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第5話 探索者とスマホ

 アオは差し出された食料をほとんど食べたのに、中年男は満面の笑顔だった。


「食べてる姿を見てもしかしたら、って思ったんだよ! 本当に獣なら、前にうちにいたカラスみたいに、大口を開けて乱暴に食ってたはずだしな。手を使って、しかも音をたてないように口を閉じて食ってたからな! ちゃんと教育を受けた日本人じゃないかと思ったんだ」


 中年男が豪快に笑いかけてきた。どうやら、アオが元日本人と言うことを分かってくれたらしい。


 ちなみに、元人間と分かったらすぐに、中年男はタオルをくれた。やはり文明人として真っ裸なのはいたたまれない。アオは迷わず腰にタオルを巻いてきつく縛った。


「えっと? その、虎さんはこれまでどうしたんだ? これまで話を聞いてくれた奴はいなかったのか? てか、いつまでも虎さんって言うのもなんかあれだな」


 そう言われた。アオはしゃべれなくておろおろしていたが、地面を見てはっとした。土がむき出しのこの地面なら文字を書くこともできるだろう。


 オジロ アオ。


 カタカナで自分の名前を書いてみた。最初は漢字で書いてみたが、文字がかなり歪んで読めなかった。器用さも獣並みになっているのかもしれない。


「おお! 名前はオジロアオってんだな! そうか! へへ。アオさんってよんでいいか? あ、俺は樋爪修二ってんだ。シュウって呼んでくれ。よろしくな。でも、たぶん初対面だよな? その姿を見りゃあ忘れられないと思うし」


 アオは慌てて今朝初めて起きたことを地面に書いた。


「え? 今日目覚めたところ? そんなやつ初めて見たぜ。あ、ちょっといいか?」


 シュウはズボンのポケットをまさぐった。そうして取り出したのは、つい先ほど見たばかりのスマホだった。


 シュウが何やら指を動かすと、スマホを掲げて自分に向けた。まるで自撮りのようにかざすと、画面をタップしてニンマリ笑った。そして画面を見せてくれた。


「もしかしたら、これのことも知らねえんじゃねえかと思ってな。これはよ、俺たちに一人一台渡されているスマホみたいなものなんだ。撮影すれば相手の情報が記される。ほれ、ここにプロフィールが出ているだろう? まあ、自分のは撮影しなくても見られるんだけどな」


 画面をのぞき込むと、確かにシュウのプロフィールが載っているようだった。


名  前:シュウ

スタイル:第3形態


障  壁:82/1,000

魔 力 量:76/142


アビリティ:疾走 2

スキル :短刀術2 体術 1 魔力操作 2 風魔法 2 能力分析 1


ポイント 1  

オラム   2,025


 まるでゲームのステータス画面のようだった。それにしてはレベルや力などの項目がないのが気になったけど。


「自分の名前はカタカナで自分で入力できるんだぜ。スマホの強化次第では魔物なんかの情報も分かるんだ」


 アオはまじまじと画面を見つめた。


 思い出した。あの6人組に襲われた際に、確かにこんなスマホを向けられた。あれはアオのプロフィールを探っていたのか。


「がう! がう!」


 アオは自分を指さした。正直、風魔法など気になったものがあるけど、まずはこれだ。あのスマホでアオを撮影すれば、どのようになるのだろうか。実はあの娘が自分のことをアンノウンって言ってたのが地味に気になっていたのだ。


「おお! アオさんを撮影してもいいってことだな! よし! 待ってろよ!」


 身振り手振りで撮影するように言うアオを見て、シュウな嬉しそうにスマホをいじりだした。そしてアオを撮影すると、画面を覗き込んだ。


「ほれ! こんな感じだ。・・・ん? アンノウンってなんだ?」


 怪訝な顔をするシュウにつられ、アオも画面を覗き込む。そこに記されていたのは・・・。


名  前:Unknown

スタイル:Unknown


障  壁:Unknown

魔 力 量:Unknown


アビリティ:Unknown

スキル :Unknown


ポイント Unknown オラム Unknown


 全部、Unknownだった。


「なんだ、これ? アンノウンばかりじゃねえか。前にゴブリンをスキャンしたときは、スキルとかはともかく、名前とかは見られたんだけどな」


 ぼりぼりと頭を掻くシュウ。すぐにアオを見て、慌てて言いつくろった。


「ま、まあ、俺のスマホがおかしいだけかもしれねえし。あんまり気にすんな。項目がずらりと出たってことはアオさんが探索者なのは間違いないだろうしな」


 そう言って手を振ると、シュウは真面目な顔になった。


「じゃあ、さっそくだけど説明するぜ。俺たちは、約半年前にここに転移された。どうやって転移したのかは誰も覚えていない。みんな気がついたらこんな場所にいたとさ。かくいう俺も、それまでアパートの部屋でゆっくり酒を飲んでいたはずなんだけどな。テレビでちょうど『大失踪』の特集をやってたからよ。よく覚えているんだ」


 やっぱり半年も前のことなのか。今朝目覚めたアオとはだいぶ事情が違うようだ。


「服装も姿もバラバラだった。姿かたちが変わっちまっている奴が多かったんだ。俺みたいにそれまでの姿とほとんど同じ奴もそこそこいたが、やたら美形になった奴、魔物が混じったような奴もいた。そして・・・」


 シュウはアオを見つめると、言いずらそうな声で話し出した。


「アオさんみたいに、動物みたいな姿になったやつもいたんだ」


 自分と同じような人がいると聞いて、アオは目を瞬かせた。


「続けるぜ。俺たちが転移したのは街のような場所だった。街にはなんか住民みたいなのがいて、わかんねえけど言葉が通じたんだ。いろいろな店があった。米や野菜、乾パンみたいな食料や日用品なんかを買える店もあったんだ」


 本当に商店街のような場所みたいだ。しかも住民もお店もあるとは。でもお金はどうするんだろう。日本のお金が使えるとは思えないし。


「気になるのは支払いだと思うが、こいつを使って支払えたんだ」


 そう言うと、シュウは手にしたスマホを指さした。


「がっ!」

「おおそうだ! こいつには決済機能もついてんだ」


 アオは使ったことがないが、最近のスマホは支払いにも使えるようだ。アオの職場でもお客様が計量器にスマホをかざす姿も当たり前に見かけるようになった。


「こいつぁ、けっこう便利でな。探索者同士でお金のやり取りもできる。俺も最初はどうかと思ったけど使ってみると手放せなくなってな」


 シュウも鼻をすすった。確かにアオの店でも60代くらいのお客様がスマホで決済する頻度が増えた。スマホを使った決済は、若者だけでなく他の人にもかなり浸透している。


「こいつはもう生活必需品だな。これ一つでコミュニケーションも買い物も思うがままさ。しかも、こいつには荷物を収納する機能まであるんだぜ。大型のリュックくらいの荷物がいつでも取り出せるんだ。さらにポイントで収納量が増やせるんだぜ。念じれば消したり出したりできて本当に便利なんだ」


 何もない空間から荷物を取り出せるなんて、まるで本当にゲームみたいだ。あのスマホは相当に便利な機械らしい。


 アオも試してみることにした。


 シュウは念じればスマホを呼び出せると言っていた。もしかしたら、アオもスマホを取り出すことができるかもしれない。


 念じると、アオの手にハガキくらいの大きさの板が現れた。でも、スマホのようなものはシュウのそれとは全然違った。シュウのスマホは結構きれいな状態だったが、アオのそれはひどいありさまだった。画面はひび割れ、角が掛けていた。ボタンを押しても何も反応しないのだ。


「アオさんのスマホ、壊れているのか? てか、これ壊せるもんなのか? 調べたやつによると、踏んでも投げても水につけても平気で、しかもまた召喚すると元通りの状態で手元に来るはずなんだが」


 ちょっと情けない顔になっていたと思う。アオは体育座りをしてシュウの顔をうらめしそうに見つめてしまった。シュウは苦笑すると、慰めるように声を掛けてきた。


「まあ、スマホが壊れててもなんとかならあな。欲しいものがあったら俺が代わりに買ってやるからよ」

「が、がう・・・」


 アオは反射的に頭を下げてしまう。自分で買えない以上は他の人に頼るしかない。なんだか情けなくなって、アオはますます落ち込んでしまった。


「ま、まあなんだ。スマホの代わりに」

「!! がう!」


 何か言おうとしたシュウを口に指をあてて鋭く口止めした。何かが聞こえた気がしたのだ。


あおおおおおおおおおん!


 それは、何かの遠吠えだった。動揺して周りをきょろきょろとみるアオに対し、シュウは素早く立ち上がり、厳しい目でナイフを抜きなはった。


「が、がう?」

「くそっ! ウルフかよ! のんびりしすぎた! 魔物がこっちに近づいてくるぜ!」


 そして思い出した。アオはゴブリンのような魔物に襲われたことを!


 顔を青ざめさせたアオに気づいているのかいないのか。でもシュウは手短に説明してくれた。


「日本で暮らしたお前にはわからんだろうがな。こいつらは魔物だ! この塔に来た奴が何人も襲われている! 最悪、命まで取られるぞ! 俺たちがやらなきゃ誰かが襲われるかもしれない。やるしかないんだ!」


 ナイフを構えるシュウの姿は相変わらず堂に入っている。アオはごくりと喉を鳴らした。そしてぎこちないながらも拳を握り締めて立ち上がった。

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