第57話 魔線組と正同命会
「親父。スラムの一件、何とか片付きそうです。ミナトのやつが首謀者らしき男を仕留めた時はどうなるかと思いましたがね。捕らえてくれたらよかったんですけど」
「おう! ご苦労さん。 スラムのほうに被害も出なかったし、うちとしては万々歳だな! これで悪い噂も収まってくれたらいいんだけどよ」
ヨースケの報告に、魔線組の頭である真原源一郎はそう漏らしていた。
「魔物の数がかなり少なかったですよね。スラムのほうはもう少しいたはずなんですけど。見間違えとかですかねぇ」
「そうだよな。初めの報告だと済んげえ数がいるはずだったのによ。俺も出張ったのにほとんど活躍できなかったぜ。スラムの住民が大半を倒したそうだけどよ。そんなに甘い相手じゃなかったよな? サハギンってやつはよ。で、首謀者はどんな奴だった?」
ゲンイチロウが質問すると、ヨースケの副官らしき女――ヤヨイが暗い声で言った。
「見たことのない男でした。年は30代くらいかな。外人の年ってわかりづらいから。私もちらっと見ただけでしたが」
「ほう? 外人とはな。この世界に転移した奴らの中に、確か日本人以外はいなかったよな?」
ゲンイチロウが目を向けると、ヤヨイは資料をめくりながら答えた。
「ええ。初めてみる顔でした。傷だらけで怯えていたようですが、確かに西洋人の白人だったように思います。言葉はイギリスなまりの英語ですかね? 自滅のような形で死んだので詳細は分かりませんが」
「俺たちにビビったわけでもないだろうしな。街を襲うようなイカれた奴だ。ある程度の心は決まっていたと思うが」
ヨースケも思い出して疑問を漏らした。彼に取り合うこともなくヤヨイが続けた。
「朗報もあります。今回の襲撃で、スラムの中に危機感を覚えた人間も多く、魔線組に協力したいという申し出が何件も寄せられています。どうやら、ミナトの戦いぶりを見たやつが、彼のようになれるならスキルを覚えたいと」
「ミナト、なあ・・・」
ゲンイチロウは息を吐いて上を見つめている。
「親父。ミナトのことをずいぶん褒めてたじゃねえか。あいつのようになりたくて魔線組になりたいなら歓迎すべきことだと思うが」
「いや、あいつのことは認めている。スキルを取ったわずかな期間でずいぶんと戦えるようになったと感心してもいる。だが、あのやり方は、ちょっとなぁ」
大きく息を吐いたゲンイチロウは、真剣な目で全員を見つめだした。
「あいつ、スキルを使うときにさ、効果を存分に発揮させるためとか言ってあからさまに力を抜いてるだろう? 俺はあのやり方はどうかって思うんだよ。あのやり方は、あまりにもスキル頼りになっているんじゃねえか? まるで何かに体を操らせているような、そんな気がするんだ。オミが気にしていること、俺にはよく分かんだよなぁ」
「でも、そのほうが強くなれるのは確かですよ。ミナトたちはもう第2階層の魔物は危なげなく倒せますし、この分だと彼らだけでミノタウロスを仕留める日も遠くはないかと」
ヤヨイの反論に、ゲンイチロウは頭を掻いた。
「原因は、やっぱり最初のポイントのゲット方法か? ミナトたちは苦労もせずにポイントを得ることができた。そのことが、あいつらの精神に影響を与えたのかもしれん。目的を達成するために何かに頼りきりになるのは当たり前だとな」
「だが親父。どうするよ。ミナトが言いまわっているから、ポイントを簡単に得る方法があるのは知られちまっている。それを禁止したら文句が出るんじゃねえか? 東雲さんも、もっと戦闘員を増やせって言ってるし」
レンジの言葉に、頭はしばし考え込んだ。
「もしかしたら、死体をつつくだけじゃああんまり実感はないのかもしれんな。相手を自分で殺す感覚が身につかず、まるでゲームでもしているかのような感覚でスキルに身をゆだねちまう。それだと、いつかしっぺ返しがある気がするんだよなぁ」
頭が突き出た牙をいじりながら考え込んだ。
「よし。決めた。魔線組への参加を希望した奴らには、自分の力で最初の魔物を倒してもらおう」
「親父!」
オミが即座に反論するが、頭は「待て」と言うように手を突き出した。
「なにも敵の真っただ中に放置しようってんじゃねえよ。あいつらが安全に敵を倒せるようにこっちも骨を折るのは大前提だ。だが、死体を作り出してつつかせるような真似はしねえってだけさ。ま、アオっていう探索者には悪いがよ」
ゲンイチロウが言うと、オミはあからさまにほっとしたようだった。
「ヨースケ。ヤヨイ。お前らのアビリティを使えば、戦意を高めることはできるな。魔物を足止めすることもできるはずだ。まずはそこから試してみよう」
「ええ。俺のアビリティなら一時的に戦意を高めることはできます。魔物を鎮静化することもね」
「私のアビリティでも、操られていても手を下したという感触は残るでしょう。ふふっ。アビリティのレベルを上げた効果が、こんなふうに生かされるとはね」
ヤヨイがにやりと笑った。オミは複雑な表情だが、それでも魔線組の方針に異論はないようだ。
「なら、決まりだな。まずはヨースケとヤヨイの方法でスキルを取らせてみよう。最初の一歩、どうしても戦えないってやつらにはお前たちが手を貸すことにしようか。うまく行ったら街の奴らにも宣伝して戦力強化となるしな。今回の件でスラムの奴以外にも、自衛力の必要性は実感しただろうしな。これなら、あのうるせえ東雲の爺も文句はないだろう」
そう言うと、ゲンイチロウはレンジを睨んだ。
「だがよ。俺はやっぱり気になんだよ。あのスキル頼りの戦い方はな。東雲の奴が強けりゃ何でもいいってのは分かるがな。レンジ! お前はミナトの奴にスキルなしでも戦えるよう指導しろ」
「は、はい!」
レンジは顔を引きつらせている。まさかそう言う指示が来るとは思わなかったのだろう。
「オミもそれでいいな? 新人の育成っていう仕事を取り上げた形になるが」
「構いません。俺も親父と同じ懸念を持っていました。ミナトの戦い方は、俺が遠因だから罪悪感はありましたし」
納得したような言葉を聞いて、ゲンイチロウが膝を叩いた。
「なら、決まりだな。ヨースケの組は新人の育成を担当しろ。オミとレンジの組は第2階層、第3階層と攻略を続けろ。他のやつらは稼げるだけ稼げ。いいか、お前ら」
頭は挑むような目でその場にいる一人一人の顔を見渡した。
「お前らの働きで魔線組の今後が決まる。しっかり結果を出して教えてやれ。ここを支配するのは、俺たち魔線組だとな!」
「「「おう!」」」
腹の底から出すような声で、魔線組の方針が決定したのだった。
◆◆◆◆
生同盟会本部の会議室でも幹部を集めた話し合いが行われていたが、内容は荒れに荒れていた。
「どういうことです! まさかスラムにいた人間が、我々ではなく魔線組への参加を加入するとは!」
教主のいらだつような声に、全員がうつむいてしまう。
「街で暴れまわる魔物を止めたのは私たちの部隊も同じだ! それなのに、なぜ魔線組だけの評価が上がり、我が会の評判が下がるのですか!?」
「ど、どうやらスラムでのやり取りが住民の間で広がっているらしく、魔線組は住民の味方で、正同命会は悪の組織と言う認識が広まっているようです」
教主の側近らしき小太りの男が汗を流しながら答えた。その隣ではスーツを着た渋めの男が無言で報告者を睨んでいる。
「くそっ! 第3階層を初めて制覇したのは我らだぞ! それなのに街での評判は散々ではないか! せっかくあの植草を出し抜いたというのに!」
「はっ! 残念だったな。お前らの奮闘は全く伝わってないらしいぞ。むしろかえって邪魔したんじゃないかと言われている。植草が今回攻略できなかったのは、お前らが何かしたんじゃないかってな」
茶色い髪の男が面白がるような声を上げた。生同盟会の四正天の一人、攻略パーティーの一つを率いるトゥルスだ。
「貴様! 何を!」
「だいたい、どういうつもりだよ。ケイさんに向かって『正同命会にお前の居場所があると思うなよ』って。あの人がこの会にどれだけ貢献してきたか、わかってんのか? マルスなんか、ケイさんに重傷を直してもらった恩があるんじゃねえのか? 今朝、中立派の探索者からこんなもんが届けられたぞ」
そう言って画面にある手紙を見せつけてきた。
「退会届」と書かれたその用紙には、聖川慶子、篠塚朱里、海棠陽菜乃の3人の名前が連名で記されていた。
「なっ! あの女ども!」
「お前さ、ケイさんに向かって『鉄槌を下してやる』とか偉そうなことを言ったんだって? 何様のつもりだよ。そんなこと言われたのにここに戻ってくるわけがないだろ。あの人たちのことなんだと思ってんだよ」
トゥルスの言葉に、マルスはわなわなと震え出した。
「あ~あ。どうすんの、これ。ケイさんはもちろん、アシェリとパメラもすんげえ優秀な戦士だったのに。あんたらの不要な一言で抜けさせちまってさ」
「トゥルス! 貴様!!」
憎々し気に睨むマルスの視線にもトゥルスはひるまない。
「俺はまだいいよ? でも、このことをウェヌスちゃんが知ったらどう思うか。あの子、ただでさえオーバーワーク気味なのによ。あの子のケアしてたのも、ケイさんだったんだからな」
呆れたように言うトゥルスに、顔をしかめたマルスとネプトゥ。どうやらマルスたちは、件のウェヌスと言う人物のことを思い出したらしい。
「し、しかし、聖川君が魔線組に加わったわけではないことは知っている。彼女は敵に加わるような恥知らずな真似はせんと言うことだ」
「たしかに。ケイさんは魔線組に加わる可能性が低いとは思うけどな。でも、うちにとってはそれ以上に最悪なことだってあるんだぜ?」
トゥルスの言葉に思い至ることがないのか、マルスもネプトゥも怪訝な顔をしていた。教主の目だけが暗い光を放っていた。
トゥルスは溜息を吐いた。
「分かってねえな。正同命会にとって最悪のシナリオはケイさんが魔線組に行くことじゃねえだろ? 正同命会に一番煮え湯を飲ませたのは誰だ? それを考えりゃあ、答えなんてすぐに行きつくと思うがね」
「!! ま、まさか!」
声を上げたマルスにトゥルスは面白がるように答えた。
「そうさ! うちにとって最悪なのは、ケイさんが植草と合流することさ! 最強の剣たる植草以蔵に、最高の癒し手たる聖川慶子。この2人が結託でもしたら? 残りの階層、全部取られちまうぞ」
「ば、ばかな! 聖女が植草に協力するだと! そんなことはありえない! 第一接点がないじゃないか! 植草と聖川は会ったこともないはずだ」
トゥルスは声を立てて笑った。
「いやいや。もう接点ができてるじゃないか。ネプトゥ。お前のおかげでな」
「・・・。なにを!」
思い至ることがなかったのか、ネプトゥがトゥルスを睨みつけた。
「お前が勝手な思い込みで襲った、あの虎の魔物。どうやら樋爪と組んでいるみたいじゃないか。樋爪の奴は知ってるよな? うちで仕事したこともある中立派の探索者さ。あいつのことも指名手配なんかしたようだよな? あれも悪手だと思うぜ。樋爪はあれで顔が広くてな。うちにも魔線組にも攻略組にもつてがある。最近は、植草とよく会っているとも聞く」
「ま、まさか・・・」
ようやく理解したのか、ネプトゥの顔が青くなった。
「そうさ! 樋爪の奴の仲介でケイさんと植草が結びつく可能性は十分にあるってことさ! まして植草は2人組で、ケイさんたちは3人組。あの2つが組む可能性は十分にある」
「ば、ばかな! そんなことになれば、この街で強力なパーティが誕生してしまうではないか!」
叫び出すマルスに、顔色が青を通り越して白くなったネプトゥ。一方のトゥルスは心底楽しそうに笑った。
「俺としてはどうでもいいがね。むしろ、すげえパーティができて塔を攻略してくれるほうが助かる。もしかしたら俺たちがここに来た理由ってのを明らかにしてくれるかもしれないしな。ま、俺はケイさんとの仲がそんなに悪くないし、あの人、人はいいから頼めば教えてくれそうだし?」
マルスとネプトゥは歯ぎしりせんばかりに睨んでいた。
そして、憎々し気な目でトゥルスを睨む、もう一つの影――。
正同命会の教主、生川法源は、表情を凍らせたまま、そっと窓の外を見ていた。
「聖川君。許さんよ。ここに来てまで私の前に立ちふさがろうとは。君は私の後ろを歩いていればいい。私の前に進むことなど、あってはならないのだ」
そう語る生川法源の顔は暗く、殺意に満ちているのだった。




