第40話 アパートの地下室
浮遊感が終わると、アオたちはいつの間にか建物中に移動していた。あのアパートだ。
「よし! やっぱりついたじゃねえか! がはは! 俺は帰ってきたぞ!!」
「あー。もう、シュウさんうるさい。えっと、ここが例のアパートみたいなダンジョンなのね?」
アキミに問われてこくこくと頷いた。
あの時と同じ、受付があるような部屋だった。きょろきょろとあたりを見回すが、あの赤い蠅の姿は見えない。ミツのいうとおり、アオが寝ている間にすべて死んでしまったのかもしれない。
「いやはや。あの行き止まりがこんなところにつながっているなんて。僕もびっくりですよ。ねえ、先生」
「うむ! まさかこのような場所に転移できようとはな!」
イゾウのテンションは相変わらず高く、しきりに周りを観察していた。まるで日本のアパートの入り口のような場所だが、彼にとっては物珍しいようだ。
「しかし、妙な気配がするの。シュウの話では、魔物なぞ見かけなかったとのことだが、どうやら今はそうでもないらしい」
「うん。そうだね。なんかやばいのがいる。あのゴブリンレイダーよりもやばいかもって、相当じゃない?」
アキミまでもがそう言っていてシュウはごくりと喉を鳴らした。
「ゴブリンレイダーって、あれだろ? 入口でお前らを襲ったという。たしか、爺さんがあっという間に片づけたらしいが、いなかったらかなり苦戦したほどの強者」
「あれも不可解だったな。少なくとも第1階層にでてくる魔物ではなかったはずなのにな」
イゾウの言葉にコロがこくこくと頷いた。彼も何かを感じているのだ。
「くそがっ! 何かが潜んでいるってか!? 前に来たときは全然わかんなかったのに!」
「がう!」
シュウの言葉に心から同意した。
アオも、宝だけを確認したらすぐに出ていくつもりだったのだが、こんな事態になるとは思わなかった。
「慎重に、進もう。嫌な予感がする。いつでも逃げられるように、ここの魔法陣をいじっておくからね」
◆◆◆◆
「本当にアパートみたいですね。僕、修行してたときはこんなアパートに住んでいたんですよ。なんだか懐かしい。妙な気配はあるんですけどね」
コロが辺りを見回しながら言うが。それに応える人はいない。アキミも、イゾウですらも真剣な様子であたりを見回している。
「お、おい、爺さん」
「いるな。おそらくは、ゴブリンレイダー以上の猛者が。コロ。油断するなよ。お主ほどの者でも、ひょっとするとひょっとするかもしれん」
「うん。なんだろね、この気配。あんまり油断できない感じがするよ」
イゾウとアキミに続け、言われてコロは息を飲んだ。
「い、嫌だなぁ。攻め入ったのは僕たちなのに、まるでこっちが追い詰められているようじゃないですか」
「ようだも何も、事実として追いつめられておるわい。ここに潜んでいる魔物は、おそらくそれほどの猛者だからの。不意打ちなど食らおうものなら簡単に全滅するぞ」
イゾウの言葉に頷いたのはアキミだった。
「あたしはイゾウさんほどの武芸者ってわけじゃないけどね。でも、ここはやばい気がする。少なくとも、ここにいる奴はただものじゃない。イゾウさんよりも強いかもしれない」
彼女の表情は真剣だった。いつもは笑ったりふざけたりしているのに、今はやけに真面目な顔をしているのだ。
一行は突き当りに差し掛かった。あの宝箱があった会議室の前だ。
「たぶんこの部屋の近くだ」
「だな。どれ、行ってみるか」
アキミに加えイゾウが同意した。警戒しながら刀の鍔に手を添えるイゾウに、横からドアノブを調べるアキミ。アキミはイゾウに頷きかけると、そっと扉を開けた。
警戒するイゾウだが、何も起こらない。扉の先には、前と同じように会議室のような場所が広がっていた。
イゾウはどんどん進んでいく。その後ろをアキミが続いた。2人ともしゃべらない様は、何かを警戒しているようだった。
そんな2人が立ち止まったのは、ホワイトボードの横のスペースだった。宝箱が見えているのに気にも止めす、真剣な顔をしている2人にシュウはあっけにとられたようだった。
「ここだな。ここから妙な気配がする」
「そだね。調べてみるか」
アキミがホワイトボードの横の壁を丹念に調べ出した。奥にある宝箱には目もくれない。騒いでいたイゾウも同様に警戒を止める気配はなかった。
「お、おい! いいのかよ! お宝があんだぞ!」
「シュウさん。それ回収しといて! 多分大丈夫だから」
アキミは壁を調べながら言った。シュウはアオと目を合わせると、あきらめたように宝箱を調べ出した。
「これは、緑の棒と大ぶりのナイフか? お! 銃みたいのまであんぞ! えっと、たぶんこいつは中国武術とかで使う棍ってやつだよな? ナイフは2振りもある。赤いのと青いのの2つで1組みなのか。銃は弾が入っていないというか、マガジンを入れるとこすらねえぞ。なあこれ!」
「黙って。今必死なの」
シュウが呼び掛けるがアキミは作業の手を止めない。何かを見つけたのか、壁を隅々まで調べている。
「行けそうかの?」
「うん。多分、ここをこうすれば」
そう言って壁の右下を触ると、何かの音が聞こえた。すると、壁に扉くらいの枠組みが現れたと思ったら、そのスペースが消失する。
人が通れるほどの入り口が現れたのだ。
「こ、これは」
「この中だな。と言うか、下か? あのプレッシャーがあるのは?」
アキミが慎重に答えた。
「そだね。この先は地下に下りる階段になっているみたい。やばい感じはこの下からするんだ。ほおっておくという手もあるけど」
「ふっ。何を言う。このままでは分からんことだらけではないか。後ろから襲われたらたまらん。やるぞ」
そう言って進むイゾウ。そしてその後をコロとアキミが歩いていく。アオはシュウと顔を見合わせながら、彼らの後に続くのだった・・・。
◆◆◆◆
階段を降りると、また扉があった。ここにきて、アオもようやく気付いた。この扉の先に、これまでにないくらいの強い魔物がいることを!
「天井はかなり高いようですね。何しろ階段はかなりの長さでしたし。大体、2階分くらい降りたのではないでしょうか」
「そうさの。ワシの道場くらいの高さか。修行するにはもってこいだが・・・」
イゾウが話す先には、アキミがドアを調べていた。
「罠もなく、鍵もかかっていないようだけど」
「では行くか。このプレッシャーを持つ存在と言うのを見てみるとしよう」
そう言って、イゾウは扉を開けて入っていく。
扉を開いた瞬間、風が吹きつけてきた。シュウは思わず手をかざした。地下にいるはずなのに風が吹く。どうやらここに外の空気が入ってきているらしかった。
そこは体育館のような場所だった。床はきれいに整備されていて、かなりの広さがある。バスケットボールのコートが3つくらい入るようなスペースがあって、奥には2つの人影があった。
「邪魔するぞ! ここはお前たちが支配する場所か?」
『なあに。我々はお前たちのような存在を待っていたのだ。前回は我らにも気づかず、勝手に罠にかかって逃げていくだけだったからな』
苦笑する2人にアオはごくりと喉を鳴らした。それほどのプレッシャーだった。アオはイゾウと2人組の会話に口をはさむことができない。
「ほう。言葉を話すか。これは意外だった。この次の階層にいる魔物も、襲い掛かってくるだけだったのにな」
『我らを※※※※と一緒にするな。我らには意志がある。ほれ。このように、我らはこの世界でも自由に動くことができるぞ。まあ、この世界に弾かれている我らは暴れられる場所は少ないがな。※※※どもに※※れた我らには限定的な自由だ』
魔物は苦笑したようだった。もう1体の魔物が気づかわし気に何か言おうとしたが、話している魔物に手を上て動きを止められてしまう。
奇妙な2人組だった。2体とも筋骨隆々かなり強そうな印象がある。
まず意識させられれるのが話している男の巨大さだった。おそらく3メートルくらいはあるのではないだろうか。人間のような2足歩行をしているが、額に生えた歪曲した2本の角とその鬼のような表情が怒りに満ちた印象を与えている。
もう1体は、隣の男よりかなり背が低い。と言ってもイゾウと同じくらいの高さがある。隣の男と同様の角があるが、不思議とその顔は落ち着いている。イゾウの顔を見なかったら隣の男のほうを警戒していたかもしれない。
アオは男たちの顔に覚えがあった。男たちの角や出で立ちは、この階層に来る前に現れたそれと同じだった。
この2体は、この階層に来るときに戦たオーガによく似ていたのだ。
『そこの男は我が眷属の力を有しているのか。腹立たしい。あの※※※※ども。我らの力をそこまで利用するか。数が多いだけの矮小な劣等種族のくせに』
「言葉を話す魔物とはな。面妖な者もいたものよ。それで、お主らの目的はなんだ? ことと次第によっては協力するのもやぶさかではないが」
戸惑うアオたちとは違い、余裕たっぷりに言うイゾウ。魔物とはいえ言葉を話す相手だ。いきなり襲い掛からずまずは対話を試みるその姿勢には尊敬すらも浮かぶが。
その姿勢は、2体の魔物には通じないようだった。
『黙れ! 劣等種族ごときが調子に乗りおって! 大方、※※※※どもの※※に乗せられたのだろうさ! それほどこの世界が欲しいのか! お前らは!』
『ラセツ。やめよ』
激高したオーガを小さなオーガが制止した。どうやらこの場を支配しているのは小さなオーガのほうのようだ。
戦闘が避けられるのならそのほうがいい。だけど、アオのそんな思いは次の瞬間には裏切られた。小さな男が、腰に差していた刀を抜き放ったのだ。
『貴様らも奴らの被害者なのかもしれぬ。だが、ここに来たからには倒したのだろう? 前の階層を守る、我らの同胞を』
「む。たしかにワシは第1階層を守るヌシを倒した。第3階層におるオーガどももな。しかしそれは・・・」
イゾウが言うが、男な首を振った。そして、構えた刀をイゾウにつきだした。
『ならば、我らはお前を斬らねばならぬ。あれでも奴らは我の部下よ。たとえそれが※※※のたくらみだとしてもな。同胞が劣等種族ごと期に負けたのは腹立たしいが、その恥は注がねばなるまい』
「ワシは襲い掛かられたから返り討ちにしたまで。お前たちと違って言葉も通じなかったからの。我らは」
なおも説得しようとしたイゾウに、男は笑いかけた。
『貴様も、本当は思っておるのだろう? 我と戦いたいと。言葉にせんでも分かる。貴様の気がそう言っている。戦いたくて仕様がないとな』
イゾウが破顔した。こちら側であるはずなのに、仲間のはずなのにアオは悪寒が走った。イゾウは強いものと戦うことに喜びを感じているように、アオには思えたのだ。
『さあ抜け、強者よ。挑まれたなら戦うのがオーガの誇り。我はシュテン。もう言葉はいるまい。思う存分に、死合おうぞ!』
「貴様も我と同じか。強者と戦いたくて仕方がないのだな。よかろう! ワシはイゾウ! 植草以蔵だ! 我が習得せしこの剣技、存分に味わうがよい!」
そう言って、2体の獣は戦い始めたのだった。




