第47話 塔の入り口にて
そして数日が経過した。
「ふむ。まあ、正式な修行を始めたわけでもないし、こんなもんだろう」
イゾウは一人ごちだった。その前には、アオとシュウが荒い息を吐いて座り込んでいた。
アパートに泊まり、地下室での修行を開始したが、イゾウの指導は最初からフルスロットルだった。走りまわされ、素振りをさせられ、疲れ果てて座り込んでしまった。シュウだけでなく虎の体力があるアオですらもくたくたになった。
「この程度でへばるとは情けないのう。コロはともかく、嬢ちゃんまでがちゃんとついてきているではないか」
「うん? まあ、あたしは中学まで陸上やってたし、FPSのゲームとかよくやっていたからさー。基本的な動きは、なんだかわかんだよね。銃を使った戦い方もいろいろやったことあるし。友達と、朝まで騒いだりさぁ」
明るく話していたアキミだけど、最後はなんだか元気がなさそうだった。でも最後は、取り繕うように笑顔を作った。
「ほらほら! 街に戻るんでしょ? しばらくはこっちに戻らないんだから。ま、イゾウさんがお金をしこたまため込んでたおかげで、かなりの食糧を買いだめできそうだけど」
「ええ。街に戻る前にサトシくんやサナさんにも会うんですよね? 元気にしているかなぁ」
コロはなんだか楽しみにしているようだった。
「うんうん。2人とも元気にしてるかなぁ。サトシ、あんまりサナ姉に叱られてなきゃいいけど」
「ふふふ。あの2人はそんな感じなんですね。遠めに見て姉弟みたいだなと思ったものです。アキミさんたちは・・・。!?」
コロが不意に言葉を止めた。ぞの場にいた全員のスマホが、けたたましい音を鳴らし始めたのだ。
誰よりも早くスマホを取りだしたのはアキミだった。彼女は妙に真剣な顔で画面をのぞき込んでいる。
「ああ。そうか。ついに、か」
「がう?」
怪訝な顔をするアオに画面を見せてくれた。
「階層を始めてクリアしたら、このスマホに通知が来るんだ。ほら。第3階層をクリアしたってね」
スマホの画面には「おめでとうございます。マルス様たちが第3階層を攻略しました」の文字とともにボスの討伐時間が記されていた。
「そうか。あのゴーレムを攻略したか。まあ、時間の問題ではあったの。相手のステータスが明らかになりつつあったし」
「そいえば、イゾウさんたちはボスと戦ってたんだよね? あたしたちはあの火山地帯をさまよっている間に終わったけど。後半は育成に忙しかったし。ま、攻略する前にこのパーティに来たんだけど」
イゾウもコロもアキミも第3階層に到達している。そのボスが倒されたと知って、3人とも何か感慨深いものがあるのかもしれない。
「第3階層は面倒な魔物が多かったし、罠もしんどかったですよね。ボスの弱点も意外でしたし。まあ、僕らはボスの弱点なんかの情報を公開していたから、いずれはって気がしてたですけどね」
「あれはめんどくさかったの。殺されないように情報を集めながら戦って。逃げてまた戦って。炎のステージなのに氷が弱点じゃなくてちょっと焦ったわい。道具もいろいろ用意せねばならなかったしの」
イゾウが感慨深げに言うと、シュウはぼりぼりと頭を掻いた。
「なんか済まねえな。本当なら爺さんと大将が最初の攻略者になってたはずなのによ」
「いえいえ。前にも言いましたが、僕らは最初の攻略者になりたいわけじゃないですから。その、被害者を減らしたいっていう思いはありましたけど」
コロが慌てて手を振った。
「しかし、第3階層が攻略されたか。面倒なことにならなければいいの。成し遂げた者たちと帰還がかぶるやもしれぬ。ワシらは絡まれがちだからの。オミたち魔線組は新人の育成で忙しいらしいし、他の組も攻略には手を出しておらぬようだ。だからこその正同命会の躍進か」
「そうですね。正同命会か・・・。あ、マルスという方は正同命会の戦闘部隊のリーダー的な人なんです。結構好戦的で、僕らは絡まれがちなんですけどね」
イゾウとコロの口ぶりから攻略者は須甲氏厄介な人物らしい。
「がう?」
「ん? あ、ああ。多分聖川先生たちとは別の組。先生は今、街でいろいろやっているって教えてくれたから。でも正同命会のマルスって、評判良くないんだよね」
アキミが妙にまじめな顔で回想している。
「しかし、マルスたちとはの。第3階層で隊員に死者が出たそうなのだ。パーティが半壊しておるのだから、さすがに攻略は難しいと思うたが」
「サナ姉が教えてくれたんだ。あたしたちがここに来る間に向こうもいろいろあったみたい。あいつらはパーティを立て直すどころか、さらに強いメンバーを入れてるってさ。何でもかなりの魔道具を手に入れたらしいんだよね。最初のころはそうでもなかったけど、コツをつかんだのか、あとからどんどん強くなったとか」
アキミがスマホをいじりながら話してくれた。サナとは頻繁に連絡し合っているらしく、その手の情報はかなり入っているとのことだ。
「マルスかぁ。第3階層を攻略してた正同命会のパーティーが5つあったんだけど、その中でも一番やばいやつ。あたし、あいつのこと気に入らないんだ」
あけすけに言うアキミに、ちょっとだけ動揺してしまう。好き嫌いをはっきり言うのは彼女らしくはあるのだけど。
「とにかくさ。あたしたちは予定通り一回帰ろうよ。あたしもオミさんたちには会いたいからさ」
アキミは何でもないと言った風に笑顔を見せた。コロがうれしそうな顔をしているのが印象的だった。
こうして予定通り、アオたちは街へと変えることになるのだった。
◆◆◆◆
「アキミ~~~。こっちこっち」
「サナ姉だ! なんか久々って気がするなぁ」
塔の入り口で手を振っていたのはサナだった。隣のアキミが手を振り返して駆け込んでいく。そして抱き合うと、笑い声が漏れていた。
「あらアキミ。ちょっとやせたんじゃない?」
「そう? ま、あたしもいろいろ悩んでいたし」
お互いに笑い合うサナとアキミだった。まるで姉妹のような彼女たちにアオも笑みを漏らしてしまう。
「サナ姉たちはどうしてたの? あたしがいなくて寂しくなかった?」
「うん。ちょっと寂しかったわ。最近はオミも街で上の人に呼ばれたりしてね。今日も行っちゃったみたいだし。前みたいにいっしょに行動することも少なくなったの。私たちは第1階層で、ね。連携とか強化とかいろいろあるし。毎日数体の魔物を倒しただけだったけど」
サナ達は新たなメンバーの育成に忙しかったらしい。向こうは比較的代り映えのない毎日だったようだけど、こっちはいろいろあった。第2階層で隠し部屋を見つけたりシュテンたちと戦ったりでイベントが目白押しだったのだ。
「こっちはいろいろあってね。アオが倒れたり、聖川先生に会ったり、そんで」
「アキミ」
止めたのはサトシだった。
「ん? どした? なんかあったの?」
アキミが怪訝そうに見つめていた。サトシも、あのサナすらも視線が鋭くなっていたのだから。
「そっちの事情は、俺たちにも話さないほうがいい。万が一と言うこともあるから」
「なにそれ。あたしは今でもあんたたちを仲間だと思ってるんだけど」
不機嫌そうにそう言うアキミを、サナが連れて行った。
残ったのは、サトシと新人の3人だった。
「先生。すみません。うちもいろいろあって」
「おう。しばらく見ぬ間に、なにかあったようだの」
謝罪するサトシに鷹揚に返事をするイゾウ。そういえば、この2人は槍術の師弟関係にあるのだということに、アオは今さらながら思い出した。
「うちもちょっと、他が怪しいというか。あんまり俺たちのことをよく思っていないようなんですよね。レンジたちのパーティーが、その。ね」
「ふむ。お前たちも何かいろいろあるようだな。なにか新人たちに問題でもあるのかの」
イゾウに目を向けられると、3人はあからさまに動揺しだした。
「ご、ごめんなさい! あたしたちのせいで!」
「アイカ。君に責任はない。他の2人も。君たちはよくやっている」
アイカたち3人は恐縮しきっていた。訳が分からなくて、アオは思わず彼らを見回してしまう。
「実は、レンジさんたちについていった3人が、かなり態度が変わってしまったんです。街の人たちにも乱暴なふるまいをするようになっちゃって。もう、こっちの評判は散々ですよ」
「あいつら、今までのうっ憤を晴らすように急に態度を変えちゃうんだから! ちょっとスキルの使い方がうまいからって!」
新人たちの3人目――フジノがぷんすか怒りながら愚痴を言った。
「偉そうにコツを言ってたよね? あたしも真似すべきかしら? あたしが活躍するようになれば、あいつらだって!」
「駄目よ! やめて!」
急に大声を出したアイカに、その場にいた全員が注目した。
「だって、あいつらがでかい顔ができるのだって、スキルをうまく使ってたくさんの魔物を倒しているせいじゃん! 第二階層をクリアして、もう第3階層に行ったって自慢げに話してたし! あたしだって、もっとスキルがうまく使えて活躍できるようになれば!」
「だめだよ! あんなこと、絶対にしちゃいけない! フジノちゃんはフジノちゃんのままでいて! あの人たちみたいに、自分の主導権を渡すような真似、しちゃいけないんだから!」
涙目になって拒否するアイカに圧倒されてしまう。
でもフジノは止まらない。おろおろするばかりのカイトとは違い明確に言い返していた。
「じゃあどうすればいいって言うのよ! あいつらはあれでどんどん力をつけている! このままじゃあ、あいつとの差は開く一方じゃない! あたしたちが強くなるには!」
フジノが騒いでいた、その時だった。
「ああ。戻ってこられたのですね。皆さま、ご健勝のようで何よりです」
涼やかな声に、アオは思わず背筋を伸ばした。
正同命会の聖女が、その場に佇んでいたのだ。さりげなく会話に参加することで言い争いを止めたのはさすがだった。
「なによ! あんた」
言い返すフジノに、聖女はそっと唇に指をあてた。
「お静かに。この場でもめ事を起こすのは得策ではありませんよ。魔線組にもめ事があるって公言することになりますからね」
「!!」
聖女の言葉に慌てて口に自分の口をふさぐフジノ。塔の入り口には他の探索者も出入りしている。確かにこの場であれこれ言うのは得策ではないかもしれない。
「あ! 聖川先生!」
聖女に気づいたアキミが手を振った。さっきまでの険しい表情から一転し、明るい笑顔を見せている。その代わり用に、サナと聖女が目を合わせて苦笑していた。
「えっと、先生はどうしてここに?」
息を切らして近づいてくるアキミに、聖女は笑みを返した。
「私たちは」
「我々を讃えに来てくれたのだよ。何しろ、第3階層は私たちが最初に攻略したからね」
答えたのは塔の奥から歩いてきた赤髪の男だった。彼の隣にいたメンバーを見て、アキミがあからさまに顔をこわばらせた。




