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第6話 戦闘と他の探索者たち

 それは突然の出来事だった。木々の間から黒い影がアオに向かって飛び掛かってきた。


「があああああああ!」

「おおおおおおおお!」


 飛び掛かってきた影めがけ、右ストレートをお見舞いする。


 すぱあああん!


 何かが砕ける手ごたえがあった。見よう見まねで動いたけど、アオがつきだした拳は狙いたがわずウルフの頭を打ち砕いた。


「が、がう?」


 また、生き物を殺してしまった。しかも、今回は体が勝手に動いたわけじゃない。アオは、自分の意志で魔物を殴りつけたのだ。


 シュウの反応からして、やつらは問答無用でこちらを襲ってくるらしい。だからだろうか、自分の意志で生き物を殺したのに、罪悪感は不思議なほど沸いてこなかった。それどころか、アオは自分が高揚しているのに気づいた。


 黒い靄を振り払いながら、横目でシュウを見た。


「はっ! おっさんだからってなめんじゃねえぞ!」


 シュウがウルフを斬りつけたところだった。首を裂かれたウルフはそのまま倒れ込んでいく。嫌な気配がしたのは相変わらずだが、どうやらシュウはウルフを見事に撃退したようだ。


 思わずシュウの顔を見ると、照れたように微笑んだ。


「まあな。俺たちが金を得る手段は限られてるってことさ。魔物を倒せばスマホにオラムが自動的に加算される。魔物退治で金がもらえるなんて、マジでゲームみたいだろ?」

「が、がう。 !!!」


 油断大敵だった。1匹目は簡単に撃退したシュウだったが、いきなり飛び掛かってきた2匹目のウルフに押し倒されてしまう。アオは彼を助けようと動き出すが、それより前にウルフが吹き飛んでいく。まるで巴投げのようにウルフを蹴り上げたシュウは、照れたようにアオに笑いかけ、すぐに厳しい目で残りのウルフを睨んだ。


「油断するなよ! まだ終わったわけじゃねえんだからな!」

「がう!」


 2人は残りのウルフに構えた。でも、2匹のウルフを瞬く間に倒し、1匹を投げ飛ばした2人を警戒しているのだろう。残りのウルフはすぐには飛び掛かってこない。それなのに、敵意丸出しと言った様子でうなり声を上げているのだ。


「くそが! いいようにさせるかよ!」

「苦戦しているようだな。手伝ってやるよ」


 ぎょっとした。いつの間にか2人の男がウルフの後ろに立っていたのだ。今は嫌な気配がするのに直前まで気づかなかった。


 長身の男が地面すれすれから拳を突き上げた。拳は狙いたがわずウルフの顎を打ち抜き、そのまま頭を吹き飛ばした。そしてもう1匹も槍で頭を貫かれていた。相変わらずの嫌な気配だった。でも、アオたちに注意が向いていたとはいえ、みごとな奇襲だった。


「ははっ! 逃がすかよ!」


 声がした方向を反射的に見た。そしてアオは驚愕した。最後のウルフに相対した人相の悪い強面男の、その腕がまるでトカゲの頭の形に変化したのだ。


 変化したトカゲの口が開かれた。その口から吐き出された大量の炎! まるで火炎放射器のように吐き出された炎はあっという間にウルフの全身を焼き尽くしていく。


「あいかわらずすげえアビリティだな。あのウルフ、骨も残らねえぞ」


 アオが呆けたように見ている間にも男たちは次々とウルフを倒していく。なんか動きがスムーズだ。まるでウルフたちの動きを読んでいるかのように無駄なく攻撃し続けている。


 そして、あっという間にウルフは全滅した。最初の3匹を倒してからはアオもシュウも出番はなかった。それほど見事な討伐劇だった。


 アオはほっと息を吐いた。シュウもやれやれと肩の力を抜いている。


「シュウさん! 無事!? 怪我とかない? ああ! 足を怪我しているじゃない!」


 声がしたほうを振り向くと一人の少女が息を切らして駆け込んできた。


 ウェーブのかかった金髪をたなびかせた彼女は、整った顔立ちをしていた。肌が少し色黒いが、まるでモデルのように均整が取れている。化粧は濃いし露出度も高めで、出で立ちはまさにギャル。そこだけ見れば現代に戻ったようにも見えるけど。


 でも、彼女からは不思議と嫌な気配はしない。ないわけじゃないけど、かなり薄いのだ。外見は苦手なのに気配はそうだなんて、自分でも変だとは思うけど。


「ああ。アキミか。こっちは無事だぜ。急に襲ってくるだなんて、あのウルフらしからぬ積極性だったな。あいつら、見誤ったのかな」

「なんだ。無事なんじゃない。よかった」


 ほっとしたように言うと、少女は取り繕うように髪を撫でつけた。そしてシュウの足に手を触れると、嫌な気配とともにその場所が青く光りだした。


「ウルフは弱いやつしか狙わないからね。シュウさんは強者感ないからその辺を間違ったんじゃない? オーラとか全然ないからさー」

「うっせえ。オーラがなくて悪かったな」


 冗談交じりに雑談に入っていた。シュウとはどうやら知り合いみたいでお互いに軽口をたたき合っているようだった。


 かなり苦手な相手だった。アキミは学校のクラスで中心人物だったように思う。目立たない存在だったアオとはかかわりのない人間に思えた。


「正直、助かったぜ。さすがに大量のウルフに襲われちまうとヤバかったからよ。こっちは2人しかいないし、組んだばっかだしな。俺は怪我もあったし。うまく反撃できたが、中距離からチクチクやられてたら苦戦していたと思う」

「ううん。こっちも助かったよ。ほら、オミさんたちって、かなり強くなったじゃない? この階層の魔物には避けられがちなんだよね。煩わされなくなったのはいいんだけど、ちょっとかせぎがねぇ」


 そう言って指で輪を作ると、アキミと呼ばれた少女は溜息を吐いた。


「いきなりウルフとは幸先が良いな!小遣いくらいは稼げたぜ」


 あざ笑うように言った強面男の右手は、いつの間にか人間のものに戻っていた。体の一部が変化したことも、それを誰も気にしない様子にも違和感があり、アオは思わず口を開けてしまう。


「アオさん。怪我はないか?」

「が、がう・・・」


 シュウが心配して声を掛けてくれたのに、アオは生返事をしてしまった。シュウと男たちが倒したウルフが変化してそれぞれのスマホに吸い込まれていく様を呆然と見つめていた。変な出来事に誰も何も言わないのが不思議だった。


 長身の男はタバコを取り出すと、ゆったりと一服した。


「シュウ。わりいな。獲物をかっさらわせてもらってよ」

「いいってことさ。俺たちだけじゃあヤバかったからな。アオさんも無事なようだし」


 シュウが気遣うように声を掛けてくれたが、アオは呆けたままだった。頷くと、何ともなしに倒したウルフたちを目で追ってしまう。


 シュウたちが倒した魔物が消えてしまったのに対し、アオが殴ったウルフは残ったままだ。頭を壊された状態でひどい死体をさらしていた。


「うげ! なにあれ? ウルフの、死体?」

「ん? こりゃ、どういうことだ? 死体が残ってる? オミさん! ちょっと見てくれ!」


 眼鏡をかけた男が言うと、オミと呼ばれた長身の男がウルフの死体を覗き込んだ。そして槍を持った眼鏡の男に目で合図を送ったようだ。眼鏡の男はうなずくと、その死体を槍でつついた。すると、さっきのように死体が結晶化し、男のポケットへと吸い込まれていく。


「な、なんだ? 何が起きた?」

「10ポイントと300オラム。ウルフの数字です」


 眼鏡の男がそう報告すると、オミは考え込んだ。


「オミ。こいつはアオってんだ。見ての通り第1形態のようだけどよ、ちょっとよく分かんねえんだ。気のいいやつだから、危険はないと思うぜ」


 シュウが報告すると、オミはぎろりと睨んだ。


「こいつ、大丈夫なのか? 死体を作り出す探索者なんて聞いたこともねえぞ。しかも戦闘力は相当と来ている。ウルフをあっさりと仕留めた力はなかなかのもんだ。それに、第1形態だろう?」

「いや、こう見えて良いやつなんだ。俺もついさっき助けてもらったところだし。かなり理性的だ。危険はないはずだ。面倒は俺がみるから、な!」


 シュウが言い訳するように言うが、オミの表情は厳しいままだった。


「多分大丈夫なんじゃない? あたしの勘だけど、この虎さんが暴れることはないと思う。シュウさんが面倒見てくれるそうだし、いけるっしょ?」


 アキミまでが言うと、オミは溜息を吐きながら首を振った。


「お前はシュウのこととなるとあれだな。見るからに怪しいだろ? こいつの面、初めて見た。お前はこいつに会ったことあるのか?」

「ないよ! でも、だからと言ってこの虎さんに攻撃するのはやばいと思うよ。あたしの勘が言っている。ここはシュウに任せるのが一番だよ」


 そう言って、アキミはオミに何かを耳打ちした。オミはアキミを見て眉を顰めるが、溜息を吐いてシュウを睨んだ。


 その隙に、戦いに参加しなかった女が声を掛けてきた。


「私たちがここに来たのはシュウさんのためなんです。アキミがどうしてもっていうから、急いでこっちに来たんですよ」

「へ? アキミが?」


 驚いた様子のシュウに、アキミが説明を引き継いだ。


「焦ったよー。なにしろゼンたちがあんたを襲うかもって情報があったんだ。それで慌ててこっちに来たわけ。でも情報はガセだったみたいだね。シュウたち、襲われてないみたいだし」

「それが、な。ゼンたちに襲われたのは本当のことなんだ。実はよ」


 そう言って、シュウは男たちの襲撃とアオとの出会いについて説明したのだった。

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