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第42話 イゾウとシュテン

 ラセツと言うオーガの気配が消えていく。直前にアオの魔力が変わったのを感じた。巨大になったわけではない。だけど、魔力の練度が全然違っていた。ぎこちない動きから鋭く滑らかに。洗練された動きに変わったのだ。


「まさかラセツが・・・。あの虎の中に、あの方が潜んでいるというのか」

「ずいぶんと、余裕だな。お前の相手は、まだ死んだわけではないのだぞ」


 イゾウは後ろを振り返るシュテンに鋭く言い返した。


 攻防は、イゾウが圧倒的に劣勢だった。イゾウの攻撃はほどんど当たらず、つけた切り傷も瞬時に回復されてしまう。反対にシュテンの刀を躱すことができない。直撃こそ避けていたものの、イゾウの体は傷だらけになっていた。


「あの方が目覚めたのならばこちらに勝ち目はない。だが、これ以上貴様らに手を貸すつもりはないようだな。あの方がその気ならば、我も貴様も生きているはずはない」

「ずいぶんと、弱気のようだの。お前ほどの者が、容易く敗北を認めるのか? その引き締まった体は飾りか? その頭には見た目通り何も入っておらんのか!」


 挑発したが、シュテンは態度を崩さない。それどころか、憐れむような目でイゾウを見下していた。


「知らぬとは愚かなことだな。あの方と我らでは存在自体が違う。オーガが兵隊だとすればあの方はまさに魔王。我らとは存在自体が違うのだよ」

「はっ! 魔王だか何だか知らないが、それが戦いを避ける理由になるのかの! 踏みつぶされれば斬り返す! それが、ワシらの生きざまではないのか」


 イゾウの態度は変わらない。荒い息を吐きながら、血まみれで、満身創痍の状態に見えるのに、それでも挑むような目でシュテンを笑っていたのだ。


「黙れ! 虫が1匹で犬に勝てるか? 蟻が鬼に勝てるか? 無理なのだ! 我ら無勢が、あの方を傷つけられるなどとは!」

「相手がどのような存在かなど知るか! ワシはワシが勝ちたいと思う相手に剣を振るう! そこに相手がどんな存在かなど関係がないわっ!」


 叫び返すイゾウに、シュテンは押されている。


「何も背負っておらん貴様に何が分かる! 自分の選択で誰かが死ぬかもしれない立場が、貴様にわかるか! 我は悟った。決してあの方たちには敵わんと! だから!」

「それが貴様の限界というヤツよ! 貴様に勝てんと言うなら他の奴を育てよ! 道具を変え、あらゆる手段を試せ! 自分で自分の限界を決めるなど、傲慢よ! 誰よりも自分のことを知っておるなどと思い上がるな! この愚か者が!」


 イゾウは気迫を込めて叫んだ。


「わからずやの貴様には見るまで分からんか。ならば証明してやろう。貴様は言ったな? ワシらを弱小種族と。ならばワシがお前を殺すことで証明してやろう。お主は地獄で実感することになる。自分が思っていた限界は、幻想に過ぎないとな」

『だ、黙れ!』


 シュテンが叫び返した。イゾウは傷だらけでシュテンには傷一つない。客観的に見てどちらが追い詰められているかは一目瞭然なのに、表情はまるで違った。どこか余裕のあるイゾウに対し、シュテンの顔には焦りしかない。


『我が、思い違いをしているだと!? 愚かな! 本当の恐怖を知らぬ愚か者の戯言よ!』

「ふん! ワシとて何も考えずに生きてきたわけではない! 勝てぬと思ったことも一度ではないわ! しかし強者と言われるものもいつでも強いとは限らぬ。どんな相手にも弱くなる瞬間は必ずある。そこを突けば、勝てん相手などおらぬ!」


 断定するイゾウに、シュテンは絶句したようだ。


「認めよう。お主はワシよりも強い! 力も、魔力とやらの使い方もな! だがそれだけよ。付け入るスキはいくらでもあるというものだ」


 そう言って、イゾウは刀を収めて半身になって構えた。居合切りだ。居合切りの構えでシュテンと対峙したのだ。


『刀を鞘走らせることで最速の剣を放とうというのか。愚かな』

「さすがよな。構えを見ただけでこちらの動きを察しようとは。ワシの動きも魔力も見ておったな。動きを分析していたのだろう。それがお主の強さかの。だが、なまじ知識があるだけに、勝手に頭で判断するきらいがあるな」


 笑うシュテンにイゾウが言い返している。


 シュテンは顔をこわばらせたまま、刀を大きく振りかぶった。イゾウを脳天から叩き切ることで仕留めようというのだ。


『貴様に眠る同胞ごと斬ることになるが、奴も納得するだろう。貴様は、どれだけ経ってもあの者を起こす気はないのだろうからな』

「あの者、か。やはりアビリティというヤツは・・・。まあいい。この場において言葉は不要だろう」


 沈黙が落ちた。


 2人とも何も言わない。お互いの一挙手一投足に集中し始めたのだ。


 1秒経った。2秒、3秒と、時間が刻々と過ぎていく。2人は理解しているのだ。どちらかが動いた時、勝負が決まるのだと。


『笑止。貴様ごときを何を恐れるか。矮小な種族など、すぐに握りつぶしてくれるわ』


 自嘲気味につぶやいたのはシュテンだった。


 そして――。


『があああああああああああ!』


 力いっぱい叫んだのだ。そしてあふれ出る肉眼視できるほどの強大な魔力! アオや他の誰かなら気圧されてしまったかもしれないが。


 イゾウは冷静だった。体をピクリとも動かさぬまま、静かな目でシュテンを観察し続けている。


 シュテンは笑っていた。その凶悪な笑みでイゾウをねめつけていたが・・・。


『参る!』


 シュテンが動き出す寸前だった。シュテンの目にすら、イゾウが掻き消えたように映った。そして次の瞬間、刀を抜こうとするイゾウの姿が現れた。


 慌てて刀を振り下ろそうとするが、イゾウのほうが速い。折れた分だけ近づいたイゾウは、


「!!!!!!!!」


 居合で喉を切り裂いた。


 転がるように下がったイゾウは、刀を鞘に納めて半身になってシュテンを観察していた。シュテンは喉を押さえて驚愕の目でイゾウを見つめていた。


『貴様・・・。何という瞬歩。一瞬のうちに我を切り裂くとは・・。だ・・・』

「ほう。首を裂かれたのにすぐに話せるとはな。だが、これで終わりよ」


 離し始めたシュテンの言葉がまた止まった。止血したものの、首からの出血が止まらないのだ。シュテンは慌てて首を押さえるが、血が流れ出るのを止められていない。


『・・・! ・・・!』

「ま、ワシのオリジンというヤツだな。ワシの魔力は刀の切れ味を増すだけではない。切った後に魔力を阻害する効果も付与しておるのだ」


 そう言ってイゾウは顎を撫でつけた。


「貴様、力や技に比べて魔力の扱いは苦手だろう? 障壁と違って肉体の回復にはそれなりの細やかな技術を要する。ワシの未熟なオリジンでも阻害することは難しくない」

『・・・!』


 ゴプリと血を吐くシュテン。イゾウは余裕たっぷりに説明を続けた。


「そもそもは第3階層に現れた蛇の魔物に対処するためだったがの。ワシは一撃で頭をつぶせたが、コロの奴が思わぬ苦戦をしての。風で敵を傷つけるだけでは倒せなんだ。浅い傷だとたちどころに治ってしまうからの。あれを殺すには治す前に殺すか、治せない傷を与えるかだ」


 説明している間にも、シュテンは首から血を流し続けている。魔力を集めて再生しようとしているのか。しかしシュテンの魔力は集まっても集まっても拡散するのみだった。傷口から流れ出る血の量ばかり増ていく。


 シュテンは悔しそうにイゾウを睨むと、最後の力で刀をしまう。そして鞘ごとそっとイゾウに差し出した。


「む?」


 イゾウが意外なものを見るかのようにシュテンを見た。


 シュテンの出血は止まらない。顔色もどんどん悪くなっていて、彼が死ぬことは避けられないことだと察せられる。


 シュテンは最後の力を振り絞るように、イゾウを見つめていた。さっきも何もない。そこにはいたわるような温かいまなざしがあるだけだった。


『認めよう。貴様の種には可能性があると。誰よりも自由で、誰よりも強くあると。願わくば、貴様らが※※※※どもに一矢報いらんことを』


 シュテンの声が聞こえた気がした。


 でも、そこまでだった。シュテンの体が消失し始めた。他の魔物と同じように結晶と金貨に変わると、粒子になって消えていく。その粒子が、イゾウのスマホへと吸い込まれていった。


 後には、シュテンが握っていた刀だけが残されていた。


「やはり消えるか。貴様ほどの男でも、この塔にかかる呪いからは逃れられんのだな」


 そしてイゾウは考え込むように顎を撫でつけたのだった。

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