第64話 最強の探索者と魔線組の頭
「マスター。最近どうよ」
「お前ら、久しぶりに来たと思ったらなんだよ。情報を聞き出したいならもっとうまくやれ。うちの常連だって、もっとさりげなく聞いてくるぞ」
にべもなく言われて、ヤマジは撃沈してしまった。
買い出しを終えたユートたちは喫茶店に寄ったのだが、ヤマジは店主に冷たくあしらわれてしまった。声を立てずに笑う店主に、言葉を返すことができない。
「こういうのはアキラの役目だったからね。あいつ、毒舌だけど口がうまいから」
「あー。腕の見せ所だと思ったんだけどなー」
ヤマジがだらしなくコーヒーをすすりながらぼやいた。
「しばらく来んうちにずいぶんと街の雰囲気が変わったの」
「やはり植草先生にはわかりますか。ここだけの話、最近は正同命会が勢いを落として、魔線組が幅を利かせているんですよ。街が襲撃されたときの醜態が広まって、教主の支持もなくなったようで。まあ正直、あそこは聖女が顔な面もありましたからね。彼女を追放したとなると、ねえ」
イゾウはちゃっかりと店主から情報を聞き出している。ヤマジがさらに落ち込みだしたのは言うまでもない。
店主によると、前回の騒ぎで生同盟会は支持を失い、魔線組は勢いづいたと言われているが、それはあの時の失言だけが原因ではないらしい。トップのほうの態度が明らかに違ったそうだ。
「魔線組の頭はあれでうちにもよく顔を出してくれるからな。その辺はいつも偉そうな正同命会の教主とは違う感じだな。正同命会もケイちゃんがいたころはいろいろ力になってくれたが、今は塔の攻略ばっかりさ。炊き出しもほとんどやらなくなったみたいだし」
店主がぼやいた時だった。
カランカラン。
鈴が鳴ると同時に新たな客が入ってきた。
白く輝く鎧に、切れ長で鋭い目をした男。疲れたような顔をして入店してきたのは、生同命会最強と言われるマルスに他ならなかった。
マルスはイゾウを見つけると鋭い目で睨んできた。
「これはこれは。植草先生ではないですか。しばらく見ないから心配していたんですよ。第3階層の初攻略も、我々に譲っていただきましたし」
「まあいろいろあっての。お主こそ疲れておるようだが?」
口ごもったマルスに対し、彼に続くパーティーメンバー・・・特にトアとミオが激高し出した。
「あんた! なんだその態度は! 時代遅れの老害のくせに!」
「そうよ! なによ! これ見よがしに侍のコスプレなんかして! あんたなんかもう古い! そんなだから私たちに初攻略をうばわれるんだよ! これからは私たちの後に歩くことね!」
ユートは眉を顰め、エイタとタクミも険しい表情をしていた。そうした中、イゾウだけはなぜか心配そうな目でマルスを見つめていた。
「ミオ。やめろ。トアもだ。植草先生は、すっと塔攻略のトップを走ってきたお方だ。この方に励まされた会員も多い。敬意を払いなさい」
「でも!!」
ミオたちが、さらに何かを言い出しそうとした、その時だった。
「おいおい威勢がいいじゃねえか。だが、ここは街の衆の憩いの場だろう? こんなところで騒ぎを起こすなんざ、感心しねえな」
新たに入ってきた大男に、セリフを奪われてしまう。
ミオはそのまま目を見開いた。まさかの人物の来訪にトアも、口を開けて呆然としてしまっていた。
「あ、あんたは! なんで、こんなところに」
「こんなところとはご挨拶だな。俺はお前らんとこの大将と違ってちょくちょくここにきているんだぜ? なあ?」
「ええ。ゲンイチロウ様にはいつもごひいきにしていただいています」
魔線組を率いる真原 源一郎の登場で、勝気な女性2人は絶句した。だがすぐに目を吊り上げて魔線組の面々を睨み始めた。
「ここで会ったが運の尽き! あんたたちを!」
「おっと。こんなところで剣を抜くのか? いいぜぇ? 抜きたきゃ抜けよ。その時がお前の最後だがなぁ」
ヨースケがにやりと笑った。どうやらゲンイチロウの護衛をしているらしく。不敵な笑みで正同命会の一行を睨んでいる。
「私たちは力を付けた! 第3階層だって攻略してみせたじゃない! 私たちの力を、後悔しながら見ればいい!!」
「どっちが強いかとかどうでもいいけどよぉ。この場で剣を抜いたらどっちが悪いことになるんだろうなぁ? この街の衛兵はきっとお前を攻撃するぞ? お前、衛兵に勝てるほど強いのかよ」
見下しながら笑うヨースケだった。マルスは一瞬柄に手をかけたが、何かをこらえるようにそのまま構えを解いた。
「ほう。お前、抑えているじゃねえか。少しは反省したのかね。なにせ、お前が激高しちまったせいで、みすみす聖女を離脱させちまったんだからよ」
「あのうさん臭い女のことなんてどうでもいいのよ! なにさ! 勝手に離脱したくせにこっちばかり責めてきて! 今、塔の攻略を進めているのは私たちだ! その侍もどきもまじめ面した聖女も関係ない!!」
「やめろ、ミオ。ここで騒ぎを起こすな」
叫び声をあげるミオを制したマルスは、すがるような目でイゾウを見つめた。
「あなたは塔の攻略をあきらめたのか? もう塔の制覇を目指して動くことはないのか?」
「マルス!? こんな侍もどきなんて相手する必要はないじゃない!!」
困惑したように言い募るトアをまるで相手にもせず、マルスはただイゾウだけを見つめていた。
「塔の制覇をあきらめたわけではないぞ。今は他にすべきことがあり、それを優先しておるだけだ」
「我らが塔の攻略の他に何をやるというのだ!! 今この時も、不安に縛られている人は多いのだぞ!!」
マルスが瞬時に激高した。急に頭にを登らせた彼を、彼のパーティーメンバーはあっけに取られたように目を見開いている。
「ふん。すべては塔を攻略するためよ。急いで慌てて、それで全滅しては何にもならぬ。そのことはお主が一番身にしみてわかっているはずだが? 急がば回れという言葉を知らんのか?」
「くっ! それでも我らに期待する人は多いのだぞ! 何を悠長なことを!! いいだろう! 我らがこのまま第4階層を制させてもらう! 後で後悔するがいい!」
そう言うと。マルスは肩をいからせて出ていった。彼のパーティーメンバーは一瞬ポカンとしたものの、慌てて彼の後を追っていく。
「あいつ・・・。少しは変わったか? 以前のあいつなら激高して剣を抜いたろうにな。正同命会最強としての自覚がやっと芽生えたとかか?」
「少し意外でしたわね。イゾウさんにケチをつけるというよりは塔の攻略に来ないことを責めているようでした。以前は自分たちだけで十分で、他は邪魔ものって感じ、していましたよね? もっと自信に満ちている感じがしたんですけど」
ヨースケとヤヨイがマルスが不思議そうな顔をしていた。
「でも、やっぱりいけ好かないやつでしたね。前に言われたことがあるんです。お前たちのうわさは聞いているって言ってたけど、終始上から言われているように感じたんです」
「あれはほんとにムカついたよな! 俺たちのこと、ろくにアビリティが使えないってバカにして! まあ、選別にもらった金貨は、ありがたく使わせてもらったけど」
バツの悪そうなヤマジを見て、イゾウは豪快に笑った。
「まあいいではないか。奴らが本気で塔を攻略してくれるから我らは時間を使えるということでもある。最高戦力が塔にチャレンジし続けることで、他の連中にも塔の攻略を進めていることをアピールできるからな」
イゾウ的にはマルスに対する印象は悪くないようだった。したり顔で頷くヨースケ達を見るに、そう言う考えは魔線組にもあるようだ。
「それにしても、お主らはずいぶんといいタイミングで現れたではないか。まるで出番を伺っていたように思えるぞ」
「そいつは偶然だが、ま、当たり前の話かもしんねえな。俺たちは爺さんを追ってここに来たからよ。ちょいと爺さんに頼みたいことがあってよ」
イゾウはいぶかしげな顔をした。
「頼み、のう。ワシに頼みたいことと言うのは武力か? お主には頼りになる部下が何人もいるだろうに」
「確かにこいつらは頼りになるがな。こいつらだけじゃあ間に合わん事態になるかもしれねえのよ。爺さんにも益のあることだから、ちょいと面を貸してくんねえか」
そう言って、魔線組を率いる真原源一郎は人好きのする顔で微笑んだのだった。




