第38話 夢と目ざめ
「げろしゃぶぶひぶら!」
「おわっ!」
勢いよく状態を起こすアオに。頭を抱えて飛びのくアキミ。どうやら勢いよく起きたせいでアキミにぶつかってしまったらしい。
「が、がう?」
謝罪の気持ちを込めて呼びかけるうちに、気づいた。アキミの右手に黒のマジックが握られていることを。そういえば、起きたからと言ってなぜアキミにぶつかるのだろう。顔を覗き込んでいた? それとも・・・。
アオはアキミが握るマジックを見て、そしてもう一度彼女に吠えかけた。
「いやだって! アオってば全然起きないんだもん! 聖川先生もじきに目を覚ますって言ってたし! 起きないほうが悪いと思わない?」
どうやら彼女は、アオが眠っていることをこれ幸いに顔に落書きをするつもりのようだった。いたずらされそうなことに気づいてアオは思わず半眼でアキミを睨んだ。
「それよりも! もう3日も寝てたから心配したんだ! いやあ、目を覚ましてよかった。あ、意外なことにあのイゾウさんがこっちに来ているんだよ! 今はシュウさんが相手してくれている。もう、シュウさん頑張ってるんだからね。あんまり仕事を押し付けちゃだめだよ」
「がう」
イゾウまでもが顔を出しているのか。目覚めたからにはしっかり挨拶をしておかないと。
「あれから結構大変だったんだから。倒れたアオを運んだのはシュウさんだったし。さすがに先生の護衛は女の人ばかりだから任せるわけにはいかなかったしね」
「がう?」
さっきからアキミが言っている先生って誰のことだろう? アキミは影響されやすいように思うし、また誰かを信じ込んだりしたんだろうか。
「がう? がうがう」
「ああ。聖川先生って言うのは、正同命会の聖女をやってるきれいな女性のことよ。元の世界では女医の卵をしていたらしく、いろいろ相談に乗ってくれるんだ。倒れたアオを治してくれたのもあの人なんだよ」
そしてアキミは、アオが意識を失った後のことを説明してくれたのだった。
◆◆◆◆
「おお! 創建のようではないか! 倒れたと聞いて心配したぞ!」
「が、がう」
お見舞いに来てくれたイゾウに頭を下げた。イゾウたちはこれから第3階層のボスにアタックする予定らしく、その前にこっちに顔を見せてくれたとのことだ。隣のコロも安心したように微笑んでいる。背負っているのはあのゴブリンレイダーが落とした大剣だ。大きな体に片刃の大剣がなんだか似合っていた。
「変な犬を見つけてな。追ってみたらここに着いて、お前が倒れておったから驚いたぞ」
「犬なんて見たことないのにな。爺さんから聞いて驚いたぜ。他の探索者も見たことないって言ってたしな」
状況を説明するイゾウに、汗をぬぐうシュウだった。
アオも首をかしげていた。犬がいたという話だけではない。それを語るイゾウの顔ががなぜか憂鬱そうに見えたのだ。
「がう?」
「ん? 犬がいたこともそうだが、その時話した探索者の様子が、な。それまでは丁寧だったのに、かなり乱暴になっておった。気配も変わっっておって、まるで魔物と会話しているようなけはいだったわい」
「ま、まあ。彼らもここやこの先でたくさんの魔物を刈っているみたいだから自信がついたんじゃないですか? 自信を持つのは悪いことばかりじゃないですし。それよりも、アオさんたちの能力から考えて第2階層でやられるとは思わなかったですから。やっぱりフェイルーンですか?」
取り繕うように言ってくれたコロだった。
「フェイルーン、のう・・。あいつらは、あんまり食指がうごかんのだ。狂ったように暴れまわる者もおるが、大半はどこか怯えたような、申し訳ないような顔を見せてくるからの。さすがに奴らを斬るのは、な」
イゾウは苦虫を噛みしめたような顔だった。
「爺さんから見て、フェイルーンはそんななのか?」
「他の魔物が食欲に動かされているのと比べるとな。嫌がらせのように襲ってくるのは、ごく一部だと見ていい。大半は隠れ回っておるからの。ともかく、あのフェイルーンと言う魔物は何か変だ。第3層にもあれがいるのだから、特殊な魔物やもしれぬ」
アオも興味深く聞いていた。
フェイルーンが第3層にも表れるとは思わなかった。結構厄介な相手だし、一概にも言えない相手だから戦うのが非常に億劫だった。あの姿を思い出してげんなりしてしまう。
「へえ。次の階層まで現れるとは意外だな。確かそう言うのは他にいないんだろう?」
「層によって環境が全然違いますからね。同じ種類の魔物が生き残る環境じゃないと思いますよ。第1階層は森林エリア。第2階層は地下迷宮ですからね。ちなみに第3階層は熱帯で火山エリアでもありますね。第4階層はどんな感じなのかな」
コロは感慨深げのようだった。
「それよりも、お前たちはそろそろこの階層のボスに挑むつもりかの? あそこのミノタウロスは厄介だぞ。知っとるか? 牛の頭を持つ大男だ。あの斧がなかなかに強力で」
「じいさん。気が早えな。まだ仲間も少ねえし、今回はアキミも参加できないしよ。ま、まだ第3層に到達していないやつから募集でもしようと考えている。一応、あてはあるんだよ」
シュウと話してそう言う予定になっている。第1階層のボスであるオーガと戦った経験からそうしようと話し合ったのだ。
ちなみに、すでにボスを倒した探索者が、再びボスと戦うことはできないわけではない。パーティーリーダーとなって部屋に入れば戦うことはできる。だが、そうした場合はボスが相当に強化されるらしく、生半可な腕では倒せなくなるそうだ。
「実はよ。この階層で隠し部屋を見つけたんだ。アオが怪我をしたのはそのせいでな。俺とアオだけで行ったせいで、宝の罠に引っかかっちまった。今度はアキミも連れていく。ま、宝の中身は回収しておきたいしな」
「なに!? 隠し部屋とな?」
色めきだったのはイゾウだった。アオの方をがっしりと掴むと、勢いごんでアオに詰め寄ってきた。
「どこにあった! どこで見つけた!? この階層のMAPはすべて埋めたが、そんなもの、どこにもなかったぞ!」
「ちょ、ちょっとイゾウさん! 落ち着いて!」
「お、おい! アオはまだ病み上がりなんだぞ!」
その変わり様に、シュウとアキミが慌てて止めるが、イゾウの興奮は止まらない。目を血走らせながらアオの目を食い入るように見つめてきた。
「せ、先生! ちょっと落ち着いてください! まったく! 興奮するとすぐこうなんだから」
「くおおおおお! コロ! なぜ止める! この塔のロマンが見つかったというのに!」
コロに引き離されてやっとイゾウと距離ができた。イゾウは血走った目でコロを睨んでいる。
「宝箱は見たことがある! 開けるのに苦労したし、面白いものもあった! だが、隠し部屋などは見たことがない! 今こそワシらがロマンを手にする時なのに!」
「先生・・・。どうどう」
やっとのことでイゾウを落ち着かせたコロは、ため息交じりにアオたちに向きなおった。
「申し訳ない。これからその隠し部屋に行くのでしたら、僕たちも同行させていただけないでしょうか。宝の所有権などはもちろんお渡しします。先生は、その隠し部屋に行けば満足するでしょうから」
丁寧に一礼するコロに、深い深い溜息を吐くシュウ。ちらりとアオを見つめると、頷きを返した。アキミにも同じような目を向けた後、もう一度深い溜息を吐いた。
「しょうがねえな。ま、頼りになる用心棒ができたと思えばいいか」
「おお! ありがたい! 頼んだぞ! シュウ! 刀以外は宝に興味はないからな!」
イゾウの返事を聞いて、もう一度深い溜息を吐くシュウだった。
「分かった! じゃあ、交渉だけはしてあげる! うちで刀を使える人はいないからさ。でも、刀を見つけたら高く買い取ってね! 結構ため込んでいるんでしょう?」
「おうおう! ワシらは食材くらいしか買わんからの! いくらでも吹っ掛けるがよい!」
ガハガハと笑うイゾウを、アオはあっけにとられたように見つめてしまう。アオとしても、自分に使えないような武器を売りさばくのに問題はないが・・・。
「アオさん。すみません。お金はその、がんばって用意しますから」
「が、がう」
謝るコロに、何とか返事をするアオだった。
こうして、隠し部屋にイゾウたちが同行することが決定したのだった。




