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第60話 メンバーが増えた朝

「げろしゃぶぐうぇら!」


 叫び声とともにアオは飛び起きた。どこにいるのかわからなくて、一瞬周りを見回した。大部屋の中にいくつものベッドがあって、アオはそこで寝ていたらしい。シュウが一瞬だけ目を覚まし、また布団を頭からかぶったのが見えた。


「ああ。おはようございます。僕はそろそろ朝の仕込みを始めます。アオさんも、もう少し寝ていても大丈夫ですよ」


 コロが優しく声を掛けてくれた。アオに微笑みかけると、そのまま部屋を出ていった。


「ああ。アオ。おはよう。えっと、今何時だろ?」


 サトシも起きたようでスマホの画面を確認している。眼鏡は伊達らしいけど、それがないと落ち着かないらしい。


 次に起きてきたのはユートだった。混乱したのは一瞬だけで、すぐにアオとサトシに気づいて挨拶してくれた。


「おはようございます。アオさんとサトシ君は起きたんですね」

「うん。みんなぐっすりだったね。コロさんが朝食をつくってくれるってさ」

「それは楽しみだな。昨日の夕飯もめっちゃうまかったし。コロさんが作ってくれた天ぷら、マジやばかった! まさに記憶に残る逸品だったよ!」


 みんなが続々と起きていて、小声で話をしているようだ。なんだか本当に修学旅行の日のようで、アオは懐かしさにしんみりとしてしまった。


 最初は警戒していたこの場所が気軽に過ごせるようになったのはいつからだろうか。いつの間にか敵地にいるような居心地の悪さもなくなって、リラックスして過ごせるようになっている。


「ほへ!? あれ? ここは?」

「あ、リクも起きたのか。アオの拠点だよ。まさかこんなに熟睡できるなんて思わなかったけどさ。本当に、日本で旅行にきたみたいだよな? 街でもこんなに眠れることはなかったよ」


 アキラはにししと笑っている。


「えっと、朝食の準備を手伝いたいけど、コロさん一人でやりたいんでしたよね?」

「そうだな。料理人として譲れない一線らしい。朝食も昼食も夕食も、はてはおやつまで。料理のことは自分一人でやりたがるんだよなぁ。なんか申し訳なくなるよ」


 カイトとエイタも話していて、みんな騒がしくなってしまった。


 あのあと、アパートに来た面子とここに一泊することになったのだ。イゾウだけは「ワシがいては気軽に休めんだろう」と部屋を出ていったが、それ以外のメンツは4号室に泊まることになった。みんなでワイワイ言いながら食べた夕食は楽しかったのを覚えている。


「ん? 女子部屋もなんだか騒がしいな。アキミ、朝からうるさいから」

「がう! がう!」


 女子部屋にはアキミをはじめ、ケイやサナたちが泊まっている。昨日はとりあえずここで寝たが、大所帯になってしまった。でも、ケイが同じ場所で休んでいることを、なんとなくうれしく感じてしまうアオだった。



◆◆◆◆



 シュウが目を覚ますのを待って、みんなでリビングへと向かった。集まったメンバーとは昨日の夕食でずいぶんと打ち解けることができた。ほとんどが同年代で話がしやすかったのも大きい。


「ちきしょう。むかつくことに、ここは本当にいい部屋だよな? 熟睡したのが恨めしいぜ」

「シュウさん、思いっきり爆睡してましたからね。いびきなんかもかいたりして。ま、そういう俺も、気づいたら朝でしたけど」


 雑談しながら進むとリビングにはすでにイゾウが座っていた。


「おはよう。昨日はよく眠れたようだな」

「はい! 先生! おかげさまでぐっすりでした。まさか、拠点がここまでの場所とは思わなくて」


 サトシが元気よく答えている。ユートたちもイゾウには敬意を払っているようだった。


「先生も早いですよね。まだ休んでいらっしゃるかと思いましたよ」

「うむ。皆の特訓メニューを考えておったからの。武術の修行は良いが、魔力の訓練がの。慣れておらんからずいぶん頭を使ったわい」


 ユートたちは納得したように頷いて席についた。ただ、アオはリクの顔色だけが青くなっていることが気になった。


「テレビとかあれば本当に日本の朝って感じですよね。拠点って言うと、もっとこじんまりとした場所だと思ていました」

「家庭の朝と言うよりも旅館の朝、と言ったほうがいいかもしれんの。何しろコロが朝から腕によりをかけてくれるからの」


 アオはちらりとキッチンを盗み見た。4号室のキッチンはけっこう広くて、3人ほどが同時に作業できるだけのスペースがある。何か手伝いたいと申し出たアオだったが、コロに遠慮なく断られてしまった。


「ふぁああああ。みんな、おはよー」

「アキミ! すみません。この子、昨日は遅くまで起きていたようで。皆さま、おはようございます」


 挨拶とともに入ってきたのは女子部屋の面々だった。ケイとサナは普段通りだったが、アキミとパメラは眠そうだ。そんな彼女たちをアシェリが溜息をつきながら見つめている。


「うわあ! ねえねえフジノちゃん! おいしそうなにおいがするよぉ」

「そうね。なんかうちのおばあちゃんの食卓と似ている気がする。 うちのおばあちゃん、前は旅館とかで働いていたからさ。味にうるさかったんだよね」


 アイカとフジノも朝から元気そうだった。


「町の宿でも朝食は味気ないし、ちょっと残念だったんだよね。ここにきて、ちゃんと朝食にありつけるとは!」

「がう?」


 アオが疑問を漏らすと、すかさずサトシが説明してくれた。


「街ではね。いくつか物件があって、そこを勝手に自分の家ってしていたんだ。あれは大変だったなぁ。不動産王を自称するやつが大量の物件を自分の家だとか主張して。それを収めたのが魔線組で、もめ事の仲裁なんかもしていた。それ見てさ。俺と友人はオミさんについていくことにしたんだよ」

「宿もあったけど、結構ひどかったよね? 朝食もついていなかったし、店員さんと喧嘩しちゃうケースも多かったんじゃない? 結構返り討ちだったけど」


 街での暮らしを知らないアオはふんふんと頷いていた。しゃべれないアオのために、アキミやサトシがこうしてフォローしてくれる。そのことがなんだか申し訳なくて、でもちょっとだけうれしかった。



◆◆◆◆



「みんな、ちょっといいか」


 朝食の後、イゾウが改めて声を掛けてきた。ちょうどお茶を飲んでいたアオは、その声を聞いて姿勢を正した。


「はい。ここに来た目的は忘れていません。オリジンを、鍛えるのですよね?」

「まあ、一番大きな目的は、の。だが、ここでのんびり過ごしてくれるのも目的の一つだぞ。ここは、日ごろの疲れをいやすのに最適だからな」


 イゾウが言うと、一行にちょっと砕けた空気が漏れた。


「さて。我々は、休みながらオリジンの作成に着手する。この先はアビリティやスキル以上にオリジンがものを言うと思う。そして、オリジンを鍛えるには実戦だけでは不十分だ。お前たちの中には学校で運動部に所属していた者もおるだろうが、毎日試合だけをやっていたわけではないだろう?」

「はい。それはそうですね。普通に練習なんかのほうが多かったです」


 みんながなっとくしているようだが、アシェリの表情が曇っていることに気が付いた。リクも何か落ち込んでいて、それをアキラが心配そうに見ている。


「ここでは午前は武術の修行をしてもらう。アオは素手での戦い方を、シュウは棒術の訓練を、サトシは槍技を習得したいと言っておったな。他に武術を習得したいものがあれば言ってほしい。ワシが知る限りではあるが、訓練方法を一緒に考えてやろう」

「植草先生が教えてくれるのか。こりゃあいい!」

「え?どうしよう! 武器変えようかな! 盾を使った剣技って、イゾウ様でも専門外だろうし!」


 騒ぎ出したメンバーを満面の笑顔で見ながら、イゾウは説明を続けた。


「さて。午後は魔力の使い方だ。これはワシも一緒になって訓練する。何しろワシらの世界では、魔力というものがなかったからの。手探りの状態でスタートするわけだ」


 みんなわくわくした目でイゾウを見ている。一方で、リクがますます落ち込みだしたことを、アオはなんだか気にしていた。


「オリジンについては一度説明したな。まず、体を強化したい者はワシとアオが中心となって訓練する。魔力操作の基本かつ、奥義ともいえるものになる。練習したい者は来るように。他の技能を学びながらでもいいからな。アビリティやスキルを覚えるのはサナ嬢に任せたい。できれば、お主の経験を伝えてほしいのだが」

「はい。私の未熟な経験でよければ。大したことができるわけではありませんけどね」


 照れたように言うサナに、イゾウは何度もうなずいている。


「そして最後は・・・」

「あの!」


 急に大声を上げたのはリクだった。申し訳なさを感じているのか、たどたどしい声で、全身を震わせながら、それでもしっかりとした目でイゾウを見つめている。


「お、おい! リク!」

「すみません! 俺、オリジンの適性がないかもです!」


 頭を下げたリクは泣いているようだった。


「体を強化するのも効率が悪いし、スキルを模倣するのも全然だめでした。いろいろ試したけど、身体強化もちょっぴりで、スキルは発動すらしなかった。ユートのように魔法剣を再現することも、アキラやヤマジみたいにスキルみたいな技を生み出すことも、エイタやタクミみたいに体を強化することもたいしてうまくならなかった! 後から覚えたみんなにもどんどん追い抜かれていったんだ」

「お、おいやめろって。何もないなんて、そんなことあるかよ。ここで修行すればお前だって」


 アキラがとめるが、それでもリクは堰を切ったように話し続けた。


「いつも、そうなんだ。俺はやっぱり無能で、みんなの足を引っ張ってしまう。運動もだめで、勉強も今一つ。やっとのことで3流大学に進学しただけなんだ。こんな俺なんて、ここにいる資格なんてない。ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 魂の籠ったような告白だった。ユートたちが必死で慰めている。アキラは怒ったような顔をしていたが、それでもリクを疎んでいる感じはしない。


「適正、というものがある」


 厳かに言ったのはイゾウだった。リクは泣き顔のまま、口を閉ざしてイゾウを見上げている。


「おそらくは、お前には魔力で体を強化する適性がないのだろう」

「せ、先生!」


 焦ったように言うサトシを、コロが静かに制止した。


「スキルを再現する力もない。だが、それはお前が無能と言うわけではない。お前にあった鍛え方がないだけかもしれんのだ」


 リクが呆けたようにイゾウを見つめている。


「だいたいそこのシュウからしてそうなのだぞ。こいつは魔力をうまく扱えず、それどころか自分の魔力を鍛える術すらなかった。オリジンを知ってもそれを鍛える方法が長い間見つからなかったのだ」

「し、シュウさんが・・・」


 リクに見つめられて、シュウは照れたように顎を撫でつけた。


 イゾウはスマホを取り出した。そして何か操作すると、床の上に様々な武器が転がりだした。


 斧に槍、トンファーに鞭、鉄扇にメイスまである。


「これはワシが今までため込んだダンジョン産の武器だ。シュウが棒を使って自身の魔力を鍛えられるようになったように、これのどれかを使えばお主もオリジンを構築できるようになるかもしれぬ。それがだめでも、他に考えもある。絶望するのは、まだ早いということだ」


 にやりと笑うイゾウを、リクはあっけにとられたように見つめてしまう。


「人がどんな適性を持つかは誰にも分からんのだ。ワシはたまたま早くに道を見つけただけだ。ワシが逆立ちしてもできんことを、お前は容易くできるようになるやもしれぬ。一緒にここで、お前だけの道を探してみよう」


 ついには声を上げて泣き出したリクの背中を、アキラがちょっと乱暴に叩いたのが印象的だった。

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