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第59話 アオの世界

「みんなで修行? 塔のアパートに集まって? ホント。よくやるよね」

「いつものメンバーに加えてユートたちも集まってさ。みんなで騒ぎながら一緒にオリジンの研究をすることになったんだよね」


 夢の中、いつも通り現れたアゲハに、アオはこれからのことを説明していた。いつものメンバーに加え、サナにサトシ、そしてユートパーティがいる。さらに、あのケイたちまでいるのだ。まるで合宿のような雰囲気に、アオは年甲斐もなくうきうきしていた。


「俺はさ。学生時代も文科系の部活をしていたから、こういうのはちょっとあこがれるっつーか。なんか楽しみなんだよね。人と会話するようになったのは働き始めたあとだったし」

「まあ、合宿とかは一部の人たちに人気らしいよね。どこいく? とか、トランプやろうぜ、とか言うみたいだし。私はそんなイベントごめんだけど。うわっ。想像したら寒気がしてきた」


 そう言って、アゲハは再びどんぶり飯を食べ始めた。アオは楽しみにしている修行だけど、アゲハは本当に興味がないようだ。


「ふむ。修行か。やはり、弱いやつらは大変だな。訓練をしないと力を使えぬとは。だが、その必要性は理解できるぞ。お前もアゲハも、ここで修行して少しはましになったからな」

「みっちゃんはほんと他人事だよね。やってる私たちは本当に大変なんだから」


 上目づかいで睨むアゲハだが、ミツはそれを無視するように腕を組んでいる。


「ああ。ここはあれさえなければ最高なのに。来るたびに走らされたりするし。素振りとかさぼるとすぐばれるし。その分ご飯はおいしいけど。犬も吠えたりしないときはかわいいんだけど」

「それは仕事と報酬というヤツだろう。いいじゃないか。ここでは食べたいものが食べられるし。強くもなれる。家で寝てばっかりいるお前には、来るだけで飯を食えるここは最高だろう?」


 アゲハは半眼で睨むが、ミツはどこ吹く風だ。まるで古くからの友人のように話す2人を、アオは少しうらやましそうに見てしまう。


「あの犬だけどさ。アパートに住んでるのと同じだよな? なんなんだ、あれ? ミツの使い魔かなんかか?」

「さて。まあいいではないか。番犬にはちょうどいいだろう? 外からの侵入者には反応してくれるだろうし」


 ミツは真面目に答えてくれる気はなさそうだった。


 でも、今日もミツの機嫌はよさそうだ。と言うか、最近はいつもこうだ。遠慮なく接してくるアゲハに、文句を言いながらも付き合っている。最初に見たときは絶対に仲良くなれないと思っていたのに、人間関係とは本当にわからないものだと思う。


「なあ、ミツ。ここは何なんだ。日本の小石浜にいるわけじゃないんだろう?」


 思い切って、聞いてみた。最初に会ったときはコミュニケーションなんて取れないと思っていたけど、今ならそんな疑問にも答えてくれる気がした。


「ほう。ついに聞くことにしたのか」


 ミツは凶悪な笑みを浮かべていた。アゲハは顔をこわばらせている。


「なぜ、ここが、お前の知る小石浜じゃないと思った?」

「天候、かな。ここに来るようになって3か月以上経つのに、いつ来ても青空が広がっている。現実じゃあありえないんだよ。あそこは夏でも灰色の空が広がることが多いからさ」


 思い出すのは灰色の空の下にある自分の姿だった。こんなふうに晴れている日はめったにない。いつも曇り空だからこそ、青空の下で寝ころぶのは本当に幸せな気分になったのだから。


「青空の下、寄せては返す波の音にそっと耳を傾ける。理想の姿なんだよ。いつもここで見るのはさ。現実ではありえない。だから」


 アオは静かにミツの顔を見つめた。ミツは口を閉ざしたままだったが、どこか笑っているように思えた。


「ここは、俺の理想を体現した世界なんじゃないかと思ったんだ」

「そうか。何も考えていないようで、意外と頭を使っているんだな」


 聞きようによっては失礼なことを言いながら、ミツは説明してくれた。


「お前の思った通りさ。ここはお前が作り出した世界。魂ある者なら誰しもが持つ、理想と欲望を詰め込んだような世界さ。本来ならイメージしかないものなんだが、お前が力を手にしたことでお前の中にこの世界が構築されたんだ」

「そうか。やっぱり」


 アオは言葉を続けられなかった。口に出すとそれが現実になる気がした。でも多分、アオの想像通り、小石浜から見える海は、どこにもないに違いなかった。根拠があるわけではない。でも直感的に現実はそうなのだと、アオは理解してしまった。


 あの小石浜には、どんなことをしても帰れないのだと。


「私は想像できる。お前たちの故郷に何が起きたかを。なぜそれが起こったかも、誰がいつ、なんのためにそれを成したかもな。だけど、教えてやらない。ここで歩みを止められても面白くないからな」

「聞けば歩みを止めてしまうようなことが、俺たちに起こったんだな」


 ミツは声もなく笑った。アゲハも真剣な目でミツを睨んでいた。


「あくまで私の予想だ。だが、それが真実ならまだ言うわけにはいかない。お前たちは繊細だからな。うっかり話すとあの世界も壊れてしまうかもしれん。私がゆっくり過ごせる場所は貴重だからな」

「いや俺は・・・。それほどやわじゃねえよ」


 ふてくされたように言うアオを、ミツは笑った。


「自分の世界というやつは、結構もろいものだよ。ちょっとした動揺で壊れてしまうことがある。この世界は奇跡だ。少なくともお前がちょっとしたことで揺るがなくなるくらいに強くなるまで、真実はお預けというヤツだな」

「いやそんなもろいのかよ。その自分の世界ってやつは」


 渋面で言うアオに、あきれたようなたっめ息を吐くミツだった。


「何せ、こういうのは自分にだけ優しい世界だからな。すごい恥知らずなものが詰まっているし、ちょっとしたことで変化が起きてしまう。世界が静かなのは奇跡というヤツだ。だからこういうのは貴重なんだ。アゲハの世界なんてひどいもんだぞ? 何せこいつは」

「いやあれしか知らないし。ああなるのもしょうがないじゃない」


 憮然とするアゲハ。どこか楽しそうにじゃれ合う2人を尻目に、アオは茫然としてしまった。


「それにしても、小石浜が俺の世界になっているなんてな」

「そうだ。燦燦と光る太陽があって、海があって、絶えず波が引き寄せらる、それだけの場所だ。欲望もなく、何もない海だけが広がるような、こういう場所を望む人間は、本当に珍しい。私も聞いたことしかなかった。だから、アゲハが来るのも拒まなかった。お前の余分なものを食らうように誘導こそしたがな」


 ぎょっとして見つめるが、アゲハは食べるのに夢中のようだった。自分の話題になったことにも気づかなかったようだが、アオの視線に気づくと目を丸くした。


「え? 私?」

「お前たちはアビリティと言ったか? アゲハの能力はこれだ。他人の夢に入って欲望を引き出し、精気を奪うサキュバスの力。離れたところにいるはずのお前に干渉できたのは、お前たちの相性が良かったせいだな」


 どんぶりを食べ続けるアゲハを困惑した目で見つめてしまう。アゲハはアオの精気を奪うのが目的で、この場にいたとしたら、アオとしてはちょっと気まずいが、本人は平気な様子だった。


「別にアゲハに悪気があったわけじゃないぞ。もしあったのなら私が叩き潰していたからな。ま、第1形態とやらの能力の暴走と言った奴だ。アビリティが暴走して、ここと結びついた」

「アゲハが、第1形態・・・」


 呆然と、アゲハを見つめてしまう。アゲハはアオの視線に気づくと減らりと笑った。


「そこからは私の腕の見せ所というヤツだな。人から虎になったアオには、どうしても不完全な個所が出てくる。それを力づくで消そうとすると本体にまで影響を与える可能性があるから本当にめんどくさかったぞ。そう言う意味で、アゲハが来たのは本当に運が良かった。力の弱いこいつなら精いっぱい精気を奪おうとしても、大したダメージにはならないからな。こいつが腹ペコだったのも幸いだった。うまく誘導すれば、アオを傷つけずに余分な魔力だけ除外することもできた」


 ミツが自信満々に語っているが、当のアゲハは分かっているのかいないのか・・・。あんまり気にしていない様子は演技にも見えない。


「ま、不要な部分を食いすぎたせいで体そのものが変わってしまったがな。サキュバスの力がそう言う作用を起こしたんだろう。今では私と同じような体質になっている」

「ああ。だから私も眷属なのね。やっとしっくり来た」


 どこまでも他人事のように言うアゲハにあきれてしまう。


「あ、アゲハ? その、ミツの話が本当なら、アゲハのおかげで俺はあるらしいから」

「つまり私のおかげってことね! 私に感謝してもいいんだよ! ビーフジャーキー100袋で手を打ってあげるから!」


 相変わらずのセリフを言うアゲハの額を指で小突いた。アゲハは手を上げ返すが、アオに簡単に防御されて憮然としてしまう。じゃれ合うように攻防する姿を、ミツは微笑まし気に見つめていた。


「おっと。こんなことしている場合じゃなかった。それよりも!」

「こんなことってなに!? お兄さんのほうが2発も多く殴った! おとなしく私の拳を受けなさい!」


 アオの質問を遮るようにアゲハが殴りかかった。精々で中学生くらいのアゲハの拳はなぜか痛く、アオは防戦一方になってしまう。


「なぜお前たちがここに来たのか。ここはいつでどこなのか。転移させた者がいるのなら、その目的は何なのか。私の考えを聞かせるのは簡単だが、それでは面白くないな。絶望して歩みを止められて死んでしまわれては元も子もないし」

「おいミツ! ちょっと! 止めて!」


 助けを求めたアオだが、ミツが手をかざすと吹き飛ばされてしまう。アゲハは叩きだしそうな姿勢のまま、呆然とアオを見送っている。


「私の考えを聞きたいなら、もっと強くなれ。すくなくともアゲハを近接で圧倒できるくらいになるまでは。そうなるまでは、頑張ってあのイゾウとやらに技を習うんだな」

「くそっ! ここまで来てだんまりかよ!」


 アオは声を荒げるが、ミツは笑ったままだった。


「まあ、真実とはどこに転がっているかは分からん。ひょんなことから私が考える以上のことがわかるかもしれんぞ」

「いやこの塔でどんなふうに真実が分かるっていうんだよ。適当なこと言いやがって!」


 アオは毒づくが、急に眠気が襲ってきた。必死で意識をつなぎとめようとするが、それでも意識が薄まっていくのを止められない。アオの意識は闇へと消えていくのだった。

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