第52話 スラムでの戦い
魔物を殲滅しながら何とかスラムにたどり着いた。かなりの数のサハギンが入り込んでいたが、オミやコロの敵ではない。第3階層に到達した探索者だけあってこの程度の魔物に苦戦することはなかった。
「!! みんな! あれ!」
アキミが指さしたほうを見ると、スラムの広場で2つの勢力がにらみ合っていた。
一組は魔線組だ。貫禄がありそうでイノシシのような牙を生やした男を中心に、レンジとヨースケが脇を固めている。もう一つは正同命会だろうか。マルスとネプトゥに囲まれた老人が好々爺とした笑みを浮かべている。
「親父!」
「オミか。いいところに来た。力を貸せ。あいつら、俺たちのしのぎを邪魔しやがってよ」
「あなたたちだけが有利と言うわけではありませんよ。私たちの側の加勢も来たようですからね。ねえ、ケイ」
老人の言葉に、びくりと反応するケイ。
「あなたは魔線組の増援をなんとかなさい。期待していますよ」
「せ、先生! なにをいっているのです! 今は争っている場合ではありません! 一刻も早くこの場の安全を確保しないと!」
ためらうケイに、いらいらした様子で叫び返したのはマルスだった。
「貴様。正同命会の聖女とおだてられて思い上がっているのではないだろうな。教主の命令だぞ。おとなしく従え!」
「はっ! 隙を見せんじゃねえぞ!」
マルスに斬りかかったのは、あのミナトだった。マルスは慌てて剣を抜くが、その鋭さに1歩、2歩と下がってしまう。この間スキルを習得したばかりとも言えない鋭い動きに、シュウは目を見開いた。うしろのアキミが「そんな」と小さくつぶやいていた。
「いきなり斬りかかるとは魔線組らしいな」
「うっせえよ! 正同命会のイカレ教徒のくせに!」
連続して攻撃するミナトに、マルスは余裕の表情で対応している。まだ能力差がある2人だが、ミナトはマルスを止めることには成功している。援護すべく動き出した正同命会の戦士たちは、レンジら魔線組の探索者たちに止められてしまう。
「みんな! やめてください! 教主! 今はそんなことをしている場合では!」
「だまりなさい! ケイ! 今はチャンスなのです! またとない機会を、神がご用意してくださった! 今優先すべきはこの男を眠りにつかせること!」
そう断言する老人の目は怪しく光っていた。
「さあ、ケイ。いい子だから私に従いなさい。あなたのその隣の魔線組を、打つのです。あなたは私に従えばいい。さあ、あなたの使命を果たしなさい」
こんな時なのに笑みを浮かべる老人。一瞬だけ、ケイが操られたように力を抜いた。
「そう。あなたの、そして私たちの使命を果たす時なのです」
その声は、いっそ優しかった。言葉を聞いたケイは、一瞬だけ呆然としたような顔になる。しかし、次の瞬間には激しく首を振った。
「先生、もう、どうしようもないのですね。あなたにとっての大切が、もうとってかわってしまったのですね・・・・。となると、私はその命に従うわけにはいきません!」
「だまれ! 聖女! お前は教主のお言葉に逆らうのか! これは明確な背任行為だぞ! こんなことをして、正同命会にお前の居場所があると思うなよ!」
ネプトゥが剣を突き付けた。マルスはミナトの攻撃を捌きながら皮肉気な笑みを浮かべていた。
明確な背任と言われてもケイの態度は変わらない。決意を込めた目で教主を睨んでいた。
「私が正同命会に参加したのは、人々を守ろうという先生のお言葉に共感したからです! あのとき、訳も分からずに転移させられた人たちを救いたいという思いを感じました。でも、今のこれは違う! 私たちの願いは、スラムの人を含めたすべてを救うことだったはず!」
「だまりなさい! 今は何よりも優先すべきことがある! 魔線組を瓦解させるまたとないチャンスです! スラムで何もしない連中よりも、生同盟会をさらに飛躍させるチャンスが!」
教主が焦ったように言い放った。その言葉に反応したのは魔線組の頭だった。
「確かに俺を消せば魔線組は大ダメージを受けるだろうな。スラムのやつらを救うよりも、俺の首を取ろうっていうのは、まあわからないでもない。だが、大声でそんな本音を言ってもよかったのか?」
教主ははっとしたように周りを見渡した。
この場には正同命会と魔線組の探索者だけがいるわけではない。少数ながらもスラムで暮らす人たちもいる。そうした中でスラムを軽視するような言葉を言えばどうなるか――。
非難がましい視線が集まり、教主が顔を歪ませた。教主と目が合ったスラムの住民は怯えたように一歩下がった。
「貴様ら!」
「やめなさい。ネプトゥ」
いきり立つネプトゥを止めると、教主は周りを見渡した。そして悔し気に口を歪ませると、ふいっと後ろを向いた。
「この場はあなたたちに譲りましょう。精々で、こうなった原因を突き止めなさい。ここに来た人々のためにね」
そうして教主は歩き出す。おそらく、正同命会の本拠地に戻っていくつもりなのだろう。
「ケイ。覚えておきなさい。あなたも、あなたの仲間たちも。戻ったらただで済むとは思わないことです」
忌々し気にそう言うと、わき目も降らずずんずんと進んでいく。傘下の探索者たちも彼に続いた。
「貴様のせいで、絶好の機会を逃したではないか!」
そう叫んだのはマルスだった。どうやらミナトとの戦いに勝利したらしく、憎々し気な目でケイを睨んでいる。
「帰ったら覚悟しておくといい! 教主のお言葉に逆らったお前に鉄槌を下してやる!」
ネプトゥはそう宣言すると、怒りをにじませながら教主の後を追った。
後には、呆然とするケイだけが残された。
◆◆◆◆
「おし! お前ら! 邪魔な奴らは消えた! ここにいる魔物どもを殲滅するぞ! なに、道中調べたがサハギンってやつはたいしたことはねえ! 精々でゴブリン程度だ」
「へい!」
魔線今日の頭の一言に、レンジたちが駆け出していく。その切り替えの早さに、シュウは思わず目を向いてしまう。そして頭は仰向けに倒れて荒い息を吐くミナトに近寄っていく。
そしてミナトのそばにしゃがみ込むと、優しい顔で彼の手を取った。
「坊主。いい気合だったぞ。おかげで正同命会の教主の失言を引き出すことができた」
「えっ! あ、ああ! すみません! オレ、あいつに負けちまって」
慌てて手をっ取って立ち上がるミナトに、頭はそっと笑いかけた。
「なに。おめえ、この前スキルを取得したばかりだろう? それであのマルスのやつを止めたんだから大金星じゃねえか。あとに残るような傷もない。おめえの大勝利ってやつさ」
がははとわらうと、バンバンとミナトの背中を叩いた。当のミナトは唖然とした顔のまま、頭を見つめている。
「疲れているところを悪いが、もうひと踏ん張りだ。レンジたちと一緒にサハギンと戦ってくれ。スラムの奴らを一人でも多く助けるんだ。できるな? 首謀者もいるようだしな」
「は、はい! できます! やらせてください」
直立して一礼するミナト。そのままレンジたちを追う後ろ姿を頭は微笑みながら見つめていた。
「親父」
「ありゃ、たぶんアビリティだな。正同命会のくそ爺が、聖女のお嬢ちゃんに使おうとしたのは。だが、あんな失言はらしくねえな。大勢が見ている前であんなことを言うなんてな」
頭が教主の去ったほうを睨みつけた。
「アビリティ?」
「そもそも。あの場で聖女のお嬢ちゃんがお前たちを攻撃していたらどうなっていたと思う? オミは当然反撃するし、サナだって黙ってはいねえ。躊躇して当たり前の指示だったのに、あいつもあいつの部下も従うのが当然といった様子だった。それは奴が洗脳系の技を持っている証しよ」
そういうと、頭は溜息を吐いた。
「だいたい、生同盟会がわずかな時間で大きくなったのがおかしな話だったんだよ。何の力もないはずのあの爺が教徒から絶大な信頼を獲得できたのはアビリティを使ったのに違いねえ。今回もその力を使って聖女を操ろうとしたが、どういうわけかそれが通じなかったって感じだな」
「そうか。教主の目が怪しかったのはアビリティを使っていたってことなのね」
頭はアキミを見てにやりと笑った。そしてケイに視線を移した。
「忠告するぜ。聖女のお嬢ちゃんは、もう正同命会に戻らないほうがいい。教主は怪しいが、その部下はもっとやばい。教主の命令にためらったあんたを殺すつもりのようだしな。あんただけでなく、あんたのお友達ごと消されるかもしれんぞ」
「え・・・。そうですね」
敵対者のはずの魔線組の頭にアドバイスされ、ケイは口ごもってしまう。
「これはな。あんただけの問題じゃない。あんたの友人や支持者の立場にもかかわってくる。最悪、あんたの護衛は殺されちまうかもしれんぞ。それに、万が一あいつらがあんたを傷つけようもんなら正同命会もわれちまうぞ」
「それも、わかっているつもりです」
ケイは前を向いたまま答えた。頭の目はふと表情を緩めて語り掛けた。
「今はお互いに頭に血が上っていて冷静な話もできないだろう。しばらく頭を冷やすことをお勧めするぜ。行くところがないようならオミや大将を頼りな。あんたが優秀な探索者ってことはよく知っているつもりだ。こっちに来れば、悪いようにはしねえからよ」
そう言って、頭は人好きがするように笑ったのだった。




