第43話 プレゼント
「ふむ。かなりの難敵だったが、何とかなるものよな。犠牲もなくこの場を収められたのはさすがと言うことか」
「爺さん・・・。いや、こっちは結構やばかったけどよ」
感心するイゾウに、あきれたように言い放ったのはシュウだった。あのあと、何とか体の主導権を取り戻したアオはイゾウを援護しなければと思ったけど。
2人の戦いに付け入るスキはなかったし、まごまごしているうちにイゾウがシュテンを倒してしまった。
「それにしても、本当によくやるの。まさかあのラセツと言うオーガをお前たちだけで倒してしまうとは」
「シュテンを斬った爺さんには言われたくないんだが。それにしても、爺さんたちに同行してもらったのは相当ついているよな。俺たちだけだったら確実に殺されてたぜ」
首を振るシュウに笑みを返すイゾウだった。
アオは改めて思った。自分には足りないものばかりだと。地力も足りないし、技術も足りない。なにせ、劣っているはずのこの体と魔力を操って、ミツはラセツを倒してしまったのだから。
「がう・・・」
まるで格闘ゲームの有名プレイヤーだな、とアオは感じた。同じ性能のキャラでも使い手が変われば相手を圧倒できる。分かっていたことだけど、実際にやられると自分がいかにできていないかを痛感してしまう。
地力を上げることと体の操作技術を磨くこと。その2つも新たに取り組まなければならない。
決意を込めて拳を握り締めた、その時だった。
ぱちぱちぱちぱちぱち。
拍手の音が響いたのは。
イゾウの気配が一瞬で変わる。コロもだ。アキミですらも鋭い視線であたりを見回している。強者3人がすぐに切り替えたのを、アオはさすがだなと場違いなことを思った。
「いた! 前面の、壇上みたいになっているところ!」
「おわっ! いつの間に!」
それはスーツを着た男だった。身長は175センチくらいと言ったところか。細身だが珍しいことに銀髪で、顔立ちはなかなかに整っている。背中には3対の灰色の翼がありそれが何とも言えず似合っていた。
でも、あの男を見た瞬間に、アオの心臓が激しく鼓動したようだった。
「見事、見事。いやあ、彼があのオーガたちを放った時は焦ったんだけどね。まさか倒してしまうとは。シュテンくんを倒したイゾウさんはともかく、他の人はまだラセツ君に敵わないと思ったんだけどね」
「お褒めにお預かって光栄だな。それで、貴様は何者だ」
イゾウが冷静に質問している。腰にシュテンから渡された刀を差し、その隣に差しているのはラセツが落とした脇差か。半身になってゆったりと腰を落としている。
「そうだね。私のことはLと呼んでもらおうか。さて、私たちは・・・」
「ア、アオ! 待って!」
銀髪のLが言うのとほとんど同時だった。アオがLに向かって駆け出していた。体が勝手に動いているのだ。ラセツと戦った時のように、一瞬にして体の主導権が奪われている!
「なっ! くっ! 止まれ!」
イゾウの声を気にもしない。素早く飛び上がると。
「がああああ!」
Lめがけて、思いっきり拳を振り下ろした!
あっさりと消えゆくL。だがアオに感触はなかった。まるで空振りしたように空気を裂く感触があるだけだった。
「いやいや。相変わらず君は乱暴だね。でも」
「がああああああ!」
後ろに現れたLに後ろ蹴りをお見舞いする。その無駄のない動きにアオは驚愕するが・・・。
「素晴らしいが、無駄だよ。僕本人はここにはいないからね」
直後、アオの後ろに現れたLにはまるで効いていないようだった。
「今君が見ているのはホログラムさ。実際に私がそこにいるわけじゃない。おとなしく・・・」
「があああああああ!」
右腕に魔力が集中しているのに気づく。おそらく、あの一撃だ。爪を伸ばした彼女は、あの一撃をLに与えるつもりだ。
「やれやれ。無駄だというのが・・・」
「があああああああ!」
思いっきり腕を振るった。そして爪から生じる、4つの斬撃。それはあっさりとLを5分割にして消失させるが・・・。
「わからないのかな」
当たり前のように、Lがアオの後ろに現れた。
「頭まで獣に変わってしまったのかな? 以前の君は、もっとちゃんと話せたと思うけど?」
『ほざけ。貴様ごとき、その場で地獄に送ってやる。少しばかり調子が戻ってきたところだからな』
Lが笑うが、アオは気づいた。Lの額に、一筋の血が流れていることに!
Lがはっとしたように額を手で触れた。そして流れている赤い血に気づくと、目を見開いてアオを見つめだした。
「ば、かな? そこには映像しかないはずなのに! 映像を斬ることで本体にまでダメージを与えた? そんな常識はずれな!」
無言で斬りかかるアオだったが、今度は本当に空を切る。次にLが現れたのはアキミの後ろだった。
「おわっ! いつの間に!」
「え? え?」
戸惑うように叫ぶシュウとアキミ。アオはそれに構わず2人の後ろのLめがけて突進していく。
「ま、待ちなさい! こっちには君の仲間がいるんですよ?」
『それが、どうした』
低い声にぎょっとした。
もしかしてこの体は、2人ごとLを両断するつもりかもしれない。
アオが急に足を止めた。足が震えている。アオの意識は、Lを攻撃しようとする体を必死で食い止めていた。
『アオ。我に逆らうか』
『仲間が傷つけられそうなのに、止めないわけがないだろう!』
周りには「がうがう」としか聞こえないかもしれないが、アオは必死だった。今止めないと、この体はアキミごとLを切り裂きかねない。
「やれやれ。私がアオくんに助けられるとは。主導権はまだ、完全にあなたにあるわけはないようですね」
ほっとしたようなLは、それでも静かにバックステップしてアオと距離を取った。
「あんまり時間はないようですね。いつ彼女が拘束を引きちぎるかわからないですし。さて。頑張ってくれた君たちにプレゼントを用意しました。今、この時からこのアパートはアオ君のものです!」
Lがなにやら説明してくれているがアオはそれどころではなかった。暴れ出しそうになる体を押さえるので必死だった。
「この地下室は見ての通り屋内の競技場のようになっています。もちろん、球技をして遊ぶこともできますよ。もっとも、この状況でそんなことをできる人はいないでしょうけどね。イゾウさんの道場のように修行するためにも使えますよ」
Lが冗談交じりに説明してくれた。アオが動こうとするたびにびくりと体を震わせるのが少しだけ面白かった。
「アオくんとシュウさんはご存じだよね? 地上は個室になっています。なんと! 登録すればその人の者になります。しかも4号室と8号室は客間になっていて・・・」
「があああああああ!」
叫んだアオに体全体でびくつくL。
「え、えっと、会議室はボタン一つで食堂のようにもなりますよ。厨房なんかもついていてみんなでレクリエーションできたりも! あ、あとは、ナナイ! 任せた!」
ついにはアオの意識を振り切って駆け出す虎に、Lは慌てて消えていく。アオは不機嫌に周りを見回すが、Lの姿はどこにも見えなかった。
「では、ここから先は私ナナイが説明させていただきます」
「わわ! もう! 次から次から来てなんなのさ!」
戸惑ったようにいつアキミに心から同意した。
入口のほうに、金髪のメイドが、いつの間にかそこで一礼していたのだから。




