第33話 アキミの憂鬱
オミ達と別れたアオは塔を先に進んだ。食糧問題が解決した今、第2階層で戦闘経験を積もうと考えたのだけど。
「うう。追放された・・・。あたしだって頑張ってたのに」
アキミは絶賛落ち込み中だった。
「大丈夫だって。オミが言ってただろう? お前を信用しているから任せるんだって。どっちかと言うと俺たちがお前に助けてもらうことが多そうだ。頼りにしてるぜ」
「でも! オミさんは優しいから気遣っただけかもしれない。あたしが戦力外だから、こうやって人数を調整する機会をうかがったのかも。あたしが抜ければちょうど6人だし」
アオは首を傾げた。アキミが言った「人数を調整する」と言った意味が分からなかったのだ。人数は置ければ多いほどいいと思ったが違うのか。そう言えば、最初にアオを襲った探索者も6人組だったような・・・。
「がう?」
「ん? ああ。6人って言うのはパーティーの限界人数よ。スマホで6人までとパーティーを組むことができてね」
そう言うと、アキミはデコレーションされたスマホを見せてくれた。画面の下に表示されていたのは・・・。
「アキミ
障壁:1,800/1,800
魔法量:246/250
シュウ
障壁:1,000/1,000
魔法量:120/140」
まるでゲームの戦闘シーンのようなウィンドウだった。
「パーティーを組んだ相手の状態が一目でわかるでしょ? それに一部のスキルは味方全体にも打てるんだから。スマホを強化すれば回復スキルとか使えば全体を癒したりもできる。原理はよく分からないんだけど」
スマホは思わぬ高性能だった。通話機能やメッセージ機能だけでなく、戦闘を補助する機能もあるなんて。アオのスマホが壊れていることを改めて残念に思ってしまう。
「あたし、さあ。これの使い方って誰よりも優れてると思ってた。敵のステータスを読んだり、危なくなった人を知らせたりさ。スマホを確認しながら戦うのも少しは様になってると思ってたんだけど」
「ま、そうだよな。画面に状態が記されるゲームとは違って、俺たち探索者は戦いながらスマホの画面を見なけりゃなんねえ。そういう意味で、オミ達みたいにスマホを見る専門の人員を用意していることも多い。アキミは立派に貢献していたと思うけどな」
アキミは静かに首を振った。
「でもさ。戦闘になると全然だったんだよね。サナ姉みたいにすんごいアビリティがあるわけじゃないし、サトシみたいにうまく動けるわけでもない。ましてやオミさんみたいなんて・・・。やっぱり、あたしは戦力外だから追い出されたのかなぁ」
「いやいやそれはねえって。アキミは立派な探索者で引く手だってあまただよ。お前を欲しがる探索者は多いと思うぜ。そんなに自分を卑下するんじゃない」
「がう」
シュウに続いてアオも慰めるが、アキミは落ち込んだままだった。
「あたしにすんごいアビリティとかあったら変わったのかなぁ。アビリティだって大したことないし、スキルだって。だからあたしも見捨てられたのかなぁ」
「駄目だこりゃ。完全にネガティブモードに入ってる。時間が解決するしかないな」
「がうがう。がう?」
アキミはあまり落ち込むイメージはなかったけど、そういうこともあるのか。無限に落ち込みそうなギャルを珍しく見ていた時、ふいにアキミが真剣な顔をした。
「止まって。魔物だよ」
「お、おう? へ? 気配なんてどこにも・・・」
「!! がう!」
アキミから遅れること数秒だった。アオの鼻が、這い寄る魔物たちのにおいを捕らえたのは! 獣のような、そうでないような独特のにおいと、2足歩行の足音。これから判断するに、ゴブリン?
「!! いるのか!」
「いるね。3時の方向に、距離は430メートルと言ったところかな。多分ゴブリンで、数はおそらく5匹。まわりは・・・。隠れる場所はあるね。かち合う前に奇襲を掛けよう」
さっきまで落ち込んでいた人物と本当に同じなのか。アキミがすらすらと報告してくれた。アオでもここまで詳細な索敵はできないだろう。魔物が警戒するより先に発見できたのは初めてだった。
「多分、何の違和感も感じさせないのは無理だ。どうやったって匂いは残るし、気配だってする。でも警戒している中でも先手を取ることはできると思う」
「はっ! 一瞬あれば十分よ。なあ、アオ!」
「がう!」
打ち合わせは瞬時に終わり、アオたちは茂みの中に姿を隠す。
時間が着々と過ぎていく。そしてしばらくすると、アキミが指摘した方向からゴブリンたちが歩いてくるのが見えた。
数は、5匹。アキミが言ったとおりだ!
ちらりとシュウのいるほうを見た。シュウは緊張した面持ちでゴブリンを観察している。こちらの視線に気づいたのか、手を上げて、そしてアオに合図を送ってくれた。
「がああああああああああ!」
叫びながら突進する。数は、わずかに5匹。この数なら、一息つく間に始末できる。
叫びに気づいたゴブリンが鈍器を突き付けてくるが、遅い! 今頃つきだしても、アオを迎撃できるはずがない!
右手の爪が、ゴブリンの首を引き裂いた。その勢いのまま、となりのゴブリンの頭を蹴り飛ばす。そして無防備になったゴブリンの鼻面を殴りつけると、最後の1匹とにらみ合う。
「ぐあああああああああ!」
もうひと叫びすると、最後のゴブリンはすくみ上ったようだ。その隙を、シュウは逃がさない。いつの間にかゴブリンの後ろに回り込み・・・。ナイフでその首の骨を切り裂いた。
粒子になって消えていくゴブリンを見てシュウはほっと一息ついた。
「お疲れ様。やるじゃん。あの時も思ったけど、この階層の魔物は敵じゃないね」
「いや。お前がいち早く魔物を見つけてくれたおかげだ。やっぱすげえな。アオでもこんなに早く魔物を見つけたことはなかったのに」
「がうがう」
シュウとアオが口々にほめるが、アキミは力なく笑うだけだった。
実際のところ、大したものだと思う。虎の耳と鼻を持つアオとは違い、アキミは普通の人間のはずだった。それなのに、アオよりも早く魔物を見つけている。スキルを使った気配もない。これが熟練の探索者と言うやつなのだろうか。
「お世辞はいいからさ。アオが倒した魔物、どうすんの? この死体、このままにしておくわけにはいかないでしょ?」
「ポイントはともかく、オラムは欲しいな。ま、今回の功労者はアキミだろう。お前がつついてくれ。今後の分配についてはまた話し合うとしようや。第2階層の広場で、休憩しながら決めようぜ」
◆◆◆◆
そして、1行は第2階層に到着した。
「あれ? シュウさん。街に戻ったんじゃないですか?」
「ユートか。いや、思わぬ形で食糧が手に入ってな。もうしばらく、こっちで経験を積むことにしたんだ」
出迎えてくれたユートたちに軽く挨拶を返した。どうやら彼らのパーティーは街に戻るらしく、後始末をしているところみたいだ。
「そうっすか。じゃあこの場所を使うといいかな。噴水からも近いし、キャンプするにはうってつけだと思う」
「てか、えっと、人を増やしたんですか?」
ヤマジは目ざとくアキミを見つけたようだった。でもアキミは沈んでいて、「うん。よろしく」と短く答えただけだった。
「すまねえな。ちょっとあってよ。こいつはアキミってんだ。元魔線組で、こう見えて次の階層まで言ったことがあるんだよ」
「あ、どうも」
頭を下げるユートたちにも答えない。軽く頭を下げた後、下を向いて黙ったままだった。ユートは頬をぼりぼりと書くが、シュウは肩をすくめただけだった。
「それよりも、もう帰るのか。確か、俺たちがいる間も何往復かしているよな?」
「ええ。街の人たちからいろいろ依頼があるんですよ。この階層でしか取れない野草がいくつかあって、それを採取してほしいとかで。街で商売するためにもそれを持ってくる人がいる感じで」
街ではそういう依頼もあるのか。アオは目を瞬かせた。そう言えば、アオは街での暮らしを知らない。どうやって生計を立てているのか、見当もつかないのだ。
「が、がう?」
「え? あ、ああ。うん。街では2種類の人がいるのよ。私たちと同じで日本から転移してきた人と、元からこの街にいる住民。転移してきた人はこの街の住民から材料を買って料理や服を提供してくれているんだけどね。多分、この人たちは元からいた住人から依頼があって薬草を取ってきたんじゃない? 転移してきた人が薬を作り出せるケースって少ないと思うし」
アオの疑問に答えてくれるアキミだった。テンションは低いけど、どうやらアオの疑問にはちゃんと答えてくれるらしい。
納得して頷いているアオに驚いたのはリクだった。
「え、え? あの、すみません。アキミさんは、アオさんの言っていること分かるんすか?」
「え? まあ、なんとなく?」
陰キャっぽいリクが、見るからにギャルのアキミに話しかけている。リクはリクで納得したような顔をしていた。
「そ、そっか。なんでアキミさんみたいな人が加わっているかと思ったらそういうことっすね。アオさんは確かに強いけど、コミュニケーションが取れないんじゃ困っちゃいますよね。うん。納得だ」
「へ? いやあたしは別に」
慌てて否定する声を聞いてかいないのか。リクは納得したように何度もうなずいている。リクに苦笑しながら説明したのはシュウだった。
「それだけじゃねえよ。アキミは斥候としてもものすごく優秀なんだ。うちのアオより早く魔物を見つけられるしな。罠を見つけたり解除することもできるんだろう?」
「え? いやまあ、違和感には気づきやすいほうだと思うけど」
謙遜するアキミに構わす、シュウは言葉を続けた。
「正直、俺たちにとってラッキーだったよ。斥候も行える、罠の解除もできる。万が一、お宝とかを見つけたらまかせたりもできる。すげえ奴が仲間に入ってくれてよ。しかも、アオの通訳までできる。オリジンだって、頑張って磨いてるんだよ」
「え? アキミさんもアオさんにオリジンを習ったんですね! 俺たちもです! 俺たちも、頑張ってオリジン鍛えてるんすよ! 最初は3人だけだったけど、結局みんなアオさんにお願いすることになって」
そう言ってアキミに話しかけたのはヤマジだった。すごい勢いで話し出すヤマジにアキミは戸惑っている。一方のリクはなぜか落ち込みだしている。アキミは戸惑ってはいるようだけど、悪い気はしていないようだ。すこしずつ、自分のオリジンについて自慢している。
「な? アキミの奴、楽しそうに自分のことを話すようになって。ヤマジの奴は、こういう時は頼りになるよな」
「がう!」
ひそひそと話してくるシュウに返事をするアオ。そして、いつものように楽しそうに語りだすアキミを、何ともなしに見守るのだった。




