンナ! 何でここに『グレンデル』が! ソ、ソウカ! ココにハ暴食の塔がアルかラ!」


 リヴィアの驚きに、演技など見られない。それほど自然な動作だった。


「ちっ。ホントにはめられたか、敵襲なのかは知らねえが」

「それほどの危機と言うわけではあるまい。固いわけではなかったしの」


 いつの間にか白刃をさらしているイゾウに驚きながらも、リヴィアは悲壮な叫び声を上げた。


「に、逃げまショウ! コイツラはおそらくワタシを追ってきたのデス。ワタシを目覚めさせようとして、それデ!!」

「慌てることなどないわ。あと6体くらい何とでもなる。こっちのほうが数が多いわけだしの」


 言うのと同時だった。サハギンの一体の、上半身が滑り落ちていく。イゾウはすれ違いざまにサハギンの胴を両断したのだ。


「▽□●!! ▽□●!!」

「やれやれ。やっぱり外人はうるせえよな。てか、さすが爺さんだな。いつ斬ったのか分かんなかったぜ」


 騒ぎ出す情報提供者たちに対し、ゲンイチロウは落ち着き払っている。ヨースケとヤヨイも驚いてはいるものの取り乱している様子はなかった。


「ギワッ! ギワッ! ギワッ!」

「お前、怯えたな? 俺の前でそれは命とりだぜ」


 騒ぎ出した単眼の巨人に向け、ヨースケが何かを放った。それは魔物に直撃し、何らかの効果を上げるかと思ったが――。


「ぎわわわわわわ!」 


 単眼の魔物には、なんの効果も与えていないようだった。


「ダメデス! そいつは低レベルのスペシャルを封じる力がアル! その魔物の周りでは、レベルの低いスペシャルは使えまセン! アイツニ、ワタシの仲間が何人もやられてしまっテ!」


 悲壮に叫ぶリヴィアを、単眼の魔物が笑ったようだった。


 筋肉質な魔物だった。筋骨隆々で腕なんてリヴィアの胴以上にあるのではないか、そいつはしゃがみこんだまま、ゲンイチロウを指さして笑っていた。


「げははははは!」


 4体のサハギンが一斉にゲンイチロウを襲う。ヨースケとヤヨイが素早く前に出るが、数が足りない。残り2体がゲンイチロウに駆け寄ってくるが・・・。


 ユートたちがゲンイチロウの前に素早く躍り出た。


 彼らは能力を封じられているはずだった。でもなぜか彼らはサハギンたちを容易く足止めする。そしてヤマジが簡単にサハギンを焼き殺した姿に、情報提供者は唖然としていまう。


「ぐぎゃああああ!」


 怒りに顔を染めた単眼の魔物の前にイゾウが躍り出た。


「ダ、ダメデス! ソイツの近く、ダメ! 近くなるト、封じる力も強くナル!」


 リヴィアの声が聞こえているはずなのに、イゾウは笑っているようだった。


 そして向き合う、イゾウと単眼の魔物。


 見つめ合ったのは一瞬だった。


 1人と1体は同時に駆け出していく。単眼の魔物が振り下ろした拳をイゾウはすんでのところで躱し、そして魔物の脇をすり抜けていった。


 一瞬にして位置を入れ替えた両者だった。イゾウは振り返りながら姿勢を戻し、刀の血のりを振り払った。そして悠然と白刃を鞘に納めると同時に、魔物は膝をついて倒れていく。


 リヴィアは目を見開いていた。倒れた魔物の脇から胸にかけて、鋭い傷が生まれていたのだ。粒子になってきえていく魔物と相手にもしないイゾウを交互に見ていた。


「コ、コレが、ジャパニーズ・サムライ・・・」


 リヴィアはもちろん、その護衛の2人も絶句している。彼らを苦しめていたはずの魔物が、あまりにあっさりと倒されたのだ。


「おう! 爺さん! さすがだな! 力を使わずにあのデカ物を瞬殺かよ!」

「力!? 使ったぞ。さすがにこんなデカブツ、魔力なしで倒すのには骨が折れるわい」

 

 こともなげに答えるイゾウにいぶかしげな顔をしながら、ゲンイチロウはユートたちに向きなおった。


「若え奴らもすげえな! 息ぴったりだったぜ! あれか? 爺さんの教えか?」

「え、ええ。僕らちはイゾウさんの教えを受けていますから。大したことはないですけどね」


 恐縮仕切りのユートをほめたのは意外な人物だった。


「いやいや。本当に大したもんだぜ? 俺とヤヨイの穴を一瞬で防いでくれるとはな。助かったぜ。お前らのおかげでうちの親父が戦わずに済んだ」

「いえいえ! 僕らは護衛にやとわれただけですから! 本当に、当たり前のことをしただけなんです」


 しきりに恐縮するエイタたちの肩を、ヨースケが嬉しそうに叩いた。


 その様子を唖然として見ていたのはリヴィアだった。


『これが、暴食の塔の探索者・・・。私たちとは、あまりに違う』

『リヴィア?』


 護衛が何かを話しかけるが、リヴィアは茫然と頷くだけだった。


「おう! お前ら! お前らの仲間を受け入れるって話、前向きに考えてやってもいい。こっちもお前らにしてほしいことがあるからな」

「ハ、ハイ! 本当に助かりマス! ワタシタチの仲間は戦えない人が多いデスシ、ワタシタチもこれ以上戦うワケニハイカナイモノで・・・」


 イゾウがいぶかし気にリヴィアを見たが、ゲンイチロウは構わずに言葉を続けた。


「なぁに。あの程度の魔物にビビってたお前らに戦力はそれほど期待してねえよ。だが、こっちは人手が必要なんだ。お前らにはやってほしいことがあるからよ」


 そう笑うと、今度はイゾウに向きなおった。


「爺さんにも改めて頼みたいことがある。あとでメールをよこすから、ちょっと検討してくれ。他の若えのも、今回は本当にいい仕事だった。報酬は色を付けてやるからよ」


 ゲンイチロウは豪快に笑うと、情報提供者一人一人の顔をじっくりと見回した。


「てめえらの安全は、俺たち魔線組が保証するぜ。よく生き残ったな。おめえたちがこの街で生きていけるように、おれたちがなんとかしてやるよ」


 そう言って、ゲンイチロウは人好きのする笑みを浮かべたのだった。



◆◆◆◆



『リヴィア?』

『あの侍が使っていた技、スペシャルじゃなかったわ。それに、気づいた? 私がスペシャルのことを説明したとき、後ろの人たちが変な表情をしていたのを。多分、この塔の人たちには何かがある。私たちとも高慢の連中とも違う、なにかが』


 リヴィアは先ほどよりも険しい顔でゲンイチロウたちを見つめていた。


『しかし、まさかグレンデルを一撃とはな。君がサムライにご執心な理由が分かった気がするよ』

『私もサムライなんてテレビの中だけの生き物だと思っていたけどね。まさかあの単眼のグレンデルが死ぬところを見られるなんてね。あいつに、仲間たちがどれだけ殺されたことか』


 悔し気に爪を噛むリヴィアは、暗い目をしていた。


『しかし、よかったのか? あのサムライたちはともかく、マセングミの連中はスペシャルに頼っていたみたいだぞ。彼らにあのことを伝えないでいいのか』

『あの事を告げるタイミングはまだ早いと思う。もう少し様子をうかがって、言える人を見つけないと。あのサムライは第一候補だけど、あの人はマセングミに属しているようではなかったし』


 そう言うと、リヴィアは冷たい目で護衛を睨みつけた。


『気を抜かないでね。私たちは暴食の一番のグループに認められたけど、それですべてが決まったわけではない。彼らの信頼を勝ち取らなきゃいけないのだから。あの情報はそれを決定づける要素にもなりかねないわ』


 そう言うと、リヴィアはあのほっとするような顔でゲンイチロウたちに話しかけた。


「ワタシタチもお役に立てるよう頑張りマス。きっとあなたたちをさらに上へと行かせてあげますカラ」

「おう! 頼りにしてるぜ! まあ、悪いようにはしねえからよ!」


 がははと笑うゲンイチロウを笑顔で見ながら、思うのだ。


 はたして彼らは真実を知った時にどう思うのだろうか。


 あのスペシャルを使った成れの果てに、あんなことが起こると知ったらどうするつもりだろうか。


 自分たちのために、彼らが自暴自棄にならないことを祈るのだった。

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