第62話 修行の期間と買い出し
「はっ。はっ。はっ」
「そうだアオ。その突きだ。それを忘れるでないぞ。無意識でもそれが放てるよう、体に染み込ませるのだ」
延々と突きを繰り返すアオに、イゾウは楽しそうに呼び掛け続けた。
サナが指揮する向こうの動きはちょっと派手だった。
「おおっ! 剣が燃えた! これ、魔法剣ってやつですよね?」
「スキルもなしに発動させるなんてさすがっすね」
アイカとカイトにほめられて、まんざらでもなさそうなユートだった。修行を始めてまだ1週間なのに、ユートはすでにオリジンを発現させることに成功している。
一方で、順調ではない者も多かった。その代表格がケイたちのグループだ。
「うわ・・・。また、崩れた」
「なかなかうまくいかないわね。一応、資料通りにやってるはずなんだけど」
リクとアシェリは困惑顔だ。シュウも厳しい目でカラスのような土の塊を睨んでいる。イメージを固めるために粘土で動物を作ったようだが、それが結果に結びついていない。
ケイたちは勉強会をしたり粘土でイメージの動物を作ったりナナイに資料を借りたりしている。ケイに至ってはオリジンで人体模型のようなものまで作って説明しているが、アオが夢で見たアゲハのトンボのように、生き物を再生するには誰も至っていない。
「がう?」
「ああアオか。いやな、手ごたえはあるんだ。多分、この方法をもうちっとうまくやれば、魔力の形を変えることができると思う。やっぱり練度が足りねえのかな。でもなぁ。なんかに邪魔されているみたいにうまくいかねえんだよなぁ」
シュウは悔しそうに頭を掻いた。
「魔力をもっと自在に操れるようになれと言うことですかね。私のオリジンと比べても、皆さんの魔力はまだ精密性が足りないと思います。それに、私の場合は体のごく一部を具現するだけで済みますが、皆さんは全身を生み出さなければなりませんから」
困ったように言葉を落とすケイに、みんなが疲れたように息を吐いたのだった。
◆◆◆◆
「時間が足りないわ」
夕食の席で、アシェリがそう漏らした。一向にうまくいかないオリジンの作成に思わずと言った形でつぶやいた。
「そうですね。僕ももう少し時間が欲しいかも。一つ、何かを掴んだ気がしているんですけど、あと1週間でオリジンを構築するのは無理ですよ」
そう言って、リクは上目づかいでイゾウを見た。当初、みんな期間は2週間くらいと考えていたが、実際にオリジンを試してみてそれでは足りないと実感したらしい。
「やはりお主らはあと1週間しか時間が取れんのかの。ワシも2週間で基礎を作るには無理があると思う。もう少し・・・。いやだいぶん。基礎が固まるまで修行がしたいのぉ」
そう言ってちらちらとアオを見つめてきた。
「が、がう。がうがうがうがうがうがう」
「えっとね。アオは食糧問題さえ何とかなればいつまでも修行していいって言ってるよ。あたしとしても不満はないなぁ。ここの暮らし、結構快適だし」
イゾウはあからさまににやりとした。
「金ならあるぞ。物価が上がっても、1年くらいは籠れるくらいの貯えがある」
「お、俺たちも! 俺たちにも蓄えはあります! せっかく修行方法が見つかったんだ! キリのいいところまで頑張りたい!」
「そうだよな。せめて、ちゃんと戦えるようになるまで基礎を身に着けたい。障壁、もっとちゃんと張れるようになりたいし」
みんな、修行の延長には賛成らしかった。ここなら魔物への警戒なしにゆっくり休めるし、コロの料理もおいしい。ここで暮らせるのは快適なのかもしれない。
「ちょっと待って。もっと長い期間、ここで暮らすの?」
そんな疑問を言ったのはサナだった。まさかの言葉に、みんながあからさまにうろたえた。
「あ、あの、サナさん?」
「明確に決まっていなかったけど、2週間くらいって話だったわよね? それを翻すの? ここでもっと暮らすなんて聞いていない。ちょっと納得できないんだけど」
冷たい声で言い募るが、サナは意外なことを言い出した。
「ねえ。アオくん。長く暮らすなら、さすがにずっとみんながあの部屋で過ごすのはありえないと思うのよ。一人の時間も必要でしょう? 私たちは女子なんだし」
「ああ。確かに。一人になりたいってときはあるよね」
アキミがサナの声に納得している。
「確かにここは快適よ? でも街の宿屋と違って一人になれないのは問題だわ。同じ女性とはいえ、ずっと一緒にいるのは息が詰まる」
「ええー? あたしはあんまり気にしないけどなぁ」
パメラはそう言うが、他のメンバーはサナの言葉に賛成らしかった。
「やっぱり一人になる時間って必要だと思うわけよ。ほら、私やアキミって、個人部屋のオーナーになる権利があるわけじゃない? 一人部屋を使う権利も欲しいんだけど、駄目かな?」
「が、がう!」
サナに上目遣いでお願いされて、思わず承諾するアオ。自分に向けられる冷たい視線に気づくと慌てて言い訳する。
「がう! がうがう! がうがうがうがう!」
「ええ? 許可が得られれば誰でもいいって? まあ、それはうれしいんだけどさ」
アキミは納得していない表情だ。ちらりとケイの顔色を窺うと、目が合って微笑んでくれた。その表情から、アオにどんな印象を持ったかは読みとれない。
「確かに一人で過ごす環境は格別よのぉ。所有権を持った者は、ワシとアオ、サナ嬢とアキミとサトシ、そしてケイ嬢だったな」
「ちきしょう。なんで俺はダメなんだ」
余裕たっぷりのイゾウに対し、シュウは悔し気に吐き捨てた。ナナイに所有者の権利を聞いた時に選ばれなかったことに納得していないらしかった。
「がう! がうがう!」
「え? それでもオーナーとして所有権を認める? でもなあ。あたしはありがたいけど」
翻訳したアキミは、あきれたように溜息を吐いた。
「でも、なんなんでしょうね。その、部屋を所有する条件ってのは?」
「おそらくだが、オリジンの有無だと考えておる」
イゾウの言葉に、全員が注目した。
「オリジン、ですか」
「ああ。所有権を持つ者は例外なくオリジンの使い手だった。コロはアビリティをよく使うし、シュウは最近まで魔力の鍛え方すらも分からんかっただろう? 対してワシはオリジンしか使わんし、アオはそもそもアビリティやスキルすら持っておらん」
「そうだね。あたしもオリジンをメインで鍛えてるし、サトシも最近は槍技ばっかり。サナ姉は、オリジンでアビリティやスキルを再現するのに躍起になっているし」
言われてみればそうかもしれない。まるでLがそうするように仕向けているみたいでアオは背中に冷たいものが走るように感じていた。
それでも、アオはオリジンを鍛えるという方針に反対することはないのだけど。
「ま、オリジン云々はともかく! これで私も個人部屋を使えるのね!」
「そうかぁ。俺はそうでもないけど、確かにあれば便利かもね。ユートたちはいつでも来ていいからな。一人になりたいときは言ってくれ。アオもたまには遊びに来てくれよな」
サトシが言うと、ユートたちは朗らかに笑ってみせた。年が近いこともあって彼らとは本当に仲の良い友人になっていた。
「ああ。いいわぁ! 久しぶりの自分の部屋が持てるなんて! 街には帰れなくなったから本当にうれしい! そうだ! いろいろ買い揃えないと」
「あ、サナ姉。だめだよ。あたしたちはオミさんから街に戻らないよう言われているんだから。指名手配とかされているかもしれないし」
喜ぶサナを、珍しいことにアキミが待ったをかけた。
「そう言えばそうですよね。結構自由に過ごしていたからすっかり忘れてたよ」
「ま、私たちも街には戻れないんだけどね」
アイカが思い出したように言い、アシェリは残念そうだった。
「でも、このままここに籠るなら食料はもっと仕入れておきたいんですけどね。やっぱり新鮮な食べ物は、取っておきたいところですし」
「そうですよね。でも、私たち正同命会組は、指名手配されている気がしますし。万が一マルスたちに会うとトラブルになっちゃいます」
コロとケイの言葉を聞いてユートが手を上げた。
「じゃあ、俺が買い出しに行きましょうか? 街がどうなったか気になっているし、街やスラムには知り合いもいるから。一回様子を見ておきたいんですよね」
「ユートくん。あとで買ってきてほしいもののリスト渡すから」
すかさずいうサナに、みんなあきれ顔だった。
「でも大丈夫かな? ユートたちも狙われてるって線はない? シュウさんと親しいこと、いろんな人に知られてるんでしょう?」
「あ、そうか。そうかもしれないね。どうしようかな」
困ったように頭を掻くユートをみんなが心配そうに見ていた。
「ふむ。しょうがないの。それではワシが護衛としてついていこう。荷物持ちは任せたぞ」
「え? マジっすか!」
嬉しそうに言うヤマジに、イゾウは鷹揚に頷いた。
「ワシも街に知り合いはおるし、メールだけでなく直接会いたいという気持ちもある。なに。シュウやお嬢ちゃんたちと違ってワシは別に指名手配されているわけではないからの」
「ったく爺さんは。すぐに俺を引き合いに出すんだから」
ぼやくシュウに笑いかけると、イゾウは優しくユートを振り返った。
「さて。それでは街に行くメンバーと買い物リストを作ってもらおうか。それができたら再び声を掛けてくれ。それまでは、しばらくゆっくり休むとするかの」
そう言って、イゾウは大きくあくびをしたのだった。




