第37話 アキミの気づきとアオの夢
聖女はあの後も第2階層の広場までシュウたちを送ってくれた。最初は険悪だった聖女の護衛とも少しずつ話せるようになり、最後は雑談もできるようになっていた。
勝気な釣り目のほうがアシェリで、鼻の大きなほうがパメラと言うらしい。アシェリがハルバードと雷魔法で暴れまわり、パメラが剣と盾で魔物を足止めするスタイルとのことだ。なんでもパメラはアビリティで鎧を強化できるらしい。盾を強化したのはスキルとのことだ。
「本当は私たちも6人組で行動してるんだけどね。いろいろあって、3人が先行しちゃって。しょうがないから私たちは第2階層で魔物と戦うことになったんだ。まあ、そのおかげで君たちを救えたんだから、本当に人生は何が作用するかわからないよね」
パメラが声を立てて笑った。
「他の3人は第3階層にいるらしく、さっさと上がって来いとさ。まったく! 独断専行をしたと思ったらいきなり呼びつけるなんて! 私たちをなんだと思っているんだ!」
「アシェリ。それくらいで。では皆さま。決して無理はしませんよう。怪我をしたりしては元も子もないですからね」
そう言って聖女たちは立ち去っていく。おそらく、他の仲間たちと合流するつもりみたいだ。普段は第3階層を狩場にしているそうだから、この階層なら3人でも十分に対処できるらしい。
頭を下げて立ち去っていく3人。意外なことに、彼女たちにアキミがいつまでも頭を下げていたのが印象的だった。
彼女たちの姿が見えなくなると、アキミはやっと頭を上げた。そして誰にともなくつぶやいた。
「正同命会なんて、ろくでもないやつの集まりだと思ってたのに、まともな人もいるんだね。聖川先生だけでなく、護衛のお姉さんたちも話しやすかったし」
そう言うアキミの顔は、どこか険が取れたようだった。
「そりゃあ、な。人の良しあしなんて所属している組織だけで判断できるもんでもあるめえよ。大体、魔線組にだって付き合いたくないやつはいる。前回、お前も思い知ったんじゃねえのか?」
「うん。そうだけどさ」
そして、シュウはアオのところに戻った。聖女たちに送ってもらえたおかげで今日はゆっくりと休むことができそうだ。
「あ~。悔しいな。これじゃあ、アイカちゃんの言った通りじゃない。あの子よりも年上なのに、なんだか情けない」
そういえば、オミに師事すると決めた時にアイカが言っていた。魔線組とか正同命会とか所属している組織だけで人を判断したらダメだと。カイトに言ったその言葉は、どうやらアキミにも忠告として耳に残っていたらしい。
「でも気づいた? 聖川先生が使ってたあの技、あれってオリジンだよね。なんであの人がオリジンを使えるんだろ?」
「え? そうなの? あ、そうか! あの人もアオの魔力を浴びたから!」
シュウは思わず手を打った。確かアオが正同命会の奴を攻撃しようとした時、聖川先生がかばったせいで背中に爪を受けた。彼女はその時にオリジンに目覚めて、それが今回の治療につながったとしたら、人生とは本当に何が何につながるかはわからないものだ。
「とりあえずは、俺たちはアオが意識を取り戻すまでゆっくりしようや。ま、塔の中だからあんまりくつろげないかもしれないけどよ」
「えー。まあ、しょうがないか。たまにはあったかいお布団の中で寝たいんだけどなぁ」
アキミのボヤキを聞きながら、シュウはあのアパートのことについて思いを馳せるのだった。
◆◆◆◆
「がはっ!」
アオは飛び起きた。荒い息をつきながら口をぬぐう。とりあえず敵がいないことに安堵していると、いつもの小石浜に来ていることに気づいた。
あの赤い蠅から逃げるように隠し通路に戻ったのは覚えている。でもその後のことは分からない。あれから何が起こったのか、シュウやアキミは無事なのか、その後のことは杳として知れなかった。
「きゃああああああああああ!」
声がして、慌てて周りを見回した。叫び声の主は2匹の犬から逃げているアゲハだった。相変わらずあの黒い少女にしごかれているようだ。そしてアオが見ている前で押し倒されてしまう。ここでは何度となく見た光景だが、なぜかほっとしていまった。
「ん? 気づいたか?」
「おわっ! いきなり声をかけるなよ!」
思わず飛びのいた。いつの間にかあの黒い少女がアオの顔を覗き込んでいたのだ。
「ふむ。すっかり変わったじゃないか。その姿にもずいぶん馴染んだようだな」
「俺は人間の姿に未練たらたらなんですけど! ちきしょう! なんでここに来てまで虎人間になんだよ!」
アオは言い返すが、少女は楽しそうに笑うだけだった。
ここでは最初、人間の姿だったはずのアオは、いつの間にか虎人間に変わっていた。隈取から始まり、体格が良くなって毛皮も生えそろっていった。アゲハも指をさして笑っていた。まあ、言葉は話せて意思疎通に問題はないのは幸いだったのだけど。
そんな話をしていると、ひとしきり犬とじゃれ合っていたアゲハが戻ってきた。
「あれ? お兄さんもこっちに来たの? 呼んでくれればよかったのに」
「いや、今来たところだからさ。でも、アゲハが犬に押し倒されるところはばっちり見ていたぞ」
さわやかに言ったつもりだがアゲハには不評のようだ。不機嫌そうに頬を膨らませている。そして当たり前のように、懐から包みを取り出した。やけ食いか。中身はフライドポテトのようなもので、アゲハはそれを景気よくほおばりだした。
「もう! 本当になんなの!? 私、生粋の犬派なのに! なのに私に対してあたりつよすぎ!」
「最初より大分躱せるようになったじゃないか。それが終わった後に食べるのは格別だろう! よかったな」
ミツの言葉に憮然としながらも、アゲハはフライドポテトを食べ続けている。
ここに来るようになって2か月ちょっとか。何度も来たけど、アゲハはたいていここにいる。いつも何かを食べているから思い出せる。時にはあの黒い少女だけがいて、そう言うときの修行は壮絶の一言に尽きるのだけど・・・。
さすがに不機嫌な様子のアゲハに何か言おうとした時、目の前に拳がつきだされた。寸止めのように直前で止まったその拳に圧倒され、思わずしりもちをついてしまう。
「な、なにを・・・」
アオがなんとか文句を言うと、拳の主である黒い少女は手を上に向けて開いた。手の中から赤い蠅が飛び出していったところだった。
「そ、それは!!」
「死蠅だな。忌々しい。あの害鳥ども、我が力をここまで悪用するか」
黒い少女が一睨みすると、蠅は一瞬にして撃ち落される。そして地面に落ちて、粒子となって消えてしまった。
その様子を見ていたアゲハが、首をかしげながら黒い少女に尋ねた。
「みっちゃん。しばえって何?」
「この赤い蠅だ。ある意味兵器だな。大きな蠅の魔物に作り出された恐るべき兵器。蠅と同じでこいつ自体に牙も爪もないが、相手の魂を食らうことができる。そして魂を道連れに消えてしまうことも可能だ。本当に厄介な相手だったよ」
そう言うと、黒い少女はアオに向きなおった。
「我が力をコピーした劣化品だが、なかなか厄介だったろう? 魂が削られれば簡単には回復できん。1匹くらいなら何とかなるだろうが、群体で襲われたら人間など容易く消滅してしまうだろう。喰らうものがなければ2日もすれば消えるが、それまでに相当な被害が出るはずだ」
「そ、そうか。じゃあ、俺がシュウさんの前に出たのは正解ってことだな」
アオは安堵の息を漏らした。自分のほうが耐久力があると踏んだ行動だったがどうやらそれは正解だったらしい。
「せ、正解って・・・。駄目だよ! それじゃあお兄さんが大変なことになるじゃない! 自分が一番大事でしょ? お兄さんがいないとここに来られないし! そしたら誰が私にご飯を食べさせてくれるのよ!」
「お前、相変わらず自分のことばっかりだな。いやでも、大事な仲間が怪我するよりましじゃん? 今回は怪我どころじゃすまなかったようだし。ま、俺のことは・・・。何とかなるよ」
へらりと笑うアオを、アゲハは上目づかいで睨んでいた。
「お前は本当に未熟だな。防御も減ったくれもないじゃないか。あれでは傷がつくだけだ。技術も何もなく代わりにダメージを受けただけなんだからな」
見下すように言われ、思わずうつむいてしまう。そんなアオを見て黒い少女は少し焦ったようだった。
「まあ、お前が無駄に傷つくのは気に入らんが、今回に限っては正解ではある。何しろお前らは私の眷属。魂の傷すらもたちどころに治せるポテンシャルはある。あれがなかったら聖女とやらが来るまでも持たなかっただろう」
「眷属って・・・。またみっちゃんはわけがわかんないことを」
アゲハがあきれたように言うが、黒い少女は気にも止めない。アゲハを無視する形になったが、アオも気になったことを聞いてみた。
「魂の傷を癒すってどうやって?」
「特別なことをしなければならないわけではない。喰らえ。今まで通りに。そうすれば、傷はすべて癒える。肉体に着いた傷も、魂に着いた傷も、すべてな。それが我が眷属たるお前たちの力だ」
アオはごくりと喉を鳴らした。
そう言えばそうだった。アオは戦闘で大きな傷を負ったはずだが、翌日にはすべて治っていた。あれは、そう言うことか。アオが負った傷は、食べることですべて治ったというのか!
納得すると同時に、気になったことを聞いてみた。アゲハは、この黒い少女のことを変な感じで呼んでいなかったか?
「えっと・・・。みっちゃん?」
「いつまでも名前がないと不便だから。本人に聞くと、性質を表す言葉として・・・」
「そんなことより。お前は本当に未熟だな。私の眷属なのに、劣化品の蠅ごときを振り払えんとは。もっと魔力をうまく使え。虫もあの程度の動きについていけんとは情けない。どれ。今日は直接私がしごいてやろう」
そう言って笑う少女の笑顔がアオの目には悪魔のように映ったのだった。




