第４１話 ラセツとの戦い
「おおおおおおおおおお！」
「どらああああああああ！」
同時に駆け出したイゾウとシュテンは、同時にお互いの獲物を抜き放った。
上段から刀を振り下ろすシュテンを、居合切りで斬り飛ばそうとするイゾウ。２つの刀が瞬時にぶつかり、辺りに激しい金属音が響いた。
「ぐ？ この！」
何が起きたかはアオの位置からは分からない。苦悶の声を上げたのはイゾウだった。居合を放ったはずのイゾウが後ろに下がるが、シュテンの蹴りを受けて吹き飛ばされる。
イゾウはアオたちを追い越して吹き飛んでいったのだ。
『いい一撃だ。武器がまともなら吹き飛んでいたのが我だったかもしれん。だが、力が足りないようだったな。貴様の技量に、その刀がついてこられなかった』
刀を杖にして何とか立ち上がるイゾウ。しかしその刀は半ばで折られていた。あの一瞬の攻防で、シュテンはイゾウの刀を折ることに成功したのだ。
「せ、先生！」
『お前らの相手はこの俺だ。シュテン様の邪魔をさせるわけにはいかんからな』
駆け寄ろうとしたコロに立ちふさがったのはラセツだった。コロ以上のその巨体は、アオたちを驚愕させるのに十分だった。
『見ろ。シュテン様のあのうれしそうな顔を。久々に強者にあえて喜んでおるわ。こんな状況になったにせよ、戦いこそが我らの喜び。シュテン様の邪魔をさせるわけにはいかん』
「邪魔をするな！ 今度は僕が先生を助ける！」
叫ぶとともに風の刃を放つ。嫌な気配がコロを包んでいる。今までにないほど強いそれは、コロのアビリティに違いなかった。
風の刃がラセツに直撃した。その瞬間に刃は竜巻へと変わり、ラセツガを切り刻もうとする。今まで見たことがないくらい強力なアビリティにアオは驚きを隠せない。
「これがレベルを上げたアビリティの力！ これなら！」
勝利を確信したアキミの表情は、次の瞬間には驚愕に染まる。緑の竜巻が一瞬にして弾き飛ばされ、無傷のラセツが姿を現したのだ。
『カマイタチの力をここまで引き出すとは。そういうことか。貴様は待っていれば・・・。くくく。精々、その技を磨くがよい』
「な、なにを」
言うのと同時だった。ラセツは素早くコロに接近すると、左手を鋭く振りぬいた。コロの巨体が宙を舞う。紙切れのように吹き飛ばされて、壁に転がっていく。
「お前たちは・・・。ピクシーとアンヴァルか。ピクシーはともかくアンヴァルは使えるな。侵食具合はまだ低いが。ん？ 貴様は・・・」
ラセツガは驚愕の目でアオを見つめた。
『ば、馬鹿な！？ あのドゥンだと？ そんな馬鹿な！？ お前はもうあの方に食われたはずだ！ なぜお前がいる？ まさか、やつらは死者をよみがえらせたとでもいうのか！』
「が、がう？」
こんな時なのにアオは疑問でいっぱいだった。ラセツガはあからさまにアオを見て動揺していたのだから。
『貴様のような奴が存在していいはずがない！ 貴様はここで仕留める！ 貴様を仕留めて、※※※※どもの野望を阻止してみせるわ！」
ラセツが突進してくる。疑問でいっぱいのアオだったが、ラセツが本気でアオを仕留めようとするのは否応なしに理解できた。
「ア、アオ！」
シュウの呼び止める声も聞き流す。アオはそれだけラセツの動きに集中していた。
「どらあああああああ！」
怒声とともに接近してくるラセツ。振り上げてくるこん棒が直撃すれば、アオの頭など簡単に破壊されてしまうかもしれないが。
「がおおお！」
素早くバックステップしてこん棒を躱す。にやりと笑って顔を上げると、一瞬にして距離を詰めてきたラセツと目が合った。振り上げられたこん棒がアオをかすめ、そのまま横に吹き飛ばされていく。
かすっただけなのにこの威力！ あまりの怪力にアオは驚きを隠せない。
『これで終わりと思うなよ！』
吹き飛ばされたアオを追撃してくるラセツ。シュウやアキミが彼を止めようと魔法を放つが、気にも止めない。現に魔法が直撃してもまるで効いていないのだ。
こん棒が振り下ろされる直前に爪を出して突き上げるアオ。振り下ろされたこん棒とアオの爪がつばぜり合いの様になるが、すぐにラセツに軍配が上がる。
すさまじい力だった。アオはじりじりと押しつぶされていく。
『お前をやったら次はあの２人だ。アンヴァルはともかく、ピクシーのほうは生かしておく意味はないからな」
「が、がう！ がうがう！」
アオは思いっきりラセツを睨んだ。
アンヴァルとはおそらくシュウのことか。ということは、ピクシーはアキミ？ ラセツは、アキミを殺すと言っているのか！
「があああああああ！」
アオは吠えた。
アキミは大事な仲間だ。こんな姿のアオを、虎男になったアオを人間だとすぐに認めてくれたのは彼女だった。オミに疑われたときもかばってもくれた。こんなアオの通訳まで買って出てくれた。シュウの次にアオを認めてくれた恩を、アオは忘れていない。
そんな彼女が攻撃されるのを、黙ってみられるはずはない！
「がああああああああ！」
怒りのままにラセツに殴りかかろうとするアオ。拳に魔力を込めて思いっきり振りかぶるが・・・。
『怒りで事態を打開できると、本気で思っているのか？ 明鏡止水の境地こそあるべき姿。冷静さを失った一撃が我に当たるわけはないだろう！」
消えるように移動したラセツに簡単に避けられてしまう。そしてこん棒を突き上げようとする。
「させるかよ！」
『ぐお！？ まさか！？』
当たるかと思ったこん棒の一撃は、やってこない。それまでにないくらいの強力は風が、ラセツをよろめかせたのだ。
『なんだ？ それは』
ラセツにつられて横を見ると、棒を振り下ろしたシュウがこちらも戸惑った目でアオたちを見つめていた。
「お、おう？ ど、どうだ！ 俺の相棒に傷つけようったって、そうはいかないぞ！」
何が起こったのかアオには分からないが、ラセツは何かを察したようだった。苦々しいものを見るかのような目で溜息を吐いた。
『あの害鳥ども。本当にろくなことはしないな』
言った瞬間、ラセツの姿が掻き消える。そしてシュウのそばに現れると、左手でシュウを殴りつけた。棒で何とかガードしたシュウは、それでも大きく吹く飛ばされてしまった。
「く、くそっ！ てめえ！」
「シュウさん！ 逃げて！！」
アキミの悲鳴のような声にはっとして動こうとするアオ。慌てて駆け寄ろうとするが、間に合わない！ このままではシュウは、あのこん棒に殴りつけられてしなうかもしれない。
あれが直撃したら、シュウはきっと・・・。
絶望に染まりそうになったアオに、冷静な声が響いた。
『あの程度の鬼に苦戦するとはな。我が眷属ともあろう者が何というザマだ。少しだけ、力の使い方というヤツを教えてやろう』
一瞬だった。一瞬にして体の主導権が奪われた。気が付けばアオはラセツのそばに滑るように移動していた。
『なっ！？ 馬鹿な！』
『無礼が過ぎるな。ここにいるのは貴様が首を上げていい存在ではない。それが、貴様たちのルールではないか』
驚愕に染まるラセツ。自由が利かない体のまま、その目が見開かれているのが確認できた。
流れるように振るわれる右腕に、紙きれのように吹き飛ばされるラセツ。あの巨体を吹き飛ばすとは。軽く腕を振るっただけに見えたのにそこにどれだけの力が込められていたのか。
吹き飛ばされながらこちらを見るラセツの瞳は、恐怖に染まっていた。その手にこん棒はない。代わりにと抜いた脇差はなんだか頼りないようにアオには思えた。
『あ、あなたはケル・・・』
『這いつくばって絶望せよ。お前は、決して触れてはならない存在に手を出したのだ』
吹き飛ばされるラセツをアオが滑るように言っていく。ラセツは必死で脇差を振り回すが、アオには当たらない。追撃のために踏み込んでいるはずのアオは、脇差の一撃を簡単に避けてみせた。
そして・・・。
『お前など、こんなものよ。だが、安心せよ。あの害鳥どもには私とアオが鉄槌を下す。お前は安心して眠りにつくがいい』
『くそっ！ あなたが、なぜここに！ あなたとて、奴らにしてやられたくせに！ 我らと同じで、あいつらの計略に！』
それが最後の言葉だった。
ラセツの頭に振り下ろされるアオの拳。頭蓋が砕ける感触を、体の主導権を奪われたまま感じたのだった。
