第44話 部屋の主
「貴様、何者だ」
「MD-771。通称ナナイです。どうぞ、お見知りおきを」
そう言って、ナナイは恭しく頭を下げた。
Lが消えた瞬間い現れた彼女は驚くほど礼儀正しかった。しかし、ここは『暴食の塔』のはずだ。ただのメイドがいるとは思えない。
「ナナイってなんだよ! お前はなんでここにいる! あのLってやつの関係性は!」
「ナナイはナナイです。ここの管理をするために作り出されました。L様は我らの創造主で、あの方に呼ばれてここにいます」
矢継ぎ早に訪ねるシュウに、ナナイは一つ一つ丁寧に答えている。シュウはいらいらした目でナナイを睨んだ。
「てめえはなんなんだ! ちきしょう! この!」
「やめよシュウ! 落ち着け! この者からは同じ気配がする。街におる、住人と同じ気配がな」
イゾウに言われて、慌てて距離を取るシュウ。さっきまでの剣幕が嘘のように顔色を青くしている。
「が、がう?」
「えっとね。街の住民ってやばいんだよ。NPCっていう人もいるけどね。食糧の原材料や布とか、日用雑貨を売ってくれる人もいるんだけど、どの人もすんごく強い。前に『食料よこせ!』って襲い掛かった探索者がいたけど、あっという間に返り討ちよ。その時に絶対に逆らっちゃいけない人たちだって認識されたの」
ぎょっとしてナナイを見つめるアオ。微笑んでいる姿からは想像もできないが、相当に戦えるらしい。
「ここを管理するとな。と言うことはお主が常駐するのか。ここがアオのものとはどういうことだ」
「お答えいたします。先ほどを持ってこのアパートはすべてがアオ様の者へと譲渡されました。ここは1階から上が居住区に、この地下が運動場になっております。アオ様の許可があればどちらも安心して使うことができます」
ごくりと喉を鳴らしてしまう。
ここがアオのものに譲渡されたとは、ちょっと信じられない。
「そういわれても、の。なにしろここは『暴食の塔』の真っただ中。ここで安心して過ごせるとは限らんな」
「そ、そうですよ! 先生の言う通り、どんな罠があるか!」
イゾウに続くようにコロまでもが言い募るが、ナナイの態度は変わらない。
「そこはナナイのことを信頼していただくほかはありません。ですが、L様が管理者の名においてお約束されました。シュテン様とラセツ様を退けられた今、この場はすべてアオ様のものです。罠などないことをお約束します」
「ふむ。完全なる安全が保障されておらぬのは街の宿も同じか。ま、いいだろう」
「せ、先生?」
コロが目をむくが、イゾウはすたすたと歩いていく。
「お前は管理者のLによって作られ、ここを管理すると言ったな。そしてアオがこのアパートの主だと。ならば案内してもらおうか。この部屋と、1階の居住区とやらをな」
「はい。それがナナイの役割ですから」
◆◆◆◆
「1階の10つの部屋はフロトイレ付きの1DKの部屋と言ったところか。4号室と8号室だけは2LDKくらいの広さがあるようだが?」
「4号室と8号室は客間で少し広くなっております。アオ様が主となっておりますが、基本的に許可を与えれば誰でも使用することができます。2階より上はまだ工事中です。しばらくお待ちください」
イゾウの疑問にすらすらと答えるナナイ。一通り見て回ったが、1階の居住区は人が住むのにかなりのスペースがあった。
「結構清潔だよね。友達が住んでいるアパートよりもきれいだったよ。新築みたい」
「恐れ入ります。私共が誠心誠意、部屋をおかたずけさせていただきました。いつでも新築同様にご利用いただけるように整えております」
アキミは上目づかいでアオを見つめた。
「あたし、一部屋欲しいなぁ。10号室とかもらえると嬉しいんだけど」
「やめよ。どんな罠があるかはわからぬ」
イゾウに即座に拒否されてアキミは不満顔だ。
「ええー? でももったいなくない?」
「しばらく暮らしてみてからでも遅くはあるまい。今日は全員で4号室を使おう。あれならば広いし、ちょうど女子部屋と男子部屋に分けられるからの」
すぐに助けに入れる位置に集まろうということか。イゾウの意図が分かったようだが、それでもアキミは頬を膨らませている。
「ま、まあ、アキミさん。4号室ならみんなで暮らせますし、料理は僕が担当しますから、ね?」
「へ? コロさんが作ってくれんの? やばい! 超楽しみなんだけど!」
現金なもので、アキミは目を輝かせている。日本で店を構えているコロの腕に期待しているのだ。アオもちょっとうれしかった。少しだけ口にしたことがあったがコロの料理は絶品だったから。
「ご用命ならいつでもお申し付けください。条件さえクリアすれば部屋の主になれますから」
「ほう。部屋の主になるに、条件があるとはの」
イゾウの目が険しくなった。ちょっとだけアオは恐怖を感じたが、ナナイは気にせず説明を続けた。
「ここはいわばアオ様の領域ですからアオ様が認めない人は立ち入ることができません。アオ様が希望しても難しいでしょう。これはルールですから。そして立ち入ったすべての方に、4号室と8号室を使う権利があります」
「なるほど。つまり、ここにおる5人は、客間を問題なく使えるということだな。して、各部屋の主とは」
ぐいぐいと質問していくイゾウ。こういう時に主導権を握ってくれる人がいるとありがたい。アオだけなら言葉に詰まって聞きたいことも聞けないだろうから。
まあ、そもそも今のアオは言葉を発することすらできないのだけど。
「部屋の主になると主が許可した人以外はたとえアオ様でも立ち入ることはできません。また、部屋の持ち主になれば塔の各所からこのアパートに入ることも可能です。入室した後でも意思一つで他の方を強制的に退出させることもできます」
「ああ。部屋を借りた時みたいになるんですね。強制的に追い出すこともできるなんてすごい機能だなぁ」
納得するコロに、目を輝かせるアキミ。
「まるで一人暮らしみたいじゃん! あたし、日本でも実家から学校に通っていたからこういうのは憧れんだよね」
「そういや、お前は実家から大学に通ってたんだっけ? 意外とお嬢様だったような気がするぜ」
アキミは「意外とは何よ!」と頬を膨らませたが、次の瞬間にはイゾウに食って掛かった。
「ねえ! イゾウさん!」
「はいはい。安全が確認できて、アオの許可が取れたらな。で、アオの許可さえあれば、部屋の主になれるということか?」
イゾウが確認するように尋ねるが、帰ってきたのは意外な言葉だった。
「いえ。部屋の主に言うには条件があります。アオ様の許可とこちらの条件の双方を満たしたものだけが、部屋の主になることができるのです」
「え? アオが許可するだけじゃダメなの?」
アキミが焦ったように言った。アオも意外だった。許可さえとればだれもが利用できると思ったのに、まさかナナイの許可が必要だとは。
「管理者からの指示で、部屋の主になるには資格が必要です。5名様の中で資格を有しているのは3名ですね。まずはこの部屋を譲渡されたアオ様。そしてイゾウ様。アキミ様も条件を満たしております」
「シュウとコロは、部屋の主にはなれないと」
イゾウに鋭い視線を投げかけられているのにナナイは平然と答えた。
「はい。今はまだ、コロ様とシュウ様は条件を満たしておりません。これについては、管理者のL様より伝言があります。『条件を満たさない人がいるのはヒントだ。君たちが勝ち残るには部屋の主になれることが最低限だと言っていい。頑張って精進したまえ』。以上です」
そう言って、ナナイは恭しく頭を下げたのだった。




