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第56話 2回目の第一階層のボス

「これが、第1階層のボスエリア・・・。なんだか緊張するよ。いきなり来るとは思わなかった・・・」

「スキルを取ってから約2か月か。決して遅いタイミングではないけど」


 アイカとカイトは及び腰だった。フジノなんて、足ががくがくと震えている。相当に緊張しているようだった。


 第1階層の奥へと進んだ一行は、ドアを開けボスの部屋に入っていた。奥の祭壇までボスが出るが、全員が緊張しているのが見て取れた。


「すまんな。緊張しているところ悪いが、お前たちにはおそらく出番はない。サトシ。アオ。できるな?」

「が、がう」「は、はい!」


 アオとサトシはほとんど同時に返事をした。落ち込んでしまいそうなアオたちにイゾウは優しく語りかけた。


「なに。大半はワシがやる。お前は1体、確実に屠ることだけ考えよ。後ろのことはサトシが何とかするからの」

「任せてください。これでも第3階層まで行った探索者です。先生の期待には応えて見せますよ」


 眼鏡を押さえるサトシの顔は自信に満ちている。イゾウはうなずくと、祭壇へと進んでいく。


 そして、祭壇がまじかに迫った時だった。


「ぐおおおおおおおおおおおおお!」


 あの時と同様にいきなり光が立ち上がった。あの時よりもさらに大きな光量に、アオは思わず手をかざして光を遮った。


 大きな人影の数は、7つ。そのすべてがオーガだった。しかも、以前アオが倒したオーガよりも、体つきが2回りほど大きい!


「うそ! 鬼が、いっぱい! それに、1体1体が大きい! 3メートル近くあるよ! イゾウさんみたいな角があるのが、あんなにたくさん!」

「アイカちゃん!」


 その失言を聞いてかいないのか、イゾウがオーガを睨みながら笑っている。出現したオーガよりもイゾウのほうが恐ろしいのは気のせいだろうか。アオの中で、ミツが楽しそうに笑った気配がした。


「があああああ!」

「植草以蔵! 参る!」


 オーガの叫び声を気にも止めず、イゾウが姿勢を低くして突進してく。オーガが迎え撃とうとこん棒を振り上げるが――。


「!!!」


 一瞬、イゾウが消えたような気がした。瞬時にスピードアップしたのだ。そして・・・。先頭のオーガの首から、大量の血が噴き出した。


「あれが、植草流の居合切り!」


 サトシの興奮した声が聞こえてきた。その声を合図に、アオも動き出す。イゾウの後を追って、オーガと戦うのだ!


「はあ!」


 イゾウはそのまま2連撃を見舞うと、2体目のオーガも瞬時に屠ってみせた。そして3体目。イゾウと目が合ったオーガは、ぎょっと動きを止めた。そしてイゾウの刀を見ると、奇妙な顔をして、不敵に笑いだした。


「ごあっはっはっはっは!」


 オーガは笑いながらイゾウに近づいていく。そして、思いっきり拳を振り上げると、体重を乗せて思いっきり振り下ろした!


「そんな! イゾウさん!」

「フジノちゃん。大丈夫。ちゃんと避けたみたいだから」


 アイカの言うとおりだった。ぎりぎりでオーガの拳を避けたイゾウは、刀を振るってそのまま首を斬りつけた。魔物の魔力障壁など気にも止めない。イゾウが刀を振るうたびに、紙でも斬るかのように、オーガの体は切り裂かれた。


「よし! このまま!」

「あ、でも! 囲まれちゃった!」


 すっかり観戦モードになったフジノだが、カイトは、イゾウが残り3体となったオーガに囲まれていることに気づく。さすがのイゾウも、背後から攻撃されたのでは避けることができないかもしれないが――。


「がああああああああ!」


 イゾウの背後に回ったオーガに、アオが拳を繰り出した! オーガにも障壁は会った気がする。しかしアオの拳は障壁をあっさりと貫き、オーガの右頬を殴りつけることに成功していた。


「まだ終わったわけではないぞ! よく見るのだ!」


 警告が飛んだ。4体目を斬ったというのに、イゾウはこちらの様子にも目を向けているようだった。5体目に刀を構えながら、アオに向かって助言をしてくれる。


「よいか。さっきの一撃が当たったのは敵が驚いていたからよ。大ぶりの攻撃がもう当たると思うな。ワシの教えは、覚えているな?」

「がう!」


 助言をしている間にもオーガの攻撃は止まらない。2体のオーガは連携して斧と大剣を叩きつけようとするが、イゾウはそれを最小限の動きで躱していく。


 あちらは問題がないだろう。問題は、アオのほうだ。


「ぎあああああああああああああ!」


 アオが殴りつけたオーガは健在で、うなり声を上げながらアオを睨んでいる。手負いの獣は恐ろしいというし、油断はすっかりと冷めている。ラセツほどではないにしろ、アオにとってあの巨大なオーガは強敵だった。


「さて。そ奴は強敵ぞ。体格だけはあのラセツよりも大きいからな。今までのように力を振り回すだけでは決して倒せんだろう。どう捌く?」


 イゾウはオーガの攻撃を避けながらもこちらの様子を確認しているようだった。アオはにやりと笑って、目の前のオーガを睨みつけた。


「ぐおおおおおおおおおおおおお!」


 オーガが拳を振りかぶった。今までならアオは内なる怒りに動かされるように動いたかもしれない。でも、たった数日だけどイゾウの教えを受けたアオは、それでは決して当たらないことに気づいていた。


 睨みながら、落ち着いて拳を握り締めた。半身になって構えるそれは、イゾウから学んだ構えた。


「よいか。初めから大ぶりをするな。お前の一撃は強力だが、当たらなければ意味はない。当てるための細かい動きで翻弄するのだ!」

「がう!」


 アオは落ち着いて、オーガを見つめていた。うなり声を上げているオーガに対し、アオの心は静かだった。サトシやアイカたちの声援も、右から左に受け流している。イゾウが戦いながらこちらの動きを注視しているのも感じていた。


 落ち着いた様子のアオを見て、オーガが焦りにも似た感情を浮かべていることも読み取れた。


「がああああああああああああ!」


 叫び声をあげるオーガにも心を動かされることはない。ただ、オーガが動き出すのを今か今かと待ち構えていた。


 オーガが構えを変えた、その隙を逃がさない。相手が動き出すその前に、左手を素早く突き出して、オーガを牽制した。


「そうだ! それでいい! 無理に一撃で仕留めんでもいい! お前の力なら単なるジャブも砲弾を投げたようなものだ! そうして相手を崩して」


 まるで手打ちのような攻撃を繰り返す。大きなダメージはないが、少しずつオーガの態勢が崩れていく。


 そして――。


「うがあああああああああああ!!」


 じれたように殴りかかってきたオーガの一撃を、体を反らして躱す。そして、体を戻すその勢いのまま、魔力を込めて殴りつけた! 


 拳が、オーガの顔面を捕らえた。巨大な魔力を持つアオの一撃が直撃したのだ。アオは勝利を確信してほくそ笑むが、


 ぎろり!


 オーガと目が合って悪寒が走る。なんだ? 攻撃が当たったのに、こいつはなんでこんな目をしてくる!?


「がはっ!」


 側頭部に衝撃がはしリ、一瞬だけ意識が飛んだ。アオが気を緩めた瞬間に、オーガが回し蹴りを放ったのだ。ふらふらになりながら前を向くと、必死な形相で拳を引き締めるオーガと目が合った。


「アオ!!」


 イゾウの声に反応し、慌てて左拳を繰り出すアオ。オーガの顔を殴りつけるが、オーガの繊維はなくなっていない。振り絞った拳を、振り下ろそうとするが!


「うがああああああああああああ!」


 ギリギリ先だった。アオが繰り出した右拳は、オーガの顔面に、一瞬だけ早く届いたのだ。


 空を切る、オーガの拳。そのまま崩れゆくオーガを、アオは茫然と見送ることしかできない。


 呆然と、荒い息を吐きながら、オーガの死体を眺めていた。


 不意に肩を叩かれた。はっとして後ろを振り向くと、イゾウが優しい顔でアオを見つめていた。


「よくやった。見事だ。よく勝った。よく生き残った。戦いにとって、それが最も大切だからな」


 そう言ってバンバンと背中を叩くと、イゾウはゆっくりとサトシたちのほうへ歩いていった。


 しばらくは何も考えられなかったが、少しずつ理解する。アオは、あの強いオーガを倒したのだ!


「が、があああああああああああ!」


 拳を振り上げ、雄たけびを上げるアオ。


 たいしたことをしたわけではない。現に、イゾウは6体のオーガを仕留めたのだ。数で言えば、アオは1体のオーガを仕留めたに過ぎない。だけど、強化されたオーガを自分の手だけで倒したのは、アオにとって何よりもうれしかった。


「アオ! やったな!」

「がう! がうがうがう!」


 勝利を喜んでくれるサトシの声に、アオは吠えることで答えたのだ。



◆◆◆◆



 第1階層のオーガを仕留めた一行は、あの袋小路を目指して突き進む。


「イゾウさん! すごかったな! 達人ってこういう人のことを言うんだな」

「カイトくん。すっかり興奮して・・・。うんうんそうだよね。あれってすごかったよね」

「アイカ・・・。なんかイゾウさんよりもカイトくんのほうに感動しているみたい」


 カイトはイゾウの戦いを振り返って興奮している。あの戦いに感銘を受けたのだろう。その様子に、なぜだかアイカが感動しているようだった。そんなアイカにフジノはあきれ顔だった。


「えっと、あの・・・。ここは、あの時の袋小路ですね」

「そう。こんなところに隠し通路があるなんて、信じられないでしょ?」


 アキミはなぜか得意げに答えている。ケイは混乱顔だ。


「ここをこうして・・・。こうだ!」


 アキミが通路の前に腕を突っ込んだ。そして勢いよく何かを引っ張り上げる。そして現れた、大きな大きな魔法陣。みんな。何かに混乱しているようだった。


「あ、アキミ! 大丈夫なの? このままで危険はないのね?」

「へーき、へーき。このままアパートに行けるから」


 サナの心配そうな声に、こともなげに返事をするアキミ。そして魔法陣が光りだす。まばゆい光に包まれて、みんな困惑している。


 そして光が止むと、4畳半のロビーに、みんなが所狭しと集まっている。


「えっと、ここは?」

「マスター。おかえりなさい。部屋はあの時の状態を維持しております」


 いきなり現れたナナイに、ケイが大声で叫び声を上げた。そんなほほえましい姿も気にせず、イゾウは厳しい目で周りを見渡していた。


「先生?」

「ウルフ、ではない? この気配、覚えがある。これは・・・」


 イゾウは刀を握っていた。油断なくあたりを探り、ついにある一点で動きを止めた。


「「わん!」」


 アオたちを出迎えたのは、2匹の犬たちだった。


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