第54話 追放された聖女
一行は、とぼとぼと塔への道を進んでいた。
街へと向かうときと同様に、塔に戻る際も誰も何も言わない。理由は違うが、一行には暗い雰囲気が漂っていた。
「あ、あの・・・。聖川先生は、行く当てはあるんですか?」
「・・・。街に隠れ住もうにも限界があると思います。あそこには正同命会の目がありますからね。協力してくださる人はいると思いますが・・・。その方に迷惑を掛けてしまいますし」
アキミの問いに消え去りそうな声で答える聖女だった。
また沈黙が落ちた。誰もが聖女の暗い未来を思ってしまったのだろう。
不意に視線を感じ、シュウは周りを見渡した。アキミだ。アキミが懇願するような目でシュウを見つめている。ふと隣を見ると、コロもシュウを見ていて、目が合うと静かに頷いた。
「しょうがねえな。聖女さん。しばらくは俺たちの拠点で英気を養うってのはどうだ? オーナーはアオで、イゾウの爺さんたちも暮らしている。あんたと他の2人には借りもあるからな。応じてくれるなら、俺からアオに頼んでやるよ」
聖女が顔を上げると、シュウがぎこちなく笑いかけていた。
「えっと、実はね。あたしもアオの拠点でお世話になってるんだけど、ちょっとだけ居心地が悪いんだ。あ、いじわるされているわけじゃないよ。すごくいいところだし、結構広くて日本にいるみたいに便利だし。でもね。今のところ女の子が私しかいないんだよ。いくらシュウさんたちがいい人で話しやすくても限界があるというか・・・」
言いにくそうに言うアキミに、聖女は目を見開いていた。
「だからさ。聖川先生たちが来てくれるとすんごく助かるというか・・・。さらに過ごしやすくなると思うんだよね。だからお願い! もし宿とか決まっていないなら、あたしたちのところにきてほしいなあって。駄目かな?」
「い、いえ・・・。で、でも、いいんですか? その、アオさんたちの拠点でしょう? 追放されたとはいえ、正同命会出身の私たちがお世話になると、情報保護の観点からも」
聖女がおずおずとシュウを見ると、シュウはどんと胸を叩いた。
「ま、アオも聖女さんたちのことはずいぶんと好意的に見ているみたいだし、さっきも言ったが、あんたにはいろいろと借りもある。むしろ問題は爺さんたちだが」
「あ、僕は構わないですよ。料理を食べてくれる人が増えると張り合いがありますし、先生もそこまで気にしないかと」
コロにまで応じられて、聖女は目を瞬かせた。でもすぐに深々とお辞儀をした。
「で、では、もしかしたらお世話になるかもしれません。アシェリとパメラがいいといってくれたらですけど。あ、申し訳ないけど、皆さんにお願いがあるんです」
まさか聖女からお願い事があるとは思わず、みんな困惑しているようだった。
「私のことは、ケイとお呼びください。正同命会を追放された身ですから聖女と言われるのは違うと思いますし、先生と言うのも・・・。うれしくはあるのですが、まだ研修医でしたから」
アキミが破顔した。コロもうれしそうでシュウもなんだかほっとしたようだった。
「じゃ、じゃあケイ! よろしくお願いします! あたしのことはアキミって呼び捨てでいいからね!」
「正直、ほっとしたわ。こんな場所で女の子3人をほおりだすなんてどういうつもりだろうって思ったし。ま、アキミんとこはイゾウさんとアオくんがいるから安全だと思うし」
そこまで言うと、サナは何かに気づいたようで、ふわりとほほ笑んで言葉を続けた。
「コロさんやシュウさんなら無体な真似は絶対に起こらないと思うからね」
「もちろんですよ。大人としてきちっと3人を見守ります」
「まあ俺も、ちゃんと面倒を見てやるよ。乗りかかった舟だしな」
シュウの言葉に、一行にやっと笑いが下りたのだった。
◆◆◆◆
「とう! はあ! そら!」
槍を使った鋭い動きだった。「斬り」「払い」「突き」を演じてみせたサトシはちらりとイゾウの顔色を窺った。
「うむ! 良い演武だった! 毎日しっかりと訓練しておるようだな! 前に見た時より確実によくなっておる!」
イゾウに褒められてうれしそうにするサトシ。その様子をぎりぎりと睨んでいるのがパメラだ。アシェリはあきれて溜息を吐いていた。
サトシの動きは以前よりも確実に鋭くなっていた。これに魔力操作が加われば、かなりおもしろいことができるかもしれない。
「私も植草先生に褒められたいのに! なんで私は剣と盾なんて選んだんだろう! アビリティがあるからって、ナイトなんかにあこがれている場合じゃなかった! 悔しい!」
「はいはい。そうだろうねー。まあ、専門外の武器でも見てもらえたんだからよかったじゃない」
パメラは悔しさを隠さず、アシェリにぞんざいに扱われている。
イゾウによるオリジンの指導が終わった後、サトシが自分の槍をみてほしいといったのだけど、その結果がこれだった。不満を言う2人を尻目に、イゾウとサトシは槍の使い方について話し合っている。新人たち3人も、どんなオリジンを作ろうかと楽しそうだ。
「お~い! みんな~!」
声が聞こえて振り向くと、手を大きく振るアキミの姿があった。どうやらいい気分転換になったらしく、普段の彼女のようにとびっきりの笑顔を浮かべている。
「あ、アキミ先輩! こっちです!」
アイカが手を振り返す。アシェリとパメラも手を振ろうとして、途中で止めていた。アオが彼女たちの視線を追うと、どこか元気がなさそうな聖女に行きついた。
聖女を気にしつつも笑顔で合流する魔線組の面々に対し、正同命会組の3人はぎこちない笑みを浮かべている。特に聖女は、街に向かう時と違ってあからさまに落ち込んでいる。
「ケイ? どした? 街でなんかあった?」
「えっと・・・。うん。そのね」
言いずらそうに言うと、いきなり深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。私のせいで、正同命会とは少し距離を置くことになりました!」
「は、はあぁぁぁぁ!?」
大声を上げたパメラに、聖女は丁寧な口調で街での出来事を説明したのだった。
◆◆◆◆
「えっとね! あたしも見てたけどケイは全然悪くなかったんだよ! あの怪しい教主が無茶な命令をしてそれを断っただけなのにケイが全部悪いような言い方をして! それなのに『聖女に鉄槌を下す』みたいなことを言われて逃げるしかなくなったんだ!」
その場にいたからだろうか。アキミが一生懸命に聖女をかばっている。街に行く前までは聖川先生と呼んでいたのに今はケイと名前呼びなのはなんとも彼女らしい。
「僕から見てもケイさんは悪くないと思いましたけどね。追放宣言するなんてあんまりだし、むしろこっちから抜けるって言ってもいい塩梅でした」
コロまでも援護するんだから、ケイは相当にたちの悪い目に追いやられたらしい。
言いにくそうに言いだしたのはシュウだった。
「それで、な。まあ、お前らさえよかったらだけどよ。この3人をあのアパートに迎え入れられないかと思ってよ。もちろん、アオと爺さんと、そこのお嬢てゃんたちがいいって言ったらだけどな」
「ワシは構わんぞ。正同命会の出身とはいえ、そこの3人は十分に信頼に値するだろう。同じアパートで暮らすくらいなら問題はない」
即座に答えたイゾウだった。アオも吠えながらこくこくと頷いた。ケイと同じアパートで暮らすことに否と言うわけがなかった。
「植草先生と、私たちが、一緒に暮らす? 同じアパートで?」
低い声でつぶやいたのはパメラだった。
「パメラ? ご、ごめんね? 私が至らなかったばっかりに追放なんてされちゃって?」
必死で謝るケイだったが、おそらくみんながパメラの次のセリフを予想していたと、アオはのちに思い出すことになる。
「推しと同じアパートで暮らせるなんて、そんなの応じないわけがないじゃない!!」
目を見開いているのはケイだけで、全員が「やっぱりか」といった呆れた目をしていた。
「行く! 行きます! ヤバイ! どうしよう! なんか準備があるかな? 香水とか、変えたほうがいい? てか、このダサい鎧ももう着なくていいんだよね? ああ! あれも必要だしこれも! スマホにアルバムファイルも作らないと! でもオリジンも作らないとだし! どうしよう! やることいっぱいなんだけど!」
「パメラ! 鼻血出てるから!」
「ちょっと落ち着こう?」
慌ててパメラを止める2人だった。
もみ合う3人に、アキミがおずおずと尋ねた。
「えっと、すみません。あたしたちと来るってことは、正同命会と完全に袂を分かつことにもなりかねないんだけど」
上目遣いのアキミを見ると、アシェリとパメラは顔を見合わせた。
「それが何か? ケイのいない正同命会なんて、正直あんまり興味がないんだ」
「そうね。私たちはケイと一緒にいたいから正同命会に入ったような感じだし。あ、退会届とか出したほうがいいか。トゥルスあたりに送っとけば、あいつのことだからうまくやってくれるでしょう。まあ、ウェヌスちゃんにはうまく伝えなきゃいけないけど」
そう言ってスマホを操作し出すアシェリは、ふと手を止めてアオに詰め寄ってきた。
「でも、長く暮らすかどうかはその拠点次第ですからね! こう見えても女子3人組だから、あんまりいい加減なとこには暮らしたくないし」
鋭い目で見つめられてアオはこくこくと頷いた。アキミはなんだかうれしそうだ。
「じゃ、じゃあ3人はこれからアパートに来てもらうってことで! へへっ! 女子部屋はあたし一人だったからちょっと寂しかったんだ!」
「申し訳ないけど、お世話になります。その、私たちはあまりうるさくしないと思いますので。あっ! その、パメラのこともちゃんと見ますから」
喜ぶアキミに丁寧にお辞儀をするケイ。コロもなんだかうれしそうだ。
「お~い! シュウさ~ん! やっと見つけた! 」
街の入り口から声が聞こえてきたのはそんな時だった。振り向くとユートたちのパーティが、汗だくになりながらこちらに駆け寄ってきていた。
「お、おお。ユートじゃねえか! お前らも街にいたんだな! てか、そんなに汗だくになってどうしたんだよ?」
「どうしたもこうしたもない! シュウさん! 急いで隠れてくれ! 正同命会の奴らが、あんたたちを追っているんだ! あいつら! 今回の一件をすべてアンタらのせいにするつもりだぞ!」
ユートの言葉に、アオはさらにまずい事態になっていることを感じたのだった。




