第61話 修行の始まり
「ま、まじすか! アパートの地下に、こんなスペースまであるなんて! これ、下手な学校の体育館より広くないすか?」
ヤマジが驚愕していた。ケイたちも目を丸くしている。
「うわぁ! なんこれ! こんなにすごいとこがあるんだね! ここなら練習し放題じゃん! 人数集まればバレーもできそう!」
「ア、アイカちゃん! でも、すごい設備だよね」
はしゃぎまわる面々だった。
ちなみにみんなはいつの間にかジャージに着替えている。このアパートに備え付けられていたもので、ナナイが少しうれしそうに渡してきたのがなんだか悔しかった。
「よし! みんな集まれ! これから訓練を開始する! 体力はすべての戦いの基本となる! お前たちにあった戦い方を見つけるために、しっかり鍛えるのだぞ!」
その言葉から、体育館での修行は始まったのだけど・・・。
◆◆◆◆
最初の修行が終わるころにはみんな疲れ果てていた。死んだような目でコロが用意した弁当を口にしている。
「うう・・・。修行がこんなにつらいなんて・・・。確かに、日本にいる頃よりは動けるようになったけど」
「パメラ、一番張り切ってたのにね。でも、最後までついてこられるなんてすごいじゃない。ん? ケイ? どした?」
パメラを慰めていたアシェリが、ケイを呼び止めた。
「ううん。なんでもない。アシェリは平気? 辛くない?」
「意外と、ね。これでも高校の頃は主将だったんだから。予想以上に動けでびっくりしたけど。まさか、植草先生の授業についていけるなんてね」
自分から聞いたにもかかわらず、ケイの顔は沈んでいる。疑問を感じたアシェリだったが、とりあえず気になったことを聞くようだった。
「これから本格的な授業が始まるね。私は身体強化を中心に学ぼうと思ってる。パメラはなんかスキルを再現する方法を磨くみたい。ケイはどうすんの?」
「私は・・・。どうしようかな」
心あらずと言ったように答えるケイ。本来なら自分の道はきっちりと宣言するはずなのに、こんなふうに考え込むとは意外だった。
「ケイ? 大丈夫? 話聞こうか?」
「ありがとう。アシェリ。でも、たぶん結論は出ているの。少しだけ、心を落ち着ける時間が欲しい」
アシェリは眉を顰めた。ケイがこんなことを言うなんて、もしかしたら本当に難しいことに気づいたのかもしれない。
「わかったわ。でも、無理しちゃだめだからね。何かあったら、私に言うのよ」
心配そうに見るアシェリに、ケイはぎこちなく笑みを返した。
そんな彼女らの様子を、アキミが羨望のまなざしで見ていた。
「アキミ」
「あたしもさ。ああいう関係を作りたかったんだ。トアとミオとね。どんなことでもいい合ったり、ふざけたり悩み事を相談したりしてさ。まあ、言ってもしょうがないことだけどね」
落ち込みだすアキミを、サナが優しく抱き留めている。
そうした中、パンパンと手を叩く音が響いた。
「みんな、いいか? そろそろ休憩は終わりだ。これからは魔力の訓練に入る。ここからは個別授業だな。それぞれに自分に合ったオリジンを構築するのだ」
そういって、入り口そばのスペースを指さした。
「まずは、身体能力の強化を基礎としたオリジンを構築しようという者たちだ。この指導はワシが請け負おう。一応、どのように魔力を使えばいいかはある程度は把握しておる。その技術を教えようというものだな」
「すばらしい! でも・・・」
復活したパメラが視線を外した。その先にはサナがいて、サナはきょとんとした顔でパメラを見つめている。
「うう・・・。イゾウ先生に教わりたいのに・・・!!」
「自分が思う能力を選ぶのが一番だ。自分だけが戦うわけではない。パーティーで動くからにはそれに合わせた技術が必要だ。仲間の安全にもかかわってくるからの」
イゾウの言葉にとぼとぼと歩くパメラ。抑揚のない声で、それでもサナに頭を下げた。
「すみません。よろしくお願いします」
「ああ。パメラさんはアビリティがスキルを再現したいのね」
サナは納得しているが、本人はどこまでも悔しそうだ。励ますように肩を叩いたのはアキラだった。
「まあしょうがないですよね。俺たちは身体強化に力を尽くすよりも、スキルを再現するほうがいいんですから」
「ほう。アキラはそういう道を選ぶのか?」
問われたアキラは笑顔でサムズアップした。
「医学知識のない俺は、オリジンで回復をするのには限界がある。なら、傷つく前に守ればいいってね。いわゆる、バリアヒーラーってやつです」
「私はポジション的に人の盾になることが多いからね。身体強化もやるけど、身を守るスキルも作らないと。イゾウ様の指導だけを受けられないのは残念だけど、今は身体強化よりも、ね。オリジンで障壁を作り出せるようになるほうが、ケイたちの役に立てると思うから」
落ち込むパメラにイゾウは満面の笑顔を返した。
「よいではないか。うむ! 障壁を自由に展開できるようになれば壁役としてさらに優秀になれるの! ワシは支持するぞ。お主はパーティー内でいかに自分が役立つかをよう考えておる!」
「ああ! イゾウ様!」
感動するパメラと対照的に、リクはどこまでも落ち込んでいる。
「植草先生のおかげで魔力は鍛えられそうだけど、どうしようか。身体強化にも、スキルを再現するにも向かないようだし」
「そうだよな。ガソリンみたいに使えば道具から魔法を放つこともできるけど、オリジンとは違うよなぁ」
シュウも悩んでいるようで溜息を吐いた。
「あの」
意を決したように言ったのはケイだった。
「えっと、聖女・・じゃなかった、ケイ? なんか気になることでもあるのか?」
「いえ、その・・・」
ケイはためらっているようだった。でも、何かを振り切るように、シュウたちに語り掛けた。
「アシェリから聞きました。オリジンって、魔力を使って生き物を再現することもできるんでしすよね? それがオリジンのもう一つの可能性だと」
「そうだの。アオが夢であった少女が、トンボを魔力で作り出したらしいな。ま、さすがに、今のところそれをオリジンで再現した者はおらんようだが」
ケイはうなずくと、アオの顔を見つめてきた。
「その技術。私も使っているのと同じかもしれません。私のオリジンは厳密には傷を治しているわけではない。失われた部位を作り出して、それを体と接合させるものなんです。一応、医学知識があるから傷が治ったようになるのですが」
「オリジンで、体を作り変えている?」
イゾウの目が鋭くなった。
「はい。魔物が倒されると粒子になりますよね? その時、魔物を構築していた細胞なんかは分解されて魔力になって宙に漂うんです。私はオリジンでそれを体の一部に変えて、あたかも傷を癒したような効果を上げているのですが」
「アオの傷は癒え、数日たった今も、問題なく動いているということだな。しかし、それは・・・」
ケイはうつむいている。だが意を決したように顔を上げた。
「多分、動物の体を作り出すのもそれと同じです。ある程度の体の仕組みさえわかれば、魔力で動物を作り出すことができるかもしれない。それこそ決められたものを再現するような動きしかできませんが」
「そうか・・・。そうなのだな」
イゾウは何かを考えこんでいる。その瞳は暗く、アオにはあまり良くないことに思いを馳せているように思えた。
「お主の指示に従えば、魔力で生き物を作り出すことは可能なのか」
「おそらく。私の知識を使えば」
ケイも負けず劣らずの暗い表情をしている。イゾウは激しく頭を振ると、リクたちに向き合った。
「なあリク。シュウもだ。お前たちはケイの指示に従って魔力で生物もどきを作ってみぬか? もしかしたら、それがオリジンの可能性と言うやつかもしれぬ」
シュウとリクは顔を見合わせた。
「僕は・・・。やってみたいです。もし自分にその適正があるかもしれないなら試してみたい」
「俺もやるぜ。いつまでもアオに頼りきりじゃあ、情けないからな。ま、それがどんなふうにオリジンに結びつくかはわからねえけどよ」
2人がそう宣言した。ケイもうなずくが、どこか不安そうな顔に見えた。
溜息を吐いたのはアシェリだった。
「しょうがないわね。あたしもケイに付き合うわ。魔力で生き物を再現するって面白そうだし。ま、私が身体強化してもたかがしれてそうだしね」
「アシェリ・・・。ごめんね」
なんでもないというように笑うアシェリに、ケイはもう一度丁寧に頭を下げた。
「よし! 方針は決まったな! 魔力での身体強化を目指すならワシの元に来い。アビリティやスキルを再現するならサナ嬢の元に。そして、新たに生命を作り出そうと意気込む者はケイ嬢の元に集うのだ。ここにおる間にできるかはわからぬが、とりあえずやってみるぞ」
「「「「はい!」」」
こうして方針が決定し、アオたちは修行の日々を過ごすのだった。




