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第53話 追撃と闘争と

 整理されていない通路を必死で走っていた。


 ここは、暴食の塔のふもとの街にあるスラムだ。開かれて1年にも満たないこの場所では、まだトミーの敵になるような探索者は育ってない。


 そのはずなのに!


 出来損ないしかいない現場のはずだった。暴食の塔は失敗作しか送り込まれないはずで、10年も研鑽を組んだトミーにとって、常識的に考えてここの探索者は相手にもならない。


 なのに、現実はどうだろうか。トミーは任務に失敗し、今は必死で逃げ回っている。


「ちきしょう! 簡単な任務じゃなかったのかよ」


 短杖を握りながら思わずず吐き捨てた。そんなトミーの耳に聞こえてきたのは、常人には聞き取ることのできないほどの、わずかな羽音。あれが、トミーを追い回しているのだ。


「ひぃ!」


 振り返ると、あいつらが飛んで近づいてきていた。必死に振り切ろうとするが、足がもつれて転んでしまう。必死になって後ずさりして距離を取ろうとするが、それはじわりじわりとにじり寄ってきた。


「ちきしょう! なんなんだよお前は! 虫のくせに! 何を考えているんだ!」


 必死になって呼び掛けるが、その一匹がトミーに近づいてくる。短杖を振り回し、何とか振り払おうとするが、それはトミーの攻撃を掻い潜って右腕付近に止まると・・・。


 音もなく、はじけ飛んだ!


「うわっ! いてえ! いてえよ!」


 必死で出血を押さえた。腕の皮一枚をわずかに削っただけの攻撃だったが、トミーは何か大切なものが失われたのを感じていた。


 聞いたことがあった。確か、仲間内でポーカーに興じていたときだったと思う。仲間のダイアンが言っていた。探索者には魂を犠牲にして相手を襲う手段があると。


 魂を起爆剤にしたその攻撃の威力は絶大で、相手の魂を削る、ありえないくらいに強力な一撃になる。だから、どんなに相手が矮小でも小さくても、その攻撃には注意しなければならないといっていた。魂を直接傷つけるその攻撃は、食らえばどんな魔法でも癒すことはできないと。


 魂を使った攻撃は、死を引き換えにしたその攻撃は文字通り一生に一度の大攻撃だ。すさまじい威力があるが、連撃などありえない。


 それなのに!


 羽音が聞こえて、トミーの気分は絶望的になった。そして見てしまった。3匹ほどのトンボの群れが、観察するように宙に浮いているのを!


「こんなの、ありえないだろう! 俺が・・・。俺が、何をしたっていうんだ」


 吐き捨てたトミーの前で、トンボたちが不意に姿を消した。あっけにとられたトミーの耳に足音が聞こえてきた。未熟で派手な音がするそれは、まさしく人間の足音だった。


『見つけたぜ召喚士! お前もここまでだ。おとなしくやられちまいなよ』


 先頭の少年が異国の言葉で何かを叫んでいた。そして感じる、スペシャルの気配! 危機が訪れているにもかかわらず、トミーは安堵していた。


 この少年は自分たちと同じだ。自分と同じようにあれに見いだされ、得能を使うように仕向けられているに違いない!


 どこか安心したトミーの耳に聞こえてくる、わずかな羽音。慌ててきょろきょろと探すと、少年の後ろで、1匹のトンボが探るようにこちらを見ていることに気づいた。


 戦え。最後まで。


 トンボの声が聞こえた気がして、思わず唾を飲み込んだ。


 逃げることなどできない。もし戦わないことを選択したら、あれは容赦なくトミーの魂を壊してしまうだろう。


 そうなったら・・・。


 最悪の想像をしたトミーは、少年を睨みながら短杖を突き出した。


『なんだ? 抵抗しようってのか? へっ! 無駄なことなのによ!』


 少年の嘲笑するかのような声にごくりとつばを飲んだ。少年の後ろに人相の悪い女が走ってきていて、さらに追い詰められたようだったが。


 トミーは安堵していた。追い詰められてはいるが、彼らは普通の人間だろうから。


「お前らを、怖がっているんじゃない。お前らが何人がかりでも逃げきる自信はある。だが、あれが本気で追ってきたら・・・! 俺が恐れるのはあくまであれだ。でも! 魂を砕かれるくらいなら!」


 杖を振り上げて突撃するトミーの耳に、少年が何かのスペシャルを使った音がした。おそらくはこの少年が持つ大剣を使ったスペシャルだろう。レベルは4と言ったところか。10年にわたり技を磨いてきたトミーにとってそのレベルは些細なものだった。


 不意に少年の姿が消えた。背後に気配がするとともにわき腹に鋭い痛みが走った。振りぬけ様に切り裂かれたのだ。


 ゴプリと血を吐きながら、どこかあっけに取られていた。


 少年の技は、思ったよりも何倍も鋭かった。ベテランのはずのトミーの目を掻い潜ったのだ。その技が、弱いわけがない。


 それなのに!


 大けがを負ったはずの痛みが、魂を削られた喪失感には到底及ばない。魂を破壊されるという根源的な恐怖もなかった。これならば、自分は安心してあの世に行けることだろう。


『ちっ。いきなり突っ込んでくるから。思わず斬っちまったじゃねえか』


 少年が何やらつぶやく声を聞きながら、トミーの意識は闇へと溶けていくのだった。

 


◆◆◆◆



「ミナト。どうだ?」

「ああレンジさん。何とか倒しましたよ。人間を倒してもポイントやオラムをもらえないってほんとなんですね」


 ミナトはスマホを覗きながら一人ごちにつぶやいた。主犯を殺したと知ったレンジは、ミナトを睨んで舌打ちした。


「ああ? やっちまったのか? そいつには聞きたいことがいくつもあったのによ。ちょっと考えたら生け捕りのほうがいいに決まってんだろ!? これだから新人は。お前、使えねえな」

「いや、こいつが突っ込んでくるから! 俺だって、捕らえたほうが良かったのは分かってますよ」


 レンジはもう一度舌打ちすると、「おとなしくヤヨイに任せりゃいいのによ」とつぶやいて自分のスマホを耳に当てた。おそらく、今回の件を報告するためだろう。


 当のヤヨイは溜息を吐きながら地面にしゃがみ込んでいる。あの男が落としたものを拾っているのだろう。スマホと短杖以外にはないと思うが、他にはないか確認しているのだろう。


 やることがなくなったミナトは、思わずつぶやいた。


「なんだよ。俺はちゃんとやったぞ。逃げられる前に主犯を倒したんだから、最低限の仕事をしているじゃねえか」


 すねたように地面を蹴った。自分はちゃんと成果を上げたのに、些細なミスで責められてしまう。これでは、スキルを取る前と同じではないか。


 不機嫌になるミナトの頭に少し前のことが思い出された。


 あの時もそうだった。スキルを使って魔物を倒したミナトに、アイカの奴が文句を言ってきたのだ。「二度とそんなことをしてはいけない。自分を売り渡すような真似をしていると、いつか何もかもをうばわれてしまう」と。


 とんでもない戯言だった。きっとアイカは、成果を上げた自分に嫉妬しているのだろう。あいつはまだ第1層の魔物を、仲間と協力しないと倒せないと聞く。単独でも戦えるようになったミナトを、きっと羨ましく思っているのだと。


「ちょっとかわいい顔してるからって調子に乗ってさ。ま、俺も嫉妬されるような存在になったってことか。見てろよ。いつか、誰にも負けないような成果をあげてやるからな。恐れられ、敬われる強い探索者への道をきっと上ってやる!」


 一人宣言して、天に向かって拳を握り締めるミナトだった。

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