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第65話 情報提供者

「えっと、魔線組のトップと知り合いなんですか」


 声を潜めながら、ユートが尋ねた。やはり魔線組のトップとイゾウが親し気に話していたのに驚いたのだろう。他のメンバーも固唾を飲んでイゾウの返事を待っている。


「この爺さんとは同じ店でよく飲んでたんだよ。最初はお互いの素性なんか言わなかったけど、そのうちな。ま、年齢や立場を超えた飲み仲間ってやつさ」

「赤堤市は狭い場所だからの。旨い店を探せば自然とかち合うのよ。ま、それだけコロの腕は突出しているわけだ」


 納得したユートたちとは対照的に、ゲンイチロウは声を荒げた。


「てか爺さん! ひでえじゃねえか! 大将を独り占めするなんてよ! 俺だって大将の料理を食いたいのに!」

「ふん。ワシについて来てくれるのはコロの意志だ。ワシが何か言ったわけではないわ。そんなことよりなんだ? ワシの力を貸せとはどういうつもりだ」


 不機嫌そうなイゾウに慌てたのはむしろ護衛のヤヨイで、ゲンイチロウは楽しげに笑うだけだった。ヤヨイは慌てて説明してくれた。


「この前、街が魔物に襲撃されたのはご存じですよね? 犯人は死亡して情報を得られなかったのですが、主犯の知り合いを名乗る女性からコンタクトがあったんです」

「む。犯人の仲間からコンタクトとな」


 イゾウが言うと、ヨースケがにやにや笑いながら説明を引き継いだ。


「犯人の仲間かどうかは分からないですけどねぇ。でも、英語圏の外人ってことは間違いない。前回の襲撃時に俺たちはスラムで外人が暴れているのを見ているし、奴が残したスマホも英語表記でしたから」


 どうやら魔線組は、襲撃者のスマホを調べたらしく、その情報をきっちりと共有しているらしい。


「うちが調べたところ、ここに転移した665名の中に外国人はいません。だから、襲撃者がこちらの人間と言う可能性は少ない」

「つまり、私たち以外にも転移した人間がいるかもしれないということです」


 思案顔をしたのはユートだった。


「てっきり俺たちだけがこの世界に来たのかと思っていたけど、そうじゃないかもってことですね」

「俺たち以外に、外国人が何名もこの世界に転移されたかもしれねえってことだ。そんで、そいつらは俺たちが知らねえ力を持っている可能性がある」


 一瞬だけ沈黙が落ちた。そしてヤマジが、思いついたように大声を出した。


「そ、そうか! 襲撃が人為的に起こされたとしたら魔物を呼んだのはその犯人ってことになる。つまり、魔物を呼ぶスキルが実現するかもってことですね!」

「そう言うことさ。魔物を呼び出すようなアビリティはまだ確認されていない。そしてあの時襲撃してきたサハギンって魔物はこっちでは見かけない魔物だった。俺たちの知らない魔物を呼び出せるアビリティを持っている可能性があるってことさ」


 ニヤつきながらのヨースケには釈然としないものを感じながらも、それでもユートたちは納得したようだった。


「その、情報提供者と言うのは」

「分からん。向こうから手紙が届いたんだ。たどたどしい日本語と、きっちりした英語でな」

「一応私は留学経験があるから、向こうの文章は読めたんです。そこにはあの襲撃の経緯と、一度会って話したい旨が書かれていて。襲撃者とは別グループみたいだけど一度会って話したいと言ってきたんです」


 イゾウは納得しつつも、面白がるようにゲンイチロウを見つめた。


「経緯は分かったが、こういうのはもっと下の者が最初にコンタクトを取るものではないのか?」

「俺が出張った理由は2つある。1つは、手紙の主がかなり切羽詰まっていたことだ。それも、今日明日には命を失いそうだという危機感を感じた。俺は録音した声を聞いただけだが、何かに怯えているようだったな。もう1つは、いわば勘よ。俺自身が、絶対に会っておかなきゃなんねえ気がしたんだ」


 牙を撫でるゲンイチロウにイゾウはにやりと笑いかけた。


「勘か。嫌いではないが非科学的だな。お前がそんなものに影響されるとは思わなかったぞ」

「俺だって意外だったんだけどよ。どうにも胸騒ぎが収まんねえんだ。ここで絶対にあっておかなきゃいけない気がしてよ。こんなの初めてだぜ」


 ゲンイチロウが寂しげに笑っていた。イゾウは溜息を吐くと、護衛をしている魔線組2人に話しかけた。


「お前らも大変だな。こんなことに付き合わされるなんて」

「なに。親父が間違えるはずがねえ。この会談もきっと意味があるに違いないんだ」


 即答するヨースケにさすがのイゾウも怯んだ。


「すいません。この人、いつもこうですから。これが平常運転ですから。今回もオミさんやレンジの奴を押しのけるように立候補しちゃったし。本当は私もゆっくりしたかったのに」

「お、おう。おう? 相変わらずのようだな」


 珍しく苦笑するイゾウに、ゲンイチロウすらも戸惑ったようだった。


「しかし、よくオミの奴が納得したものだな、かなりもめたのではないか?」

「魔線組にもいろいろあるってことさ。この際だが、言っておこうか。レンジってやつの班がもめている。新しく入ったミナトってやつが、ちょっとな。それでオミが呼び出されててんてこ舞いってやつよ」


 ヨースケは言うが、さすがにこれ以上の情報を伝える気はなさそうだった。


「ま。そんな感じだ。これから情報提供者に会うんだが爺さんには俺の護衛をしてほしいんだよ。本来ならヨースケ達がいりゃ大丈夫だと思うんだけどな。どうにも嫌な予感が消えねえんだ」

「ふむ」


 イゾウは考え込んでいるようだった。


「ワシはな。ずっとこの街の戦いとは距離を置いてきた。あえて街の主権から距離を置き、その分だけ塔の攻略に力を注いできた。ワシが皆のためにできることは誰よりも早く塔を攻略することだと思ったからな」

「そいつは、わかっているつもりだ。爺さんと大将からの情報にはいつも感謝している。クリアの景品とやらが何なのかはわからねえ。でも、景品に希望を感じている奴は多い。もしかしたら、クリア特典として日本に帰れるかもとな。だが」


 言葉を続けようとしたゲンイチロウを、イゾウは手で制した。


「ワシは街の戦いには関与せぬ。今までも、これからもな。しかし、しかしだ」


 イゾウはにやりと笑った。


「飲み仲間の頼みを聞く。それくらいの自由はあってもいいと思うのだ」

「おお! じゃあ!」


 溜息を吐くイゾウの顔は、どこか晴れやかだった。


「と言うわけで、済まぬな。ワシはこ奴の護衛をしようと思う。正直なところ、その情報提供者というヤツの話も気になる。護衛ついでに情報収集をと考えておるのだ」

「待ってください」


 ユートに止められて、イゾウは口を強く結んだ。ユートは友人たちを見回すと、みんなが同意したように頷いた。


「僕らもついていかせてください。これでも第2層まで到達した探索者です。あれの修行も進めているし、決して足を引っ張ることはないでしょう」

「よいのか? 戦いになるやもしれぬぞ」


 問われたユートは真剣な顔で頷いた。


「覚悟の上です。僕たちも、生半可な覚悟でここにいるわけではないですから」

「そうだよ。命を惜しむならこんなところにいるはずはないさ。俺たちは、命がけで攻略するために、塔に来たんだからな」


 若者たちの覚悟を聞いて、イゾウはうれしいような、申し訳ないような表情を浮かべた。


「覚悟があるというのなら、ワシは何も言うまい。それでは、行くとしようか。源もそれでいいか?」

「ま、護衛の数が増えるのには問題はないさ。そいつらの素性は知っているからな。この状態で裏切るなんてこともねえだろうし」


 ゲンイチロウの言葉に頷くと、ヨースケが言葉を続けた。


「それじゃあ、情報提供者の顔を拝むとしようや。落ち合う場所は決まっている。町はずれの廃墟に、今日の15時に来てほしいとさ」


 ヨースケの言葉に、誰かがごくりと喉を鳴らしたのだった。



◆◆◆◆



 一行は町はずれのビルの中に来ていた。あと10分ほどで待ち合わせの15時を迎えるとあって、一行に緊張感が走っている。


「本当にここで合っているんですよね? もうすぐ時間なのに誰も来る気配がしないけど」

「この場所でいいはずだ。何かトラブルでもあったのか?」


 ヨースケも首をかしげている。あと10分しかないのに、誰も来る気配がない。ビルの前の道を見ても、人っ子一人いないのだ。


「え、えっとぉ。相手が時間を間違えているとか?」

「そうではないらしいの。到着したらしい」


 いぶかしげな顔をしたエイタだが、気づいて素早く振り返った。


 そして、絶句してしまう。


 いつの間にかそこに、4人の人影が佇んでいたのだから。ローブを着て、怪しいフードをかぶった4人組が誰にも気づかれずに現れていたのだ。


「う、嘘だろ? いつの間に」

「皆サマ、本日は来てくださいマシタ。皆サマとお会いできて、とても、うれしいデス。まだ日本語が準備しきれなくテ、変な言葉で申し訳ナイデス」


 女の声だった。たどたどしく、聞き取りづらい発音だったが、それは確かに日本語だった。


「白人、ね。やっぱり外国人がこの世界に来ているということか」

「ワタシが知るかぎリ、この世界に初めて転移されたのは、アメリカの人だったハズ。アナタたち日本人は、むしろあとから来たのデス。最初に転移されたのは、もう15年も前のことなんデスヨ」


 そう言うと、その人物はかぶっていたフードを外した。赤い髪をポニーテールでまとめた20代半ばくらいの女は、青い目を光らせて優しく微笑んでいた。


 美人だった。つやのある赤い髪に青く大きな目が何ともマッチしている。そことなく微笑む様は、どこか愛嬌があった。左の手首に動物のしっぽのようなアクセサリをつけているのが印象的だった。


「えっと、あの」

「ワタシのことは『リヴィア』と呼んでクダサイ。日本人に会えて光栄デス。私、二本のアニメが大好きデ、言葉も一生懸命勉強シマシタ」

「リヴィア?」


 リヴィアは隣の大男に呼ばれ、リヴィアは緩んだ顔を引き締めて姿勢を正した。彼女は残念そうにうつむくと、よく光る眼でゲンイチロウを見つめてきた。


「前の日、暴食の街を襲ったのは、嫉妬の街に属する人間でシタ。彼はワタシタチのグループの人ではなかったけど、ここに迷惑をかけたようで悲しく思ってイマス」


 リヴィアは言うが、やはり謝罪するというスタンスではないらしい。あくまでほかのグループの人間がやったことだと言い張るつもりのようだった。


 鷹揚に頷いたのはゲンイチロウだった。


「お前らのグループに所属してないってんなら、謝罪とかする気も起らないか。本当かどうかは分からんが。まあいい。んで? お前らは俺たちに何の用だ?」

「あなたタチにお願いがありマス。私たちのグループの人間をこの街に受け入れてホシイ。ワタシタチの街にはもう食料もほとんどなくて、逃げるのに疲れてしまった人ばかりデス」


 リビアの言葉に、イゾウたちは顔を見合わせた。


「逃げている? あなたたちは、何かから逃げているということ?」


 ヤヨイが聞くと、リヴィアは何かをこらえるように目をつむった。


「ワタシタチは、負けたのデス。嫉妬の塔ニ。あそこにあらわれた魔物たちニ」


 そう言ったリヴィアの顔は苦悶に満ちていた。

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